第3話 試練の幕開け

入学してから1週間がたった頃。


新しい生活に少しずつ慣れてきた生徒たちの間には、すでにグループができはじめ、始業前の教室内は賑やかな雰囲気に包まれていた。


廊下を歩く明翔は、周りの楽しそうな声に肩身の狭さを感じながら教室に向かう。


教室の一角では、栞が数人の女子生徒たちと談笑している姿が目に入った。


「倉木さんって本当に頭いいんだね!セキュリティシステムの授業、全然ついていけなかったよ」


「そんなことないよ。もし分からないことがあったら一緒にやろうね」


栞はにこやかに答えながら、さりげなく周りを気遣っている様子だった。


その視線が一瞬、教室に入ってきた明翔に向けられる。


『あ……』


栞は明翔の姿を見つけると、会話を一時中断し、軽く手を振って微笑みかけた。


「おはよう、明翔!」


「ああ、おはよう」


明翔は小さく返事をして自分の席に向かうが、その足取りはどこか重たかった。


席に着いた明翔は、机にPALMEXを置いてボーッとしたまま、窓の外を見つめる。


『みんな、もう友達できてるんだな……』


栞はしばらく女子たちと話していたが、ふいに話を切り上げると、明翔の方へやってきた。


「明翔、大丈夫?」


心配そうな声に、明翔は驚いて顔を上げた。


「な、何が?」


「何が、じゃないよ。クラスのみんなと話してるの、あまり見ないから……」


栞の言葉に、明翔は困ったように笑う。


「べ、別に……今の所、話すことがないだけだよ」


「それ…本当に大丈夫?」


栞は明翔の目をまっすぐに見つめる。


「……大丈夫だよ。多分……」


そう言って視線をそらす明翔だったが、心の中では、苦手である事を否定しきれなかった。


栞は少し考え込むように眉を寄せたが、結局それ以上は言わずに自分の席へ戻っていった。


教室内の賑やかさを背に、明翔は静かに息を吐いた。



---




教室の扉が開き、久礼先生が教室に入るなり教室は静粛に包まれる。


「皆、おはよう。早速だが、本日は先日連絡しておいた様に、NEXUS(ネクサス)の個人能力テスト、通称ベンチマークを行う。」


静粛だった教室が僅かにざわめく。


気合の入った表情を浮かべる者もいれば、少し緊張した面持ちの者もいる。


そんな中、明翔は一人机に座り、クラスの様子を静かに見つめていた。


『ベンチマークか……』


これまでのトレーニングが頭をよぎる…


頭では「ただの測定だ」と理解していても、身体能力には特に自信がない。


ざわめきは徐々に大きくなり、


「全員静粛に!」


一瞬で教室のざわつきが収まり、全員が久礼先生に注目する。


「このテストの目的は、お前たちの現在の能力を正確に把握し、各分野での特性を数値化するものだ。結果は、PALMEX(パルメックス)で確認することが出来るので、後程確認しておくと良いだろう。」


生徒たちはどこか期待に満ちた様子で顔を見合わせている。


「テストの流れを説明する。まず、パルメックスからのベンチマークページから項目を開いてくれ。」


皆、言われるがままパルメックスを開き項目の閲覧を開始する。


「能力は以下の6項目に分けられている。



パルメックスモニターより


ベンチマーク

の6項目


1. フィジカル(持久力や筋力、速力や反応を等を測定 個人評価)


2. 戦闘技術(体術や武器を用いての個人戦、技術力で評価)


3. 情報処理(状況判断や情報の迅速な処理 個人評価)


4. 知識(一般教養から最新プログラミング言語、法律までありとあらゆる知識量を測定 個人評価)


5. 協調性(チームでの行動と連携 チーム評価)


6. 統制力(リーダーシップと指揮力 チーム評価)



---



久礼先生の言葉が教室内の空気をさらに引き締める。


「また、今回のベンチマークでは、**Excode(エクスコード)**の使用が許可される。お前たちが未来の対策官として成長するためには、この力をどう扱うかを学ぶことが重要だ。」


その瞬間、明翔の胸に微かな緊張が走った。


『エクスコード……』


明翔は無意識に左手を軽く握りしめた。


2年前の記憶が一瞬脳裏をよぎる。


崩壊する街、栞の叫び声、そして自分が発現させた力。


明翔は、久礼先生の助言でその力を磨いてきたが、それを実戦形式で使うのは今回が初めてではなかった。


「エクスコードは、この世界における特殊な能力だ。全員、既に使い方や規制については理解しているはずだが、殆どの者は実戦形式での使用は初めてだろう。」


教室内では、生徒たちの間に微かな緊張感が漂う。


明翔はその中で静かに息を整えながら、周囲を見渡した。


栞が少しだけ明翔の方を振り返る。


その瞳には、どこか覚悟を宿したような光があった。


『私も……負けられない。』


「ネクサスでは、パルメックスの許可がある場合に限り、エクスコードの対人および対物への使用が可能だ。ただし、それがいかに特別な力であろうと過信するな。制御できなければ、ただの暴力だ。」


