第2話:課題をしていない俺

【◆ゲーム世界side◆】


 教室に戻るとすぐに予鈴のチャイムが鳴った。

 担任教師が来る前に、レナが立ち上がってクラスの皆に話しかける。


「前回の宿題の課題レポートを集めます」


 そういえば今日の朝イチ提出の課題があったな。

 クラス委員長のレナは、全員分を先に集めておいてくれと教師から依頼されているらしい。


 ツアイトの記憶を辿ると……やっぱり課題やってない。ホントダメなヤツだな。

 ……俺のことだけど。


 マズい。またレナに怒られる。


 机の列の間を歩きながら、赤髪の美少女がクラスメイト達のレポートを集めていく。

 やがて俺の横に来た。


「ごめん。やってない」


 怒られるかとドキドキしながら答えたが、彼女は「はぁ~っ」とため息をついた。

 その反応は冷ややかだった。


「やっぱりそうですか」

「うん」


 思い切り落胆させてしまったようだ。

 ああ……残念だけど仕方ない。今から課題をやるのは無理だし、変な嘘はつきたくない。

 次にちゃんとやるしかない。


 俺の横から離れた彼女は、順番に前の席に声をかけて課題を回収していく。

 やがてやけに爽やかなイケメン男子の横に来た。


「ご苦労様、レナ! はいコレ課題」

「あ、はい」


 笑顔の男はドンケル・ゾンネ。上流貴族の御曹司。

 顔を見てピンと来た。


 ──こいつ、このゲームの主人公キャラだ。


 プレイヤーが操作するキャラで、ゲームプレイ中は容姿を見ることはなかったし、名前もプレイヤーが設定するからこんな名前じゃなかった。


 だけど「ユーマ・ツアイト」の記憶のおかげですぐにこいつが主人公なのだとわかった。


「レナって相変わらず綺麗だね」


 教室の中で何を言ってるのだ、この男は。

 金持ちでイケメンで貴族だからと言っても、チャラ過ぎるだろ。


「見え透いたお世辞を言うのはやめてくださいゾンネさん」

「お世辞じゃないさ。本気も本気だよ」

「そう……ですか」


 なるほど。さすが主人公キャラだ。

 ハイスペック男だし、やっぱりこの二人が恋愛に発展するんだろうな。


 そして俺はゾンネの引き立て役。不真面目でヒロインに絡んで嫌われ、主人公にやり込められる役回り。


 うーむ、あまりにも悲しすぎる。

 せめて目立たず控えめにして、マイナスイメージにならないようにして日々を過ごそう。


「ツアイト君。何をジロジロ見ているのですか?」


 やべっ。ついボーっとレナを眺めてしまっていた。

 ユーマ・ツアイトはいい加減な男だ。生真面目なレナからしたら、いかがわしい行動に感じたんだろう。


「あ、いや別に。申し訳ない」


 別に悪意があったわけでも、スケベな気持ちがあったわけでもない。いやホントに。


 それにしてもレナが厳しい性格だってことは、クラスのみんなにも充分認識されているようだ。

 彼女が発言すると、教室がピリッとした空気になる。


「んもうっ、レナちゃんったら厳しすぎるよ。それぐらいにしてあげたら?」


 突然、鈴のなるような救いの天使の声が聞こえた。

 声の主は小柄なのに巨乳の美少女、ハルル・シャッテンだ。

 現実世界ではあり得ないような美しい銀髪の少女。


 明るくて可愛くて誰にでも優しい彼女はクラス一の人気女子。

 容姿の良さではレナも負けていないが、間違いを許せない厳しい態度が、男子達には敷居が高い。


 その点ハルルはいつも笑顔でとても親しみやすい。

 不真面目キャラの俺にさえも、こんなに優しくしてくれるんだもんな。

 人気ナンバーワンなのも納得だ。


「別にいじめてるわけじゃないです」


 レナが心外と言わんばかりにぷいと顔を背ける。

 その時担任教師が教室に入ってきた。

