[2]
高校生二日目の目覚めも、いつもと同じだった。
彼が高校に進学したからといって、地球の自転周期が変化するはずもない。
簡単に顔を洗い──後でもう一度、しっかりと洗顔することになるからだ──いつもの服に
ダイニングに下りると、
「おはよう、深雪。
まだ空が白んだだけで、春の陽は顔を
学校へは、当然早すぎる時刻だ。始業時刻は八時ちょうどで通学時間は徒歩を
「おはようございます、お兄様……どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたコップにはフレッシュジュース。
再び調理台に向かっている妹の背中に「行ってくる」と声を
「お兄様、今朝はわたしもご
そう言い終えると同時に、サンドイッチを
「それは構わないが……制服で行くのか?」
自分の着ているトレーナーと、エプロンの下から現れた制服を見比べながら達也が問う。
「先生にまだ、進学のご報告をしておりませんので……
それにわたしではもう、お兄様の
それが深雪の答えだった。
こんな早朝から制服に着替えていたのは、高校生姿を見せに行く
「分かった。別に朝練で深雪が
……喜び過ぎて、たがが外れなきゃいいけどな」
「その時はお兄様、深雪を守ってくださいね」
◇ ◇ ◇
まだ少し
その速度は、時速六十キロにも届かんとしている。
その
こちらはジョギングスタイルだが、一歩一歩のストライドが十メートルにも達している。
ただ、深雪に比べて表情に
「少し、ペースを落としましょうか……?」
「いや、それではトレーニングにならない」
クルリと身体の向きを変え、後ろ向きに片足
言うまでもなく、このスピードは
深雪が使っているのは重力加速度を低減する魔法と自分の身体を道の
達也が使っているのは路面をキックすることにより生じる加速力と減速力を
どちらも移動と加速の単純な複合術式だ。単純であるが
この場合、ローラーブレードを
一見、ローラーによって運動負荷が軽減されている深雪の方が楽に見えるが、自分の足を使わないということは移動ベクトルを全面的に魔法で
それに対して達也は、走るという動作で移動の方向性を決定づけている。
一歩ごとに術式を起動し続けなければならない達也と、
二人は性質の異なる訓練を自分に課しているのだった。
◇ ◇ ◇
二人の目的地は家から十分程の
そこは、一言で表現するなら「寺」だ。
だが、そこに集う者たちの面構えは「
あえて容れ物に
女性には
その時、
出迎え、というのは、要するに
この寺に通い始めた当初は
「深雪くん!
「先生……っ。気配を消して
なまじ感覚が
「
僕は『
きれいに
「今時、
深雪の真面目な抗議にも、
「チッチッチ、忍者なんて誤解だらけの
職業じゃなくて伝統なんだ」
わざわざ舌打ちに合わせて指を振りながら答える有様だ。──とにかく、俗っぽい。
「由緒正しいのは存じております。ですから不思議でならないのですけど。
この
より
本人が
魔法が科学の対象となり、世間からフィクションだと考えられていた魔法の実在が確認されたとき、忍術も単なる体術・中世的な諜報技術の体系だけでなく、
無論、
講談の中での忍術の代表格とも言える「
しかし、
「それが第一高校の制服かい?」
「はい、
「そうかそうか、う~ん、いいねぇ」
「……今日は、入学のご報告を、と存じまして……」
「真新しい制服が初々しくて、
「…………」
「まるでまさに
そう……萌えだ、これは萌えだよ! ムッ?」
際限なくテンションをあげ、ソロソロと後退する深雪にジリジリと詰め寄っていた八雲が
パシッ、という
「師匠、深雪が
「……やるね、達也くん。僕の背中をとると、はっ」
左手で達也の右手を巻き込みながら右の
右手を八の字に
逆らわず前転した八雲の足が達也の後頭部に
二人の間合いが
見物人から
いつの間にか、
再び交差する
手に
◇ ◇ ◇
達也が中学一年生の時から、正確にはその十月から続いている毎朝
「先生、どうぞ。お兄様もいかがですか」
