第4話 クラスメイトの女の子

 (あらすじ) 住職からの頼みで、京都市内の中心にある「三村ざぶとん本店」へとやって来た、俺と小春。店内に入ると、そこには同じクラスの優等生・新庄花楓かえでがいた。花楓かえでは、淡い水色の柔らかな素材のパーカーに紺色のロング丈のスカートを合わせた私服で、レジ横の椅子に座ってくつろいでいた。





「咲太くん? えっと、どうしてここに?」


 花楓は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにニコニコと笑顔を作った。なんだか人の笑った顔をみると少し安心する。さっきまで小春と険悪なムードが続いていたから、花楓の笑顔が俺の殺伐とした気持ちを吹き飛ばしてくれる。


「いや、僕もびっくりだよ。ある人から頼まれて、ざぶとんを見に来たんだけど……まさか花楓がここにいるなんて。」


「へぇ、そうなんだね。………それで咲太くんと一緒に来ているのは、この人はだあれ?」


 花楓が、俺の横に立っていた小春を見て、少し驚いた表情を浮かべる。たしかに、クラスでもぱっとしない俺が、小春みたいな中学生の女の子と一緒にいたら驚くだろう。そういう小春はすでに花楓の方を上目遣いでじっと見つめていた。どうやら、お互い少し気になる存在らしい。


「ええ、私が伊井野小春ですわ。よろしくですの。」


 小春は、この中で私が一番偉いのだと言わんばかりに、腕を組みながら花楓に挨拶をした。ちなみに、花楓は俺のクラスメイトで、現在17歳で小春よりも3つ年上である。花楓は、小春のそんな姿に少し圧倒されたようだったが、すぐに元気よく返した。


「こちらこそ、よろしく! お寺の方のお孫さんですよね?……それにしても、すごくオシャレな格好をされてますね。」


 花楓が小春の服装を褒めたのは、たぶんお世辞だろうと思ったが、当の小春は嬉しそうににっこりと笑い、少し誇らしげそうに胸を張った。


「これが私のスタイルですの。いつも黒くてダサい作業服ばかり着ているお坊さんたちと私は違いますので。」


 その言葉に、俺は思わず苦笑いする。そういうお前も、毎日同じ恰好してるだろう。自覚ないの?確かに、黒いタイツと長いスカート、夏でもそのスタイルを貫いている小春を見ていると、普通の感覚からは外れている気がするが、彼女にとってはそれが「普通」なんだろう。


 すると、花楓が奥のカウンターから立ち上がり、俺と小春の前までやって来た。花楓が歩くたびに、紺色のロングスカートがひりひらと揺れている。


「それにしても、なんで咲太君がお寺の住職のお孫さんと一緒にいるの?」


 俺は、花楓に偶然にも会った瞬間からこの質問をされると予想していたが、いざ聞かれると返答に困る。家出した経緯について話し始めると、話が長くなるし、家族との確執の話はまだ他の人に話したくない。


「まあ…あれだな、俺はこのお寺でアルバイトしてて……それで……。」


 苦し紛れに答える俺を見て、何かを察してくれたのか、花楓はにっこりと笑い、深く追求せずにそのまま話を進めてくれた。


 「咲太君もアルバイトしてるんだねー。わたしと一緒。」


 花楓はそう言いながら、俺の前で少し照れくさそうに笑った。


 俺も、そんな花楓の笑顔を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。なんだか、花楓はいるだけで周りの空気を和ませてくれる。


 しかし、そんな俺と花楓の和やかな雰囲気を、不満そうに見つめている人物がいた。それは、俺の横でつまらなそうに突っ立っている女子中学生の小春だった。

「……。それで早速だけど、ざぶとんはどれがいいのかしら?」


 自分抜きで話されるのが気に食わなかったのか、小春が急に話を割り込んできた。俺はもう少し花楓と和やかなムードで話していたかったが、せっかちな小春がそれを許さない。


「そうですね、うちはざぶとん屋ですが、結構いろんな種類があるんです。西光寺様で使うとなると、やっぱり上品で特別感のあるやつを選ばないと。」


 花楓は真剣に、ざぶとんを一つ一つ指差しながら説明を始めた。今俺たちがいるこの「三村ざぶとん本店」は、京都で300年以上の歴史を誇る老舗だ。だからこそ、この店の一人娘である花楓は、さすがにざぶとんについてとても詳しい。


 小春もそれに頷きながらしばらく花楓の説明を聞いていた。そして目ぼしい商品を見つけたのか「これにするわ。」といってその商品を手に取った。


 それは、麻茶色の落ち着いた色合いで、見るからに高級感が漂っている商品だった。手に持ってみるとしっかりとした厚みがあり、触れるとふんわりとした感触が広がる。見るからに高価で、細部まで丁寧に作られているのがわかる。


