第20話 後日談
カーライルが死ぬと、魔王軍の動きがピタリと止まった。人間の国への攻撃が無くなったのである。はぐれの魔物が人間を襲うくらいであり、四天王や五将軍などの役職者が人前に現れなくなったのである。
勇者二人を失った人間側としては願ってもない状況であり、この状況を利用してカーライルが緑の勇者を殺した理由をでっち上げて、美談へと変えようとしていた。
バーミンの冒険者ギルドにある食堂では、昼時を過ぎてスタッフたちが昼休みを取っていた。パミナとニーナの座るテーブルに、コアンが賄いを運んでくる。
そこには紅夜叉のメンバーたちもいた。他の冒険者に聞かれたくない話があったため、誰もいなくなるタイミングを見計らってやってきたのだった。
フレイヤはコアンが来たので話始める。
「街中で青の勇者の悲話がもちきりだな。魔王軍が緑の勇者の魂を使って召喚した悪の精霊を、青の勇者がその体に留めて、自身はかつての仲間に殺されることで、精霊の力が暴走するのを食い止めたとな」
フレイヤの言うように、青の勇者カーライルは精霊を自身の体に封じ、自らの命をもって元の世界へと帰還させたということになっていた。緑の勇者を殺したのは魔王軍であり、カーライルはたまたまその場に鉢合わせとなったことになっている。
かつての仲間たちは精霊を押さえきれずに暴走したカーライルによって殺され、カーライルは自らを殺せるのは剣聖だと判断して、ニーナの元を訪ねてきたというストーリーだ。
隻腕となったニーナがどうやってカーライルを殺せたのかというところは有耶無耶になっており、そこにはコアンの名前もなかった。
これは国王の命令により、宰相が国中に流した噂である。
「今度、青の勇者の記念碑がバーミンに建てられるそうじゃな」
メッテイヤは苦笑いをしながらそう言った。事情を知っている者としては、カーライルの記念碑など噴飯ものの事態であるが、バーミンの街の住人ですら本当のことは知らないので、新たな観光スポットの誕生に胸を躍らせていた。
そこにゴーデスがやってくる。彼は代官の館から帰ってきたのだった。
「やっと解放されたぜ。コアン、なんか飯たのむ」
「コアンだって休憩時間よ」
ニーナが口吻をとがらせるが、ゴーデスは両手を合わせて頼み込んだ。
「俺が飯を食えなかったのは、コアンのせいだぜ。頼むよ」
「コアンのせいだと?」
フレイヤはゴーデスに説明を求めた。おおよその察しはついていたが、それをゴーデスの口から言わせて確認をしたかったのである。
「そうだ。街の噂とは別で、国の上の方じゃコアンを呼び戻したいらしくてな。今回の件でやっと実力をわかったんだろう。だが、今は冒険者ギルドの所属だ。で、冒険者ギルドは国家をまたぐ組織であるがゆえ、建前は国は不干渉ってことになっている。だから、王命でコアンを差し出せっていうのができねえわけよ。だから代官があの手この手で俺にコアンを手放せという圧力をかけてくるわけだ。まあ、俺としてもおいしい条件を提示されているんだが、コアンは今の生活がいいって言っているからな。上司としてそれをむげには出来ない」
噂を流した国王たちは、当然真実も把握していた。そして、予言の正しさを認識し、今更ながらではあるが、コアンを呼び戻そうとしているわけである。
コアンが戻りたくないのは今の生活がいいというのは本当だが、もっと深い理由としてカーライルの性格を歪めてしまった場所には戻りたくないということがあった。
魔王軍も行動をしておらず、コアンが戻らないことで不利益をこうむる人はいないのである。だから、戻ろうとは思わないのであった。
そして、ゴーデスが言うように冒険者ギルドへの国の干渉は禁じられている。だから、強権の発動が出来ずにお願いという形になっているのだ。まあ、そのお願いも様々な角度から攻めてくるので、ゴーデスも精神的に参っている状態であった。
ただ、ここでゴーデスが承諾して無理にでもコアンを戻そうとすれば、コアンとニーナを敵に回すことになる。そんなものを止められる者はいないので、コアンの意志を尊重して断り続けているのが現状だった。
一方、魔王軍では三賢者と四天王が集まり、会議を行っていた。
バーミリオンが厳しい口調でカスパーに問う。
「折角元勇者を仲間に引き入れたというのに、失ってしまったではないか。此度の作戦も失敗のようだが、どう責任を取るつもりか?」
その問にカスパーは臆することなく答える。
「失敗と決めつけるものではない。まず、人間側は二人の勇者を失った。これは我らにとって大きな収穫」
「ま、そう言えるかもしれねえな」
バーミンはカスパーの反論に頷く。
カスパーは尚も続ける。
「そして、ここからが今回の作戦の本命。人間側の元勇者パーティーにいた男。あやつのスキルこそが最大の脅威。それを攻略する糸口の発見が成った。異界より精霊を召喚し、身に宿しても自我を失わないのであれば、お目覚めになった魔王様の御身に精霊を宿してもらうことで、あの人間のスキルを封じることが出来る」