「おお、深雪くん、ありがとう」
「……少し、待ってくれ」
汗を垂らしながらもまだまだ表情に
「お兄様、
身体を起こしたものの、座り込んだままの達也の
「いや、大丈夫だ」
八雲の生温かい視線を気にしたわけでもなかったが、達也は深雪の手からタオルを引き取り、一息、気合いを入れて立ち上がった。
「すまない、スカートに土がついてしまったな」
そう言う達也のトレーナーこそ、土が付いているどころではない有様だったが、深雪からそれを
「このくらい、なんでもありません」
深雪は笑顔でそう応え、スカートの
深雪が手にしているのは、携帯端末形態の
非物理の光で
現代の魔法師は、
CADには感応石という名の、
起動式は、魔法の設計図だ。その中には、長ったらしい呪文と、複雑なシンボルと、
魔法師はサイオンの良導体である肉体を通じてCADが出力した起動式を吸収し、
CADはこうして、魔法の構築に必要な情報を
「お兄様、朝ご飯にしませんか? 先生もよろしければご
それが当たり前のことであるかのように、ごく普通の口調で、バスケットを軽く
実際、この程度の
◇ ◇ ◇
縁側に
深雪は一切れ口にしただけで、お茶を差し出したりお皿に取り分けたりと
その様子を
「もう、体術だけなら達也くんには
それは
深雪は我がことのように顔を輝かせている。
だが、達也の心には、その単純な賞賛が素直に
「体術で
達也の
「それは当然というものだよ、達也くん。僕は君の
君はまだ十五
「お兄様はもう少し素直になられた方がよろしいかと存じます。先生が
深雪もまた、澄ました口調の
「……それはそれで、チョッと
八雲も、深雪も、笑顔で
達也の浮かべた苦笑いは、苦々しさのないただの苦笑に変わっていた。
◇ ◇ ◇
通勤・通学の人並みが、停車中の小さな車体に次々と、整然と乗り込んで行く。
満員電車、という言葉は、今や死語となっている。
電車は
何十人も収容できる大型車両は、全席指定の、一部の
キャビネットと呼ばれる、中央管制された
動力もエネルギーも
プラットホームに並ぶキャビネットに先頭から順次乗り込み、チケット、パスから行き先を読み取って運行軌道へ進む。
運行軌道は速度別に3本に分かれており、車両
高速道路で車線変更をしながら走行するようなものだが、管制頭脳の進歩により高密度の運行が可能となり、何十両も連結された大型車両を走らせるのと同じ輸送量が確保されている。
これが都市間の中・長距離路線になると、キャビネットを収納して走るトレーラーが四番目の高速軌道を走っており、乗客はキャビネットを降りて大型トレーラーの設備を利用し
昔の恋愛小説のように、電車の中で
友達と待ち合わせるということもできない代わりに、
キャビネットの車内に
走行中に座席を
電車は今や、自家用車と同じくプライベートな空間になっていた。
「お兄様、実は……」
こういう歯切れの悪い口調は、この妹には
何か良くない知らせなのだろうか。
「
「あの人たち? ああ……
それで、親父たちがまた何かお前を
「いえ、特には……。
あの人たちも、娘の入学祝いに話題を選ぶくらいの分別はあったようです。
それで……お兄様には、やはり……?」
「ああ、そういうことか……いつも通りだよ」
兄の言葉に、顔を
「そうですか……いくら何でも、と
「落ち着けって」
声にならないほどの激情に
「……申し訳ありません。取り乱してしまいました」
その際にポン、ポンと軽く手を
「会社の仕事を手伝えという親父を無視して進学を決めたんだ。
祝いを
親父の性格はお前も知っているだろう?」
「自分の親がそんな大人げなくて情けない性格だということからして、腹が立つんです。だいたい、お兄様をわたしから
そもそもあの人たちは、どれだけお兄様を利用すれば気が済むというのでしょうか。十五
叔母に断りを入れる
「共通義務教育ではないのだから、当たり前でもないさ。
親父も
当てにされていたんだと思えば腹も立たんよ」
「……お兄様がそう
