[3]
第一高校生が利用する駅の名前はずばり「第一高校前」。
駅から学校まではほぼ一本道だ。
入学二日目の
しかし、いきなりこれはないだろう、と
「達也さん……会長さんとお知り合いだったんですか?」
「
「そうは見えねえけどなぁ」
「わざわざ走ってくるくらいだもんね」
「……
「……お兄様の名前を呼んでいらっしゃいますけど」
彼の周りには美月、エリカ、レオの、
昨日と同じく、そしてこれまでずっとそうしてきたとおり、深雪と
そのことに関しては、別に悪いことではない。
一日の始まりとしては、悪くない。
だが、五人で校門までのそれ程長くない道をのんびりと歩む背後から、「達也く~ん」と客観的に見れば割と
「達也くん、オハヨ~。
深雪さんも、おはようございます」
深雪に比べて
「おはようございます、会長」
それなりに
達也に続いて深雪が丁寧に一礼する。
「お一人ですか、会長?」
見れば分かることをわざわざ
「うん。朝は特に待ち合わせはしないんだよ」
肯定は、言外の質問に対する肯定でもある。
しかしそれにしても……
「
これは深雪に向けられた言葉。それなりに
どうやら、
「はい、それは構いませんが……」
「あっ、別に
それとも、また後にしましょうか?」
そう言って、
「会長……一人だけ
「えっ? そうでしたか?」
「お話というのは、生徒会のことでしょうか?」
この程度のことで達也は切れたりしないが、それでもストレスを感じないわけではない。
深雪は急いで、話の流れを自分の方へ引き寄せた。
「ええ。一度、ゆっくりご説明したいと思って。
お昼はどうするご予定かしら?」
「食堂でいただくことになると思います」
「達也くんと一緒に?」
「いえ、兄とはクラスも違いますし……」
やや
「変なことを気にする生徒が多いですものね」
チラッと横を見る達也。
案の定、美月がウンウンと頷いている。昨日の一件を、結構引きずっているようだ。
しかし会長、
「じゃあ、生徒会室でお昼をご一緒しない? ランチボックスでよければ、自配機があるし」
「……生徒会室にダイニングサーバーが置かれているのですか?」
物に動じない
空港の無人食堂や
「入ってもらう前からこういうことは余り言いたくないんだけど、遅くまで仕事をすることもありますので」
「生徒会室なら、
その時、
例え見間違いであっても、頭の痛い
「……問題ならあるでしょう。副会長と
生徒会のことで妹に
入学式の日、真由美の背後から彼を
あの視線は、誤解しようのないものだった。
彼が
しかし、達也の言うことが、真由美にはすぐに思い当たらなかったようだ。
「副会長……?」
真由美はちょこんと首を
「はんぞーくんのことなら、気にしなくても
「……それはもしかして、
「そうだけど?」
この
「はんぞーくんは、お昼はいつも部室だから」
達也のそんな思いとは無関係に──当たり前だが──ニコニコと笑みを絶やさず真由美は
「何だったら、
しかし、真由美の社交的な申し出を、正反対の口調で
「せっかくですけど、あたしたちはご
遠慮した、にしては、やけにキッパリとした返答、
エリカの示した意外な態度に、気まずい空気が流れる。
だが、彼女の真意が解らない以上、それをひっくり返すことも、フォローすることもできない。
「そうですか」
ただ一人、
理由はないが、
「じゃあ、
どうしましょう、と深雪が
さっきまでなら断っても良かったが、エリカのとった態度を考えると、角を立てずに断ることは難しい。
「……分かりました。深雪と
「そうですか。よかった。じゃあ、
お待ちしてますね」
何がそんなに楽しいのか、くるりと背を向けた真由美は、スキップでもしそうな足取りで立ち去った。
同じ校舎へ向かうというのに、見送った五人の足取りは重い。
達也の口からため息が
◇ ◇ ◇
そして早くも昼休み。
足が重かった。
たかが二階分階段を上ったくらいでへばってしまうような、やわな
本当に重いのは気分で、足が重いというのは
達也とは
まあ、何が楽しみなのか分からないほど、彼も鈍くはなかったので、改めて問うようなことはしなかったが。
四階の
見た目は
違いは中央に
プレートには「生徒会室」と刻まれていた。
招かれたのは
耳をそばだてていないと気がつかない程度の、
引き戸の取っ手に達也が指を
別段、警戒すべきことは何もないはずと、判っては、いる。
これは、彼ら兄妹の身体に染み付いた
──もちろん、何も起こらなかった。
「いらっしゃい。
正面、
何がそんなに楽しいんだろう、と一度
深雪を先に通し、達也はその後に続く。達也はドアから一歩、深雪はドアから二歩の位置に立ち止まった。
手を
こういう洗練された仕草は、達也には真似できない。
妹の作法や
「えーっと……ご
宮中
もう
うちの妹は、
ただ、
「どうぞ掛けて。お話は、お食事をしながらにしましょう」
深雪の先制
指し示されたのは、多分、会議用の長机。
今時、
なんにせよ、学校の備品としては
いつもは断固として兄を
「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」
あとは待つだけだ。
ホスト席に
「入学式で
私の隣が会計の
「……私のことをそう呼ぶのは会長だけです」
整ってはいるが顔の各パーツがきつめの印象で、背が高く手足も長い鈴音は、美少女というより美人と表現する方が
確かに「リンちゃん」より「鈴音さん」の方がイメージに合っているだろう。
「その隣は知ってますよね? 風紀委員長の
会話が成り立っていない、が、
「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」
「会長……お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。わたしにも立場というものがあるんです」
彼女は
なるほど、これは「あーちゃん」だろう、と
「もう
「私は違うがな」
「そうね。
あっ、準備ができたようです」
ダイニングサーバーのパネルが開き、無個性ながら正確に盛り付けられた料理がトレーに乗って出てきた。
