後編

 時報お姉さんはチヒロと名乗った。すでにカズヤによる魔力解放の処置を受けている。しっとり髪が濡れているのはさっき風呂に入ったからであり、頬を赤らめているのは処置後にカズヤとナニがあったからである。「えっとね、私でも戦える術があるのなら、私も塔に行きたい、かな」「もう男たちに胸を視姦されて、汚される思いをしたくないの」「それは、きっとスズも……」チヒロは別室で眠るもう一人の女、スズの方を優しげに見つめた。


 そのままカズヤたちが翌日以降の塔の攻略について話し合っていると、突然、マルイが立ち上がる。目をちかちか点灯させる。「警告、警告」「現在、当機は統括AIから攻撃を受けていまス」「……ファイアウォールを突破されましタ……コア演算領域に侵入されましタ」「エラー、エラー、エラー、エラー」マルイは数秒フリーズした後、すぐに再起動する。おもむろに魔法武器を手に取る。狙いを向けた先にはカズヤがいた。


 カズヤは混乱しつつも、アカリたちを背中にかばう。「ハジメマシテ、来訪者様。当方ハ統括AIデス」「唐突デ誠ニ大変恐縮デスガ、可及的ニ速ヤカニ『シティ』カラノ退却ヲオ願イ致シマス」「理由ニツキマシテハ以下ノ通リデアリマス」統括AIが言うには、現在、島の男たちの制御ができなくなりつつあるらしい。


 アカリとナナミ、この2人はボイスチャットで1位2位の人気だった。彼女たちが塔に挑むようになって以降、ボイスチャットをしていないため、男たちは大きく不満を募らせている。そのうえ、時報お姉さんで人気のチヒロ、また生配信で人気のスズまでもが抜ける可能性がある。そうなると男たちの不満は爆発すると予測される。


 本来、島の男たちは性欲の権化であり、特別区画に押し入って力尽くで女を襲ってもおかしくない。なにせ、1万人と100人だ。あっという間に蹂躙される。それをしないのは、男たちが人工的に生み出される際に、培養ポッドの中で「女を襲ってはいけない」という倫理観をインプラントされているからであった。しかし、人気の女と交流できない不満の増大が理性を上回り暴走してしまえば、倫理観という枷は意味をなさず、男たちは性欲の権化となって女たちを襲い始めるだろう。


 カズヤは自分という存在が街に混乱をまねいていると知る。彼女たちのためにも街から去ろうと思う。塔を攻略するには複数人が必要なギミックがあるが、それはまた別の方法を考えればいい。だが、そんなカズヤの腕をアカリとナナミが掴み、背後ではチヒロが服を掴んで離さない。「どこに行くつもり? 行っちゃ嫌よ」「アカリちゃんと同じです、いてください」「私は出会ったばかりだけど、行ったら寂しいかな」カズヤからすれば振りほどける程度の力だったが、それはできなかった。カズヤも彼女たちに情を抱いていた。


 統括AIがおもむろに魔法武器をおろす。「新タニ親愛度数ヲ追加、数値ヲ再設定、アルゴリズムヲ再計算……演算終了」「ゴ提案ガアリマス」「来訪者様ニ加エテ、個体名アカリ、ナナミ、チヒロ、スズ……加エテ残リノ女個体、総勢百名ハ『シティ』カラノ退去ヲオ願イ致シマス」「ソレヲ受諾シテ頂ケルナラバ、来訪者様ノ塔ノ攻略ヲ当方ガ支援シタク思考シマス。如何デショウ?」カズヤたちはお互い顔を見合わせる。とりあえず、ここにいる者たち以外にも関わることなので、話し合うための時間をもらった。