不承不承、ではあったが、
深雪は、父親が開発本部長を務める
本当は、研究試料のリカバリー装置としての扱いしか受けていないと知ったら、本気で交通システムを
そんな彼の
◇ ◇ ◇
登校したばかりの一年E組の教室は、雑然とした
多分、
とりあえず親しく
「オハヨ~」
声の主は相変わらず陽気な活力に満ちたエリカだった。
「おはようございます」
その
すっかり仲が良くなったようで、エリカは美月の机に浅く
達也は片手を上げて挨拶を返すと、二人の方へ足を進めた。
シバとシバタ、
「また隣だが、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
達也の言葉に美月が笑顔を返す。と、その隣で(上で、といっても間違いではない)エリカが不満そうな顔をしていた。──多分、わざとだが。
「何だか仲間はずれ?」
声も
もっとも達也に、それくらいで
「千葉さんを仲間はずれにするのはとても難しそうだ」
あっさりした声と口調に、エリカが半眼に閉じた目を向ける。今度はあながち、演技にも見えない。
「……どういう意味かな」
「社交性に富んでいるって意味だよ」
エリカのジトッとした視線を受けても、
「……
こらえ切れずに
「……別に見られても困りはしないが」
「あっ? ああ、すまん。
「珍しいか?」
「珍しいと思うぜ? 今時キーボードオンリーで入力するヤツなんて、見るのは初めてだ」
「慣れればこっちの方が速いんだがな。視線ポインタも脳波アシストも、いまいち正確性に欠ける」
「それよ。すげースピードだよな。それで十分食ってけるんじゃないか?」
「いや……アルバイトがせいぜいだろう」
「そぉかぁ……?
おっと、
レオでいいぜ」
現代の若者感覚からすれば、高校入学時点で
「
「OK、
それで、得意
「実技は苦手でな、魔工技師を目指している」
「なーる……頭良さそうだもんな、お前」
魔工技師、あるいは魔工師は、魔法工学技師の
社会的な評価は魔法師より一段落ちるが、業界内では並みの魔法師より需要が高い。一流の魔工師の収入は、一流の魔法師を
そういう訳だから、実技が苦手な魔法科生が魔工師を目指すのは
「え、なになに? 司波くん、魔工師志望なの?」
「達也、コイツ、
まるでスクープを耳にしたようなハイテンションで首を
「うわっ、いきなりコイツ呼ばわり? しかも指差し? 失礼なヤツ、失礼なヤツ! 失礼な
「なっ? 失礼なのはテメーだろうがよ! 少しくらいツラが良いからって、調子こいてんじゃねーぞっ!」
「ルックスは大事なのよ? だらしなさとワイルドを取り違えているむさ男には分からないかもしれないけど。
それにな~に、その時代を一世紀間違えたみたいなスラングは。今時そんなの
「なっ、なっ、なっ……」
とりすました
「……エリカちゃん、もう止めて。少し言い過ぎよ」
「レオも、もう止めとけ。今のはお
「……美月がそう言うなら」
「……分かったぜ」
お互い、顔は背けながら目は
同じような気の強さ、似たような負けず
◇ ◇ ◇
この辺りのシステムは、前世紀から変わっていないが、そこから先は
電源の入っていなかった
〔──5分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機してください。IDカードを端末にセットしていない生徒は、速やかにセットしてください──〕
達也にとっては全く意味のないメッセージだった。既に選択授業の登録まで終えてしまった段階で、
本鈴と共に、前側のドアが開いたのだ。
意外感に打たれたのは
しかし、この女性が教職員であるのは、
「はい、欠席者はいないようですね。
それでは
つられてお
まず、出席を確認するのに、肉眼で見回す必要はない。着席
学校関係者があんなサイズの端末を持ち歩く必要もない。学内にはあちらこちらにコンソールが収納されている。現に今、
それに、そもそも、彼女は何なのだろうか? この学校で、担任教師などという時代遅れのシステムを採用しているという情報は、入学案内にはなかったはずだが──