合計五つ。
一つ足りない……と思いつつ、自分が口を
あずさが立ち上がったのを見て、深雪も席を立つ。自動
あずさがまず自分の分を机に置き、真由美と鈴音の分を両手に持つ。
続いて深雪が自分と達也の分を運んで、
まずは
とは言え、達也たちと真由美たちの間に、共通の話題は無いに等しい。
会話は自然と今食べている料理のことになる。
自動調理だからレトルトになるのは仕方が無いのだが、最近の加工食品は
「そのお弁当は、
深雪の意図は、単に会話を
「そうだ。……意外か?」
しかし、深雪に問われ、
本気で
「いえ、少しも」
本人を
「……そうか」
達也の目は、摩利の手元──指を見ている。機械任せか、自分で料理しているのか、どのくらい料理ができるのか、できないのか……全て
「わたしたちも、
「深雪の弁当はとても
「あっ、そうですね……まずそれを探さなければ……」
「……まるで恋人同士の会話ですね」
「そうですか? 血のつながりが無ければ恋人にしたい、と考えたことはありますが」
しかし、達也に軽く返され、爆弾は不発に終わる。
いや、この場合は
「……もちろん、
本気で赤面しているあずさに、これまたニコリともせず達也は
「面白くない男だな、君は」
つまらなさそうに評する
「自覚しています」
棒読みで回答する達也。
「はいはい、もう止めようね、摩利。
このままではキリが無いと見たのか、
「……そうだな。
前言
ニヤリと笑い──美人な女子生徒なのに、
会長に続き、風紀委員長。
名前で呼ばれるのもいい加減、慣れてきそうだった。
「そろそろ本題に入りましょうか」
少し
「当校は生徒の自治を重視しており、生徒会は学内で大きな権限を
これは当校だけでなく、公立高校では一般的な
「当校の生徒会は伝統的に、生徒会長に権限が集められています。大統領型、一極集中型と言ってもいいかもしれません」
この
「生徒会長は選挙で選ばれますが、
「私が務める風紀委員長はその例外の一つだ。
生徒会、部活連、教職員会の三者が三名ずつ選任する風紀委員の
「という訳で、
さて、この仕組上、生徒会長には任期が定められていますが、他の役員には任期の定めがありません。
生徒会長の任期は十月一日から翌年九月三十日まで。その期間中、生徒会長は役員を自由に任免できます」
そろそろ話が見えてきたが、口を
「これは毎年の
「会長も主席入学だったんですね? さすがです」
「あ~、まあ、そうです」
目を泳がせ、
達也の質問は一種のお
演技でなく本当に照れているのは、すれていないというべきか……せいぜい同い年くらいに見える。──もしかしたら、この程度のことに本気で照れているように見せる、それこそが演技かもしれないが。
「コホン……
この場合の「生徒会に入る」とは、言うまでも無く生徒会の役員になるという意味だ。
「引き受けていただけますか?」
一呼吸、深雪は手元に目を落とし、達也へと
達也はその背中を
再び
「会長は、兄の入試の成績をご存知ですか?」
「──っ?」
全く予想外の展開に、
急に何を言い出すつもりだろうか、この妹は。
「ええ、知っていますよ。すごいですよねぇ……
正直に言いますと、先生にこっそり答案を見せてもらったときは、自信を無くしました」
「……成績
「おいっ、み……」
「デスクワークならば、実技の成績は関係ないと思います。むしろ、
相手の言い終える前に、自分の言葉を
それが達也であるなら、
「わたしを生徒会に加えていただけるというお話については、とても光栄に思います。喜んで末席に加わらせていただきたいと存じますが、兄も
達也は、顔を
自分はここまで妹に
これは
「残念ながら、それはできません」
回答は、問われた生徒会長ではなく、
「生徒会の役員は第一科の生徒から選ばれます。これは
この規則は生徒会長に与えられた
彼女も、一科生と二科生をブルーム・ウィードと差別している現在の体制に、ネガティブな考え方を持っているということが十分に分かる声音だった。
「……申し訳ありませんでした。分を
だから深雪も、素直に謝罪することもできたのだろう。
立ち上がり、深々と頭を下げる深雪を
「ええと、それでは、深雪さんには書記として、今期の生徒会に加わっていただくということでよろしいですね?」
「はい、
もう一度、今度は少し
「具体的な仕事内容はあーちゃんに聞いてくださいね」
「ですから会長……あーちゃんはやめてくださいと……」
「もし差し支えなければ、
泣きそうな
「深雪」
ちらっと
「分かりました。放課後は、こちらにうかがいましたらよろしいでしょうか?」
「ええ、お待ちしてますよ、深雪さん」
「あの~どうしてわたしが『あーちゃん』で、
ある意味当然な疑問だったが、またしてもスルーされた。
……達也は、あずさがかわいそうになってきた。
「……昼休みが終わるまで、もう少しあるな。
ちょっといいか」
もっとも、イジメとか悪ふざけとかいう理由ではなく、おもむろに手を挙げた
「風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の
「それは今、人選中だと言っているじゃない。まだ新年度が始まって一週間も経っていないでしょう? 摩利、そんなに急かさないで」
真由美が摩利の性急さを不満げにたしなめるが、摩利はそれに取り合わなかった。
「確か、生徒会役員の選任規定は、生徒会長を除き第一科生徒を任命しなければならない、だったよな?」
「そうよ」
しかたないわね、という顔で真由美が頷く。
「第一科の
「そうね。役員は会長、副会長、書記、会計で構成されると決められているから」
「つまり、風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定
「摩利、
真由美が大きく目を見開き、鈴音、あずさも
この提案も、先の深雪の発言と同じく、
この
──のだが。
「ナイスよ!」
「はぁ?」
真由美の予想外な
「そうよ、風紀委員なら問題無いじゃない。
摩利、生徒会は
いきなり過ぎる展開に動転したのは
「ちょっと待ってください!
