第28話:カミングアウトするハルル

【◆ゲーム世界side◆】



 頭には大きな角。

 ヤバい。あれは一角狼クルフィア


 急いでユーマ・ツアイトの記憶を探る。


 ちょっと待て。あいつはランクAの強い魔物だぞ。

 あんなヤツがいるなんて、このダンジョンの浅い階には比較的弱い魔物しかいないと言ったヤツは誰だ。すぐにここに来て謝れ。


「逃げるんだぁ!」


 俺は叫んだ。だけどレナは思わぬ行動に出た。


「ハルルちゃん! 行きますよ!」


 大きな魔物を正面に見据えて、両手を挙げて詠唱を始めた。

 攻撃魔法を発動するつもりだ。


 そういえばレナは『ラブ・エナジー』の効果か、魔力が急激に上昇したんだった。だから彼女は、充分戦えると思ったのかもしれない。


 一方のハルルは攻撃力は並みだけど、命中率が高いテクニシャンだ。

 二人が一緒に魔法を繰り出したら、一角狼クルフィアでも倒せるんじゃないか。


「わ、わかったよ」


 ハルルもレナの横で手を挙げて、呪文の詠唱をしている。


「いけぇぇぇ!!!!」


 ハルルが叫んだ。いつも明るくあっけらかんとした可愛いキャラの彼女が、こんな激しい声を出すのだとびっくりした。


 レナの手から炎、ハルルの手から稲妻。

 二人同時に魔法が放たれて、見事に一角狼クルフィアの全身を包み込んだ。


「よしっ、すごいぞ二人とも!」


 しかし喜びもつかの間。彼女たちの炎と稲妻が落ち着いて視界が開けた。


 そこには体中に傷を負った巨大な魔物が興奮したように鼻息を荒らげ、牙をむいていた。

 ケガを負わされ、気が荒立っている。


 ヤバい。襲われるっ!

 俺はダッシュで彼女たちの元に駆け寄る。


 一角狼クルフィアは鋭い爪のある前足を挙げて、彼女たちに向けて振り下ろした。


「きゃあぁぁぁぁぁっっっ!!」


 恐怖に怯えたレナとハルルの悲鳴がダンジョンの中に響き渡る。

 魔物の前足はハルルの方を狙って振られた。


 ハルルは固まっている。このままじゃ直撃だ!


 俺は走りながらハルルの前に身体を割り込ませる。

 そして小柄な彼女の上半身を両手で抱きしめて、その勢いのまま横によける。


 すぐ目の前を一角狼クルフィアの鋭い爪がかすっていく。

 魔物はそのまま勢い余って、どすんと尻もちをついて転倒した。


 よし、間一髪避けられた。


 ──と安心した直後に、背中に激痛が走った。


「ぐあぁぁあっ、いってぇぇぇぇぇ!!!!」


 避けきれていなかった魔物の爪が、俺の背中を切り裂いたのだ。痛い。というか熱い。

 一瞬気を抜いたせいで、逃げる最後の一歩が甘くなってしまった。


 だけどハルルはなんとか無傷で済んだようだ。


「つ、ツアイト君っ! 大丈夫ですかっ!?」


 レナが心配そうに声をかけてくれた。


「大丈夫だ」


 死んではいないという意味で大丈夫だ。

 背中はめっちゃ痛いけど大丈夫だ。

 痛みで泣きそうだけど大丈夫だ。


 でも早く身を隠さないと、魔物が再び攻撃してくる。ヤツが転んでいるうちに逃げないと。


「こっちに来てください!」


 レナが手招きをした。

 入り口は小さくて奥行きがありそうな、周りを岩で囲まれた窪み、つまり洞穴どうけつがある。

 あそこに逃げ込めば、身体の大きな一角狼クルフィアは入ってこれない。


「行くよハルルさん」

「うぁ……あぅう……」


 顔を歪めたハルルは、声にならない声を上げるばかり。恐怖で身体がまともに動かないようだ。


「ごめん!」


 ハルルの背後から腋の下に手を回し、両手でホールドしたままレナの方にハルルを引きずっていく。

 ハルルは小柄だし軽いから、引きずって移動するのは問題ない。

 問題なのは『俺の手』が、温かくて柔らかくて大きいものに……ずっと触れているってことだ。


 平時なら間違いなくわいせつ行為で逮捕されている行為。だけど命には代えられない。

 決してやましい気持ちからの行動じゃないから許してください。


 最後はレナも手を貸してくれて、ようやく洞穴までハルルを連れ込んだ。

 奥は少しで行き止まりなので逃げきれないが、とりあえず攻撃をかわすことはできる。


「ツアイト君、その背中!」


 口を手で押さえて悲壮な顔のレナが叫んだ。

 どうやら制服の上着とシャツが破けて、肌が見えてるらしい。どうりでスースーするはずだ。


「血が出ています! こんな大ケガ、全然大丈夫じゃないでしょ」

「いや、大丈夫だ」


 そう言うしかないよな。心配をかけたくはない。


「ユーマ君……」


 俺の背中をじっと見たハルルが、血の気が引いた顔をしている。


「私、少しは治癒魔法使えるからやってみる」


 ハルルは治癒魔法を詠唱した。

 傷口がほんわか温かく感じる。

 いかにも傷が治る感覚がする。


 まだ完全に治すところまではできないようだ。

 それでも血は止まり、痛みも随分マシになった。


「おおーっすごい。痛みが引いたよ。ありがとう」

「ごめんなさい、私のせいで」

「別にハルルさんのせいじゃないよ。アイツがたまたま君を狙っただけだし、悪いのはあの魔物だ」

「そうじゃなくて……」

「右の通路から奥に入っていったのも、普通に考えたらそっちを選ぶだろうから、それも別に君が悪いわけじゃない」

「いえ、そのことでもなくて」


 俺の顔をまともに見れずに視線を泳がせながら、それでも勇気を振り絞るような顔でハルルは言った。


「ダンジョンの第一階層から、引っ張って落としたのは……私だから」

「え……?」


 レナは絶句した。

 俺は薄々気づいていたけれど、彼女はまったく気づいていなかったようだ。


「ユーマ君はそんなことを知らずに私を助けてくれたけど。こんな大変なケガをさせてしまってごめんなさい。まさか第二階層がこんなに危険だなんて全然思わなくて……下に落ちたユーマ君が時間をかけて戻って来る間にレナちゃんと一緒にダンジョンを出ようと思っただけなの。こんな危険な目に合わせるつもりはなかったんだ。信じてもらえないかもしれないけど」

「信じるよ」


 ハルルのこの申し訳なさそうな顔は演技とは思えない。

 きっと本音で話してるに違いない。


「レナにまで危険な目に合わせてしまって、ホントにごめんなさい」


 ハルルは俺とレナに何度も深々と頭を下げた。

 俺を陥れようとしたことを本当に後悔しているようだ。

 だったらもういい。これ以上この子を責める気にはなれない。


「うん、知ってた。知った上で助けに入ったのは俺だから、そんなに申し訳ない顔しないでいいよ」

「え? 待って。ユーマ君、今なんて言った?」

「ハルルさんがしたこと、知ってた」

「知ってたの?」

「手紙も君でしょ?」


 たぶんズボンのボタンを飛ばしたのも彼女だろうけど、あれもこれも指摘する意味もないから黙っておく。


「そこまで知ってたのにユーマ君は私を助けたの? なんで?」

「だって女の子が困っていたら助けるのは当たり前だから」


 そういうゲームだからね『マギあま』は。

 それにハルルって結構無茶なことをする女の子だなとは思うけど、ツアイトの過去の悪行を考えると、この子を憎む気にはなれない。


「ちょっと待って。あなたを陥れようとした私を助けるなんて。ユーマ君って、なんでそんなにいい人なの? あなたの悪い噂はたくさん聞くけど、今のあなたが本当のユーマ君なの?」

「ハルル。私も最初は疑っていたけれど、ツアイト君って実はいい人なのですよ」

「そうなんだ。……私、二人が最近親しくしているのを見て、レナが騙されているか脅されてると思っていた。だからなんとかしてレナを助けなきゃって思ったんだ」

「そんなことないですよ」

「だってユーマ・ツアイトっていい加減で、自分勝手で、人を簡単に陥れる悪いヤツだって評判だもん」


 まあその通りだから返す言葉もない。

 俺であって俺じゃないから言い訳したいところだが、アタオカな奴だと思われるだけだからやめとく。


「それは単なる噂であって、事実は違うのですよハルル。ほらよく見て。このとおり。優しい顔してるでしょ?」


 レナの言葉にハルルが俺の顔を見つめた。

 美女二人に同時に見つめられるなんて照れ臭すぎる。やめて。


「ホントだ……」


 ぽわんとした表情で俺を見つめていたハルルの身体が、突然ぼぅっとピンク色に光った。

 これってもしかして『ラブ・エナジー』の発動か?


 まさか、ハルルまでもが俺に【好意】を抱いたってこと?


 いやいやマジであり得ないよね。

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