「はじめまして。私はこの学校で総合カウンセラーを務めている
(……そういえば、いたな、そういうのが……)
「総合カウンセラーは合計十六名在任しています。男女各一名でペアになり、各学年一クラスを担当します。
このクラスは私と
そこで言葉を切って、教卓のコンソールを操作すると、三十代半ばに見える男性の上半身が、教室前のスクリーンと各机のディスプレイに映し出された。
『はじめまして、カウンセラーの柳沢です。小野先生と共に、君たちの担当をさせていただくことになりました。どうかよろしく』
スクリーンに柳沢カウンセラーを映したまま、教壇の「小野先生」──遥は説明を再開した。
「カウンセリングはこのように端末を通してもできますし、直接相談に来ていただいても構いません。通信には量子暗号を使用し、カウンセリング結果はスタンドアロンのデータバンクに保管されますので、
そう言いながら
「本校は皆さんが
……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」
それまでの生真面目な口調が、一転して
教室内に、
若さに──大学出たてのような外見に似合わぬ、場数を感じさせる。
一対一でこれをやられたら、
カウンセラーにとって重要な資質なのだろうが、女スパイとしても十分やっていけそうだ。
油断ならない人だ、と達也は思った。──背後のスクリーンの中で、放置されたまま
小さく
「これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを流します。その後、選択科目の
ここで
「……
その言葉を待っていたかのように、ガタッ、と
達也、ではなかった。
立ち上がったのは、窓側前列、少し
教卓に向かってその場で一礼し、教室の後ろに回って
顔を上げ、左右から
手元に目を戻し、さて、何を調べて時間をつぶそうか、とキーボード上で手を止めた達也は、ふと、視線を感じて顔を上げた。
視線が合っても彼女は目を
(何だったんだろうな、あれは……)
あの後も気づいてみれば、遥が
初対面だとは、断言できる。
明らかに愛想笑いを
おかげで、
(リラックスさせようとしていた……わけではないよな? あれじゃかえって落ち着きを
まさか教室で、教職ではないにしろ学校関係者が、生徒をナンパしようとしていたわけでもないだろうし……)
考えられる線としては、出て行った生徒と同じように登録を終えていたにもかかわらず、席に残った達也に
「達也、昼までどうする?」
まるでそれがお決まりのポーズであるかのように、
教室で食事をする、という習慣は、今の中学・高校にはない。
食堂へ行くか、中庭とか屋上とか部室とか、
そして食堂が開くまで、まだ一時間以上ある。
「ここで資料の目録を
楽しそうに
「それで、何を見に行くんだ?」
中学校まで、公立学校では
本格的な魔法教育は高校課程からであり、第一高校は魔法科高校中、最難関校に数えられているとはいえ、普通の中学校からの進学生も多い。魔法に関する専門課程には、そんな生徒たちが見たこともないような授業もある。
専門課程に
「
達也の質問に対するレオの答えは、これだった。
「
意表をつかれて問い返すと、レオはニンマリ笑った。
「やっぱ、そういう風に見えるのかね。
まあ、間違いじゃねえけどよ」
この学校に合格したのだから知的能力の水準が低いはずはないのだが、どうもこの少年は活気が
しかしレオの次のセリフを聞いて、達也は自分の思い違いを認めた。
「
自分で使う武器の手入れくらい、自分でできるようになっときたいんだよ」
「なるほど……」
レオの希望進路は警察官、それも機動隊員や
このクラスメイトは見た目より
「工作室の見学でしたら
「
「ええ……私も魔工師志望ですから」
「あっ、分かる気がする」
「オメーはどう見ても肉体労働派だろ。闘技場へ行けよ」
「あんたに言われたくないわよこの野性動物」