 ハルルは俺にウインクして、自分の席に帰って行く。


「あ、ありがとう」


 ハルル、いい子だな。


 レナはみんなの課題を腕に抱えて、教室の前の教卓に提出した。

 そしてホームルームが始まった。


 課題をして来なかったのは俺だけだったようで、教師からこってりと叱られたのは言うまでもない。


***


 うーむ……次から次へとレナに嫌われるような展開になっている。

 さすが引き立て役モブキャラの面目躍如ってとこか。


 いや、そんなのちっとも嬉しくないやい。

 別にいいカッコをしたいとまでは思わないが、せめて「普通のヤツだ」ってイメージまでには回復したい。


 よし。昼休みに課題をやって提出しよう。

 そう考えて課題用のノートを持って食堂に行くことにした。


 食堂に向かう廊下を歩いていたら、レナが通りがかりの男子生徒に声をかけているのが目に入った。


「あなた。シャツの後ろが出ていますよ。服装の乱れは心の乱れです。きちんと着てください!」


 うわ、相変わらず厳しいな。

 注意された男子がビビってる。


「は……はい。ごめんなさい」

「きっちりした服装の方がカッコ良く見えますよ」

「あ、ありがとうございます」


 さっきまでおどおどしていた男子が、照れたような嬉しそうな顔になった。

 確かに服装を直した彼は、さっきまでだらしない雰囲気だったのが、いい感じになってる。


 レナって厳しいことを言うけど、相手への気遣いもきちんとできるんだ。

 意外な一面を目にして、彼女は本当は優しい人なのかもという気がした。


***


 食堂に着いて、ランチプレートを載せたトレイを両手に席に着く。

 テーブルの上にノートを開いた。左手でスプーンを持って食事をしながら、右手のペンで課題を黙々とこなす。


「ふぅ~っ」


 ひと段落着いてホッとひと息ついた。

 その時、後の席から男たちの会話が聞こえてきた。


「ゾンネさんはレナのことが好きなのですか?」

「まあ好きだな。可愛い女はみんな好きだ」


 このいかにもクズ男っぽいセリフはゾンネの声か。

 チラリと横目で見たらそうだった。


「レナはゾンネさんに好意を持ってるんですかね?」

「どうかな。今はまだわからないけど、女を落とすのなんて簡単だよ」

「いや、あの堅物で厳しい女ですよ。簡単ってことはないでしょ」

「女なんて、喜びそうなセリフをチョイスして声をかけ続けたら、そのうち落ちるもんさ」

「さすがゾンネさん! すげぇっす」

「まあな。でもレナは性格キツいしな。やっぱターゲットはハルルにしようかな。あっちの方が可愛くて優しいし」


 おいおい、なんて酷いことを言うんだ?


 ─一瞬そう思ったけど。


 よくよく考えてみると「喜びそうなセリフをチョイスしてヒロインに声をかけて落とす」とか、「落とせそうなヒロインを優先して攻める」とか。


 美少女攻略ゲームのプレイヤーとしては、ごくごく普通の行動だ。


 おっと。今までプレイヤーとしては何も違和感を持たなかったけど、こうやってリアルな状態で見せられたら、チャラすぎて虫唾が走る。


 今までのギャルゲープレイヤーとしての俺、大いに反省します。

 大変申し訳ございませんでした。


 それにしてもレナは生真面目で一生懸命なだけなのに、この言われようは可哀想だよな。

 どうしたらいいのか。


 ゾンネに注意をすべきか。

 それともレナに告げ口をすべきか。


 いや。この世界での俺は、コイツ以上にいい加減な男だ。

 そんな俺が何を言ったところで、ゾンネにしてもレナにしてもまともに取り合ってくれないだろう。


 まずは、レナの信頼を取り返すことが大切だ。


 ──そう考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る