中編

 翌朝、カズヤは宿の部屋で朝食をとる。売店で買ってきた菓子パンだ。質素だが、まだ試練の塔は第一階層を突破したばかりで、金がない。階層が上がればモンスターが強くなっていき、それに応じてドロップする魔石の価値も上がっていく。カズヤが食べ終わると、マルイが手首から伸びるケーブルのコンセントプラグを引き抜いた。今まで充電していたのだ。それが彼女にとっての食事である。


 マルイは電気で動くらしい。つまり、魔力がないことを意味する。魔法を使えないだろう。「魔法、ですカ?」「統括AIにアクセス――中二病と診断されましタ、眼帯を処方しますカ?」誤解されたので、カズヤは実際に火や風や水を手のひらに出してみせる。「興味深いでス。ワタシも魔法モジュールのインストールを!」諦めさせるのに一苦労した。


 昨日、アカリから特別区画へ通じる地下通路の秘密の出入り口を教えてもらった。カズヤがその前で待っていると、昨日と同じフルアーマー姿の人影が現れた。しかし、なぜか二人。カズヤに近づき、両者ともヘルメットを外す。一人はアカリ。もう一人は知らない女だった。「ほんとだ。アカリちゃんの言った通り竿ダッチしてない……」彼女の視線はカズヤの腰へ向けられていた。


 女はナナミと名乗った。「アカリちゃんだけ、ずるいっ」「私だって男の人とボイチャするの我慢しているのにっ」「お願いします! 私も一緒につれていって!」ナナミを仲間にすると、ナナミはクリスタルで第二階層にワープできないので、再び第一階層からになる。それでも、この先、三人以上が必要なギミックがあるかもしれない。カズヤは喜んでナナミを仲間にした。


 カズヤはマルイ、アカリ、ナナミがモンスターと戦うのを見守る。マルイは余裕だ。パンチ一発でモンスターは魔石に変わる。問題はアカリとナナミだ。武器はレーザー銃を使っている。「このっ、ナナミ、そっちに行ったわよ!」「ふぇーん、当たらないよっ、アカリちゃん」「「きゃぁあああ」」モンスターに二人が押し倒されたので、カズヤは助けに入った。


 アカリとナナミのフルアーマーにはアシスト機能がついている。体の動きを補助するものだ。だが、カズヤからしてみれば、身体強化魔法を使った方がずっといい。攻撃もレーザー銃ではなく属性魔法の方が威力がある。せっかく二人は魔力を持っているのにもったいない。攻略の休憩中、二人に魔法のことを聞いてみると、「「中二病?」」そう言われたので、カズヤは魔法を実演してみせる。すると二人は目を輝かせ、教えを請うた。ついでにマルイも。だが、彼女はアンドロイドでそもそも魔力がない。


 今日の塔の攻略が無事に終わった後、カズヤはその足で特別区画に来ていた。隠密魔法で姿を消している。通りには男がおらず、女性が数人、歩いているのみ。前を行くアカリとナナミに案内され着いたのはアパートの一室。ナナミが部屋の鍵を開ける。「私の家にいらっしゃいませー」「アカリちゃんの部屋だと散らかってるからね」「……悪かったわね、片づけが出来ない女で」ぶつくさ言うアカリの後に、カズヤとマルイは続いた。


 ナナミの部屋を訪れた理由は、二人が魔法を使う下準備をするためだ。この惑星の人間の特質かどうか分からないが、二人共、魔力が体の内側、下腹部の辺りにぐつぐつと溜め込まれている。そんな濃い魔力を解放するには安全な場所で慎重に行う必要がある。まさかカズヤの泊まっている宿でやるわけにはいかない。周りは女に飢えた男たちの巣窟だ。だから、カズヤがここに来るしかなかった。


 カズヤがアカリの下腹部に手を当てる。溜まっている魔力を引き出していく。「んぅっ」甘く切なげな声。カズヤは無心になって集中する。余分な魔力は体外に排出され、残りはアカリの全身を滞りなくめぐり出す。次はナナミの番だ。アカリの様子を見ていたので、恥ずかしがりながらカズヤのもとにくる。カズヤは再び無心で処置をする。


 気づくと、アカリとナナミが熱っぽい目を向けている。下腹部の魔力を解放した反動だろう。カズヤは目をそらし、部屋の隅っこを見る。マルイが膝を抱えていた。一人だけ魔法を使えず、仲間ハズレなので拗ねているようだ。カズヤは苦笑しながら、収納魔法でしまっていた異世界の魔法武器を取り出し見せる。これならマルイでも使える。「感激のあまり、感情モジュールがオーバーフローしましタ!」そう言ってマルイが抱きついてくる。カズヤは固いボディーに押し倒される。その上からさらに、熱に浮かれたアカリとナナミものしかかってきて……。


