ライブハウスにて

雛形 絢尊

第1話

ドリンクカウンターで

酒になったその一枚の紙。

グラスを傾けて中央に向かう。

水族館のような幕を張った舞台。

ビンテージブルーの

空に浮かんだマイクを見る。

湯気が立ち込めるような空間に

円を描く白い光、

点滅する銀色の球体、場を模るような音楽。


マーシャルのアンプと睨めっこをする。

青く霞んだようなライトと添い寝をする形で、

ギターを鳴らす。

音が跳ね返る。鼓膜へ鳴り響く。

それを我が物にするかのように

ギターをかき鳴らす。

目の前にはマイクスタンド、

頭が見え隠れする。

顔を上げてはっ、と息遣いをする。


間に合うか、間に合わないか物凄く微妙だ。

私はJRの改札口を勢い良く脱出する。

急げ、急げ。

帰宅者で溢れかえる駅前、待ち合わせの人や、

これからどこかに向かう人々の群れ。

今日のみエスカレーターではなく階段を使う。

いち早く辿り着くための心準備をする。

心待ちにしていた舞台が始まる。


再びグラスを口に寄せる。

氷の音が鳴る。

人が集まりつつある会場内。

談笑している声がレールを流れる。

とうとう演奏が始まる。

いざとばかりに白い煙の中から正体を現した。

BGMが徐々に大きくなっていく。


視界が青白くなり、歌を始めるのだ。

今から物語を始めるのだ。

張り詰めるような緊張感、ではない。

汗と、感情と、

言葉を全てこの場所に埋めるのだ。

沈黙が突如襲いかかる。

今だ、歌え。


駆ける、夜の街を。

細い道を抜け、夕が沈んでいく。

人になるべくぶつからないように、

階段を駆け下り、重たい扉を引く。

扉を締める音だけが聞こえる。


手を組み前を見る。

ストロークを振り翳し、音が鳴り続ける。

息を吐きながら息を整える。

また一口啜る。

声を底から振り絞る。

ようやく落ち着いて彼の顔を見た。

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ライブハウスにて 雛形 絢尊 @kensonhina

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