大体、風紀委員が何をする委員なのかも説明を受けていませんよ」
論理的思考に基づくと言うより、直感的な危機感に従って、達也は
「妹さんにも生徒会の仕事について、まだ具体的な説明はしておりませんが?」
「……いや、それはそうですが……」
──が、達也の抗議は、
「まあまあ、リンちゃん、いいじゃない。
達也くん、風紀委員は、学校の風紀を
「…………」
「…………」
「……それだけですか?」
「聞いただけでは物足りないかもしれないけれど、結構大変……いえ、やりがいのある仕事よ?」
それよりも根本的な意思
「そういう意味ではないんですが」
「はい?」
とぼけているわけではないようだ。
達也は、視線を右にスライドさせた。
鈴音の目には、同情があった。
だが、助け船を出す気はないようだ。
その
摩利は、面白がっている。
その隣。
視線を合わせると、あずさの目に
じっと見る。
あたふたと左右に
「あ、あの、当校の風紀委員会は、校則
──外見を裏切らない気弱さだった。
「風紀といっても、服装違反とか、
自分で仕向けたことながら、
「……あの、何か質問ですか?」
「いえ、続きをお願いします」
「あ、はい。
風紀委員の主な任務は、
風紀委員長は、違反者に対する
いわば、警察と検察を
「すごいじゃないですか、お兄様!」
「いや、
念の
「何だ?」
達也は、説明させていたあずさではなく、
「今のご説明ですと、風紀委員は
「まあ、そうだな。魔法が使われていなくても、それは我々の任務だ」
「そして、魔法が使用された場合、それを止めさせなければならない、と」
「できれば使用前に止めさせる方が望ましい」
「あのですね!
達也はとうとう大声を出してしまった。
それは、魔法で相手を
どう考えても、魔法技能に
だが、
「構わんよ」
「何がですっ?」
「力比べなら、私がいる……っと、そろそろ昼休みが終わるな。
放課後に続きを話したいんだが、構わないか?」
確かにもうすぐ昼休みは終わるし、確かに
「……分かりました」
再度ここに出頭するとなると、もう
「では、またここに来てくれ」
◇ ◇ ◇
教育用
ネットワークで授業ができるのだから、わざわざ長時間
結局、学校不要論は流行以上のものにはならなかった。
どれほどインターフェイスが進歩しても、仮想体験は
一年E組は、まさにその実習授業の
とは言っても、リアルタイムに質疑応答を行うべき教師はいない。学術的研究の成果が、必ずしも合理的に採用されるとは限らないという分かり易い実例がここにはある。
E組の生徒たちは
事実上のガイダンス、といっても、やはり課題は出ている。
「達也、生徒会室の居心地はどうだった?」
CADの順番待ちの列で、背中を
その顔に
「
「奇妙、って?」
達也の前に並んでいるエリカがクルリと
「風紀委員になれ、だと。
いきなり何なんだろうな、あれは」
「確かにそりゃ、いきなりだな」
レオも
「でもすごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」
しかし
「すごいかなぁ? 妹のオマケだよ?」
しかし、達也は美月の
「まぁまぁ、そう
エリカに問われ、達也があずさに聞いた話をかいつまんで説明するにつれて、三人とも目が丸くなっていった。
「そりゃまた、
「危なくないですか、それって……エリカちゃん、どうしたの?」
エリカは
「……まったく、勝手なんだから……」
視線が
「エリカちゃん?」
「えっ、あっ、ゴメン。ホントにひどい話よね。達也くん、そんな危ない仕事、断っちゃえ」
険しい表情を
「えぇっ、面白そうじゃねえか! 受けろよ、達也。
「でも、
何となく、「勝手な人」が誰を指すのか、分かる気はする。
「そうよ。きっと、
だが、それを確かめられるような
「でもよぉ、
ずかずかと踏み込むつもりも無かった。
「う~ん……それは、そうかも」
「エリカちゃん、納得しないで! そんなの、
「でも
「うっ、それは……」
「世の中には
むしろ、いつの間にか逆風気味の風向きに流れを断ち切る必要を
「ほら、エリカの番だぞ」
「あっ、ゴメンゴメン」
達也に
エリカの背中が小さく上下したのは、すうっと息を
CADの前に置かれた台車が走り出し、折り返して戻ってくる。それが、三回。本人にとっても満足の行く結果だったのか、「よしっ」とばかり右手をコッソリ
この実習はレールの中央地点まで台車を加速し、そこからレールの
エリカはこっそりガッツポーズをとったことなどまるきり
ペダルスイッチでCADを支える
返ってきたノイズ混じりの起動式に
台車は二、三度つまずくような挙動を見せた後、無事に動き出した。
だからそれは、
台車が動き出すまでの時間が、エリカより明らかに
台車の勢い自体は、
しかし達也本人は、ため
◇ ◇ ◇
だが「
