3話 

3-1

「……つまんな」

 結局は銃弾一つで解決してしまった。


 景色は現実へと色を戻し、感情も薄々と消えていく。

 薄れた挙句見える景色はいつもと同じ。-が0に戻った感覚だ。

 

 どうして神は俺を引き留めるんだろ……。

「……なんだ?」

 感情が消えた場所に一冊の小説が落ちていた。

 俺は妙な好奇心に惹かれ、タイトルも確認せず、その小説を胸にしまう。


「……じゃ、帰るわ」

「ありがとう、これで一つ脅威が去ったよ」

 去り際にそんなことを宣う神様。

 俺は横を通り抜け、駅の方面に歩いて行くと呼び止める警官の声。


「待てよ、送ってやる」


 *


 行きと同じように俺はパトカーの助手席に乗る。

 後部座席にはマンボウが斜めに入り込んで来て――パンパンだ。

「……窮屈そうだな」

「自分から入ってんだからな、良く分かんねぇ」

 死んだ目はいつまでも俺を追っている。

「こんなのとずっと一緒にいんのか? ……怖くね?」

「多分一生慣れないと思う」

 俺は体を前に向き直し、ボーっと黄昏時で光を増す街頭を眺める。


 ……こいつにも人の感情があるんだからな……。


「あの感情は……死を望んでいたな」

 警官は思いつめたように話す。正義気質の警官にとって、あれは重荷だったのかもしれない。あの自己嫌悪の感情、その声は涙孕んでいて――自暴的だった。

「死因は自殺だったりするんだろうな」

 俺はポケットから呑気に小説を取り出す。

 げっ……なろうかよ……。

「それは?」

「落としたんだ、あの感情が」

 タイトルから鑑みるに、それは下剋上物だ。

 追放されて~見たいな、典型的なパターン。

「……現実が嫌だったのかな……」



「……そういや」

 警官は唐突にポケットをまさぐり、俺の手にピンクのピックを落とす。

「え……これ、どこから!?」

「やっぱお前のだったか。恐怖を殺したときに拾ったんだ」

「マジか……これ、俺の大切な人のだよ!」

 その余韻に浸る間もなく、衝動的な脳は瞬時に理解する。点が線で繋がる。

 恐怖の感情からこれが落ちたってことは……いや、違うのか!?

「感情の元の人間が、これの持ち主って可能性はあると思うか……?」

 もしそうなら、あの感情が……。

「それはないな。俺の物も落ちてた」

「え? っだよ、無駄に焦ったわ!」 

 警官の前だと言うのに、活発化する交感神経と心拍数は、青春色に高鳴る。

 ……はず。


「あ、駅までで……」

「はいよ~」


 *

 

