第19話 別れ

「五十鈴円陣殺が破られただけで、俺の負けが確定したわけではない」


 カーライルはコアンを睨む。


「いや、その前にフレイヤさんの攻撃を受けているでしょう。普通にやればカーライルが負けるんだ。どうしてそれがわからないの!」

「わかるもんか!俺は勝つことが全てと育てられてきた。勇者には負けは許されないんだ!」


 コアンとカーライルが言い合う。この状況においてなお、カーライルは負けを認めたくなかった。すでに奥の手は無く、コアンの言う通り勝てる見込みなどないのだが、元勇者としてのプライドがそれを許さなかった。


「コアン、もういいだろう。それに、この元勇者は噂通りなら仲間も緑の勇者も手にかけている。ここで見逃したところで、国王も他国も許しはしない。ならば、ここで討ち取るのがよかろう」


 フレイヤはそう言うと、攻撃の準備に入る。紅夜叉のメンバーたちも最後の攻撃に向けての位置取りをした。

 カーライルも不利は悟っており、ここでニーナを懐柔しようとする。


「ニーナ、こっちへ来い。お前を俺の恋人にしてやるぞ。しかも、今までの行いをすべて許して、だ」


 それを聞いたニーナは鼻で笑う。


「はぁ?馬鹿じゃないの。私になんのメリットもないじゃない。あんたがコアンに頭を下げて心を入れ替えるなら、相談にのらなくもないけど」

「ちっ!」


 断られたカーライルは舌打ちすると、覚悟を決めてフレイヤに剣を向ける。そのままフレイヤが斬りかかってくるのかと思っていたら、マヤとアソウギの魔法攻撃が飛んできた。


【フレイムアロー】

【ライトニング】


 炎の矢と雷撃がカーライルを襲う。しかし、カーライルはそれを横に飛んで躱した。


「おっと、そっちじゃねえよ」


 ジャマーはカーライルの動きを見て、彼の移動先目掛けてナイフを投げた。


「ちっ」


 カーライルはそれを剣で受ける。それを実行したことで、フレイヤが攻撃できる隙が出来た。フレイヤが踏み込んで横薙ぎの一撃を放つと、カーライルは無理に体を捻って、その攻撃を剣で受け止めようとした。


 ガキンッ


 剣と剣がぶつかった音が響く。

 フレイヤの渾身の一撃を無理な態勢で受けたため、カーライルはその威力を受け止めきれずに後ろによろめいた。

 当然大きな隙が出来るが、この時フレイヤも渾身の一撃を放ったせいで、すぐに次撃を放つことが出来ない。カーライルにもそのことはわかった。


(危なかった。次の一撃があれば負けていた)


 フレイヤを見てそう思ったがゆえに、そこに油断が出来た。

 カーライルの耳に、不意にニーナの声が聞こえる。


「さよなら」


 その声と同時に、カーライルは胸に熱を感じる。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに理解が追い付く。

 胸から真っ赤な剣身が生えているのだ。カーライルは後ろからニーナに突き刺されたことを理解した。

 ニーナが剣を引き抜くと、カーライルは両膝を地面につく。彼の口からは血が零れた。

 しかし、目は未だに力を失っておらず、コアンを睨んでいた。そして、苦しそうにしゃべり始める。


「コアン……、やはり……お……まえは……役立たず。いま……なにも……して……」


 コアンはカーライルの言わんとすることがわかった。なので頷く。


「そうだよ。僕は何もしていない。それは仲間がやってくれているから。僕には僕の役割があって、他の事はその役割の担当がいるんだ。僕は勇者にもなれないし、剣聖にもなれない」


 コアンはそう言いながら、カーライルへと歩み寄る。

 フレイヤはそれを腕で制した。


「まだ近づかない方がいい。それと、コアンが役立たずということはない。今の連携もコアンのスキルで最適な動きを経験したからこそ出来たこと。それが無ければ我らが勇者に勝てるはずもない。貴様もそれがわかっているのではないか?」


 フレイヤがカーライルに問うと、カーライルは弱々しく首を振った。


「勇者は……常に一番……強く。仲間の助け……がなくとも、勝てる……強さ」


 それにはニーナが同意した。


「私たちは小さいころから、勇者として、剣聖として勝つことを要求された。期待され、その期待に応えられなければ、冷たいまなざしを浴びせられる。剣聖という重圧は呪いみたいなもの。勇者も同じ」

「そして、コアンの力で勝ち続けたのを、己の力と勘違いして慢心、傲慢へとなったわけか」


 フレイヤはちらりとコアンを見る。そして、自分たちの事も振り返った。

 Sランクパーティーに昇りつめるまでには、色々な失敗もしてきた。だからこそ、コアンの実力を理解できたのだろうと思う。これが、最初からコアンと一緒にパーティーを組んでいて、失敗をしてこなければきっと目の前の勇者と同じように、すべてが自分の実力だと勘違いをしていたことだろうとも。

 誰もが言葉を発せなくなり、五秒が経過するとカーライルが仰向けに倒れた。すでに命の火が消えようとしており、目からは力も消えていた。


「コアン……ごめん……な」


 カーライルはそう言うと動かなくなった。フレイヤもカーライルの死亡を悟り、コアンが近づくのを止めるのをやめた。

 コアンはカーライルの元へと走る。


「遅いよ。遅いよ、カーライル」


 コアンはそう言うと大泣きした。ニーナもその横に寄り添い、神に祈りをささげた。

 そして、コアンは一通り泣いた後、カーライルの亡骸を抱きかかえた。

 それを見たフレイヤがコアンに訊ねる。


「コアン、何をするつもりだ?」

「カーライルのお墓を作ってあげようと思います」

「他の勇者と仲間を殺し、魔王軍へと下った大罪人だぞ」

「でも、僕らは仲間です。小さいころからずっと一緒だった仲間なんです」

「しかしなあ。青の勇者の墓だとなれば、荒らしにくる奴らもいるだろう」

「そうですね。だから、街の外で人目につかないような場所にしようかと」


 コアンの意志が固いのをわかり、フレイヤは何も言わなくなった。


「手伝うわ」


 ニーナはそう言うと、コアンとともに歩き出す。

 紅夜叉のメンバーたちは彼らの背中を見送った。

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