達也本人は全く乗り気でないのだから、
放課後、昼休み時以上に重い足を引きずって、達也は生徒会室へ来ていた。
と、明確な敵意をはらんだ
「失礼します」
悲しいかな、また
視線の主が立ち上がり兄妹へ近づいてくる。いや、深雪の
副会長の身長は達也とほぼ同じ。
整ってはいるが特筆すべき程のものではない
「副会長の
少し神経質そうな声だったが、
右手が小さく動いたのは、
服部はそのまま達也を完全に無視して席に
そんな彼の気苦労も知らず──会ったばかりの気心が知れない
「よっ、来たな」
「いらっしゃい、深雪さん。達也くんもご苦労様」
「
「……ハイ」
こちらも既に
「じゃあ、あたしらも移動しようか」
一日も
「どちらへ?」
しかし達也も、話し方を気にするほど上品な育ちではない。簡潔に、告げられたことについてのみ応える。
「風紀委員会本部だよ。色々見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね。
この真下の部屋だ。といっても、中でつながっているんだけど」
摩利の答えに、達也の返事は一呼吸
「……変わった造りですね」
「あたしもそう思うよ」
そう言いながら、席を立つ。が、
「
呼び止めたのは服部副会長。摩利はその声に、今時耳慣れない
「何だ、服部刑部
「フルネームで呼ばないでください!」
彼の視線に、真由美は「んっ?」という感じで小首を
まさか「はんぞー」が本名だったとは……完全に、予想外だった。
「じゃあ
「服部
「そりゃ名前じゃなくて
「今は官位なんてありません。学校には『服部刑部』で
「お前が
「まあまあ
その発言主、真由美に、
お前が言うな、と。
だが、彼女は全くこたえた様子がなかった。
気づいてもいないのかもしれない。
そして
苦手としている、とは、ちょっと違う。
服部の、摩利に対するものとは異なる感情が
──第三者として見物している限りでは。
しかし、観客でいられたのは、ほんの短い時間だった。
「
顔に
「何だ?」
「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」
冷静に、あるいは感情を
摩利が
「おかしなことを言う。
「本人は
「それは達也くんの問題だな。生徒会としての意思表示は、生徒会長によって
摩利は、達也と服部を
そんな
「過去、
服部の反論に含まれた
「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による
摩利の
「
風紀委員は、ルールに従わない生徒を実力で取り締まる
「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にも色々あってな。
力づくで
相手が十人だろうが二十人だろうが、私
この学校で私と対等に戦える生徒は
君の
摩利の言葉は、自信と実績に裏打ちされていた。しかし、たじろぎ、気圧されながらも、服部に白旗を
「私のことを問題にしているのではありません。彼の適性の問題だ」
何より服部は、自分の主張が正しいことを確信していた。力に劣る二科生に、実力行使が要求される風紀委員は務まらない。そのことは、これまで二科生が風紀委員に選ばれたことは無いという事実が証明している。
しかし、摩利の自信は、服部以上の強度を有していた。
「実力にも色々ある、と言っただろう? 達也くんには、展開中の起動式を読み取り発動される
「……何ですって?」
予想外の言葉を聞かされて、服部は反射的に問い返していた。予想外と言うより、信じられないと言った方が
起動式を読み取る。そんなことが、できるはずはなかった。
それは、彼にとって「
「つまり彼には、実際に
しかし、
「当校のルールでは、使おうとした魔法の種類、規模によって
だが
だからといって、展開の完了を待つのも
彼は今まで罪状が確定できずに、結果的に軽い罰で済まされてきた
「……しかし、実際に
ショックを
「そんなものは、第一科の一年生でも同じだ。二年生でも同じ、魔法を後から起動して、相手の魔法発動を阻止できるスキルの持ち主が一体何人いるというんだ?
それに、私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある」
摩利はそれを
服部もさすがに、言い返す言葉をすぐには見つけられずにいた。
「今まで二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、二科の生徒による魔法使用違反も、一科の生徒が
君の言うとおり当校には、一科生と二科生の間に感情的な
一科の生徒が二科の生徒を取り締まり、その逆は無いという構造は、この溝を深めることになっていた。
私が
「はぁ……すごいですね、摩利。そんなことまで考えていたんですか?