売り言葉に買い言葉。
「なんだとこら。
エリカとレオの口げんかは、打てば
「
実はやっぱり相性が良いんじゃないか? と思いながら、ため
「へっ、きっと前世からの
「あんたが畑を
「さあ、行きましょう! 時間が無くなっちゃいますよ」
「そうだな! 早くしないと、教室に残ってるのも
すかさず、達也が便乗する。早口でまくし立てる二人に
◇ ◇ ◇
入学二日目にして早くも行動を共にするメンバーが固まりつつあった。
これを
ただ、アタリかハズレかでいうならば、十中八九アタリだろう、と彼は思う。
エリカもレオも明るく前向きで、美月も内気ながら
自分がシニカルで
しかし、十中八九は百パーセントではない。
残り十~二十パーセント。
「お兄様……」
その一方で、
「謝ったりするなよ、深雪。
「はい、しかし……止めますか?」
「……逆効果だろうなぁ」
「……そうですね。それにしても、エリカはともかく、
「……同感だ」
一歩引いた所から見守る──あるいは、
第一幕は、昼食時の食堂だった。
第一高校の食堂は高校の学食としてはかなり広い方になるが、新入生が勝手知らずという事情から、この時期は例年混雑する。
しかし、専門課程の見学を早めに切り上げて食堂に来た達也たち四人は、それほど苦労することもなく四人がけのテーブルを確保した。
四人がけと言っても
半分ほど食べ終わった
そこで
達也と
このテーブルに座れるのはあと一人。クラスメイトと達也とどっちを選ぶか、深雪は考えることすらしなかった。
しかし、深雪のクラスメイト、特に男子生徒は、当然、彼女と相席を
最初は
身勝手で
深雪は達也たち四人に目で謝罪して、片側が空いたテーブルには座らず、達也と逆方向へ歩み去った。
第二幕は午後の専門課程見学中の出来事だった。
生徒会長、
生徒会は必ずしも成績で選ばれるものではないが、今期の生徒会長は
その
そして噂以上にコケティッシュだった容姿も、入学式で見ている。
彼女の実技を見ようと、大勢の新入生が
当然のように、悪目立ちした。
そして第三幕は、今まさに進行中、
「いい加減に
相手は一年A組の生徒。昼休みに食堂で見た
つまりどういう
「別に深雪さんはあなたたちを
一科生の
今も美月は
そう、最初は正論だった、はずなのだが……
「引き裂くとか言われてもなぁ……」
少し
「み、美月は何を
兄の呟きを耳にして、深雪は
「深雪……何故お前が
「えっ? いえ、焦ってなどおりませんよ?」
「そして何故に疑問形?」
「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」
「そうよ!
深雪のクラスメイト、女子生徒その一。
彼らの勝手な言い分を、レオは
「ハン! そういうのは自活(自治活動)中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」
エリカも皮肉成分たっぷりの笑顔と口調で言い返す。
「相談だったら
深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんなことも知らないの?」
相手を
「うるさい!
差別的ニュアンスがある、という理由で「ウィード」という単語の使用は校則で禁止されている。半ば以上有名無実化しているルールだが、それでもこれだけ多くの
この
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですかっ?」
決して大声を張り上げていたわけではなかったが、美月の声は、不思議と校庭に
「……あらら」
まずいことになった、という思考が、達也の口から短い
彼の呟きは、一科生の
「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」
美月の主張は校内のルールに沿った正当なものだが、同時に、ある意味でこの学校のシステムを否定するものだ。
「ハッ、おもしれえ!
