第5話:またまた衝撃的な経験をした俺
【◇現実世界side◇】
***
チャイムが鳴った。
さっきゲーム世界に転移したのは、この現実世界で授業が始める20分ほど前。
腕時計を見ると10分ほどしか経っていない。
ゲーム世界で長い時間を過ごしていたのに、不思議なことに現実世界では少ししか時間が経過していないようだ。
つまり今のチャイムは朝のホームルームの予鈴だ。
ヤバっ。早く教室に入らないと担任教師に怒られる。
早足で自分の2年A組の教室に向かった。
教室に着くと、既にみんな教室に入っていた。
俺は静かに教室の扉を開ける。
クラスの皆が一斉に俺を見る。
こんなに視線が集まるなんてコミュ障の俺には拷問だが、幸い担任教師はまだ来ていなかった。
よしっ、遅刻は逃れた。
自分の席に着座してから、ふと教室内が異様な雰囲気に包まれていることに気づいた。
教卓の前にはなぜかクラス委員長の
彼女の横には大人しそうな女生徒が一人、俯いて立っている。
「それでどうなのですか? 田中さんに嫌がらせした人は名乗り出てください!」
嫌がらせ?
田中さんってクラスでも目立たない地味な女の子だ。
八奈出さんが言うには、今朝田中さんの机の中にお菓子の空袋などのゴミが捨てられていた。そんなことが、ここ1ヶ月で3回もあったらしい。
以前から田中さんが彼女に相談をしていて、一向に
「嫌がらせをしたのは誰ですか?」
キッと厳しい視線でクラスを見回した。
こんな話は先生に任せればいいのに。
八奈出さんって正義感が強いなぁ。
「なあ八奈出。そんなことどうでもいいじゃないか」
一人の男子がダルそうに言った。
正義感溢れるクラス委員長はピクリと片眉を上げて、鋭い視線をその男子に向ける。
怖いぞ八奈出さん。
「そんなこと? 田中さんがとても嫌な思いをしたことが、そんなことって?」
クラスメイト相手にめっちゃ厳しい口調だ。容赦ないな彼女。
「あ、いや……だって誰かが悪気なく、たまたまごみを捨てただけかもしれないし。今後気をつけるように注意するだけでいいんじゃないか?」
「悪気なくこんなことするなら、それこそ酷い人でしょ。私には許せません!」
「うぐぅっ……」
確かに正論ではある。
こんなにきつく言われると、誰も反論できなくなった。
八奈出さんはとても整った顔で、スタイルも良くて学年一の美人と言われている。
だけど正義感が強すぎてみんなにも厳しいせいで、周りからは距離を置かれている。
──ある女性の名前がふと頭をよぎった。
レナ・キュール。
『マギあま』の正義感が強すぎるヒロイン。
そう言えば……
八奈出さんは眩しすぎて、今までしっかりと顔を見たことはなかったが、今改めて見ると──
髪の色はレナの赤髪とは違って黒髪だけど、顔は瓜二つだ。
しかもこの二人、性格も似ている。
どういうことだ?
──あ。
八奈出さんがふとこちらを見て、目がバチっと合った。
ヤベ。じっと見てたことがバレた。
もしかしたらキモいって思われたかも。
「
──え?
なんで急に俺の名前を呼ぶの?
今まで八奈出さんからこんなふうに名前を呼ばれたことなんてない。
彼女の口から俺の名がこぼれた瞬間、クラス中のヤツらの目が厳しく俺を向いた。
「時任! お前が犯人だったのか!?」
誰かが叫んだ。
声の方を見ると
「お前ならやりかねないな」
なんのことだよ。
天に誓って言うが、もちろん俺はそんなことはしていない。
しかし陽木の言葉が呼び水になって、クラス中から声が巻き起こる。
「えぇーっ、時任君が犯人? マジ?」
「やっぱそうじゃないかと俺も思ってた」
「時任! なんて酷い奴なんだ!」
うっわ、待ってくれ!
俺じゃない!
心の中で叫ぶが声は出ない。
ヤバい。黙ったままじゃ、まるで俺が犯人だと認めたようなものだ。
クラス中がざわついてる。
「ほーら、やっぱ時任だよ。なあみんな、許せないよな!」
陽木が、とうとう席から立って囃し立てる。
この男はイケメンで金持ちの御曹司ってこともあり、自分はモテるって勘違いしてるチャラいヤツだ。なんの根拠があって皆を煽るんだよ。ムカつく。
「皆さん、ちょっと待ってください! 時任君が犯人ってわけじゃないです!」
「へっ?」
八奈出さんが凛とした通る声を上げた。
おかげで教室は急に静かになった。
「時任君とたまたま目が合って、つい彼の名前を呼んでしまったのです。ごめんなさいっ」
教卓の前でクラス一の美少女は深々と頭を下げた。
クラス中がきょとんとしている。
「あ、ああ……そうなの?」
「いや、俺は知ってたよ。時任がそんなことをするヤツじゃないって」
嘘つけ。お前ら完全に俺を疑ってたよね。
その時扉がガラっと開いて担任の
「ん……どうしたの?」
教室の前に立っている八奈出さんと山田さんを目にして、先生が怪訝な声を上げた。
「いえ。なんでもありません」
山田さんが否定して慌てて自分の席に戻って行く。
それを見て八奈出さんも「なにもありません」と言って席に着いた。
そう言えば八奈出さんって、クラスでなにか問題が起きた時。
自分が解決しようと立ち上がることはよくあるけど、先生に告げ口することは滅多にない。
『特定の生徒が先生に「問題あり」と色眼鏡で見られるようになるのが嫌だから』
確か以前、八奈出さんがそんなことを話しているのを耳にしたことがある。
「そう……わかった。じゃあホームルームを始めるよ」
出席簿を手に子安先生が出欠を取り始めた。
その姿は小柄で童顔で──『マギあま』の世界に居たカオル・コ・キント先生そっくりだ。
え? どういうこと!?
──ということはもしかして。
教室内を見回す。
──居たっ!
『マギあま』で優しくて一番人気の「ハルル・シャッテン」と顔がそっくりな女の子。
八奈出さんの親友でもある
ゲーム世界では輝くような銀髪だったが、このクラスの影裏さんは明るい茶髪だ。
髪色の違いはあるものの、小柄で巨乳ってところもそっくり。
ほとんど話したことはないけど、クラスで見る影裏さんは明るくて優しい。
性格もハルルと影裏さんはよく似ている気がする。
そう言えば八奈出さんの下の名もレナ・キュールと同じ玲奈だ。
つまり今日俺が入り込んだゲーム世界のヒロイン達は、現実世界の女性とそっくりで、明らかになんらかのつながりがあるってことだ。
ゲーム世界に入り込んでいた時に、なぜ気づかなかったのか。
髪の色や制服が全然違うってことや、現実世界の女子たちの顔をあまりしっかりと見ていなかったこともある。
それになぜかゲーム世界に居た時は、あまり現実世界のことが頭に思い浮かばなかったんだ。
まあそんなことはどうでもいい。
ゲーム世界に入り込むなんて衝撃的なできごとを経験して、今後俺の人生でもうこれ以上衝撃的なことは起きないだろうなんて思ったんだけど。
ゲームと現実、二つの世界にそっくりな人物がいるなんて、またまた衝撃的な展開が起きている。
いったいどうなってんだよ俺の日常。
でもまあ、さすがにもうこれ以上驚くようなことは起きないだろう。
──なんて気楽に思っていたのだけれども。
今日の放課後、またびっくりするようなできごとが起こっちゃうのである。
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