私はてっきり、
「会長、お静かに」
真由美によって空気が
責めるような
首を横に
前者が真由美で、後者が鈴音だった。
感情的な対立は、
「会長……私は副会長として、
どうかご再考を」
「待ってください!」
慌てて制止しようとしたが、
「
実戦ならば、兄は
確信に満ちた言葉に、摩利が軽く目を見開いた。真由美も
だが深雪を見返す服部の目は、
「司波さん」
服部が話しかけた相手は、言うまでもなく深雪だ。
「魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に
身内に対する
親身に教え
案の定、深雪はますますヒートアップした。
「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を
「深雪」
冷静さを完全に失いかけていた深雪の前に、手が
深雪がハッとした顔になり、
言葉と
深雪は確かに言いすぎた。言ってはならないことを、言おうともした。だが、深雪にそこまで言わせたのは服部だ。深雪ばかりを悪者にする気は、達也には無かった。
「
「なに……?」
意外な申し出に言葉を失ったのは、
全員の視線が集まる中、服部の身体がブルブルと
「思い上がるなよ、補欠の分際で!」
小さく悲鳴を上げたのは、あずさか。
そして、
「何がおかしい!」
「
「くっ!」
自分のセリフで
「あるがまま、の対人
別に、風紀委員になりたいわけじゃないんですが……妹の目が
それが服部には余計に、
「……いいだろう。身の程を
すかさず、真由美が口を
「私は生徒会長の権限により、二年B組・服部
「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」
「時間はこれより三十分後、場所は第三演習室、試合は非公開とし、
模擬戦を、校則で禁じられている暴力
真由美と摩利が
◇ ◇ ◇
「入学三日目にして、早くも猫の皮が
生徒会長印の
「申し訳ありません……」
「お前が謝ることじゃないさ」
「ですが、わたしの
その目からは、今にも
「入学式の日にも言っただろ?
……すみません、とは言うなよ。今、
「はい……
指で涙をぬぐい笑顔で告げる深雪に、同じく、笑顔で
「意外だったな」
扉を開けるなり、この一言。
「何がですか?」
演習室で達也を
「君が案外好戦的な性格だったということが、さ。他人の評価など余り気にしない人間だと思っていたからね」
意外と言いながらも、彼女の目は期待に
「こういう
ため息の代わりに、多少
摩利には、全くこたえた様子が見られなかったが。
「私闘じゃないさ。これは正式な試合だ。
真由美がそう言っただろう?
実力主義というのは、一科と二科の間にのみ適用されるものではないんだよ。むしろ、同じ一科生の間にこそ適用されるものだ。
もっとも、一科生と二科生の間でこういう決着方法がとられるのは初めてだろうがね」
なるほど、口で決着がつかなければ力づくで決着をつけることが、かえって
「
「増えているな、確かに」
何の悪びれもない態度は、
と、急に真面目な表情になって、
「それで、自信はあるのか?」
近すぎるその距離に深雪が
頭半分低い、上目遣いに見上げる切れ長の
自覚した
「服部は当校でも五本の指に入る
色気のないセリフを、
「正面から遣り合おうなんて考えていませんよ」
しかし達也は
「落ち着いているね……少し、自信を無くしたぞ」
そう言いながら、摩利は明らかに面白がっていた。
「はぁ」
「こういう時に赤面するくらいの
ニヤッと笑って
「困った人だ……」
あれは治にあって乱を求め、乱にあって治をもたらすタイプだろう、と達也は思った。
入学以来、めっきり波乱含みとなった人間関係に今度こそため息を
黒いアタッシュケースの中には、
そのうちの一方を取り、実弾銃で
その様子を、
「お待たせしました」
「いつも複数のストレージを持ち歩いているのか?」
特化型のCADは使用できる起動式の数が限られている。
だが、
「ええ。汎用型を使いこなすには、処理能力が足りないので」
正面に立つ
「よし、それではルールを説明するぞ。
直接
相手の肉体を直接
武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可する。
勝敗は一方が負けを認めるか、
このルールに従わない場合は、その時点で負けとする。あたしが力づくで止めさせるから
達也と服部、双方が
共に
手を
この種の勝負は通常、先に魔法を当てた方が勝つ。
そして、同時にCADを始動するルールで、一科生である自分が、二科生である生意気な新入生に負けるはずがない、と
服部はオーソドックスな
特化型CADはスピードに優れ、汎用型CADは多様性に優れる。
しかし、汎用型よりスピードに勝る特化型を使ったとしても、
達也はCADを
服部は
場が静まり返る。
「始め!」
達也と服部の「正式な試合」、その
服部の右手がCADの上を走る。
単純に、三つのキーを
彼が本来得意とする術式は、中距離以上の
近距離、一対一の試合は、どちらかといえば苦手としている。
だがそれも「どちらかといえば」であり、第一高校入学以来の丸一年間、負け知らずだ。
個人戦・集団戦を問わない対人
それは必ずしも彼の
スピードを重視した単純な起動式は即座に展開を
その直後、彼は危うく、悲鳴を上げそうになった。
対戦相手の、身の程を知らない一年生が、視界を
だが、魔法は、不発に終わった。
起動式の処理に失敗したのではない。
敵の姿が、消えたのだ。
魔法式の
対象物の運動状態を改変するはずの
連続して三波。
別々の波動が服部の体内で重なり合い、大きなうねりとなって、彼の意識を刈り取った。
勝敗は、
秒殺、という表現があるが、今の試合には五秒もかかっていない。
「……勝者、
勝者の顔に、
ただ
軽く一礼して、CADのケースを置いた机に向かう。
ポーズではなく、自分の勝利に何の
「待て」
その背中を、
「今の動きは……自己加速術式を
彼女の
試合開始の合図と同時に、
そして次の
瞬間移動と見間違える程の、速力。
生身の肉体には、為し得ない動きに見えた。
「そんな訳がないのは、
だがこれは、達也の言うとおりだった。摩利は
「しかし、あれは」
「
「わたしも証言します。あれは、兄の体術です。兄は、
摩利が、息を
もっとも、驚いてばかりではなかった。真由美が新たに、魔法を学ぶ者としての見地から疑問を呈する。
「じゃあ、あの
私には、サイオンの波動そのものを放ったようにしか見えなかったんですが」
とは言っても、声も
「忍術ではありませんが、サイオンの波動そのものという部分は正解です。あれは
「しかしそれでは、はんぞーくんが
「
「酔った? 一体、何に?」
首を
「
「そんな、信じられない……魔法師は
真由美の疑問に答えたのは、
「波の合成、ですね」
「リンちゃん?」
その一言だけでは、
「
よくもそんな、
「お見事です、
鈴音は
しかし、鈴音の本当の疑問点は、もっと別にあったようだ。
「それにしても、あの短時間にどうやって振動魔法を三回も発動できたんですか?