「でも、勇者は負けたじゃねえか」
「それも収穫。スキルの影響が無ければ本来の実力での勝負となる。魔王様のお力をもってすれば、それも問題ない。勇者が弱かったというわけよ。つまり、勇者も成長するということ。成長過程で倒せば弱いし、育て方によっては性格も歪み、我らに与することもあるということ」
「そりゃあ確かに収穫だが、精霊をそう何度も召喚できるものなのか?」
「そこじゃよ。わしもバルタザールも魔力を使い過ぎた。回復には年単位での時間がかかる。メルキオール一人では命まで持っていかれるような魔力を使うことになるじゃろう。しばらくは動けぬよ」
それを聞いたバルタザールは笑う。
「はんっ、じゃあ成功とも言えねえじゃねえか。次はどうするんだ?人間側は待ってはくれんだろうぜ」
「そこで、人間どもと休戦協定を結ぼうと思う」
「休戦協定?」
「うむ。人間どもの寿命は短い。休戦協定の間にあのコアンとかいう男の寿命が尽きればよし。そうでなくとも、わしとバルタザールの魔力が回復し、魔王様がお目覚めになれば休戦協定を破棄してもよし」
「そんなに都合よくいくか?」
「人間どもも勇者を二人失ったというのがあるから、この提案には乗ってくるじゃろ。次の勇者が誕生し、成長するまでは時間を稼ぎたいはず。まあ、勇者が誕生したら性格がゆがむような工作をするがな」
カスパーはそう言うと笑った。
バーミリオンは呆れたようにカスパーを見る。
「よくもまあ色々と悪知恵がはたらくもんだ」
「年の功じゃよ」
この後、カスパーの目論見通り、人間と魔王軍の間で休戦協定が結ばれた。期間は百年であり、その間はお互いの勢力圏を越えての戦闘を禁止するとなった。また、はぐれの魔物については魔王軍が回収にあたり、それまでに人間に討たれたとしても、その責任を問わないという条件になっている。
その結果、コアンを王都に招聘して魔王軍と戦わせる計画はなくなった。
その後コアンがどうなったかというと
「フレイヤもルリもマヤもコアンと一緒にいて、どうして言い寄らないのかわからないわ。こんなにいい男を前にして、恋愛対象として見ないなんておかしい」
ニーナはそう言うと、持っていたジョッキをテーブルに勢いよく叩きつける。木のテーブルと木のジョッキがぶつかり、テーブルが震えた。メッテイヤは慌てて自分のジョッキを手で押さえ、零れぬようにする。
今、ニーナと紅夜叉のメンバーは冒険者ギルドの食堂で酒を飲んでいた。
酒に酔ったニーナが紅夜叉の女性メンバーに対して絡んでいるという状況だ。
呆れた顔でフレイヤがニーナに問う。
「では、我々がコアンと子供を作ってもよいのだな?」
「そんなことしたら殺すわよ」
ニーナの目はすわっていた。お酒を飲むなら剣は必要ないよねとコアンがニーナから剣を取り上げておいたので、今は斬ることも出来ないのだが、あれば何かしらは斬っていたこと間違いなしである。
コアンのナイス判断であった。
そして、メンバーたちは思う。
(お前がいるから、コアンとは何も出来ないんだよ)
と。
そこにコアンが料理を運んできた。
「ステーキおまちどうさま、って、ニーナすごくお酒臭いんだけど。相当飲んだね」
「コアンは酒臭い女は嫌い?」
上目遣いでコアンを見るニーナ。
それを見守る一同は、
(答えを間違うなよ)
と祈る。
コアンは
「ニーナは特別だからね。嫌いなんて思うはずないじゃない」
と返答した。ニーナの顔がパッと明るくなる。
「そうよね。私は特別よね。そんな特別な私と今夜一緒にしたいことは?」
「そうだねえ、APQPについての書籍出版準備かな。一緒にどう?」
「ぶー」
むくれるニーナであったが、本気で怒っているわけではない。最近コアンはAPQPをこの世界に広めるために、自分のスキルから学んだことを紙に残していた。これを出版して、精霊との約束を守ろうと考えていたのである。
ニーナもそれを知っており、それならばと色々と我慢しているのであった。
そして、数年後にそれは実を結び、青の国でAPQPの研究に予算がつくことになる。そこから工業が発展していくのであった。
なお、コアンの存命中は魔王軍は休戦協定を守り、再び戦争が起こることはなかった。
そして、人の国でも勇者の教育について見直され、カーライルのように重圧で性格がゆがむことがないようにしようという動きになったのである。
【後書き】
ニーナはカーライルに殺されるはずでしたが、なんか色々と考えた挙句こんな感じに。年内は比較的余裕な感じの作者でしたが、開発炎上に巻き込まれて死にそうな感じです。APQPの精霊来てくれないかな。
同郷のよしみで勇者パーティーにいた荷物運び、解雇されて辺境で冒険者ギルドに就職。でも実は人類最強 工程能力1.33 @takizawa6121
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