第3話:先生に素直に謝った俺

【◆ゲーム世界side◆】

***


 食堂での食事を終えた後、図書館に移動して課題の続きをした。

 そしてようやく完成したノートを職員室に持参する。


 職員室の扉を開くと、室内にいた5、6人の教師たちの目が一斉に俺に向く。

 やべ。なんかちょっと緊張する。


 ──あ、担任教師のカオル・コ・キント先生がいた。

 小柄で童顔な女性教師。

 ちなみに婚活中だ……なんて記憶が頭の中にふっと湧いた。

 なるほど。婚活中なんだね。


 俺は先生の席に近づいて、机に向かう先生の背中に呼びかけた。


「キント先生」

「ひえっ……!」


 先生は封筒から半分取り出した写真を眺めていたようで、俺の声にひっくり返りそうな声を上げた。

 男性のお見合い写真がチラッと見える。なかなかワイルドな男性だ。

 なるほどこういう男が趣味なんだ。

 職員室でまで、ご熱心ですね先生。


 キント先生は慌てて写真を封筒に戻す。


「あ、ツアイト君。どどど、どうしたのかなっ? ききき、キミが職員室に来るなんて珍しいね。殴り込みかい?」


 ──なんで殴り込みやねん。


「いえ。午前の授業で提出できなかった課題を持ってきました。昼休みを利用してさっきやりました。遅くなって申し訳ありません」

「え? キミが?」

「はい。僕が」

「課題をやったって?」

「はい、やりました」

「ウソでしょ?」

「ホントです」


 この先生、人がいいし見た目も可愛いんだけど、おっちょこちょいが過ぎる。

 せっかく生徒が課題やったって言うのに「ウソでしょ」はないよね。

 悪気はないのはわかってるけど。


 でも先生にそんなことを言わせてしまうのは、俺……って言うかユーマ・ツアイトの日ごろの行いの悪さのせいだ。


「自分でやったの?」

「もちろん」

「そっか。よくやった。わざわざ昼休みを返上して課題をするなんて、先生は感動したよ」


 先生の目に光るものが滲んでいる。涙ぐんでるの?

 マジで感動してるっぽい。やっぱホントにいい人だ。


 握手を求めて手を伸ばしてきたから、しっかりと握り返す。

 先生はしばし俺の手を握り続ける。


「先生。いい加減に離してください」

「あ、ごめんツアイト君。生きてるうちにこんな日がやって来るなんて。先生、つい感動に打ち震えちゃったでござる」


 なんの方言だよ。

 大げさすぎるけど、俺が真面目に課題に取り組んだのがよっぽど嬉しかったみたいだ。


「では失礼します」


 キント先生に頭を下げて、職員室を出ようと振り返ったら──


「うわっ、びっくりした!」


 目の前に赤髪の美少女が立っていた。レナ・キュールだ。

 キント先生に用があって来たらしい。


「ツアイト君。昼休みを返上して課題をやったって本当ですか?」


 聞かれてたのか。恥ずかしい。


「あ、ああ。まあね」

「どうして?」

「どうしてって……キミにも何度も嫌な思いをさせたし、ちょっとは真面目にやんなきゃなって思ってさ」

「真面目に課題に取り組むのは私のためではなくて、ツアイト君、あなた自身のためですけど?」

「それはそうなんだけどさ。やらなきゃって気持ちにさせてくれたのがキミだってことだよ」

「……」


 レナは無言で、俺の真意を探るように俺の目を見つめている。

 あまりに優等生過ぎるセリフで、胡散臭く思われたかな。

 でも、心の底から素直に思ったことを言っただけだ。


「そうですか。それならば、そういうことにしておきましょう。これからもがんばってください」


 言葉はクールなままだったが。

 いつもクールな顔つきが、ほんの一瞬やわらいだように見えた。


 もしかしたら俺を信じてくれたのかな。

 そうだといいんだけど。


 そんなことを思いながら職員室から出た。


***


 午後の授業が終わり、本日の授業はすべて終わった。

 魔法学園の一日は、なかなか刺激的で楽しかった。


 さあ、帰ろう。現実世界の我が家に。

 校舎裏のあの白い祠に行ったら帰れるんだよな?