一科生の
道理は美月にある。
それが分かっているからこそ、今のシステムに安住する者は、生徒、教師の区別なく、感情的に反発する。
ここで明確なルール
たとえそれが、学内のルール違反にとどまらない、法律違反であったとしても。
「だったら教えてやる!」
学校内でCADの
学外における
だが、CADの所持が校外で制限されているわけではない。
意味が無いからだ。
CADは今や魔法師の
またそれ故に、下校
「特化型っ?」
だが、それが同じ生徒に向けられるとなれば、異常な事態、いや、非常事態だ。
向けられたCADが、
その特質上、特化型のCADには攻撃的な魔法の起動式が格納されていることが多い。
見物人の悲鳴をBGMに、小型
その生徒は口先だけではなかった。
CADを
魔法は才能に負う部分が大きい。
それは同時に、血筋に
「お兄様!」
手を
それが何であったにせよ、この場では、何の結果も生まなかった。
「ヒッ!」
悲鳴を上げたのは、
小型
そしてその眼前では、どこからか取り出した
「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」
「それは同感だがテメエ今、
残心を解いた
「あ~らそんなことしないわよぉ」
「わざとらしく笑ってごまかすんじゃねぇ!」
警棒を持つ
「本当よ。かわせるか、かわせないかくらい、身のこなしを見てれば分かるわ。
アンタってバカそうに見えるけど、
「……バカにしてるだろ? テメエ、
「だからバカそうに見える、って言ってるじゃない」
今や目の前の「敵」を忘れて、差し向かいでギャアギャアと漫才を
特化型デバイスを
組み込まれたシステムが作動し、起動式の展開が始まる。
起動式とは
式の展開が完了後、展開された起動式を
人の内部世界である演算領域内で組み立てられた魔法式を、無意識領域の最上層にして意識領域の最下層たる「ルート」に転送、意識と無意識の
事象には情報が
情報が書き換われば、事象が書き換わる。
サイオン情報体に記述された事象の在り方が、現実世界の事象を一時的に改変する。
これが
サイオン情報体を構築する速さが魔法の処理能力であり、構築できる情報体の規模が魔法のキャパシティであり、魔法式がエイドスを書き換える強さが干渉力。現在、この三つを総合して魔法力と呼ばれている。
魔法式の設計図である起動式も、サイオン情報体の一種だ。ただし、起動式自体に事象を改変する効果はない。
使用者から注入されたサイオンを、信号化して使用者に返す。
大まかに言えば、これがCADの機能であり、CADから提供されたサイオン情報体=起動式を元に、魔法師は事象を書き換えるサイオン情報体=魔法式を構築する。
特化型が
このサイオンの流れを
例えば、展開中あるいは読み込み中の起動式に外部からサイオンの
今のように。
「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人
女子生徒のCADが展開中だった起動式が、サイオンの
サイオンそのものを弾丸として放出する、魔法としては最も単純な形態ながら、起動式のみを
声の主の姿を認めて、エリカたちを攻撃しようとしていた女子生徒は、魔法によるもの以外の
警告を発し、サイオン弾で魔法の発動を
常に──
だが魔法を行使する者の目には
「あなたたち、一─Aと一─Eの生徒ね。
事情を聞きます。ついて来なさい」
冷たい、と評されても仕方のない、
摩利のCADは
ここで
レオも、
反抗心から動かないのではなく、
達也は
摩利の視野において、達也たちは当事者に見えていなかったようだ。
達也はその
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。
レオにCADを
「ではその後に一─Aの女子が
「驚いたんでしょう。条件反射で起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生ですね」
真面目くさった表情で答えていたが、その声は
「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」
「攻撃といっても、彼女が発動しようと意図したのは目くらましの
再び、息を
冷笑が、
「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」
起動式は、魔法式を構築するための
魔法師は、魔法式がどのような効果を持つものであるかについては、直感的に理解することができる。
魔法式がエイドスに
だがそれ単独ではデータの塊に過ぎない起動式は、その情報量の膨大さ
起動式を読む、ということは、画像データを記述する文字の
意識して理解することなど、普通はできない。
「実技は苦手ですが、
だが達也は事も無げに、その非常識な技能を、「分析」の一言で片付けた。
「……
ただ
「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。
こちらは
「摩利、もういいじゃない。
