第9話
3人は食堂で4人掛けテーブルに着席していた。
「えぇっ、侯爵家のご令嬢だったの?ごめんなさい…私そうとは知らず馴れ馴れしく…。」
「やめてくださいエミリアさん!学園では身分など関係ありませんから。」
ありがとう、とエミリア。不敬だったのではと焦ったようだが、フォローの言葉で笑顔が戻った。サトミは手遅れなくらいに"軽やか"な口調で先ほどまで話していたため、もはや焦りもしなかった。やるなら一思いに頼む、と変な清々しささえある。
少女はイザベル・ブラン。ブラン侯爵家の長女だった。そして服飾科の新入生だ。
「貴族でもそういった専門分野の勉強をするのね?てっきりお茶会の開き方とかダンスみたいなことを勉強しに来るのかと。」
「他国では確かに、貴族がこういう勉強をすることはないらしいね。」
「本当に記憶喪失なんですね。あっ、疑ってた訳じゃないんですが…!」
分かってるよ、とイザベルに笑い掛けた。
「ここフィエルテ王国では、今の国王様が即位してから様々な体制が変わりました。身分を問わず全ての人が希望の学問を納め、貴族が直接商売をすることも奨励されるようになったんです。」
「はぇ〜、みんながやりたいことに挑戦できるようになったのね。イザベルは服飾系の仕事がしたいの?」
「そうなんです。私には似合わないけど…昔から綺麗なドレスを見るのが大好きで。」
さっきも思ったけど、可愛いのに随分と自己肯定感が低い子ね…。何か原因があるのかも知れないし、ゆっくりと肯定し続けることで自信をつけさせたいな。
「私も衣装を見るの好きだから、休日にでも一緒にお店に行きましょうよ。」
「いいんですか?とっても楽しみです!」
「あ、いいないいな。私も行きたい!」
「じゃあ決まりね!」
3人は周囲の生徒が式典のために移動し始めていることに気付き、急いで朝食を済ませた。
講堂には沢山の人がひしめき合っている。舞台の上で学長らしき人物が長々と祝辞を述べているのを、ぼーっと聞いていた。
「では、今から呼ばれる者は前に出るように。」
不思議と話半分に聞いていても、こういう呼び掛けがあるとパッと意識がそちらに向く。他の生徒もそうらしく、先ほどまで静まり返っていた空間にざわめきが広がった。こんなのプログラムになかったよね、など困惑の声が聞こえてくる。
「スペシャリスト科、サトミ君。」
えっ、今の私?…サトミみたいな日本らしい名前、私以外居ないよね。
訳もわからぬまま、舞台まで上がっていった。顎に長い髭を貯えたサンタクロースのような老人が、親しげに手招きをする。ふぉっふぉっ、と笑い声が聞こえてきそうだ。
私が近くまで行くと、学長が再び生徒たちの方に向き直った。
「えー、実はこのサトミ君は、今年から新設するスペシャリスト科に入って貰うために私が直接のスカウトしてきたのじゃ。」
「えぇっ!」
「ん?どうしてお主まで驚いておる?」
「い、いえ何でも…。」
初耳だった。勿論、聡美がサトミとして列車に乗り込む前、つまり転生前の出来事なのだろう。
「試験的に創設したのじゃが、サロン科と服飾科の複合…といった感じじゃ。サトミ君には、"総合ぷろでゅーす"を行ってもらう。」
横文字が辿々しく聞こえる。
「二つの学科を行き来して学んでもらうからの。皆の者、何かあれば助けてやってくれ。」
さっきよりも更に講堂内はざわついている。その空気をぶった斬るように、学長が両手を叩いた。解散と言われ、ざわめきながらも生徒たちは講堂から退出していった。
サトミを待つエミリア、イザベル以外の生徒が居なくなったのを確認して学長に話しかけた。
「実は私、記憶喪失になってしまいまして。学科のことなど何も分からないのですが…。」
「なんと、それで先ほどの反応だったのじゃな。」
うーむ、と少し考えてからニコリとした。
「まぁ、おぬしの腕は確かじゃからの。記憶がなくとも大丈夫であろう。健闘を祈るぞ。」
ええっ、そんな適当に…?!
困惑するサトミを残し、学長は去ってしまった。舞台から降りると、エミリアとイザベルが心配そうにサトミの方に駆け寄って来た。
「こんなことってあるのね?!」
「大丈夫ですか?サトミ。」
「うぅ…ん、私も困惑してるけど。こうなったらやるしかないよね!」
内心、不安8割といった感じではあったが、私以上に不安そうな2人を前にすると不思議と落ち着きを取り戻した。
取り敢えず今日は帰寮して休みましょうか、とイザベルが提案したので、3人は講堂を後にした。
「ちょっとあなた。一体どういうことなの?」
「庶民なのに目立っちゃって。」
「可愛いからって調子に乗ってるんじゃないの?」
学生課に行くために2人と別れ、1人になったタイミングで女生徒3人に囲まれた。見たところ、どこぞのご令嬢らしい。
おおっ、これって囲まれイベントってやつ?!
前世では高身長で女子校の王子様的存在だったために、誰にもこんなふうに囲まれたことがなかった。好意による"囲い"はあったが......。もはやゲームを楽しむ感覚、完全に他人事である。むしろ可愛いと言われたことで、上機嫌ですらあった。
「何ニヤニヤしてるのよ!」
「可愛い顔が台無しだよ、嬢さん方。抑えて抑えて。」
1人がサトミに詰め寄ったタイミングで、校舎裏からまったりとした喋り方の男が現れた。
それは昨日寮に潜り込んできた、ルカという男だった。
転生後のコスプレイヤーは、美少女キャラになって無双させていただきます! 師走 まこと @shiwasu_makoto
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