 ホントに帰れるのか? ちょっと不安になってきた。


 教室から出て廊下を歩いていると、少し前をレナが歩いていた。

 そこにイケメン男子のゾンネが早足で近づいて横に並ぶ。


「やあレナ。今から帰りかい?」

「ええ、そうです」

「相変わらず綺麗だね」

「ありがとう。ところでいったいなんの用ですか? お世辞を言って、なにか私に頼みたいことでもあるのですか?」


 ゾンネはかなり上位の貴族だ。だから多くの生徒は遠慮した態度を取る。

 だけどさすが気が強いレナだ。まったく遠慮する素振りすらない。


「お世辞なんかじゃないさ。俺は綺麗なものは正直に綺麗と言う。それだけのことなのさ」


 並んで歩きながら、レナは怪訝そうな目をゾンネに向けた。


 このゲーム『マギあま』はマルチヒロインシステムで、数多くのヒロインが登場する。

 俺はレナとまったく同じヒロインに出会ったことはない。だけどよく似たヒロインを攻略したことはある。


 それを思い出した。


 その対応は間違ってるぞゾンネ!

 レナみたいに正義感が強いせいで周りから距離を置かれているタイプの女の子は、単に容姿を褒めたところで信頼してくれない。

 それどころか、かえって調子がいい、信用できない男だと思われてしまう。


 このタイプのキャラの攻め方。それは──


『彼女を尊敬し、考え方や行動に心から共感すること』


 こういうキャラは自分のやることは正しいと信じながらも、周りから距離を置かれることに葛藤を抱いている。

 だから表面的なことを褒めるのではなく、彼女のポリシーや行動に”共感し尊敬する”ことで、こちらに好意を持ってくれる。


 なのにゾンネは真逆の行動をしている。だからダメなんだ。


 ──って、リアルでは女子とまともに話すらできない俺が、偉そうに言うのもなんだけど。


「それではゾンネさん。私は急ぐので先に行きますね。さようなら」


 歩く速度を上げて、レナは早足で去ってしまった。

 ほらやっぱりフラれた。


 残されたゾンネはブツブツとなにか言っている。


「くそっ、あの女め。今に見てろ。痛い目に遭わせてやるからな」


 うわっ、やべぇ。ゾンネのやつ、目がマジだ。

 何か悪だくみをしなけりゃいいけどな。

 ちょっとレナに警告しておいた方がいいかもしれない。


 ──よし、追いかけよう。


 リアル世界だと消極的な俺だけど、ギャルゲーでは積極的に動くことに慣れている。

 だからすぐに決断できた。


 急いで校舎の外に出て左右を見回したが、レナの姿は見えない。


 右に行けば正門、左に行けば校舎裏の方になる。

 可能性が高いのはやはり右だな。


 そう判断して、右側に向かって走りだした。

 その結果は──ハズレだった。うーん、俺のバカ。


 正門まで行ったがレナを見つけることはできなかった。

 正門の横には、下校する生徒達を見送るためにカオル・コ・キント先生が立っている。


「先生。レナ・キュールを見かけませんでしたか?」

「いいえ。彼女ならいつも下校前に、裏庭の花壇で水を遣ってから帰ってるよ。いつも綺麗な景色を見せてくれている花たちへのお礼だって言ってさ、あの子の仕事でもないのに自主的に水遣りをしてくれてるの」

「へぇ、そうなんですね」


 やはり彼女は単に厳しいだけではなく、優しい人なんだ。素晴らしい。


「素晴らしいでしょ」

「素晴らしいです。僕も今まさにそう思っていました」

「へぇ、そんなことを言うなんてね。キミも360度変わったね」

「え? あ、いや……先生、360度だと一周回って今までどおりですが?」

「ほぇっ……やっ、やだなぁツアイト君! ほら、これってよくある冗談でしょ! そう、冗談なのでござる!」


 また出たよ「ござる」。この人焦ると出るんだな。


「ありがと先生」


 俺は来た道を戻って行く。


 裏庭は校舎から出て左手の方だ。

 つまりさっきの俺の判断は真逆だったわけだ。

 校舎の裏庭に近づくと、校舎の陰から男の怒声どせいが聞こえてきた。


「うるせえよ! 俺は別にいじめてなんかいないさ!」

「いいえ、下級生をいじめてました。だから私はやめなさいと言ったのです」

「お前さあ。二年のキュールってヤツだろ? 正義ぶって誰かれなく注意してるウザいヤツだって評判だぞ」


 正義感が強すぎるレナが逆恨みを買って、相手に反撃されている。

 恐れていたことがとうとう起きた。


 校舎の角を曲がると、そこにはいかにも強そうな大柄の男が、仁王立ちでレナを睨みつけていた。

 対峙する彼女も気丈に胸を張っているが、その美しい顔には、明らかに動揺が浮かんでいた。

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