それだけの処理速度があれば、実技の評価が低いはずはありませんが」
正面から成績が悪いと言われ、達也としては苦笑することしかできない。
その代わり、先程からチラチラと落ち着き無く達也の手元を
「あの、もしかして、
「シルバー・ホーン? シルバーって、あの
真由美に問われ、あずさの表情はパッと明るくなった。
時に「デバイスオタク」と
「そうです! フォア・リーブス・テクノロジー専属、その本名、姿、プロフィールの全てが
世界で始めてループ・キャスト・システムを実現した天才プログラマ!
あっ、ループ・キャスト・システムというのはですね、通常の起動式が
「ストップ! ループ・キャストのことは知ってるから」
「そうですか……?
それでですね、シルバー・ホーンというのは、そのトーラス・シルバーがフルカスタマイズした特化型CADのモデル名なんです!
ループ・キャストに最適化されているのはもちろん、最小の魔法力でスムーズに魔法を発動できる点でも高い評価を受けていて、特に警察関係者の間では
現行の
「あーちゃん、チョッと落ち着きなさい」
息が切れたのか、胸を大きく上下させながら、あずさは目をハート型にして
一方、真由美は新たな疑問に、またしても首を
「でも、リンちゃん。それっておかしくない? いくらループキャストに最適化された高性能のCADを使ったからって、そもそもループキャストじゃ……」
話を
「ええ、おかしいですね。
ループ・キャストはあくまでも、全く同一の魔法を連続発動する
同じ
振動数を定義する部分を変数にしておけば同じ起動式で『波の合成』に必要な、振動数の異なる波動を連続で作り出すこともできるでしょうけど、
今度こそ
「多変数化は処理速度としても演算規模としても
「……実技試験における
なるほど、テストが本当の能力を示していないとはこういうことか……」
「はんぞーくん、
「大丈夫です!」
少し
「そうですね。ずっと気がついていたようですし」
今の服部の
屈めていた身体を起こして納得顔で
「いえ、最初は本当に
赤くなった顔のまま、
「意識を
何と言うか……ある種の感情が容易に推測できるものだった。
「そうですか……? それにしては、私たちが話していたことをしっかり理解しているようですけど?」
「……ええと、それはですね! こう、朦朧としながらも、耳に入って来たと言いますか……」
そしてどうやら、真由美自身、服部が自分に向けている感情を、しっかり理解しているようだった。
悪女? と思ったが、言葉の持つイメージと彼女の持つ
実にどうでもいいことだと、気づいた
達也は摩利に呼び止められたことで中断していた
……と言うほど
物欲しそうに自分の手元を見詰めるあずさの視線には、気づかないふりをする。
手伝いたそうにしている妹の視線も、今回は無視だ。
カートリッジを
ようやく言い訳を終えたらしい。
今やっている作業は別に後回しでも構わないものだったが、達也はあえて
「
「はい」
歯切れの悪いテノールに、深雪が答える。
この部屋に男性は達也を含めて二人しかいないのだから、声の調子が今までと別人のように異なっていても、相手が
「さっきは、その、
また、声の主が話しかけた相手が誰であるかも、間違えはしない。
「目が
「わたしの方こそ、生意気を申しました。お許しください」
深々とお
どちらが兄か姉か分からない大人の対応にこっそり口の
おもむろに
息継ぎは、和解の準備か、再戦の
可能性は、現実とならぬまま、消えた。
結局、服部は、達也と視線をぶつけ合っただけで
そんな彼の意図が伝わったのか、深雪はすぐに落ち着きを取り戻した。
「生徒会室に
その後ろで、達也の視線に気づいた
◇ ◇ ◇
事務室にCADを預け直し、
投げ飛ばそうと反射的に動いた身体を強制停止させた
「さて、色々と想定外のイベントが起こったが、当初の予定通り、委員会本部へ行こうか」
そんな達也の内心(主に
達也が何となく迷惑そうな顔をしているのを確認して、深雪がようやく
どうやら、彼のことは無視するという方向で、自分の感情と折り合いを付けたようだ。それは、達也にとってもありがたいことだった。
それも、今は後回しだ。
苦労して(主に口先で)腕を振り解き、達也はおとなしく、摩利の後に続いた。
部屋の
消防法は無視なのか?
