第4話:レナの危機に遭遇した俺
【◆ゲーム世界side◆】
強そうな男はネクタイの色から三年生だ。
真っ赤な顔と震える肩が、怒りの大きさを表している。
そしてレナの後ろで、気が弱そうな一年生男子が怯えている。
正義感あふれる少女が震える声で三年生の男に追い打ちをかける。
「この子に謝ってください」
恐怖に囚われながらも、下級生の尊厳を守ろうとしてる。
レナってホント、カッコいい女の子だ。
「は? お前やっぱウゼぇんだよっ!」
三年生男子がキレて、両手をレナに向けて伸ばした。
──マズい!
俺は考えるよりも先に飛び出して、レナの前に身体を入れていた。
男はたぶんレナの制服の襟を掴もうとしたんだろう。
その前に俺が顔を突っ込んだから、勢い余った男の拳がガツンと鼻に当たった。
「いってぇぇぇっ!」
鼻を手で押さえながら、思わず叫んだ。
カッコいいレナに対して、俺、めっちゃカッコ悪くて泣きたい。あと鼻痛い。
「うわっ、突然出てきやがって、お前誰だよ!?」
「この人は、いい加減なことを言う人じゃない。謝れ」
「つ、ツアイト君! 大丈夫!?」
レナは俺を心配してくれてる。
「なんだよお前、急に出て来んなよ! 殴る気なんてなかったのにっ!」
「ユーバ・ツアイド。じでんせいだ」
二年生って言ったつもりなのに、鼻が詰まってる。
その鼻から、ぬるっとしたものが流れ出た。
「うわっ、すまん! 下級生いじめたのは事実だ。嫌なことがあってイライラしてたんだ。俺が悪かった! じゃあな!」
──あの男はなんで急に慌てて逃げ出した?
「ツアイト君、大丈夫ですかっ!?」
レナが青い顔をして、手にしたハンカチを俺の鼻に当ててくれた。
「うっわ、なにこれ!?」
レナの白いハンカチが真っ赤に染まる。
びっくりした。鼻血がこんなに出てたんだ。
──だからあの人は焦って逃げたのか。
「ハンカチが汚れるからダメだよ」
「ツアイト君は私を守って怪我をしたのですから、汚いなんて全然思いません。本当にありがとうございます。このハンカチは差し上げます。血が止まるまで使ってください」
「ありがとう。まだ血が止まらないから助かる」
「はい」
レナはようやくほっと緩んだ表情を見せた。
下級生男子が声をかけてきた。
「助けてくれてありがとうございますツアイトさん」
「君を助けたのは俺じゃない。このレナ・キュールだ」
「あ、そうですね。キュールさん、ありがとうございます。上級生の人から難癖をつけられて怖かった。キュールさんのおかげで、本当に助かりました」
「いえ、結局私はなんの頼りにもなりませんでした。ツアイト君のおかげです」
「そんなことないって」
レナは自分も震えるくらい怖かったくせに、困った人を放っておけない性格なんだな。
下級生はもう一度俺とレナに頭を下げて礼を述べてから立ち去った。
「それにしてもツアイト君は、なぜ私を助けてくれたのですか?」
「そりゃまあ普段から素行の悪い俺が、人助けをするなんておかしいかもしれないけど──」
「いえ、そうではなくて。いつも厳しいことを言ってる私なんて、うっとおしく思うことはあっても、助けようなんて気にならないでしょう」
「……え? うっとおしい? いや全然そんなこと思ってないよ」
「正直に言っていただいていいのですよ。みんなそう思ってるのはわかってますから」
「なに言ってんの。正直に言って、うっとおしいだなんて全然思ってないから」
「本当ですか?」
レナはまだ半信半疑って顔をしている。
彼女のことをウザく思う人は実際に多いから、簡単に信じられないのかも。
それにしても、そんなことを全然意に介さない鋼のメンタルを持つ女の子かと思ってたけど……
決してそうじゃなく、不安に感じてたのは意外だ。
「キミは誰に対しても、いいことはいい、悪いことは悪いって公平に接するよね。しかも相手に厳しいことを言うのも、いつも相手のことを思ってのことだもん。実はすごく優しい人だって思ってる」
「ツアイト君はつい昨日まで私がなにを言ってもまとに聞いてくれなかったのに、なぜ急にそんなことを言うのですか?」
そりゃそうか。今まで素行が悪すぎた俺が豹変したら──
「さすがに信用してもらえないか」
「あ、いえ。ごめんなさい。疑ってるのじゃないのです。ツアイト君は身体を張って私を助けてくれたし、今もとても誠実な態度でいてくれる。嘘をついてるなんて全然思っていません。ただ純粋に、なぜ急にそんなふうに言ってくれるのか不思議に思ったのです」
それは俺、
──なんて言うわけにもいかず。
でも嘘にはならないように慎重に言葉を選んだ。
「今日キミに叱られたことに俺への思いやりを感じた。廊下で服装がだらしない生徒に注意したのをたまたま見かけたけど思いやりがあった。今だって下級生のために、怖い気持ちを抑えて彼を助けたじゃないか。そんなキミを、尊敬することはあってもうっとおしいなんて思うはずがない」
「ツアイト君……」
彼女は少し潤んだ目で俺をじっと見つめている。頬が赤く染まっている。
熱でもあるのか?