 もう昼に近い朝、照れた様子の三人がいた。ナニがあっても平然としているのはマルイだけだ。今更だが、アカリとナナミは男に対し恐怖を持っていたはず。カズヤはそこが心配だった。「別に悪い気分じゃないわよ? 他の男だったら違ったと思うけど」「私もそう思うよ。てか、絶対ムリ!」「あの、よかったら、今日からここに住みませんか? 部屋も余ってるし」「……私も片づけしようかしら」「皆様、善は急いで塔にいきましょウ」「私の新武装をお披露目しないといけませン」カズヤは笑みをこぼす。彼女たちとなら、きっと試練の塔の頂まで行けるだろう。ちなみに、マルイには悪いが、二人の体調に配慮して今日は休みである。


 カズヤがこの惑星に来て2週間が経った。塔の攻略は順調である。アカリとナナミはカズヤの指導で身体強化魔法と他にも簡単な属性魔法を覚えた。今の二人にはフルアーマーもレーザー銃も必要ない。まだ戦闘はつたないが、着実に戦力になりつつある。マルイの方は魔法武器の火力も加わって低階層のモンスターに敵はいない。そんな一行が第5階層を突破した辺りから、ちらほらと他の男たちとエンカウントし始めた。


 今もカズヤたちが休憩している横を男たちが通りかかる。塔の中でも外でも移動中は隠密魔法で姿を消しているのだが、男たちは近くで立ち止まる。「なあ、ここ女の臭いがしね?」「バーカ、女の臭いなんて嗅いだことねーだろ」「まあな」「あー、でも、スーハースーハー、いい臭いがするわ」男たちが興奮しだして腰を振る。竿ダッチしているのが分かる。アカリとナナミは身を震わせ、カズヤにしがみつく。


 男たちはまだいなくならない。「てか、最近、アカリっちがボイチャに出なくね?」「ナナミんもだぜ」「俺、そのせいでめちゃクソたまってんだけど」「俺も」「つーか、あいつら俺たちの金で生きてんだから、感謝してたっぷりご奉仕しやがれ」男たちはその言葉に同意しながら、ようやく去っていった。「「死ねばいいのに」」すぐ近くでぼそりと言った二人の絶対零度の声に、カズヤは冷や汗を垂らした。


 それから数日後の夜のこと。カズヤたちが家でくつろいでいると、マルイが唐突に告げた。「アカリ様、ナナミ様、お二人のバイオリズムが劇的に改善していまス」「あら、健康になったってこと? いいことね」「私も最近、調子いいなーって思ってたんだよ」「あと5年は生きられるかもしれないわね」「そうだといいねー」何となく聞いていたカズヤは5年という短い数字に驚愕した。


 この惑星の人間は人工授精と人工胎盤により生まれ、培養ポッドで第二次成長期の終わりまで急速成長させるらしい。アカリもナナミも妙齢に見えるが、実年齢は2才でしかない。そして、寿命だが男は60年ほど生きるが、女は長くて10年、早ければ数年の命だという。男女で極端に寿命が違うのは明らかに変だ。今、二人を鑑定魔法で見てみても、体に異常は見つからない。カズヤはもしかしたら、あのぐつぐつと体内に溜め込んでいた濃い魔力が原因ではないかと考えた。そう言えば、塔で見かけた男たちも魔力はもっていたが、どれも僅かで、体外に漏れ出していた。魔力を溜め込む性質は女特有のものかもしれない。そんな推察を二人に話した。


 カズヤなら弱っている女を救えるかもしれない。心当たりのある二人に連れてこられた家には、いつぞやの時報お姉さんがいた。「どうして男の人が特別区画に!」「竿ダッチしてない!すごい!」お決まりのやりとりをしていると、部屋の奥で何かが倒れる音がした。「スズ!」時報お姉さんが慌てて中に入る。カズヤたちもついていく。見るからに体調の悪い青白い顔の女が時報お姉さんに抱き起こされていた。


 青白い顔の女は自力で起き上がろうとするが、力が入らない様子だ。「スズ! 安静にしてないとダメと言ってるでしょう!」「……配信しないと……今日はおてて配信」「……お金、稼ぐ……じゃないと、税金が……」「お金より、命の方を大事にしなさい!」言い合う二人に、カズヤが近づく。「……男?」青白い顔の女は怯えを見せるが、カズヤは構わず彼女の下腹部に手を当てる。やはり、ぐつぐつと溜まった魔力がある。しかも、アカリやナナミよりもずっと濃い。カズヤは長い時間をかけ慎重に魔力を体外に排出させていく。「……んうっ……あたたかい」「……すー……すー」魔力のめぐりが正常になった頃、体力が限界だったのだろう、彼女は眠ってしまった。その顔はおだやかだった。

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