第3話 SNS×メリーさんのでんわ

古来より人形は呪いの写し身だ。

厄落しの流し雛、丑の刻参りの藁人形

人形ヒトガタを人間に見立てる呪いは枚挙にいとまがない

何故人形がそれらの呪法に使われるか、それは、人形そのものが一種の恐怖の対象なのだ、というのが私の持論だ。


不気味の谷、というモノを知っているだろうか

谷、と言ってもどこかにある谷を指しているものではない。

人間に似せて作られたロボットやCGは、あまりに人間に近づきすぎると生理的な恐怖を発生させる。

敢えて俗っぽく言うと『リアルすぎてキモい』という状態だ。


おそらく、かつての世界では同じようなことが人形に起きたのではないか。

つまり、人と同じ姿をしている、ということ自体が1つの恐怖を生み、その恐怖ゆえに、人は人形に災いが移ると考えたのではないか。


閑話休題


同じような事例……つまり、人形に対する恐怖が大元の一つとなったであろうオカルトがある。


メリーさんのでんわ


捨てられた人形が独りでに動き出し、電話を掛けながら近づいてきて、最後には持ち主を殺す。

という内容の、のホラーオカルトだ。


何故、「現代の」の前に「近」とつけたかといえば、これがもはや廃れたオカルトだからである。

今や電話は一人一台、連絡方法はSNS、直接スピーカーを耳に当てることは、同じ内容を文字として送るよりも少なくなってしまった。


誰からの着信か分からないという、人形と連なるもうひとつの恐怖が薄れたことで、人形の怪異は、もはや独りでに動くことは無くなった。


そんな中、やたらフリックが早くなった同居人のメリーさんは、進化系と希少種、どっちで考えればいいのだろうか。







キーボードの横から鳴った通知音に思わず視線を送る。

視界に入ったのは、愛用のスマートフォンと、そこに移るSNSのメッセージだ。


――わたしメリーさん、いまとなりまちのろじうらにいるの――


またか、と私は独り言ちる。

人と関わることが好きで、帰り道が嫌いな同居人は、相変わらずのショートカットを画策していた。

スマホを持って部屋を出る。リビングに入ってきた私をもう一人の同居人が出迎える。

せんべいを口に挟みながらコントローラーをいじる小動物に手を振り返すのもそこそこに、壁一面を外と仕切る大きな窓に背中を預けた

そのまま滑り落ちるように床に座り、SNSの通知をタップする。

――わたしメリーさん、いまやっつまえのばすていにいるの――

――わたしメリーさん、いまいつものえきにいるの――

――わたしメリーさん、いまみっつまえのばすていにいるの――

――わたしメリーさん、いまだいすきなぱんやのまえにいるの――

――わたしメリーさん、いままんしょんのふろんとにいるの――

――わたしメリーさん、いまげんかんのまえにいるの――

――わたしメリーさん、いまあ な た の う し ろ に い る の――



既読を確認して素早く流れてきたメッセージを追いかけるうちに、後ろでダンダンと何かを叩く音が響きわたる。

首だけを回して後ろを向くと、

「さーむーいー!入―れーてーよー!」

ベランダで体を震わせながらガラス戸を叩いてる金髪の同居人がいた。

「おかえり」

「ただいま!友達に対してなんて仕打ちすんのよ!笑うなそこのイヌ!」

ガラス戸を開いて招き入れると声の主の姿が、ほんの少し変わる、なにかがツボに入ったアイのバカ笑いをBGMに私は続けた

「アンタが楽して帰ろうとするからでしょ」

「仕方ないじゃない遠いんだから!……っていうか良く間に合ったわね、ずっとここにいたの?」

「いいや、部屋で仕事してた。けどほら、SNSアプリってチャット画面開かなくても最新のコメント見れるから」

「未読対処してんじゃないわよ!」

収まった笑い声がまた始まった。


さて、言葉の通り彼女はずっとベランダにいたわけではない。

ならばどこから表れたのか?正解はだ。

彼女は梔子クチナシメリー。私の同居人で、いわゆる『メリーさんのでんわ』と呼ばれるオカルトの一体だ。

インターネット黎明期に生まれた彼女は、多くの掲示板や口コミによって大量に発生し、そして電話文化の変化によって数を減らしたらしい。

他のメリーさんがその消滅に恐怖し、あるいは諦観していく中で、彼女は抵抗を選んだ。

そんな彼女が選んだ抵抗方法が、自身の影響をSNSに広げること。


結果として彼女は現代まで生き残り、驚異的なフリック能力でメッセージを進めることで相手の後ろを確実にことができる存在となったのだ。


もっぱら帰り道をめんどくさがったワープにしか使わないが。

「それで?調子はどうなの?」

「そりゃあバッチリよ」

流れをぶった切るように今日の調子を尋ねれば、鼻息をフフンと鳴らしながらゴスロリのポケットから封筒を取り出す、球体関節で繋げられた指に挟まれたそれは中々の厚みを持っていた。


私が彼女を見つけて住まわせるようになった時に、彼女はお金を払うと言い出した。

別に生活に困窮はしていないし、最悪銀行のサーバーを【自主規制】すればいいため特に心配は無かったのだが、それでは気が済まないという

人形の体なのに随分の人間身のあるオカルトである。


「随分な量ね、ぽったくりとか言われないの?」

「ヤルことやらせてるからね、これくらいは貰わないと、生殖機能がない身体はこういう時便利よね」

「センシティブギリギリ攻めるの止めろ、コレ一応全年齢だから」


工面の方法が夜の個人業パパ活なのはどうにかならなかったのだろうか。


「何よ急に……今のは冗談よ、今日はね」

「『今日は』て、……じゃあ今日はどうしたの?」


「重度の痴漢常習犯グループに対する囮の協力金、口止めetc...」

「なんでアンタ時々パパ活じゃなくて捜査協力で稼いでんの??」

「常連にがいんのよ」

聞きたくなかった、いろんな意味で。


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