「あ、ありがとうございます」
レナが感極まった声を出した。
その瞬間、彼女の身体がぼぅっとピンク色に光った。
──な、なんだこれ!?
ふと思い出した。
このゲーム『マギあま』ではヒロインが主人公への好感度が高まると、全身がピンク色に光るんだった。
つまり今、レナの俺への好感度が高まった?
いやいや、俺主人公じゃないし、そんなことはないよな。
恥ずかしそうに俺を見つめるレナの顔を眺めながら、俺は混乱した。
「そうだ。一言だけ言わせてください。私はツアイト君のこと、今までいい加減な人だと誤解していました。でも今日で本当のあなたを知ることができました。あなたは誠実で、本当に信頼できる人です。ありがとう」
そんなに言われると、俺を買い被りすぎで恥ずかしい。
その時、どこからともなく『ユーマ・ツアイトのステイタス【
ああ、これ。『まぎアマ』の設定だ。少しは俺の魅力がアップしたのか。
ゲームの世界でも魅力がアップするのは嬉しいものだ。
現実世界じゃあ、魅力がアップするなんて簡単にはいかないし。
「えっと……じゃあ私はこれで。ごめんなさい。失礼します」
「うん」
レナは何度も頭を下げてから帰って行った。
綺麗な赤い髪が揺れる後ろ姿。スタイルが抜群にいい。
──あ、しまった。
ゾンネには気をつけろと伝えるためにレナを追ってきたのを今思い出した。
だけどちょっと思い直した。
今のわざわざそんなことを言うと、俺がゾンネの悪口を言いふらそうとしていると思うかもしれない。
せっかく彼女が俺に信頼を持ち始めているのだから、変にネガティブなことは言わないでおこう。
「さ、俺も帰るか」
──ってどこへ?
この世界の記憶がしっかりとあるせいか、ここがゲームの世界だってことをすっかり忘れていた。
ふと前方に目を向けると校舎裏の雑木林があった。
俺がこの世界に来たきっかけとなった白い祠がある場所だ。
雑木林の奥に足を踏み入れると、その古びた祠はそこに存在していた。少しホッとする。
手にした鍵を扉に差し込んで回してみる。
カチリと乾いた音が鳴り、扉がすぅーっと開いた。
「うわ、眩しい!」
以前体験したのと同じ眩い光が扉の奥から溢れ出た。目が眩み意識が遠のく。そして祠の中に吸い込まれるような感覚がした。
***
目が覚めるとそこは雑木林の中で、すぐ横にはさっきと同じ祠がある。何ごともなかったように扉は閉じている。
「ここは……?」
雑木林から出ると、そこは見慣れた校舎が建ち並んでいた。
俺が通う私立
つまりあの祠がゲーム世界と現実世界を行き来するための『ゲート』ってわけか。
ここはついさっきまでのゲーム世界とは違って、女子と話すのが苦手な俺が目立たず静かに過ごす場所。
だってリアル女子はゲームのヒロインとは違って、いったい何を考えているのか理解不可能なのだから。
きらびやかで楽しそうにしている女子ってのは、まったく別世界の生き物なのだ。
うん、そうに決まってる。
どうやら俺は戻ってきたようだ。
──青春とは名ばかりの、取り立てて面白いことなんて何も起こらない日常に。
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