 ただの杞憂だった。

 俺は夕方に会った彼女を探すように駅構内を――カフェに入る。


「やっぱ……まだいた」


 夕方と同じ席にいる彼女は紙を前に今だ悩んでいた。

 俺の声に彼女は振り向くと意外と元気そうな返事が返ってくる。

「……わざわざ来てくれたのか?」


「このままじゃ虫の居所が悪かったから」

「……流石だな」


 俺は彼女の前の席に着く。


「……まだ悩んでるの?」

「あぁ。無駄にこだわってんだよ」


「……友達の受け売りだけどさ、自分の思想に間違いなんて思うなよ。ずれてても拗れてても、それに響く人間はいるんだ。俺もそう信じてる」


 昔、あの子も同じようにギターを持って作曲を、詩を書いていた。中学生のクセしたマセた発言と飄々としたスタイルはきっと誰かからの受け売りだったのだろう。


「……ありがとう、参考になったよ」

「受け売りだけどな」


「あと……お前の名前聞いてなかった」

「……芳岡凛よしおかりん


 *


「闇バイトに関して君たちに絶対に覚えておいてほしいことがある。まず楽にお金を稼げる方法なんて、実際には存在しない。もしネットで『簡単に稼げる』なんて~」


 長々と闇バイトの危険性について話す担任はそれに飽き足らず、誰も興味の無いエピソードを織り交ぜながら、SHRという耐え切れない時間で永遠に話し続ける。


 隣で囁くコイツも――抑揚の無い話に耳が疲れたのか、俺と同じように話を聞いてない。どころか、肘を立てて先生を物理的に視界から外している。

「こりゃ一生終わね~べ」  

「……それな」


「あー……ってか田野って今日暇? カラオケとかどう?」

「え、ごめん今日バイト。昨日サボっちゃったから今日埋め合わせ兼お叱りで」

「へーそれってヤバいやつ?」

「結構、ガチでやばいかも」


 *


 放課後の昼とも夕方とも取れない時間。

 実際来て分かった。こりゃガチでヤバいやつだ。


 ガヤガヤとした喧騒に包まれた駅前と、路地裏に潜む黒ずくめの男御一行。

 今日に限ってなぜガラの悪い人達で路地裏が占拠されているのだろうか。


 ……流石に無いと思うけど、怖すぎ……。

「お疲れ様で~す。今日、人多いっスね~」

 人の多さに油断し、平然と黒ずくめの男に話かけてしまった俺は何なのか。話かけた後に思う、この選択は確実に間違えたと。せめて慎ましくするべきだった……!

「君がサボったから~」

「え!?」

「ってのは半分冗談、これは別件」

 半分かよ……意外と優しくすんだか?


「でも今日は特別。君にも重役を任せるからね、故に現場には二人で行ってもらう」

 その言葉に誘われて奥から歩いてくるのは金髪に褐色肌のヤンキーの男。

「……ガキか」

「……よろしくお願いします……」

 もうちびりそうだった。

 ヤンキーは数秒俺を睨み続けた後、「ついてこい」と先に路地裏を出て行く。

 俺はその背中追って――彼の車に乗った。

「……」

 もちろんマンボウも。


「……何年目?」

「ざっと一年っスかね、欲望っての運んでました」

「あれ……何か知ってる?」

「いや……分からんス」

「そっか、あの人に気に入られてそうだと思ったけど」

 まぁ怒られてない辺りだいぶ甘やかされてるしな……。


「そういや、別件ってなんなんですね……」

「知らねーな。ただ、あれは選ばれるべきじゃない何かってことは知ってる」

「え、へー……」


「つーか今日ってなんの仕事なんスかね?」

「聞いてないのか、小説を取りに行くんだよ」

 え、……あのなろうを……!?


 車に揺られて数十分。

 そこは俺の土地勘も働かない、ただの住宅街だった。


 平凡なアパート、俺達は一階にあるその一室のベルを鳴らす。

 ベルの音が鳴り響く刹那。——中に人がいないのか?

「……入るぞ」

「えっ、うす」

「お、来るの早いね~今やっと詰めた所なのに」

 そこには楽天的な声の男と段ボールが部屋一杯に詰められていた。

 中にはパンパンになろう小説が詰まっている。

「時間通りだ。貰っていくぞ」

「えっと……どゆことっスカね?」

「ここは受け取り地点だ、本を作るまではアッチがやってる」

 ヤンキーは見た目以上に親切に解説してくれる。

 てことは……結局いつもと変わんねぇのか……。

「っても、まだ普通の小説なんスね」

「ただ変哲ない小説がどうやって狂気に変わるのか……気になるねぇ……」

 楽天的な男は俺に顔を近づけてくる。

 俺以上に臭いセリフ、こういう調子に乗ったタイプは嫌いだ。

「……何も知らないっスよ?」

「どうかなぁ……」

 生温かい吐息が鼻先をかすめる、ただただ不快で不穏だ。

「俺達下っ端は何も知らねぇよ……でも、気になるよなぁ……」

 その不穏は意図せず現実になる。

 ヤンキーから出たその肯定、それは――。


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