[4]
CADは伝統的な補助具である
しかし、全ての面において伝統的な補助具に勝っているかというと、そうではない。
精密機械であるCADは、伝統的な補助具に比べて、よりこまめなメンテナンスを必要とする。
特に、使用者のサイオン波特性に合わせた受信・発信システムのチューニングは重要だ。
CADは魔法師から送り込まれたサイオンを材料にして(インクとして、あるいは絵の具として、と表現する方が
これ以外にも、CADを使いやすくするポイントはたくさんある。
CADの調整は
ところで、サイオン波特性は肉体の成長、
だから、本来は毎日、使用者の体調に合わせた調整を行うのが望ましいが、CADの調整にはそれなりに高価な専用の機械が必要になる。
軍や警察、中央官庁、一流研究機関、有名学校、資金力の豊富な
第一高校はこの国でもトップクラスの名門校だけあって、学校専用の調整
だが
◇ ◇ ◇
夕食後、地下室を改造した作業室で自分のCADを調整していた達也は、たった
「
その言葉は
「失礼します。お兄様、CADの調整をお願いしたいのですが……」
彼女の手には、
近づくにつれて心地よく
病院の検査着の様な、簡素なガウンを身に着けている。
「設定が合っていないのか?」
これは、本格的な調整を行うときのスタイルだ。
「
過分な賞賛はいつものことだから、特に改めさせようともしない。こんなことで口論するのは不毛過ぎる、と
だが、フルメンテナンスは三日前に行ったばかりだ。いつもは一週間のインターバルだから、何か急な理由があってのことだと、考えずにはいられない。
「ただ、その……」
「遠慮は要らないよ。いつも言っているじゃないか」
「すみません、実は、起動式の
「なんだ、そういうことか。本当に、遠慮は要らないんだよ。かえって心配になるから」
妹の
深雪は少し
「それで、どの系統を追加したいんだ?」
一方、起動式のバリエーションは、どこまでを起動式に組み込み、どこから自分の
一般的には、
深雪はこれらの例とは逆に、できるだけ定数
十五歳にして、
「
「んっ? お前の減速
多種多様な持ち札の中でも、
「お兄様もご存知の通り、減速魔法は個体作用式がほとんどで、部分作用式は困難です。
部分減速、部分冷却も不可能ではありませんが、発動に時間が
スピードに重点を置いた、最小のダメージで相手を無力化できる術式が、わたしには欠けているのではないかと」
「うーん……深雪はそういうタイプじゃないと思うけどなぁ。
相手の不意をつく、スピードで相手を
領域干渉は、自分の周囲の空間を自分の魔法力の
「……ダメでしょうか?」
しかし、
「いや、ダメということはない。そうだな……生徒会で、同じ学校の生徒相手にとる戦法としては、そういうのも必要になるかもしれないな。
分かったよ。手持ちの魔法を
深雪にねだられて、達也が
「本当は、もう一つCADを持つ方がいいんだけど」
「一度に二機のCADを操ることができるのは、お兄様だけです」
「その気になればお前にもできるって」
ぷいっ、とそっぽを向いた深雪の頭を、苦笑しながら何度か
効果はてきめんだった。
彼女の小さな頭がすっぽり入りそうな兄の手の優しい
「じゃあ先に、測定を済ませようか」
妹の
手の平の
現れたのは、あられもない
計測用の
例え妹であっても、
だが、
今の彼は、観察し、
感情を
◇ ◇ ◇
「お
この種類の計測は、
むしろ、これほど精密な測定を行う調整は、
学校の調整
目を
兄は背もたれのない
いや、「ように」ではない。
事実何事も無かったし、そもそもこれは毎週やっていることだ。
いちいち
思わないようにしている。
兄が平静でいてくれるのは、深雪にとってもありがたいことだ。
──いつもなら。
「お兄様、ずるいです……」
「深雪っ?」
深雪の
──
──その声に、乱れた
ガウンを羽織り、前を閉じぬまま、達也の背中におぶさる様にしなだれかかった深雪は、
「深雪はこんなに恥ずかしい思いをしておりますのに、お兄様はいつも、平気なお顔……」
「いや、深雪、あのな?」
「それともわたしでは、異性のうちに入りませんか?」
「入ったらまずいだろう!」
正論だ。が、その正論が、言葉として具現化した
「深雪ではお気に
本日は、
「聞いていたのか?」
そんなはずはない。
第一、
しかし、そんな反論を系統立てて組み立てる
「まあ、やはり! あのお二方はお美しいですものね」
「もしもし、深雪さん? 何か誤解されてはいませんか?」
「美人の
いつの間にか深雪の左手には、彼女のCADが
「お仕置きです!」
「ぐわっ!」
完全に不意をつかれ、
【自己修復術式、オートスタート】
【コア・エイドス・データ、バックアップよりリード】
【
気を失っていたのは一秒にも満たない
一瞬以上、
それは
自然に開いた
「お兄様、おはようございます」
「……
「申し訳ありません、悪ふざけが過ぎました」
口では謝りながらも、深雪の顔は笑っている。
外では大人びた態度を
この笑顔を前にすると、どうでもいいか、という思いしか
実際、他愛もない兄妹のじゃれ合いだ。
どれほど過激な手段をとろうとも、彼を最終的に傷つけることなど、この妹にはできないのだから。
「
差し出された手を取り、口ではぼやきながら、達也の顔も、笑っていた。
◇ ◇ ◇
目を覚ましたのはいつもの時間。
だが
頭が少し、ぼんやりしている。
家の中に兄の気配はない。
朝の修行に行ったのだろう。
これも、いつものことだ。
兄は、毎晩彼女より遅くまで起きていて、毎朝彼女より早く目を覚ます。
以前は身体を
今では、それが
彼女の兄は、あの人は、特別なのだ。
世間の人たちは、自分のことを天才だという。
自分たちとは違う、特別な人間だと
──何も分かっていない。
本当に
あの人は、次元が違う。
彼らは知らない。
真に
彼女たち兄妹の父親であるあの男が、その恐怖のあまりに、実の息子であるあの人に、どんな仕打ちをしてきたか、どんなに不当な
兄は、自分がそれを知らないと信じている。
だから、知らないフリをしている。
父が──あの男が兄の才を
自由を
あの男にできたのは、偽りの名を
あの人はそんなものに
……思考がコントロールできない。
自分のことが、自分でない他人のことのように思えてしまう。
理由は分かっている。
昨晩の、あの出来事の
あの時は平気でいられた。
気持ちで、優っていたから。
でも、兄と別れて、
胸が高鳴って、眠れなかった。
心が乱れて、眠りに就けなかった。
愛しかった。
でも、
あの人は実の兄だ。三年前のあの時から、自分にそう言い聞かせてきた。
三年前、あの人に救われて、あの人の真価を知ったあの日から、わたしはあの人の妹として
かつてわたしが、あの人に助けられたように、いつかはあの人の助けになりたいと願ってきた。あの人を助けられる自分になりたいと、今も心から願っている。
わたしは、あの人に、何も求めない。
わたしは
今はあの人を
あの人の役に立ちたい。
──さしあたっては、朝食の準備。
あそこでもご飯は食べさせてもらえるのに、
それが今、わたしにできることだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます