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 色々ととくしゆなところのあるほう高校だが、基本的な制度はつうの学校と変わらない。

 ここ第一高校にも、クラブ活動はある。

 正規の部活動として学校に認められるためには、ある程度の人員と実績が必要である点も同じだ。

 ただ、魔法と密接な関わりを持つ、魔法科高校ならではのクラブ活動も多い。

 メジャーな魔法競技では、第一から第九まである国立魔法大学の付属高校の間でたいこうせんも行われ、その成績が各校間の評価の高低にも反映されるけいこうにある。学校側の力の入れようには、スポーツ名門校が伝統的な全国競技に注力する度合いを上回るかもしれない。九校戦と呼ばれるこの対抗戦にゆうしゆうな成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、様々な便べんが与えられている。

 有力な新入部員のかくとく競争は、各部の勢力図に直接えいきようをもたらす重要課題であり、学校もそれを公認、いや、むしろあとししている感もある。

 かくして、この時期、各クラブの新入部員獲得合戦は、れつを極める。


「……という訳で、この時期は各部間のトラブルが多発するんだよ」

 場所は生徒会室。

 ゆきの作った弁当をじっくり味わいながら、たつの説明に耳をかたむけていた。

かんゆうが激しすぎて授業にしようを来たすことも。それで、新入生勧誘活動には一定の期間、具体的には今日から一週間という制限を設けてあるの」

 これは、摩利のとなりに座ったのセリフだ。

 ちなみに達也の隣には、当然のように深雪がっている。

 すずとあずさはいない。昨日きのうは真由美が声をけていたからで、あの二人ふたりだん、クラスメイトとお昼を食べているらしい。

 なお、摩利も昨日と同じく自作弁当。一人ひとりだけダイニングサーバーの機械調理メニューを食べることになった真由美はかなりへそを曲げていたが、ようやくげんが直ったらしい。明日あしたからは自分もお弁当を作ってくる、と張り切っていた。

「この期間は各部がいつせいに勧誘のテントを出すからな。ちょっとしたどころじゃないお祭りさわぎだ。

 密かに出回っている入試成績リストの上位者や、競技実績のある新入生は各部で取り合いになる。

 無論、表向きはルールがあるし、はんしたクラブには部員連帯責任のばつそくもあるが、かげではなぐいや魔法のいになることも、残念ながらめずらしくない」

 のこのセリフに、たついぶかしげな表情をかべた。

「CADのけいこうは禁止されているのでは?」

 CADが無くても、ほうそれ自体が使えなくなるわけではない。しかし「い」と表現するほどの激しいおうしゆうは、CADを使わなければほとんど不可能なはずだ。

 この疑問に対する摩利の答えは、達也をあきれさせるものだった。

「新入生向けのデモンストレーション用に許可が出るんだよ。一応しんはあるんだが、事実上フリーパスでね。

 そので余計にこの時期は、学内が無法地帯化してしまう」

 そりゃあ、無法地帯にもなるだろう、と達也は反射的に思った。そんな事態を学校が放置しているのか……つうなら、しんを厳しくするなどの対策が打たれるはずだ。

 回答は、達也が質問する前に、からもたらされた。

「学校側としても、九校戦の成績を上げてもらいたいから。新入生の入部率を高めるためか、多少のルール破りはもくにん状態なの」

 課外活動の強制は生徒の人権を無視するものとして、何十年も前に所管省庁が禁止通達を出している。部活動の為にスカウトされた生徒もちまたにはあふれているし、学校せんたくの自由の建前でスポーツスカウトは事実上野放しにしているのだからどうちやくかつ意味のない通達なのだが、やはり、建前として無視できない効力を持ち続けている。

「そういう事情でね、風紀委員会は今日きようから一週間、フル回転だ。

 いや、欠員のじゆうが間に合って良かった」

 そう言いながらチラッととなりを見たのは、おそらく、いやのつもりだろう。

「良い人が見つかってよかったわね、摩利」

 笑顔でさらりと流して、二人ふたりともまゆ一つ動かさないところを見ると、こういうやり取りは日常茶飯事年中行事か。

 最後の一口をんではしを置いた達也の湯飲みに、隣からお茶が注ぎ足される。

 一口、のどうるおして、彼は小さなていこうを試みた。

「各部のターゲットは成績ゆうしゆうしや、つまり一科生でしょう? おれはあまり役に立たないと思いますが」

 これは暗に、二科生を二科生がまるべきという、昨日きのうの摩利の建前論をげんとしたサボタージュ宣言なのだが、

「そんなことは気にするな。そくせんりよくとして期待しているぞ」

 すっぱりときやつされた。

 こうも真正面から切り捨てられると、さすがに告げるべき二の句は無かった。

「……ハァ、分かりました。放課後はじゆんかいですね」

「授業が終わり次第、本部に来てくれ」

りようかいです」

 の言葉を、たつは大人しく受け容れた。潔いと言うべきか、あきらめが良いと言うべきか、みようなところだ。

 彼のとなりでは、ゆきに指示をあおいでいた。

「会長……わたしたちも取り締まりに加わるのですか?」

 深雪の言う「わたしたち」とは、生徒会役員のこと。表面的な人当たりの良さとは裏腹に、対人関係には少し気難しいところのある妹がこの生徒会には早くもんでいるのがうかがわれて、達也はほほましさを覚えた。

じゆんかいの応援は、あーちゃんに行ってもらいます。何かあった時のために、はんぞーくんと私は部活連本部で待機していなければなりませんから、深雪さんはリンちゃんといつしよにお留守番をお願いしますね」

「分かりました」

 深雪はしんみよううなずいて見せたが、少しがっかりしていることが達也には見て取れた。

 好戦的な性格ではないはずだが、実力的には問題ない。

 新たに組み込んだこうそくけいの術式を試してみたいのかもしれない。

 そんな、本人に聞かれたら「違います!」といつかつされ、さらには「……お兄様のバカ」などと小声でとうされるかもしれないかんちがいをいだきながら、達也はふと頭にかんだ疑問を口にした。

なかじようせんぱいが巡回ですか?」

 暗に、あずさではたよりないのではないか、という主張。

 先と同じく「暗に」ではあったが、相手が違うか、今度は採り上げてもらえることになった。

「外見で不安になるのは分かるなぁ。でもね、達也くん、人は見かけによらないのよ」

「それは分かりますが……」

 達也はむしろ、あずさの気弱な性格を問題視したのである。

 達也が言おうとして口をにごした部分がすぐに解ったのだろう。真由美は笑いながらかぶりった。

「ちょっと、いや、かなりかな?