とも達也は思ったが、生徒=見習い、あるいは卵とはいえ、優秀な
エレベーターでなかった分だけ許容
彼女に続いて裏口を通り抜け、本部室へ足を踏み入れた達也に、摩利は長机の前の
「少し散らかっているが、まあ適当に
少し、なのだろう。確かに、足の踏み場がないとか椅子が荷物でふさがっているとか、そこまで散らかってはいない。
だが、とても
書類とか本とか
「風紀委員会は男所帯でね。整理
「
皮肉なのか
「……校内の
現在、この部屋にいるのは二人きり。委員会の定員は九名ということだが、その倍は入れそうな広さでこの
もっとも、達也が注意を向けていたのは、室内全体の整頓状況では無く、目の前の、机の上に置かれた雑多な荷物だった。
「それはそうと、委員長、ここを片付けてもいいですか?」
「なに……?」
「
だからといって、達也の対応が変わるわけでもなかったが。
「魔工技師志望? あれだけの対人
達也のセリフに、摩利は本気で首を
「
しかし、
多くの国において、
国際ライセンスの区分はAからEの五段階。
選定基準は魔法式の構築・実行速度、規模、
警察や軍のように
「……それで、ここを片付けても構いませんか?」
「あ?、ああ、あたしも手伝おう。話は手を動かしながら聞いてくれ」
座ったまま目の前の書類整理から始めた
もっとも、気持ちと成果が必ずしも
手を動かす速度は両者同じだが、達也の手元にどんどんスペースができているのに対し、
チラッと達也が目を動かす。
小さく、ため息。
摩利は
「すまん。こういうのはどうも苦手だ」
この部屋の現状は、彼女に最大の責任があるのではないかと達也は思った。
思っただけで、口にしない程度には、彼も大人だったが。
「それにしても良く分かるな」
「何がでしょう?」
「書類の仕分けだよ。適当に積んでいるだけかと思ったら、きちんと分類されているじゃないか」
「……すみません、机に座るのはちょっと……」
開き直ったのか、彼が場所を空けた机の上に、摩利はもたれ
「ああ、悪い」
少しも悪いと思っていない口調だったが、これも
紙束の中からブックスタンドを掘り起こして本を立てて行く。今時分、紙の本もブックスタンドもかなり
ましてそれが、
「君をスカウトした理由は──そういえば、さっきほとんど説明してしまったな。
「
本を並び終え、
「どうしてそう思う?」
「自分たちは今まで口出しできなかったのに、同じ立場のはずの下級生にいきなり取り締まられることになれば、面白くないと感じるのが
席を立ち、
空いている
「だが同じ一年生は
「それはそのとおりですが……」
端末を並べ終えて、別のキャビネを
「一科生の方には歓迎に倍する反感があると思いますよ」
目当ての物を見つけて、
「反感はあるだろうさ。だが入学したばかりの今なら、まだそれほど差別思想に毒されていないんじゃないか?」
「どうですかねぇ?」
達也がごそごそとキャビネの中の物を
「
袖を捲った手首にアース用のリストバンドを巻いて、
「よくそんな物を持っていたな……
「結構便利ですよ、これ……彼のことを知っているんですか?」
「教職員
「えっ?」
CADの状態をチェックしていた手から力が
机の上に落としそうになるのを、
「君でも慌てることがあるんだな」
「そりゃそうですよ」
ニヤニヤと笑みを
変な
「昨日
「当事者です」
「そう、
「いっそ、どちらも入れないというのはどうです?」
「
いきなりストレートな質問を向けられ、再び
とりあえず、手に持つCADをケースにしまい、顔を上げた。
机に
切れ長の眼が
「……正直なところ、
「フン……それで?」
「面倒ですが、
摩利の顔に、にんまりと人の悪い笑みが再び
その悪どさが、彼女のシャープな
「
「
残念ながら、一本取られたことを認めざるを得ない、と達也は思った。
◇ ◇ ◇
「……ここ、風紀委員会本部よね?」
階段を下りてきた
「いきなりご
「だって、どうしちゃったの、摩利。
リンちゃんがいくら注意しても、あーちゃんがいくらお願いしても、全然片付けようとしなかったのに」
「事実に反する中傷には断固
片付けようとしなかったんじゃない、片付かなかったんだ!」
「女の子としては、そっちの方がどうかと思うんだけど」
真由美が目を細めて
「別にいいけどね……ああ、そういうこと」
固定
「
「まあ、そういうことです」
背中を向けたまま答えた後、ハッチを閉じて、
「委員長、点検終わりましたよ。痛んでいそうな部品を
「ご苦労だったな」
冷や汗で。
「ふーん……摩利を委員長、って呼んでるってことは、スカウトに成功したのね」
「最初から
その態度が、真由美にはお気に
「達也くん、おねーさんに対する対応が少しぞんざいじゃない?」
……とりあえず達也が真由美に言いたかったのは、自分に姉はいないということだった。それを言うとドツボにはまりそうな気がしたので、実際、口にはしなかったが。
何から何まで
ぞんざいなのは自分に対する真由美の態度だと、達也は心の底から思った。
同じような印象を受けた場面でこれまでは流してきたが、今回は
「会長、念の
「んっ、何かな?」
「会長と俺は、入学式の日が初対面ですよね?」
それにしては
自分がとんでもない悪手を打ってしまったことを達也は
さっき、摩利が同じような笑みを浮かべていたのを思い出して、なるほど、類が友を呼んだんだな、と達也は現実
「そうかぁ、そうなのかぁ……ウフフフフ」
「達也くんは、私と、実はもっと前に会ったことがあるんじゃないか、と思っているのね?