「さすが花楓さん、お目が高いですね。これはうちの独自ブランドなんですよ。」


 花楓は嬉しそうに、そして少しだけ誇らげにその座布団を指差しながら説明を始めた。


「はい、この座布団はうちの人気商品で、細かい刺繍と高級な麻素材を使っているんです。座り心地も抜群で、長時間座っても疲れにくいんですよ。」


「へぇ、そうなんだ。座り心地の良さは重要だしね。」小春は座布団をじっと見つめながらうなずいた。「私もこれに座ることになるから、これに決めて正解みたいね。」


「はい、こちらの座布団は、西光寺様のような格式あるお寺でも使っていただける一品ですから、間違いないと思いますよ。」


 小春はその説明を聞いてから、再度座布団をじっくり見つめ、満足そうに頷いた。「ああ、そう。では、この座布団を3つお願いするわ。」


 花楓はにっこりと笑い、注文を受けた。「かしこまりました。ありがとうございます! では、こちらにお持ちしますね。」


 花楓はそう言うと、座布団3枚を持ってレジの方に向かい、レジカウンターで何やらポチポチと数字を打ち始めた。モニターに浮かび上がる金額。「お買い上げ金額 ¥72,000」


 俺は、レジに表示された金額を見て、思わず驚いて声を上げてしまった。


「7万2千円って高すぎだろ……。」


 さすがに、ざぶとんを三枚買ったら1万円は超えるだろうとは思っていたが、まさか7万円を超えるとは予想外だった。


「まあ、うちのざぶとんは職人さんの手作りだからね……。だから値段もそれなりに高くなっちゃうんだよ。」


 花楓は俺の驚いた様子を見ていたのか、レジで座布団3枚を風呂敷のようなもので包みながら、少し苦笑いしている。


 それにしても、7万2千円という大金を一体誰が払うのだろうか。ちなみに、俺の財布には多分5千円も入っていない。もしも俺に払えって言われたら、どうしようもない。


 しかし、俺のそんな心配は杞憂に終わった。


 さっきまで座布団を見ていた小春は、すたすたとレジの方に向かっていった。そして、レジに着くと、学校用の黒いスクールバッグから財布を取り出し、現金で1万円札を8枚取り出して、そのままレジに置いた。


 花楓はそのまま8万円を受け取って、カウンターからおつりの8千円を取り出し、「お買い上げありがとうございます!」と言って小春に手渡した。


 目の前で、14歳と17歳の少女が8万円を超える大金を何食わぬ顔でやり取りしていた。


 ほんとうに、京都で鎌倉時代から800年以上続く由緒正しいお寺の孫娘である小春と、京都駅前で200年以上続いている老舗ざぶとん屋の孫娘である花楓では、俺みたいな一般人と金銭感覚が異なっている。


 正直、俺みたいな一般人がこの二人と一緒にいて大丈夫なのかと少し心配になる。


 お会計を済ませた俺と小春は、花楓に「ありがとう。」と少し挨拶をしてから店を出た。


 店の外では、涼しい9月の秋風が吹き抜けていた。目の前には、苔むした石畳を挟んでお寺や古民家が静かに佇んでいる。お寺の古びた木造の門の先には、手入れされた松や石灯籠が並ぶ庭が広がり、静かな空気が漂っていた。風に揺れる木々の音が心地よく、京都らしい美しい街並みが広がっている。


 ふとスマホの時計を見ると、時刻は午後2時14分になっていた。お寺を出たのが朝の11時だったから、座布団を選ぶのに結構時間がかかってしまった。


 俺たちはまだ昼ご飯を食べていなかったので、せっかくだから小春を誘って京都駅周辺でご飯を食べて帰ることにした。


「おーい、咲太! 早くしないとランチ終わっちゃうよー。」


 俺の少し前を歩いている小春が、早く歩いてこいと手を振っている。どうやら、小春もかなりお腹がすいていたようだ。


 昼下がりの涼しい風が、小春の長い紺色のスカートをひらひらと揺らしている。


 小春は、暑い夏でも膝下15センチのロングスカートに黒いタイツというスタイルを一年中貫いている、少し変わり者だけど、とても可愛くて、なんだかんだで少しだけ優しい。


 俺はこの時まだ、小春との楽しい毎日が続いていくのだと信じていた。


 しかし、お嬢様と家出少年の不釣り合いな関係は長くは続かない。

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家出した先は、京都のお寺でした!~家を追い出された少年は、お寺の食堂で住み込み働きを始める~ ピヨ幸 @yasunobu713

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