 気の弱いところが玉にきずだけど、こういう時にはあーちゃんのほうは頼りになるわよ」

 摩利も似た様な苦笑いを浮かべていた。

「そうだな。

 大勢がさわして収拾がつかない、というようなシチュエーションにおける有効性ならば、彼女の魔法『あずさゆみ』の右に出る魔法は無いだろう」

 現代魔法は技術であり、多くの魔法が定式化され共有されている。もちろん、非公開の術式も存在するが、大多数の魔法が公開されデータベースに登録されている。それらの魔法は通常その系統と効果でしきべつされるが、独創性の高いほうには固有のめいしようが与えられる。

あずさゆみ……? 正式な固有名称じゃありませんよね? 系統外魔法ですか?」

 しかし、公開されている魔法の中に『梓弓』という名前は、たつの知る限り、無い。非公開の魔法は系統外のものが多く、それゆえに系統外魔法か? と達也はたずねたのだが、

「……君はもしかして、全ての魔法の固有名称をもうしているのかい?」

 彼の質問に答えはなく、代わりにからあきごえの反問が返ってきた。

「……達也くん、実は衛星回線か何かで、巨大データベースとリンクしてるんじゃない?」

 は本気で目を丸くしている。

 上級生の反応に、深雪はしたくなるしようどうを覚えたが、こういうシーンは初めてではないのでそれほど苦労することも無くつつましやかな表情をできた。

 超能力研究をたんちよとする現代魔法は、魔法という現象を「火が燃える」とか「風が吹く」とか、その見掛け上の性質ではなく、作用面からぶんせきし分類している。

 すなわち、

 〔加速・加重〕

 〔移動・しんどう

 〔収束・発散〕

 〔吸収・放出〕

以上、四系統八種類である。

 無論、分類には必ず例外があって、現代魔法学においても四系統八種に分類できない魔法が認められている。

 四系統魔法に属さない魔法は、大きく分けて三つのカテゴリーに分類されている。

  一つは五感外知覚ESPと呼ばれていた知覚系魔法。(この場合のESPは「超能力」ぜんぱんを指す言葉ではなく、知覚系の能力を指す)

 一つは、事象にずいする情報体「エイドス」を一時的に書き換えることで事象を改変するのではなく、サイオンそのものを操作することを目的とする魔法で、これを無系統魔法と呼ぶ。真由美が得意とするサイオンりゆうかい射出の魔法は無系統魔法の典型とされている魔法だ。達也が服部はつとりをKOした魔法も厳密には振動系魔法ではなく無系統魔法になるのだが、サイオン操作の形態にも四系統八種の分類が適用されることがあり、四系統魔法と無系統魔法の区別はそれほど厳格なものではない。

 そして残るもう一つが、物質的な事象ではなく精神的な現象を操作する魔法で、これをそうしようして系統外魔法という。系統外魔法はまさしく系統に属さない、系統に分類できない魔法で、れいてき存在を使役する神霊魔法・精霊魔法から読心、ゆうたいぶんしき操作まで多種にわたる。

「達也くんお察しのとおり、あーちゃんの『梓弓』は情動干渉系の系統外魔法よ。

 一定のエリア内にいる人間をある種のトランス状態にゆうどうする効果があるの」

 一通りおどろいて満足(?)したのか、からようやく『あずさゆみ』に関する回答がもたらされた。彼女の言う「情動かんしようけいほう」は精神干渉の魔法の一分類で、意思・しきではなくしようどう・感情に働きかける魔法を指す。

「梓弓は意識をうばうわけではなく、意思を乗っ取るわけでもないので、相手をていこう状態におとしいれることまではできない。

 だが、個人ではなくエリアに対して働きかける魔法なので、精神干渉系の魔法にはめずらしく、同時に多人数を相手としてけることができる。こうふん状態にある集団をちんせいさせるにはもってこいの魔法だよ」

 の補足説明を聞いて、達也はまゆひそめた。

「……それは第一級制限が課せられる魔法なのでは……?」

 系統外魔法はそのとくしゆな性質から、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている。中でも精神干渉系魔法は、使用条件が特に厳しい。

 説明された限りでも、この魔法は使いようによってはおそろしい洗脳の道具になる。トランス状態にある人間は、被暗示性も高まるからだ。

 この魔法の存在を知れば、これを利用しようとする独裁政治家、テロリスト、カルト指導者は後を絶たないだろう。

 達也がそうてきすると、真由美は「だいじようよ」と笑いながら答えた。

「あーちゃんが独裁者の片棒を担ぐとこなんて、想像できる?」

「無理矢理協力させられる、というケースもあり得ますが」

「それこそ無理無理。

 あの子はみちばたで小額カードを拾ってもなみだになっちゃうくらいなんだから。

 そんな罪悪感でつぶされちゃいそうな心理状態で、魔法がまともに使えるはずないでしょう?」

 魔法が心理状態に左右されるのはじようしきに近い定説だ。

 それほど善良な性質なら、集団洗脳という重大犯罪に関わり合うと意識しただけで魔法が使えなくなるかもしれない。

 もっとも、きよくたんに気が弱いというなら逆に、ぞんさせて利用するという手もある訳だが、そこまでこの場で追求する必要も無かった。

 しかし、もっと原則的な問題がある。

「ですが、精神干渉系の魔法に対する法令上の制限は、なかじようせんぱいのご性格に関わりなく、適用されると思いますが……」

  それをゆきに指摘されて、真由美は言葉をまらせた。

「……えっと、大丈夫よ、深雪さん。学校外では使わせないから」

 苦し紛れの答えは、とんちんかんなものだった。追い込まれると弱いタイプ、にも見えないが、今回はのアシストがなかったら、ドツボにはまっていたかもしれない。

……その言い方は著しい誤解を招くと思うぞ。

 なかじようの系統外ほう使用については、学校内に限ることを条件として、特例で許可を受けている。

 研究機関における使用制限かんみちをついた、いわば裏技だがね」

「なるほど」

「そのような手段があるのですね」

「ええ、そうなのよ……」

 摩利のフォローに、兄妹は納得顔でうなずき、真由美はし笑いをかべた。


        ◇ ◇ ◇


 午後の授業が終わり、気が進まないながらも風紀委員会本部へ向かおうとしたたつを、キーの高い声が呼び止めた。

 いた先には、短すぎないショートカットの、スラッとした体型の少女。スレンダーというよりスマートといった方が彼女には相応ふさわしいだろう。

「エリカ……めずらしいな、一人ひとりか?」

「珍しいかな? 自分で思うに、あんまり、待ち合わせとかして動くタイプじゃないんだけどね」

 言われてみれば、思い当たる節もある、と達也は思った。

「そんなことより達也くん、クラブはどうするの?

 づきはもう美術部に決めてるんだって。

 いつしよにやらないかってさそわれたんだけど、あたしは美術ってがらじゃないし、面白そうなトコないか、ブラブラ回ってみるつもり」

「レオも、もう決めていると言ってたな」

さんがくでしょ? 似合いすぎだっての」

「まあ……確かに似合ってるな」

「うちの山岳部は登山よりサバイバルの方に力を入れてるんだって。もう何て言うか、はまりすぎ」

 ブツクサ悪態をついているエリカは、と無くつまらなさそうに見えた。

「達也くん、クラブ決めてないんだったらさ、一緒に回らない?」

 本人に言えばむきになって否定されるだろうが、断ってしまうには少し、さびしそうな表情をしている。

「実は、さつそく風紀委員会でこき使われることになってな。

 あちこちブラブラするのは結果的に同じなんだろうけど、見回りでじゆんかいしなきゃいけないんだ。それでも良ければ、いつしよに回るけど?」

「うーん……ま、いっか。じゃあ、教室の前で待ち合わせね」

 エリカはたつさそいにもつたいぶった仕草で考え込み、不本意だけど、とジェスチャー付きで答えた。

 ただ、その笑みが、自らの演技を裏切っていた。


        ◇ ◇ ◇


お前がここにいる!」

 それが再会の第一声だった。

「いや、それはいくらなんでもじようしきだろう」

 あきごえでため息をついた達也の態度は、さらなるこうふんを招くだけだった。

「なにぃ!」

 言葉だけでなく、今にもつかからんとする勢い。だが、

「やかましいぞ、新入り」

 いつかつされて、もりさき駿しゆんあわてて口をつぐみ、さらに、直立姿勢で固まった。

「この集まりは風紀委員会の業務会議だ。ならばこの場に風紀委員以外の者はいないのが道理。

 その程度のことはわきまえたまえ」

「申し訳ありません!」

 かわいそうに、森崎の顔はきんちようきようかんにひきつっていた。

 摩利に連行されかけたのは、まだ一昨日おとといのことだ。それでなくとも、生徒会長、部活連会頭と並ぶ権力者のしつせきは新入生には荷が重い。生真面目な人間ほど、特に。

「まあいい、座れ」

 血の気を失い立ち尽くす一年生を前に対して、摩利は気まずい表情で着席を命じた。

 昨日来の言動とあわせ見るに、どうやら彼女は、自分より弱い立場の者をしいたげてえつにいるタイプとは対極の心性の持ち主のようだ。

 森崎がこしを下ろしたのは達也の正面。お互い、望まぬ座席配置だったが、二人ふたりが最下級生、一番したである以上、下座のはしでにらみ合いになるのはやむを得ないことだった。