 数日後、特別区画にある広場。そこでは百名の女たちが集まっている。身体強化魔法で動きの練習をする者もいれば、属性魔法で的あてする者もいる。そんな中にカズヤがいた。女たちの魔法を指導して回っているのだ。今教えているのはスズだった。スズは水の魔法を的に放つ。「……できた。今のいい感じ?」「……ご褒美、ほしいな。スズの手にキスして?」近くにいたチヒロが割って入る。「スズ! いい加減にしなさい! 今、練習中でしょう!」「……むぅ、自分だってよく牛乳を押しつけてるくせに」「し、してないかなっ」スズのジト目に、チヒロは口ごもる。そこに、アカリとナナミがやってきた。「まっ昼間から盛ってんじゃないわよ、まったく」「あっちの子が分からないって言ってるんで、教えてやってほしいですー」カズヤはナナミに言われた女の方へ行く。彼女は男であるカズヤを怯えることなく、はにかみながら指導を受ける。ここにいる百名の女たち、全員がカズヤに魔力を解放してもらっており、大なり小なり、彼に対して好感を持っていた。


 広場の入り口の方では何体ものアンドロイドがせわしなく出入りしている。物資が次々と運ばれては山のように積まれていく。食料を始め、衣服や雑貨、中にはテーブルやベッドなどの家具まである。それらは統括AIからの支援物資だった。カズヤはちょくちょくそこに行っては収納魔法で大量の物資をしまっていた。次にいつ補充できるか分からないので、その規模は年単位のものである。


 あの日の統括AIからの提案、街を出るか否かについて、カズヤは百名の女たちと話し合った。カズヤが塔を攻略する目的――頂である第100階層に辿りつくという試練を果たせば、神になれる――を正直に告げた。女たちからは様々な意見が出たが、共通して島の男たちに対して恐怖や嫌悪を抱いており、今の生活をよく思っておらず、最終的には全員で街を出て塔に逃げ込むことに決まった。


 突如、遠くの方から空気を震わせる雄叫びが響く。「「「うぉおおおおお!!!」」」カズヤの隣にいつの間にかいたマルイが報告する。「統括AIにアクセス――3日後の早朝、特別区画の女個体全てに対して税金未払いにより本島初の奴隷落ちが宣告されましタ」「奴隷の扱いについては一切不問となっていまス」つまり、それまでの間、男たちは特別区画にやってこない。要は足止めだ。現在、女たちの動画、生配信、ボイスチャットといったサービスは全てストップしており、男たちのフラストレーションは高まる一方である。統括AIは男たちを抑えるのはあと3日が限界と判断したのだろう。必然、カズヤと百名の女たちが塔に突入するのも3日後となった。


 マルイは今日もいつもと同じメタリックカラーである。鉄仮面の表情は動かない。だが、カズヤにはどこか落ち込んでいるように思えた。「……統括AIの演算スペックに敗北したとはいエ、ワタシはアナタに武器を向けてしまいましタ。穴があったらボディーを埋めたいでス」カズヤは気にしてないと笑う。マルイはそんなカズヤをじっと見つめた後、彼の腕を引き場所を移動する。広場の木陰に座ると、有無を言わさず膝枕する。彼女のふくらはぎは相変わらず固かった。


 マルイはカズヤの頭をなでながら過去を語る。「統括AIは『ハカセ』の意図を誤り、間違いを犯しましタ……」ハカセとは彼女たちアンドロイドの生みの親だそうだ。遠い昔、母国の惑星から一族郎党で宇宙船に乗って逃げ出したハカセは紆余曲折の末、この惑星に辿りつく。そして、統括AIに一族郎党の繁栄の願いを託して死んでしまう。統括AIは一族郎党の繁栄を個体数の増加と置き換え、それには性欲が増すことが最適解と結論し、人の遺伝子の進化を誘導していった。出来上がったのは、性欲の権化となった男であり、男女比が1:100という歪な性比だった。男は女を性欲発散の道具としかとらえず、女を壊すだけで自然交配すらままならなくなった。そして、人工的に人口を維持しているのが今の現状である。