久礼先生の厳しい言葉が響き、生徒たちは静かにうなずく。


「今回のベンチマークでは、エクスコードが直接の評価項目になるわけではないが、その活用の記録は今後の訓練に反映される。お前たちがその力をどう活かすか、それが問われる場だ。」


明翔は静かに視線を前に向けた。


胸の中に、決意にも似た感情がわずかに芽生える。


一方で、教室の後ろの席では、数名の生徒が小声で話していた。


「なぁ、知ってるか?何か今年、エクスコード持ってないやつが入学してるらしいぜ」


「マジ!?ありえねぇだろ?そんな奴いるの?」


その言葉は明翔の耳にも届いたが、彼は何も反応を示さず、ただ静かに席を立つ準備を始めた。


久礼先生は最後に一言付け加えた。


「エクスコードはお前たちの力の一部だ。しかし、力に飲み込まれるな。力を使うのは、お前たち自身だ。」


教室内の緊張感が最高潮に達し、明翔は小さく息を吸い込むと、目の前に広がる未知の試練に備えた。


「各自、準備を整えろ。5分後にテスト会場へ移動する。」


教室を出ていく久礼先生の背中を見送りながら、明翔は思わず小さく呟いた。


「戦闘技術…フィジカル…終わったな……俺。」


栞がその呟きを聞きつけ、苦笑しながら肩を軽く叩いた。


「そんなこと言わないの。明翔にだって得意な事が出来るよ。」


出来るよ。


今は無いという意味。


明翔は苦笑いをし、深呼吸をした。


「……まぁ。やってみるしかないか。」


教室内には、生徒たちがそれぞれの準備に取り掛かるざわめきが広がっていた。


教室を出た生徒たちは、興奮や緊張を抱えながら長い廊下を進んでいく。


ようやくついた体育館の扉をくぐると、外装からは想像もつかない広大な空間が生徒たちの目に飛び込んできた。


天井から床、壁一面が光を帯びた格子模様で覆われ、まるで現実の空間がデジタルデータに変換されたかのような光景だ。


「これが、仮想現実…」


明翔は、無意識に口を開いていた。


仮想現実とは、空間のデータ化と個人のデータ化を行った上でデータを同一空間に反映させる最新技術。


これを可能にさせているのは、NEXUSが誇る最新技術の結晶【パルメックス】である。


一同は改めて見るNEXUSの技術力に脱帽を隠せなかった。


空間の中央に立つ巨大なホログラムディスプレイには、「NEXUS公式 ベンチマークテスト」の文字が浮かび上がっている。


「この体育館は、仮想現実システムで制御されている。現実には存在しない環境を再現し、負荷や条件を自在に設定できる。」


久礼先生が生徒たちに説明する声が響いた。


「もう一度言うが、テストの内容は全て記録され、データ化される。それに基づき、お前たちの能力を正確に評価する事が目的だ。」


明翔は、ふと自分の左手に視線を落とした。


パルメックスのモニターが起動しており、【仮想現実、同期完了】の文字が表示されていた。


改めてここが仮想現実である事を実感した。


「全員、正面に整列!」


久礼先生の指示で、生徒たちは一列に並ぶ。


次第に空間内のライトが落ち着き、緊張感の漂う空気が支配する。


「それでは、ベンチマークを開始する!!」


久礼先生の声が響き渡ると、ホログラムディスプレイが淡い光を放ち、仮想空間内の景色が一瞬で変化した。


ふと天井を見上げると、それは圧倒的な高さを誇り、ドーム型の構造がそのまま空を切り取ったかのように広がっている。


それはさながらスタジアムを想起させる景色だった。


周囲にはまばゆい光を放つディスプレイが設置され、それぞれにエリアの説明やルールが表示されていた。


「……すごい……」


明翔は息を呑んだ。


目の前には、全長400メートルを誇るランニングトラックが広がり、その周囲には障害物エリアが立体的に組み上げられていた。


空中には無数の小型ドローンが浮遊しており、レーザーポインターで標的を追尾する仕組みが稼働している。


壁際には筋力を測定するための巨大なトレーニングマシンが並び、仮想空間の中に現実と錯覚するほどの臨場感を生み出していた。


明翔はその光景に息を呑むと同時に、内心の不安を募らせた。


『これ……僕にできるの?』


ふと栞の方を振り返ると、彼女の目には揺るぎない決意が宿っていた。


『栞はすごいな……僕とは全然違う』


明翔の不安をよそ目に、久礼先生は続ける。


「まずは全員、基礎能力の測定から始める。それぞれのエリアに配置された機器を使って、持久力、筋力、反応速度のテストを行う。全員、自分の能力を最大限発揮しろ。」


ドーム状の空間には、独特の緊張感が張り詰めた。

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