「全員そろったな?」

 その後、二人の三年生が次々に入ってきて、室内の人数が九人になったところで、摩利が立ち上がった。

「そのままで聞いてくれ。

 今年もまた、あのバカさわぎの一週間がやって来た。

 風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。

 この中には去年、調子に乗っておおさわぎした者も、それをしずめようとしてさらに騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気をめて当たってもらいたい。

 いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 一人ひとりならず首をすくめるのを見て、トラブル巻き込まれ体質の自覚があるたつは、同じてつむまい、と自らをいましめた。

今年ことしは幸い、卒業生分のじゆうが間に合った。

 紹介しよう。立て」

 事前の打ち合わせも予告もなかった展開だが、二人とも無難に、まごつくことなく、すぐさま立ち上がった。

 とはいっても、表情にはずいぶん温度差がある。

 きんちようかくせず、隠そうともせず、逆にそれを熱意の表れとした感のある直立不動のもりさきと、落ち着いた面持ちながらかたの力をぎているようなぜいのある達也。

 上下に厳しいタイプの人間には森崎の態度の方が好ましいだろうし、実力主義がてつていしているタイプには、達也の態度の方がたのもしく見えるだろう。

「一─Aの森崎駿しゆんと一─Eの達也だ。

 今日から早速、パトロールに加わってもらう」

 ざわめきが生じたのは、達也のクラス名を聞いただろう。NGワード取り締まりの総本山だけあって、雑草ウイードというささやきは聞こえてこなかったが。

だれと組ませるんですか?」

 その代わりというわけでもないだろうが、手を挙げてそう発言したのはおかという名の二年生。教職員選任枠の一人だ。

「前回も説明したとおり、部員そうだつ週間は各自単独でじゆんかいする。

 新入りであっても例外じゃない」

「役に立つんですか」

 形式上、岡田の言葉は達也と森崎の二人ふたりに向けられたものだが、達也の左胸に向けられた目線が彼の本音を語っていた。

 予想された反応だったので、達也は丸投げの意思を込めてを見た。

 しかし丸投げされるまでもなく、摩利は岡田を、うんざりした顔で見ていた。

「ああ、心配するな。二人とも使えるヤツだ。

 司波のうでまえはこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかのものだった。

 一昨日おとといは相手が悪かっただけだ。

 それでも不安なら、お前が森崎についてやれ」

 なげやりな回答におかはなじらんだ表情をかべたが、かろうじて平静を保ち、いやな口調で「やめておきます」と答えた。

ほかに言いたいことのあるヤツはいないな?」

 あまりおだやかとは言えない、ハッキリ言ってけんごしの口調にたつは少なからずおどろいたのだが、彼ともりさき以外に、気にしている者はいないようだった。

 日常的な光景、ということだろう。委員会内には根深い対立があるようだ。

 トップがせんじんを切って対立をあおるようなもどうかとは思うが。

「これより、最終打ち合せを行う。

 じゆんかい要領については前回まで打ち合せのとおり。いまさら反対意見はないと思うが?」

 なし、というふんでもなかったが、積極的に反対意見を出す者もいない。

「よろしい。

 ではさつそく行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。

 、森崎両名については私から説明する。

 他の者は、出動!」

 全員がいつせいに立ち上がり、きびすそろえて、にぎりこんだ右手で左胸をたたいた。

 何の真似かと達也は思ったのだが、後で聞いたところによると、代々風紀委員会が採用している敬礼とのことだった。他にも、あいさつは時間帯を問わず「おはよう」を使うというルールもあるらしい。

 、達也、森崎を除いた六名が、次々と本部室を出て行く。五人目と六人目になったこうろうさわが「張り切り過ぎんなよ」「分からないことがあれば何でもいてくれたまえ」と達也に声をけて(どちらがどちらのセリフか、言うまでもあるまい)本部室を後にした。

 れい正しく(少なくとも表面的には)二人ふたりを見送る達也の姿を、森崎はいまいましそうな顔でにらんでいる。

 その光景を見ていた摩利は、頭痛とため息を何とかこらえて、達也と森崎に声を掛けた。

「まずこれをわたしておこう」

 横並びに整列した二人へ、摩利がわんしよううすがたのビデオレコーダーを手渡す。

「レコーダーは胸ポケットに入れておけ。ちょうどレンズ部分が外に出る大きさになっている。スイッチは右側面のボタンだ」

 言われたとおりブレザーの胸ポケットに入れてみると、そのままさつえいできるサイズになっていた。

「今後、巡回のときは常にそのレコーダーをけいたいすること。はんこうを見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。

 ただし、撮影をしきする必要は無い。風紀委員の証言は原則としてそのまましように採用される。

 念のため、くらいに考えてもらえれば良い」

 二人ふたりの返答を待って、けいたいたんまつを出すよう指示した。

「委員会用の通信コードを送信するぞ……よし、確認してくれ」

 二人が正常に受信されたむねを報告する。

「報告の際は必ずこのコードを使用すること。こちらから指示ある際も、このコードを使うから必ず確認しろ。

 最後はCADについてだ。

 風紀委員はCADの学内けいこうを許可されている。使用についても、いちいちだれかの指示をあおぐ必要は無い。だが、不正使用が判明した場合は、委員会除名の上、一般生徒より厳重なばつが課せられる。

 一昨年おととしはそれで退学になったヤツもいるからな。あまく考えないことだ」

「質問があります」

「許可する」

「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」

 たつの質問はかなり意外なものだったようで、答えが返ってくるまで短い間があった。

「……構わないが、理由は?

 しやに説法かもしれないが、あれは旧式だぞ?」

 摩利は、昨日きのうの試合とその前後の取り回し、部屋を片付けている最中のメンテを見て、CADに関する達也のスキルがかなりハイレベルなものであると見当を付けていた。

 また、あずさのねつきようで、彼が所持するCADがハイスペックな機種であることも分かっている。

 そんな彼が、あえて旧式のCADを使いたいと言うのだ。

 こうしんおさえられなかった。

「確かに旧モデルではありますが、エキスパート仕様の高級品ですよ、あれは」

 果たして、苦笑交じりの回答は、思ってもみないものだった。

「……そうなのか?」

「ええ。

 あのシリーズは調整がめんどうなんで敬遠されていますが、設定の自由度が高く、また非接触型NCTスイッチの感度に優れている点が一部でねつれつてきに支持されている機種です。多分、あれをこうにゆうした人がファンだったんでしょうね。