入学式の日、あれは、運命の再会だったと!」
「いえ、あの、会長?」
何なのだろうか、このテンションの高さは。
「遠い過去に私たちは出会っていたかもしれない。運命に
本気で
「……でも残念ながら、あの日が初対面ね、間違いなく」
「……そうだと思っていました」
「ねっ、ねっ、もしかして、運命感じちゃった?」
胸の前で両手を
「……すみません、
質問に質問で返しても、答えは得られない。
期待に満ちた
彼女はS気質だ、と
とにかく、答えなければなるまい。
ため息を
「……これが運命なら『Fate』じゃなくて『Doom(
達也の回答に、真由美が顔を
後ろ姿に
達也にも相当
しかし。
罪悪感、を感じさせられた時間は、幸いにもか、不幸にもか、長くなかった。
迷っていたのが功を奏した、のだろう、この場合。
「……チッ」
しょんぼりと
今度は達也が目を見開く番だった。
「あの、会長?」
「はい、何でしょう」
正面に
「……何だか会長のことが分かってきた気がしますよ」
「そろそろ
罪の
「
ここぞとばかり、摩利が茶々を入れる。
「人聞きの悪いことを言わないで
さすがに聞き捨てならなかったらしく、真由美がムッとした顔で言い返した。
「ええとですね、
不用意な質問をしたことを
「真由美の態度が違うのは、君のことを認めているからだよ、達也くん。
君に何か、自分と相通ずるものを感じたのだろう。
この女はとにかく
いきなり真面目な表情になった摩利に、達也は失調感を覚えた。
「摩利の言うことを信じちゃダメよ、達也くん。
でも、認めているというのは当たりかな?
何だか他人って気がしないのよね。
運命を感じちゃってるのは、実は私の方なのかも」
舌でも出しそうな
どうもこの二人には、正面から
◇ ◇ ◇
真由美が降りてきたのは、
入学式が終わったばかりで、色々と
今の情報システムは、昔のように立ち上げ処理や
スイッチを切るだけなので何ヶ月もほったらかしに等しい
散々整理
「ハヨースッ」
「オハヨーございまス!」
「おっ、
ここは
上背は
(
当の本人は、と見ると、
彼女がまともな神経を(少しでも)持っていたことに、場違いな
「委員長、本日の
もう
「……もしかしてこの部屋、姐さんが片付けたんで?」
変わり果てた(?)室内の様子を
体重もそれ程ではないはずだが、不思議と、のっしのっし、という形容が似合う歩き方だ。
その行く手に
「ってぇ!」
スパァン! という小気味いい音と共に、男が頭を
摩利の手には、何時の間に取り出したのか、
一体
「姐さんって言うな! 何度言ったら分かるんだ!
そんな達也の疑問など知る
「そんなにポンポン
それほど痛がっている様子もなく、鋼太郎と呼ばれた男子生徒がぼやいた。しかし、電光石火で目の前に
鋼太郎の
「……こいつはお前の言うとおり新入りだ。一年E組の
「へぇ……
「
もう一人の男子生徒も、そう言いながら、冷やかすような、
「お前たち、そんな単純な
ここだけの話だが、さっき
だが、ニヤニヤと、からかうように
「……そいつが、あの服部に勝ったってことですかい?」
「ああ、正式な試合でな」
「何と! 入学以来負け知らずの服部が、新入生に敗れたと?」
「大きな声を出すな、
まじまじと見られて居心地悪いことこの上なかったが、相手はどうやら上級生で、風紀委員会の先輩だ。ここは
「そいつは心強え」
「
「意外だろ?」
「はっ?」
余りに
「この学校はブルームだ、ウィードだとそんなつまらない
幸い、
残念ながら、教職員枠の三人までそんなヤツばかり、とは行かなかったが、ここは君にとっても居心地の悪くない場所だと思うよ」
「三─Cの
「二─Dの
鋼太郎、沢木が、次々と
確かに少し、意外に感じた。そして確かに、悪くない空気だった。
「
これを教えてくれる
「それから自分のことは、沢木と
手にかかる圧力が、達也の
ギリギリと
この学校は
「くれぐれも、名前で呼ばないでくれ給えよ」
どうやらこれは、警告のつもりらしい。
別にこんな回りくどいことをしなくても、達也に上級生を名前で呼ぶような習慣はないのだが、挨拶には返礼しなければなるまい。
「心得ました」
そう言いながら右手を細かく
達也の見せた体術に、沢木本人よりも、鋼太郎の方が
「ほう、大したもんじゃねえか。沢木の握力は百キロ近いってのによ」
「……
自分のことを
少なくともこの二人とは、
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