いつの間にか名前で呼ばれているよ、と達也は思ったが、せっかく差し向けられた
今までどおり、真面目くさった表情で
「生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、
このことは一学期の内に授業で教わる内容です。
魔法の発動を伴う自習活動は、それまで
真面目な表情に
「……会長がこう
が、一歩踏み出したところで足を止め、背中を向けたまま問いかけを発した。
「君の名前は?」
首だけで
「一年E組、
「覚えておこう」
反射的に「結構です」と答えそうになった口をつぐんで、達也はため息を
◇ ◇ ◇
「……借りだなんて思わないからな」
役員の姿が校舎に消えたのを見届けて、最初に手を出した、つまり達也に
達也は、やれやれ、という表情を浮かべて背後を見た。
友人たち全員が、彼と似たような顔をしていた。
無用にエキサイトするキャラクターが、少なくともこの場ではいなかったことに
「貸してるなんて思ってないから安心しろよ。
決め手になったのは
「お兄様ときたら、言い負かすのは得意でも、説得するのは苦手なんですから」
「違いない」
わざとらしい非難の
「……僕の名前は
兄妹の、見ようによってはほのぼのとしたやり取りに気を
「見抜いたとか、そんな
単に
「あっ、そういえばあたしもそれ、見たことあるかも」
「で、テメエは今の今まで思い出しもしなかった、と。やっぱ、達也とは出来が違うな」
「何を
「あぁ? バカとはなんだバカとは」
「あの……本当に危ないんですよ。
「という訳なのよ。分かった?」
「エリカちゃんもよ? 直接手で
「
背後では友人たちの話がそれなりに意味のある方向へ発展していたが、達也は森崎と目線を合わせたまま、動かない。
「僕はお前を認めないぞ、
森崎はそう捨てゼリフを残して、達也の返事を待たずに背を向けた。返事を必要としないからこそ捨てゼリフなのだろうが、相手を
「いきなりフルネームで呼び捨てか」
だから、
聞こえよがしの呟きを放った達也の
自省的な性格の
もっともそれ以上に、
「お兄様、もう帰りませんか?」
「そうだな。レオ、
とにかく精神的に
行く手を
兄の意を
「
いきなり頭を下げられて、正直なところ、
先程までは
「
「……どういたしまして。でも、お兄さんは止めてくれ。これでも同じ一年生だ」
「分かりました。では、何とお呼びすれば……」
思い込みが激しそうな目をしている。
「達也、でいいから」
「……分かりました。
それで、その……」
「……なんでしょうか?」
素早いアイコンタクトの結果、深雪がほのかの前に出る。
「……駅までご
ほのかのセリフそのものよりその表情に意外感を覚えて、エリカは
とは言っても、二人にもレオにも、もちろん達也・深雪の兄妹にも、
◇ ◇ ◇
駅までの帰り道は、
メンバーは
達也の
「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」
「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」
ほのかの質問に対して、我が事のように得意げに、深雪が答える。
「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が
「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いとできませんよね」
深雪の隣からのぞき込む様に顔を出して、美月が会話に参加してきた。少し苦笑い気味の達也のフォローは、あまり効果がなかったようだ。
「CADの
「達也くん、あたしのホウキも見てもらえない?」
エリカの呼びかけが「
「無理。あんな
「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは」
達也の返事は本気なのか
「何が?」
「これがホウキだって分かっちゃうんだ」
達也に問われて、
ただ、その目の
「えっ? その警棒、デバイスなの?」
果たして、それが注文通りだったのか、美月が目を丸くしたのを見て、エリカは満足げに二度、ウンウンとばかり
「
みんなが気づいていたんだったら、
その
「……
「ブーッ。柄以外は全部空洞よ。刻印型の術式で強度を上げてるの。
「……術式を
そんなモン使ってたら、並みのサイオン量じゃ済まないぜ? よくガス欠にならねえな?
そもそも刻印型自体、燃費が悪過ぎってんで、今じゃあんまり使われてねえ術式のはずだぜ」
レオの
「おっ、さすがに得意分野。
でも残念、もう一歩ね。
強度が必要になるのは、
逆に感心と
「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか
単純にサイオン量が多いより、余程すごいわよ」
全員を代表して、
何気ない指摘だった。
だがエリカの
「
うちの高校って、
「
だが、美月の天然気味な発言と、それまで
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