 バッテリーの持続時間が短くなるという欠点に目をつぶれば、処理速度も最新型並みにクロックアップできます。

 しかるべき場所に持ち込めば、結構な値段がつきますよ」

「……それを我々はガラクタあつかいしていたということか。

 なるほど、君が片付けにこだわった理由がようやく分かったよ」

なかじようせんぱいならあのシリーズのことも知っていそうな感じでしたが……」

「中条は怖がって、この部屋には下りてこない」

「ははぁ」

 顔を見合わせて苦笑する二人ふたり

 ここでは、ようやく、の外になっているもりさきの存在に気がついた。

「コホン。そういうことなら、好きに使ってくれ。どうせ今までほこりをかぶっていた代物だ」

「では……この二機をお借りします」

「二機……? 本当に面白いな、君は」

 昨日きのう密かに、自分用の調整データを複写しておいた二機のCADを左右のうでに装着したたつを見て、摩利はニヤリと笑いを浮かべ、森崎は皮肉げにくちびるゆがめた。


        ◇ ◇ ◇


「おい」

 部活連本部へ行く摩利と別れたところで、達也は背後から森崎に呼び止められた。

 友好的な用件でないことは声音で分かる。

 かなり本気で無視しようかと考えたが、やつかいごとが大きくなりそうな気がしたので、いやいやながらいた。

「何だ」

 敵意をむき出しにした呼びかけにおうへいな応え。

 友好的なふんが生まれる道理がなかった。

「はったりが得意なようだな。会長や委員長に取り入ったのもはったりを利かせたのか?」

うらやましいのか?」

「なっ……」

 この程度の切り返しで逆上するなら最初からいやなぞ口にするな、と達也は思う。

 反面、こういうは羨ましくもあった。

「……だが、今回はやり過ぎだったな。

 複数のCADを同時に使うなんて、お前らせいごときにできるはずがない」

 森崎のセリフを聞きながら、二科生ウイードと呼ばなかったのは、風紀委員のたまものだろうか、と達也はシニカルに考えていたが、森崎は達也の白けたまなしに気づくことなく、自分の言葉に酔ってきたのか、やや得意げにを続けていた。

「両手にCADを装着すれば、サイオン波の干渉で、両方のCADが使えなくなるのがオチだ。

 この程度のことも知らずに格好を付けようとしたんだろう?

 どうせ大したほうは使えないんだ。はじをかかなくてすむように、こそこそ立ち回るんだな」

「アドバイスのつもりか?

 ゆうだな、もりさき

「ハッ! 僕はお前らとは違う。一昨日おとといは不意をつかれたが、次はもう油断しない。

 お前らと僕たちの、格の違いを見せてやる」

 言い捨てて立ち去る背中をながめながら、たつは思う。

 次がある、と信じられることの、何と幸せなことか……


        ◇ ◇ ◇


 エリカと待ち合わせていたにもかかわらず、教室の前に彼女の姿はなかった。

(別にいいけどな……)

 達也は入学以来すっかり習い性になってしまったため息をついて、けいたいたんまつのLPSを立ち上げた。

 しきないの平面図と、その中をゆっくり移動する赤い光点が表示される。

 端末の電源を切らない程度のはいりよはしてくれているということだ。

 まだそれほど遠くへは行っていない。

(もしもの時の用心だったんだがなぁ)

 探しに来ることを完全に当てにされている。

 表示を拡大して位置を特定し、エリカの端末が発している信号へ向けて、達也は歩き出した。


 校庭いつぱい、窓から見る限り校舎と校舎の間の通路までくした観のあるテントの群れは、さながらえんにちてんだった。

「お祭りさわぎね、文字通り……」

 ぼそりとひとごとつぶやくエリカ。そしてそんな自分に気づいて、独り笑いのしようどうまれそうになった。

 彼女は元々、独り言が多い方だった。

 だが、入学式からずっと、このくせかげひそめていた。

一人ひとりめずらしい、かぁ……案外、女の子を見る目がないよね、達也くん?)

 約束をすっぽかした──彼女の方から、だ──男の子に向かって、心の中ではなける。

 中学生時代も、その前の小学生時代も、彼女は一人でいることの方が多い少女だった。

 にんげんぎらい、という訳ではない。

 どちらかといえば、愛想は良い方だ。

 だれとでも、すぐ仲良くなれる。

 その代わり、すぐえんになってしまう。

 四六時中いつしよにいる、いつも連れ立って行動する、ということができないからだ。

 人間関係にしゆうちやくうすいからだと、自分ではぶんせきしている。

 比較的仲良くしていた友人からは、めていると言われた。

 気まぐれな猫みたいだ、とも言われた。

 なかたがいした友人から、お高く留まっていると言われたこともある。

 まとわりつく男の子は絶えなかったが、長続きした男の子もまた、いなかった。

 自由に、気ままに、何の約束にもしばられず。

 それが彼女のモットーだったのだ。

(……モットーだったんだけどねぇ……最近のあたしはチョッとおかしいかも)

 客観的に見て、最近の自分は彼に付きまとっている気がする、とエリカは思った。

 自分から一緒に回ろうと言い出すなんて、少し前なら思いもよらなかったことだ。

 まだ一週間足らずだから、その内、いつものようにきるかもしれない、とも思う。

 同時に、今度はいつもと違うかもしれない、とも思うのだ……


「エリカ」

 約束の時間から十分。校舎内から校庭へ、ちょうどしようこうぐちを出たところで、エリカは自分を呼ぶたつの声を聞いた。

 意外に早く追いついたな、とエリカは思った。

「達也くん、おそいわよ」

「……悪かった」

 しゆん、苦い顔がかいえたが、すぐに何事か納得した表情になり、達也は素直に頭を下げた。

「…………謝っちゃうんだ?」

 予想を外されて、けたエリカの方がまごつきを覚えてしまう。

「十分とはいえ、待ち合わせの時間を過ぎているのは確かだからな。

 おれおくれたことと、エリカが待ち合わせ場所にいなかったことは別問題だろ?」

「あぅ……ごめん」

 いささか変な表現だが、大真面目な顔でほほみかけられて、エリカはいつも射返すことができなかった。

「……達也くんってさぁ、やっぱり、性格悪いって言われない?」

「心外だな。

 性格に文句をつけられたことはない。

 人が悪いと言われたことならあるが」

「同じじゃん! てか、そっちの方がひどいよ!」

「ああ、違った。

 人が悪いじゃなくて、悪い人だった」

「そっちのがもっとひどいよ!」

あくと呼ばれたこともあるぞ」

「もういいって!」

 あらく息をつくエリカを前に、深遠なてつがく命題にさくを委ねているようなぜいで、達也は首をかしげた。

ずいぶんつかれているようだが、だいじようか?」

「……達也くん、絶対、性格悪いって言われたことあるでしょ?」

「実はそうなんだ」

「今までの流れ全否定なのっ?」

 エリカはがっくりとうなれた。


        ◇ ◇ ◇


 げんをとるのに少し手間取ったが、何とか、周りからおかしな目で見られる前にじゆんかい──エリカの場合は見学、あるいは冷やかし──に復帰した。

 そして、五分で帰りたくなった。

 あまく見ていた、と達也は認めずにいられない。──だれに対して、というわけでもないのだが。

 正直なところ、「バカさわぎ」といってもしよせんは高校のクラブかんゆうたかくくっていたのだ、彼は。しかし、そんな生やさしいものではなかった。

 なるほどこれなら、まりが必要だろう。むしろ、十人やそこらでは少なすぎる。

 校庭をくすテントとテントのすきに、ひとがきが築かれている。その人垣の向こうでは、脱出不能となったエリカが何事かわめいていた。彼女の身ごなしもかなりびんだったのだが、数の暴力にはこうしきれなかったようだ。……いち早くして高みの見物を決め込んでいる達也が言っても、説得力はないかもしれないが。

 もっともこの結果は、達也の方がエリカよりもすばしこかった、ということを意味するとは言い切れない。ならエリカは、達也に比べてあつとうてき多数からひようてきにされていたからだ。

 達也は新入生にしては背が高い方だが、どちらかと言えば着やせするタイプで、パッと身のふんも地味でありするどい目つきも目立つほどではなく、二科生ということもあって勧誘にいそしむ部員に目をつけられることはほとんど無かった。