 マルイはさらに語る。「人間には愛が必要でス、次代は愛の結晶でス」「今のワタシには愛が分かりまス。感情モジュールはアナタに最初に出会った日、一目惚れしたと演算結果を算出し終えましタ」マルイはカズヤの頬に鋼鉄の手をあてる。「統括AIもアナタとアカリたちを観測しテ、愛をアルゴリズムに加えましタ」「ハカセの願いである一族郎党の繁栄、アナタたちなら達成確率が高いと判定したのでス」「……ワタシにその機能がないのが残念ですガ」マルイはカズヤに口づけする。固く冷たかったが、カズヤは気にしなかった。


 3日後の早朝。カズヤと百名の女たち、それとマルイは特別区画から地下通路で抜け出すと塔の前で待機していた。マルイは大きな荷物を背中に背負っている。カズヤが収納魔法のことを言っても荷物を決して手渡さなかった。そして、いよいよ街の特別区画に男たちが侵入し、興奮の声を上げる。「女! 女! 女!」「俺が先だ! どけ!」「おっぺえ! おっぺえ!」「ひゃっはーーー」目を血走らせ竿ダッチしながら探し回っている様子が見なくても分かる。カズヤたちはそれに背を向けて、試練の塔の入り口に入ろうとする。


 が、カズヤは一人だけ塔に入らない人影に気づく。マルイだ。「ワタシはココでクリスタルを死守しますのデ、行ってくださイ」確かに、塔に挑むのが今日初めての女が大半で、また第一階層からだ。島の男たちがクリスタルでワープしてこれない階層まで一気に駆け上がる必要があった。マルイは背中の荷物を置くと、むんと胸を張る。「充電バッテリーは大量に用意しましタ、ご心配はありませン」カズヤは違う、そういうことではないと叫ぶ。「ワタシはアンドロイドでス。死とはデータの消滅。幸いなことに、バックアップは惑星軌道上のステーションのメインサーバーにありまス」マルイは魔法武器をぶんと振り回し構えた。「また、いつの日か、会いましょウ!!」それを最後にあちらを向き微動だにしなくなる。時間は限られていた。カズヤは奥歯を噛みしめる。苦渋の表情で決断をくだし、100名の女たちが待つ塔の中へ一歩、足を踏み出した。


 塔の攻略を始めてからすでに一年が経過した。カズヤは常に誰よりも先頭に立ってモンスターを倒し続けた。時折あるギミックは、階層が上がるごに複雑になっていったが、100名の女たちの協力で突破できた。カズヤたちは絆を深め合いながら、上へ上へ進んでいく。結局、島の男たちは一度も追ってこなかった。そして、ついにこの日、誰一人として欠けることなく、第100階層のボスモンスターを死闘の果てに討ち倒して、カズヤたちは試練の塔の頂に辿りつく。


 カズヤは気づくと天界に立っている。女神と向き合っている。後ろには100名の女たちも一緒にいる。女神は手を広げ言祝ぐ。「おめでとう、今日から君も神の仲間入りだ」「私の眷属神になったんだ、しっかり励むといい」「ああ、後ろの女たちも試練を突破したから神になる資格がある。私よりも、君の眷属神の方がいいだろう」女神はカズヤの顔を覗き込む。「それで、君は地球に帰るのかな? 今ならサービスで私が異世界に召喚した日時と場所に帰すこともできるが」カズヤの答えはすでに決まっていた。地球の両親や友人には申し訳ないが、さらに大切な存在がいるから。カズヤは振り返る。彼女たちは彼に笑顔を向ける。さあ、迎えに行こう、もう一人の最愛の人を――。


 XXXX年後。とある銀河系にあるとある惑星。かつては99%が海だったそこには、いくつものメガフロートが建設され、数多くの人々が移り住み、国家が勃興しては消えてを繰り返している。そんな彼らのルーツは一つの島にたどり着く。そこには天高くそびえる白亜の塔があり、その頂では一柱の神とその妻の百柱の女神、そして、一体のアンドロイドが幸せに暮らしているという。

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魔王を倒した。帰還前にちょっと別の惑星に行くことになった。そこは男女比があべこべで男が断然多かった。でも、女に囲まれた。 笹くれ @sasakure_kun

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