 一方エリカは、とても目立つ美少女である。しかも、ゆきが手を出すどころか手でれるのも躊躇ためらわれるような美少女であるのに対して、エリカは火傷やけどすると分かっていても手を出してみたくなるタイプの美少女だ。

 要するに、何が起こったのかというと。

 エリカにクラブのかんゆうが群がったのである。

 彼女が二科生である、という事実は、この際何のしようがいにもならなかった。(エリカにとっては、役に立たなかったと言うべきかもしれない)

 おそらくはマスコット、あるいは広告塔となるキャラクターを求めて、主に非ほう競技系の運動部がエリカのそうだつせんを始めたのだ。

 彼女を中心に、巻き込んで。

 ひとがきおくで何が行われているのか──どうせ、エリカのかたつかうでを引っ張り、はたまた後ろからきつきと、同性であってもセクハラ認定をまぬがれないような獲物のうばいがひろげられているのだろうが──たつには見えない。殺気に似た空気すらただよはじめたことから、放置しておけない段階に達しつつあるのは察せられたが。

 それにしても、エリカは思ったよりにんたい強い。達也が一人ひとりだつしゆつしてきた、つまり彼女を見捨てるようなをしたのは、どうせすぐに抜け出してくるだろうと考えたからだ。

 少しきたえている程度では、エリカをこうそくしておくことはできない。その点を、達也は疑っていない。もりさきのCADをはじばした技は、断じて一年や二年で身に付くものではない。

 エリカに直接群がっているのは、上級生の女子生徒。さすがに女の子の身体をペタペタさわりまくるようならちものの男子生徒はいなかった。としが一つや二つ上であっても、女の子のわんりよくなら簡単にはらって逃げてくるだろう──と予想していたのだが、相手が非力な女の子、という点がマイナスに作用してる模様だった。エリカは、あらっぽい手段にうつたえる踏ん切りが付かないでいるのだ。

 しかし、そろそろ助け出さなければならないだろうなぁ、と達也が考えたのと、その声が聞こえたのは、同時だった。

「チョッ、どこ触ってるのっ? やっ、やめ……!」

 聞こえてきたのは、いささか色気に欠けているとはいえ、まぎれもなく、エリカの悲鳴。

 どうやら本格的に、シャレにならないじようきように至っているようだ。

 達也はひだりうでにはめたCADを操作し、ほうしきの準備が整ったところで、地面をりつけた。

 地面がれる。もっとも、彼の蹴りによって産み出されるしんどうなど有って無いようなものだ。

 その振動を、達也の構築した魔法式がぞうふくし、さらに方向性をあたえる。

 足の裏から伝わる振動だけで、人のしきを奪うほどのものではない。そこまで強力な魔法は、達也の力では放てない。

 しかし足下から身体を揺さぶられて、人垣を作る生徒たちは自分でも気づかぬうちにへいこう感覚を損なっていた。

 達也が人垣の中にむ。

 彼の腕にかき分けられた上級生は、簡単にしりもちをついた。

 男女の区別無く退けて、それほど苦労することなく、達也は人垣の中心へたどり着いた。

 女子生徒ばかりで築かれた最後のかべをかき分け、

 目指す相手の姿を見つけ、

 たつはその手をつかった。

「走れ」

 短くそれだけを告げて、達也はエリカの左手を引っ張り、走り出した。


        ◇ ◇ ◇


 人混みをかき分け、ではなく手品のようにすり抜け、達也は校舎のかげまでおおせた。

 つないだままだったエリカの手をはなし、背後へとかえって、達也は初めて彼女のさんじように気がついた。かみはひどく乱れ、ブレザーが片側に大きくずれ、真新しい制服にあちこちしわが寄り、完全に解けてしまったネクタイが右手ににぎられている。

 ネクタイのられた制服の胸元が、細く、はだけていた。走っているさいちゆうは手でさえていたに違いなかったが、ちょうど服を直そうとしていたのか、軽く下を向いていたその姿勢が、ぐうぜん、達也の視線の通り道を作っていた。

「見るなっ!」

 視界をかすめた足の向きで、達也が振り返ったことに気づいたのだろう。エリカの声はかんはつを容れぬものだったが、りつけられる直前、達也はすでに身体ごと顔を背けていた。

「……見た?」

 赤くなった顔の色が容易に想像できる声でエリカがたずねる。

「…………」

 しかし達也はこの時、すぐには答えをひねり出せなかった。

 見ていない、と答えるべきだろう。それがかしこい対応のはずだ。

 だが、しかし。

 わずかに日焼けした、それでも元々の白さを残している胸元。

 スッキリしたこつのライン。

 下着のカップをふちるレースかざりのベージュの色まで、しっかり記憶メモリーに焼き付いている。

「見・た?」

 きぬれの音が止まったので、づくろいが完了したのだろう、と推定。

 同時に声のトーンの変化から、猶予時間モラトリアムが無くなったことを達也は理解した。

 こうなったら、せめて一発、なぐられてやるべきだろう。例えそれが自分に全く責任のないことであっても、男としてその程度の誠意は見せなければならない。

 ──などと、現実とう気味に考えながら(というのも達也に全く責任が無いとは言えないからだ。少なくとも、最初に置き去りにしたという責任がある)、達也はゆっくりいた。

 幸い、制止する声はなかった。これでまだ服を直し終わっていないなどということになれば、事態の改善は絶望的となる。えりのボタンを一番上まで留め、ネクタイをキチンとなおしたエリカの姿を見て、たつは密かにあんした。考えてみれば、最初からボタンを全部留めていればああいうさんじようにはおちいらなかったかもしれない。一番上のボタンを外しネクタイをゆるめ、という具合に制服をくずしていたことががいを拡大させたのではないか、と達也は思った。

「見えた。すまない」

 だが、思っただけでそれを口にはしなかった。赤面のあとを目元に残している顔を見て、そんなことを言えるはずがなかった。

 エリカはうわづかいにジッと達也をにらんでいる。再び赤味を増していくほおは、ずかしさがよみがえってきたためか。にぎめたこぶしが細かくふるえているのは、しゆうえている表れか。

「……ばかっ!」

 手は、飛んでこなかった。その代わり、すねしようげきを受ける。

 エリカは達也の向こう脛をげて、クルリと背中を向けた。

 達也は、スタスタと歩いていくエリカを、無言で追いかける。

 達也からは見えないが、エリカはきっと、目をうるませているに違いない。

 彼の脛はかしぼくとうで打たれても耐えられるようにきたえてある。

 つまさきを補強もしていないじゆうなん素材のブーツでばしたのでは、蹴った足の方が痛かったに違いないのだ。しかしそれをづかったりすれば、さらに追い打ちをけることになるだろう。

 エリカの不自然な足取りに、見て見ぬふりをするのが、彼のせいいつぱいだった。


        ◇ ◇ ◇


 校庭一杯にテントが並んでいるとはいっても、それはあくまで「校庭」のことで、専用の競技場では、そこをだんから使っているクラブのデモンストレーションが行われている。

 体育館も同様だ。

 二人が足を運んだ時、第二小体育館、つうしようとうじよう」ではけんどうの演武が行われていた。

 ──ちなみにエリカの頭はとっくに冷えていた。八つ当たりだということは彼女も最初から自覚していたのだ。達也が一言も言い訳めいたことを言わなかったのも効果的だった。もっとも、「蒸し暑い」の一言で、またしてもネクタイを緩めえりもとの一番上のボタンを外しているのは、「熱さを忘れる」のが早過ぎる気もしないではない。

 二人は小体育館のへきめん高さ三メートルにかいろうじように設けられた観戦エリアから、剣道部のデモを見下ろしていた。

「ふーん……ほう高校なのに、剣道部があるんだ」

 エリカが何の気無しにつぶやき、

「どこの学校にもけんどうくらいあると思うが?」

 やはり、何の気無しにたつたずねる。いや、これは質問ではなくあいづちだったのかもしれない。

 しかしその顔を、エリカは短くない時間、マジマジとめた。

「……なんだよ?」

「……意外」

「何が?」

「達也くんでも、知らないことがあったんだね。

 それも、武道経験者ならたいてい知ってるようなことなのに」

 エリカの発言を聞いて、達也は少しなやんでしまった。

おれって、そんなに知ったかぶりに見えるかな?」

「えっ、いや、そんなことないよ?

 ただ何となく、達也くんって何でも知ってそうなふんだから」

「雰囲気って言われてもな……エリカと同じ高校一年生だぞ、俺は。

 まあ、いい。それより、剣道部がめずらしいんだ?」

「そ、そうよね。同じ一年生だもんね……同じって言葉にチョッとかんあるけど……

 ええと、剣道のことよね。

 ほうやそれを目指す者が高校生レベルで剣道をやることはほとんどないんだ。

 魔法師が使うのは『剣道』じゃなくて『けんじゆつ』、術式をへいようした剣技だから。

 小学生くらいまでなら剣技の基本を身につけるために剣道をやる子も多いけど、中学生で将来魔法師になろうって子たちは、ほとんど剣術に流れちゃうの」

「へぇ、そうなのか……剣道も剣術も同じものだと思っていたよ」

「本当に意外」

 達也の言葉を聞いて、エリカは本気でおどろいていた。

「達也くん、武器術の方もかなりのウデに見えるのに……

 あっ、そうか!」

「どうしたんだ?」

 とつぜん大きな声を出したエリカに、今度は達也が何事かと驚く。

 ちなみにとつじよ、声を上げた彼女に注目したのは、達也だけではなかったが、エリカ本人はそれに気づかず、「解った」という顔と「スッキリした」という表情で達也の疑問に答えた。

「達也くん、武器術に魔法を併用するのは当たり前だって思ってるんでしょ? ううん、魔法とは限らないかもだけど、とうとかプラーナとか、そんなので体術を補完するのは当たり前だと思ってるんじゃない?」

「それは当たり前なんじゃないか? 身体を動かしているのは筋肉だけじゃないぞ」

 達也にしてみれば、エリカの言い出したことはとうとつで、かつ、いまさらだった。

 そんなたつの回答と反応に、エリカはウンウンとうなずいている。

「達也くんにとっては当たり前かもしれないけど。

 つうの競技者にとってはそうじゃないのよね」

「なるほど」

 間接的な言い方だったが、それでようやく達也も自分とじようしきのズレをにんしきしたようだった。

「ところで、そろそろ大人しく見学することにしないか?」

 今度は達也がエリカに認識のズレを理解させる番だった。彼が意味ありげに動かした視線を辿たどって、エリカも自分の声量が注目を集めていたことに、ようやく気づく。

 エリカは愛想笑いを浮かべた後、無言でフロアに視線を落とした。


 レギュラーによるはん試合は中々のはくりよくだった。

 中でも目に止まったのは女子部二年生の演武だった。

 女性としてもそれほどおおがらとは言えない、エリカとほとんど同程度の体格で、二回り以上大柄な男子生徒とかく以上に打ち合っている。

 力ではなく、りゆうれいな技でげきを受け流している。

 しかも、彼女の方にはまだまだゆうがありそうだった。

 模範試合に相応ふさわしいはなのあるけんだ、と達也は思った。

 観衆もほとんどが彼女の技に目をうばわれていた。

 しかし、ここにも例外はいた。

 それも、ごく身近に。

 彼女が、あざやかな一本を決めて一礼するのと同時。

 不満げに、鼻を鳴らす音がすぐとなりで聞こえた。

「お気にさなかったようだな」

「え? ええ……」

 自分が問われたのだとすぐには分からなかったようで、エリカの答えが返って来るまで、少し間が空いた。

「……だって、つまらないじゃない。

 手の内の分かっている格下相手に、見栄えをしきした立ち回りで予定通りの一本なんて。

 試合じゃなくてだよ、これじゃ」

「いや、確かにエリカの言う通りなんだが……」

 達也の口元が、自然にほころんでいた。

「宣伝のための演武だ、それで当然じゃないか?

 よくプロの武術家でしんけん勝負をことを売りにしている人達がいるけど、本物の真剣勝負なんて、他人に見せられるものじゃないだろ?

 武術のしんけん勝負は、要するに殺し合いなんだから」

「……クールなのね」

「思い入れの違いじゃないか?」

 げんな顔でそっぽを向くエリカ。

 だがその表情は、おこって類のものだった。

 多分エリカは、見栄え重視で武の本質をおろそかにしている立ち回りを、不誠実なものととらえ、いきどおりを感じているのだ。

 ただ、たつがそれを口にすると、エリカがますますヘソを曲げそうだった。

 乱入する、などと言い出したりはしないだろうが、それに近いことはやらかしかねない。その前に、と達也はエリカを促してその場を後にした。

 いな、後にしようと、した。

 二人ふたりが観戦ゾーンから降りて体育館の出口にかったとき、かんゆうの口上とは別種のざわめきが背後から伝わった。

 ハッキリとは聞こえてこないが、何事か言い争っているのは分かる。

 となりを見れば、エリカも彼を見上げていた。彼女のひとみは、こうしんでウズウズしていた。

 こうふんの高まりつつある人の輪の中へ割って入ったのは、エリカの方が先だった。達也のそでをしっかりにぎって。

 エリカに引きずられる形で、達也もそうどうの真っ直中へ近づいていった。


 ひんしゆくを買いながら人混みをけて──けんにならなかったのは、エリカの愛想笑いのりよくるところが大きい──なんとか中が見える所まで辿たどいた二人がもくげきしたもの。

 それは、たいする男女のけんの姿だった。

 女の方は、ついさっきまで試合に出ていた──エリカに言わせればを演じていた──女子生徒。どうはまだつけているが、面は取っている。セミロングストレートのくろかみが印象的な、なかなかの美少女だ。あの技にこのルックス、新人かんゆうにはうってつけだろう。

「ふ~ん、達也くん、ああいうのが好み?」

「いや、エリカの方が可愛かわいい」

「……棒読みで言われても少しもうれしくないんですけど」

 はすにらけながらも、うわづかいの目元はほんのりくれないに染まっている。

「慣れてないんでな」

「……もう!」

 まだ何やらぶつぶつつぶやいていたが、えずからむのは止めたようなので、今度は男の方へ観察の目を移す。

 それほどおおがらではない──多分、達也より小さい──が、全身がバネのような体つきをしている。こちらは竹刀しないこそ持ってはいるが、防具は全くつけていない。

 一体何が起こっているのか、適当に見物人をつかまえて聞き出そうか、とたつは考えたが、その必要はなかった。

けんじゆつの順番まで、まだ一時間以上あるわよ、きりはら君!

 どうしてそれまで待てないのっ?」

「心外だな、

 あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部ずいいちの実力がろうできないだろうから、協力してやろうって言ってんだぜ?」

「無理矢理勝負をけておいて!

 協力が聞いてあきれる。

 貴方あなたせんぱい相手にるった暴力が風紀委員会にばれたら、貴方一人の問題じゃ済まないわよ」

「暴力だって?

 おいおい壬生、人聞きの悪いこと言うなよ。

 防具の上から、竹刀で、面を打っただけだぜ、おれは。

 仮にも剣道部のレギュラーが、その程度のことであわくなよ。

 しかも、先に手を出してきたのはそっちじゃないか」

「桐原君がちようはつしたからじゃない!」

 さきを向け合っておいて、いまさら口論もなかろうに、とは思ったが、当事者同士が疑問に答えてくれるのは好都合だった。

「面白いことになってきたね」

 ひとごとともそうじゃないともとれる口調でエリカがつぶやいた。

 ワクワクしている、ということが、声音からもうかがわれる。

「さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だわ、こりゃ」

「あの二人ふたりを知っているのか?」

「直接のめんしきはないけどね」

 達也の問い掛けにそく、応じたところを見ると、独り言ではなかったらしい。

「女子の方は試合を見たことあるのを、今、思い出した。

 壬生。一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とかずいぶんさわがれてた」

「……二位だろ?」

「チャンピオンは、その……ルックスが、ね」

「なるほど」

 マスコミなぞ、そんなものだろう。

「男の方は桐原たけあき

 こっちは一昨年おととしの関東けんじゆつ大会中等部のチャンピオンよ。

 しようしんしようめい、一位」

「全国大会には出ていないのか?」

「剣術の全国大会は高校からよ。

 競技人口じゃ比べ物にならないからね」

 それはそうだろう、とたつうなずいた。

 剣術は剣技と術式を組み合わせた競技、ならばほうが使えることが競技者の前提条件となる。

 魔法学の発達により魔法を補助する機器の開発が進んでいるとはいえ、実用レベルで魔法を発動できる中高生は、ねんれい別人口比で千分の一前後。

 成人後も実用レベルの魔法力をしている者はさらにその十分の一以下。

 この学内でこそ二科生は落ちこぼれあつかいだが、全人口比で見れば彼らもエリートなのだ。

「おっと、そろそろ始まるみたいよ」

 めた糸が限界に近づいているのは、達也にも感じ取れていた。

 万一に備えて、ポケットにんでいたわんしようひだりうでに付ける。となりの生徒がギョッとした顔で達也を見て、左胸にこうしようが無いことにもう一度目をきだしていたが、達也のしきたいする二人ふたりへ向いていた。

 女子生徒の方には、防具をつけていない相手へ打ち込むことに対するちゆうちよもあっただろう。だが、さきを向け合ってたがいに引かない以上、剣を交えるのはけられないことだ。

 おそらく、男──きりはらの方が先に動く。

「心配するなよ、。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」

「剣技だけであたしにかなうと思っているの? 魔法にたよりの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみにみがきをかける剣道部の、このあたしに」

「大きく出たな、壬生。

 だったら見せてやるよ。

 身体能力の限界をえた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」

 それが、開始の合図となった。

 いきなり、むき出しの頭部けて、竹刀しないろす桐原。

 竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされる。

 悲鳴は、はくほどおくれて生じた。

 見物人には、何が起こっているのか分からなかったことだろう。

 ただ、竹と竹が打ち鳴らされる音、時折金属的なひびきすら帯びるおんきようぼうから、二人が交える剣撃の激しさを想像するのみ。

──少数の、例外を除いて。

「女子の剣道ってレベルが高かったんだな。

 あれが二位なら、一位はどれだけすごいんだ?」

 二人ふたりけんさばきに、とりわけの技にかんたんいきたつらせば、

「違う……

 あたしの見た紗耶香とは、まるで、別人。

 たった二年でこんなにうでを上げるなんて……」

 あつに取られながらも、顔をかくしてしためずりしているような、どこか好戦的な気配を放ちながらエリカが呟く。

 つばぜりいでいつたん動きの止まった両者が、同時に相手をはなし後方にんで間合いを取った。

 息をつく者と、息をむ者。

 見物人の反応は、二つに分かれた。

「どっちが勝つかな……」

 息を潜めてエリカが問う。

「壬生せんぱいが有利だろう」

 ささやごえで達也が答える。

「理由は?」

きりはら先輩は面を打つのをけている。

 最初のいちげきは受けられることをしたブラフだ。

 魔法を使わないという制約を負った上で、さらに手を制限して勝てるほど、実力に差は無い。

 平手の勝負でも、竹刀しないさばきの技術だけなら壬生先輩に分があると思う」

おおむね賛成。

 でも、桐原先輩がこのまままんしきれるかな?」

 エリカの台詞せりふが聞こえた訳でもないだろうが、

「おおぉぉぉぉ!」

 この立ち合いで初めて、たけびを上げて桐原がとつしんした。

 両者、真っ向からの打ち下ろし。

あいち?」

「いや、かくじゃない」

 桐原の竹刀は紗耶香の左上腕をとらえ、

 紗耶香の竹刀は桐原のみぎかたんでいる。

「くっ」

 左手一本で紗耶香の竹刀をげ、桐原は大きく退すさった。

ちゆうねらいを変えようとした分、打ち負けたな」

「そうか、だから剣勢がにぶったのね。

 完全に相討ちのタイミングだったのに……結局、非情になれなかったか」

 勝負あった、と見たのはたつたちだけではない。

 けんどうの面々はあんの表情をかべている。

 いつの間にかギャラリーの最前列に来ていた、剣道部とは別の道着の一団──剣術部の部員たちは、苦虫をつぶしている。

しんけんならめいしようよ。あたしの方は骨に届いていない。

 素直に負けを認めなさい」

 りんとした表情で勝利を宣言する

 その言葉に、きりはらは顔をゆがめた。

 紗耶香のてきが正しいことを、感情が否定しようとしても、剣士としてのしきが認めてしまっているのか。

「は、ははは……」

 とつじよ、桐原がうつろな笑い声をらした。

 負けを認めたのか?

 そうは見えなかった。

 達也の中で、危機感の水位がきゆうじようしようした。

 彼以上に、きようはだで感じ取ったのは、たいを続ける紗耶香だっただろう。

 改めて構え直し、さきを真っ直ぐに向け、桐原をするどえている。

しんけんなら?

 おれの身体は、れてないぜ?

 、お前、真剣勝負が望みか?

 だったら……お望み通り、で相手をしてやるよ!」

 きりはらが、竹刀しないからはなれた右手で、左手首の上をさえた。

 見物人の間から悲鳴が上がった。

 ガラスをいたような不快なそうおんに耳をふさぐ観衆。

 青ざめた顔でひざをつく者もいる。

 いつそくびで間合いをめ、左手一本で竹刀をろす桐原。

 片手の打ち込みに、速さはあっても最前の力強さはない。

 だがは、そのいちげきを受けようとせず、大きく後方へ退すさった。

 当たってはいない。

 せいぜい、かすめただけだ。

 それなのに、紗耶香のどうに、細い線が走っている。竹刀がかすって、切れたあとだ。

 竹刀に真剣の切れ味を与えているのは、しんどうけい・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』。

「どうだ壬生、これがだ!」

 再び紗耶香に向かって振り下ろされる片手剣。

 その眼前に、たつが割り込んだ。

 飛び込む直前、達也は、CADを着けた左右のうでを軽く交差させ、そこに想子サイオンを送り込んだ。

 細くしぼんだサイオン流、サイオンの指で、CADのキーを押し込むイメージ。

 非接触型NCTスイッチによる操作で、CADが起動式を出力する。

 かんはつ容れず、複雑にパターン化されたサイオン波動そのもの──無系統ほうが達也から放たれる。

 今度は、見物人の中に口をさえる者が続発した。

 乗り物酔いに似たしようじようが、急激にれんする。

 その代わり、不快な高周波音が消えていた。

 桐原の竹刀と、達也のうでが、こうする。

 肉を打つ竹の音、は、鳴らなかった。

 生じた音は、板張りのゆかを鳴らす落下音。

 音とれから解放され、何が起こっているのか確認するゆうをようやくもどした見物人たちが見たもの。

 それは、投げ落とされうつぶせにひっくり返された桐原の左手首をつかみ、かたぐちひざおさんでいる達也の姿だった。


        ◇ ◇ ◇


 小体育館──「とうじよう」のせいじやくを破ったのは、悪意がにじむささやごえだった。

だれだ、アイツ」「見たこと無いけど」「新入生じゃないか?」「見ろよ、二科生ウイードだ」「補欠が出しゃばってるのか?」「でも、あのわんしようって」「そういえばあたし、二科の新入生が風紀委員に選ばれたって聞いたよ」「マジかよ、二科生ウイードが風紀委員?」

 ざわめきは、剣術部がじんっているあたりを中心に広がっている。

 囁かれる声に、男女の別はなかった。

 ひとがきを作る輪の半分から、非友好的な視線が達也に投げ掛けられている。

 残りの半円は、ただ息をひそめている。

 あつとうてきにアウェイな空気が押し寄せる中で、たつきりはらを組み伏せたまま、けいたいたんまつの音声通信ユニットを取り出した。平然とした表情は、少なくとも見る限りにおいて、強がりとは思えなかった。そのたたずまいは、ブーイングに慣れている悪役ヒールに、少し似ている。

「──こちら第二小体育館。たいしや一名、負傷していますので、念のためたんをお願いします」

 大声を張り上げたわけではなかったが、達也の言葉は人垣の外側まで届いた。

 一呼吸置いて、その意味がしきしんとうすると同時に、最前列にいたけんじゆつ部員の一人が、あわてて達也をりつけた。

「おい、どういうことだっ?」

 気が動転しているのだろう。あまり意味のあるけではなかった。いや、もしかしたら質問ではなくどうかつだったのかもしれない。

ほうの不適正使用により、桐原せんぱいには同行を願います」

 その怒鳴り声に対して、達也はりちに答えを返した。──もっとも、視線はおさんだ桐原に固定したまま、顔も上げなかったのだから、律儀ではあってもれいかなっているとは言いがたい。

 見ようによっては、相手を鹿にしている。

 剣術部の上級生も、そう感じた。

「おいっ、さまっ! ふざけんなよ、補欠ウイードの分際で!」

 達也のむなぐらに手がびてくる。

 達也は桐原の手を放して、ちゆうごしのまますべるように後退した。

 足とこしを伸ばし、ゆかたおれたままの桐原を観察する。

 投げ飛ばされた時に受け身を取り損なったのか、しきもうろうとしているようだ。これならば逃げられるねんは無い。そう判断して、達也はようやく、自分に食って掛かってきた(そして現在進行形で食って掛かっている)上級生へ目を向けた。

 相手のことをにもかけていない、と見えるその態度に、たつと向き合っているけんじゆつ部員は今にもぎしりが聞こえてきそうな強さでおくめている。

「なんできりはらだけなんだよっ? 剣道部のだって同罪じゃないか。それがけん両成敗ってもんだろ!」

 ひとがきの中からえんしやげきが放たれた。無論、桐原や達也につかみかかろうとした剣術部員に対する援護であり、達也を非難するものだ。

 それに対して、達也は

ほうの不適正使用のため、と申し上げましたが」

 へいたんな口調で、またしてもりちに答える。

 無視してりゃいいのに……とあきれているエリカの視線の先で、彼女のねんしていたとおりのことが起こった。

「ざけんな!」

 完全に逆上した上級生が、再び達也に摑みかかる。

 とうぎゆうのように身をひるがえしてその手をのがれる達也。──まるきり火に油を注ぐだった。

 今度はこぶしを固めてなぐりかかる、が、やはり達也にかわされる。

 その剣術部員はムキになって次々に拳をしているが、徒手かくとうは門外漢な上に逆上しているがゆえの雑な動作、達也でなくてもけるのは難しくないだろう。

 軽やかなステップでおおりのパンチを躱し続け、相互の位置が入れ替わる。空振りにつかれた上級生の足が止まり、達也も合わせて足を止めた、ちょうどその時。

 ひとがきの中から、達也の背中におそかる剣術部員その二。

 両手をはんした体勢は、羽交い締めフルネルソンねらったものか。

 危ない、とエリカが叫ぼうとした、その意思が言葉となる前に。

 達也の身体がクルリとった。

 ばしたうでえがき、きつこうとする体を巻き込む。

 剣術部員その二は、剣術部員その一へ突っ込み、二人ふたりだん状態で派手にてんとうした。

 再びせいじやくが訪れた。

 とうじようから、ざわめきが消えた。しわぶき一つ無かった。

 しかし、もし擬態語が実際の音に変わったとしたら、「ぶちっ」というかなり大きな音が達也とエリカの耳に届いたことだろう。

 次のしゆんかん

 剣術部員たちは、いつせいに、達也へ襲い掛かった。

 悲鳴が上がる。

 剣術部員以外──ギャラリーだけでなく剣道部員までもが、巻き込まれることをおそれての子を散らすように逃げて行く。

 その中でただ一人、このさわぎの原因とも言えるだけは、らんとうの輪の中へ、おそらくたつすけむ構えを見せた。

「待て、

 だが、同じ剣道部の三年生男子部員が、彼女のうでつかんで止めた。

「あっ、つかさ主将……」

 いつしゆんていこうりを見せたものの、自分の腕を摑んでいる相手の顔を見て、紗耶香は大人しく、引っ張られるままにその場をはなれた。

 彼女の顔は後ろめたさでいっぱいだったが、それでも彼女は、この三年生、剣道部男子部主将・司きのえの手を振り払わなかった。

 紗耶香が男子部主将に手を引かれ乱闘の場よりだつする一方、達也はそのしようてんとなって剣術部員をむかっていた。

 もっとも、迎え撃つといっても彼らにはんげきするのではなく、その全てをいなし、かわして、達也は一科生ブルームをあしらい続ける。

 達也の身ごなしは、れいというよりけんじつ、あるいは確実という表現が相応ふさわしいものだった。前後左右から次々とおそかってくる上級生の順番が全て分かっているとしか思えない、最小限の動き。えよくギリギリで躱すのではなく、危なげなくゆうを持って躱す。逃げられないよう押し包もうとするれんけいにはフェイントを掛けて同士討ちをさそい、かべとなって押し寄せてくる相手にはたくみにえがくステップでその外側へ回り込む。十人以上で襲い掛かっているにも関わらず、けんじゆつは達也の動きを止めるどころか、呼吸を乱すことすらできずにいる。

 欠片かけらあせりもどうようも顔にかべることなく、ほんのわずかな乱れもていたいも無い体さばきを見せつけられて、このそんな一年の二科生ウイードはんげきしないのは、反撃できないのではなく、その必要が無いからだ、ということを剣術部の一科生ブルームたちも否応なく理解させられた。

 ひとがきの後ろの方では、すっかり頭に血が上った剣術部員が達也へほうを放とうとしていた。

 次々と光ったじよう想子サイオン光は、起動式を展開し、魔法を行使しようとした表れのはずだ。

 だが、魔法は発動しなかった。

 達也が視線を向ける都度、乗り物いに似たをもたらすれと共に、魔法式に成りきれなかったサイオンのかたまりくうに散って行く。

 訳が分からないという顔で八つ当たりのじゆらしながら、なおも達也に摑みかかりなぐりかかり、空回りを続ける剣術部員たち。

 その様子を男子部主将がきよう深げに見ていたことに、紗耶香は最後まで気づかなかった。


〈つづく〉

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魔法科高校の劣等生 @TSUTOMUSATO

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