魔王と勇者、笹塚に立つ(7/7)
その日のマグロナルド
全ての被害を元通り復旧し、広域
千穂は終始
「なぁ、ちーちゃん」
「……なんですか」
声が冷たい。魔王であることを恐れられているわけではないようだが、そうすると、
「俺の力があれば、その、
裏目に出たことはセリフの途中から分かってしまった。聞いた途端、千穂は
「嫌です」
「へ?」
「
「えええええ?」
全く予期しない反応だった。その後
「お疲れ様でした。また、次のシフトで」
と言って午後十時にあっさりと帰ってしまった。
情けないかな、真奥
しょんぼりしながらデュラハン号をこいで家路をたどると、あのレストラン前の交差点に、
「……よう」
「軽いわね。これでも宿敵同士の
私服姿の恵美は、
「なんでもねぇよ。それよりこんな遅くにどうした。
「そうなったらタクシーで帰るわよ。今日は財布もあるし」
「な、なんて
「で、今日はなんだ? お礼参りか?」
茶化すつもりで言ったが、恵美の口から出た言葉は意外なものだった。
「千穂ちゃんに変なことしなかったでしょうね」
真奥は虚を突かれて鼻白んだが、複雑な色の
「
「……はぁ?」
真奥は恵美の声の意味を分かっていないようで、
「俺何か悪いこと言ったのかな。それから一言も口聞いてくんなくて」
そんなことを言ってまた肩を落とした。
千穂の気持ちを知っているくせに、
「あなた、帰るつもりあるの?」
「……前もそんなような話した気がするが、またどうした。帰る気なら満々だぞ」
「そう。まぁ、私は今のところいつでも帰れる身になったわけだけど」
「ん?」
わざとらしく明るい口調で、自慢げに話す
「これからはゲート制御のために
「おいコラ」
「バイトも適当にこなして、気が向いたらいつでも向こうに帰ればいいんだけど」
でも、と恵美は厳しい表情を作って
「ただやっぱり気になるのよ。魔王が生きている限り、私は勇者であり続けなければならない。あなたがこっちに残り続ける以上、私はあなたを追う義務がある」
「いやだから、そんな義務は放棄してもらって構わないっつってるのに」
「またルシフェルやアルシエルを使って何かを
「……つまり帰れるにも関わらず、こっちに残るってことか?」
持って回った言い方だが、要するに真奥が日本に残るなら自分も残るといっているのだ。恵美は少しだけ真奥から視線を
「向こうのお偉方に何を思われてても別に気にはならないし、こっちの友達といきなり別れるのもアレだしね」
「アルバート達が納得すんのか?」
「魔王を野放しにはできないってね、分かってくれたわ。アルバートもエメラダも、向こう側から私を支援してくれることになったの。こっちで保管しても問題ない形で
「野放しって、俺はケモノか」
「
「そりゃそうか」
納得してしまう真奥。
「で、どうする? 俺の魔力はほとんどスッカラカンだ。ここでやるのか?」
恵美の言葉をそのまま受け止めるなら、今真奥を倒せば恵美はなんの
だが恵美はこの
「何度も言わせないで。私は勇者よ。正々堂々正面から全力のあなたを
まるで日本で再会したあの雨の昼に見た、太陽のような
「ならお前、なんでまた俺を待ち伏せしてたんだよ。そんなこと、俺に教えたってお前にはなんの得も無いだろうに」
すると、一転困ったような表情になった
「え、ええっと。そうね、その、まぁ話はついでよ。ついで。あなたは労せずして敵の情報を手に入れたのよ。文句言われる筋合いは無いわ」
「いや、そりゃそうだが、だからそれがついでなら本来の用事はなんなんだっての」
「っ~~……」
恵美は何かを言いだしあぐねているようだ。なぜかその姿が、
だが、恵美から真奥にそんな友好的な申し出がでるはずがない。と、ここで初めて恵美は、後ろで組んでいた手を前に出した。その手に何やら長い棒状のものが握られていて、いきなりそれを真奥に向かって突き出すではないか。
すわ聖剣か、
「……?」
自分の眼前に突きつけられている物を見て、首を
それは、
顔をしかめながらも真っ赤にしている恵美が真奥に突きつけているのは、新品の紳士用雨傘の柄だったのだ。真奥も知る高級百貨店の包装紙が巻かれており、有名紳士服ブランドのロゴが
「か、
「この前、私……その、貸してもらったの、捨てちゃったでしょ。よく考えると、悪いことしたなって思って……」
そう言えば、
「言っとくけど!」
どうしていいか分からない真奥を、恵美はきっと
「私は、受けた
ほとんど
「さ、さっさと受け取りなさい! こうしてるの重いんだから!」
「あ、ああ」
手に取ると、恵美は持っていた
「お前、これ高かったんじゃないのか?」
「本当に
真奥はそのあっさり言い放たれた予想外すぎる値段に腰を抜かしてしまった。
「ごっ……!? お、お前たかが傘ごときに五千円ってそんな……俺がお前にやったの、近所の郵便ポストにひっかかってたの拾った
「うるさいわね! 私に言わせれば、永遠の宿敵が拾い物のボロ傘使ってるのが耐えられないだけよ! 魔王なら魔王らしく、自分に合ったもの持ちなさいよね!」
「う、む、それは一理あるが……しかし、そっか、五千円かぁ。すげぇなぁ。とてもあのボロ傘と同じカテゴリーの日用品とは思えない。包装紙取っていいか?」
「あなたにあげたものよ。好きにしたら!?」
恵美はもう真奥のことを見ていない。腕を組んで顔をしかめたままそっぽを向いている。
真奥はテープを丁寧にはがして包装紙を畳みポケットに入れると、傘を広げた。
「おおでっけぇ! しかも頑丈そうだ! 今まで俺が使ってたのは傘じゃなかったんだな!」
感嘆の声を上げてはしゃぐ真奥。その姿を横目で
「……それじゃ、私の用は済んだから」
そう言って、恵美は真奥に背を向ける。その背に真奥の声がかかった。
「そっか、わざわざ悪かったな、ありがとな」
魔王である彼の口から放たれる礼の言葉。
「言い忘れたわ」
「ん? なんだ」
そのとき微笑が浮かんでしまった理由は、きっと永遠に分からない。
「きちんと
まさかそんなことを言われるとは思わなかったので、目を丸くしたまま返答に
「じゃ、またね」
そして
「あ、お帰りなさい魔王様、
「そこは
体力だけはすっかり回復した
「もらいもんだ! もらいもん! 家計から出したわけじゃねぇよ!」
「もらい物? 魔王様にそんな高そうな傘をくれる聖人のような
「遠まわしにヒドイこと言われた! アレだ、情けは人のためならずって
言うと真奥は、玄関にそっと傘を立てかけた。今までのように、乱暴に放り出していい傘ではない。今度傘立てを買わなければ、と心の中で思った。
ふと真奥は、じっとりとした視線に気づき顔を上げる。ばさばさの長髪で小柄な、どこにでもいる日本人の姿となって隅っこに正座しながらもそもそと卵焼きをかじっているルシフェルだった。
真奥と目を合わせたままそれでも口は開かない。真奥はつまらなそうに言う。
「お前どっか行くアテあんのか」
「……あったらこんなところで卵焼きなんか食べてないよ」
「そりゃそうだ。考えてみりゃ、お前日本でもお尋ね物なんだもんな」
オルバがどうなったか知らないが、もし強盗の罪を問われたら、共犯者であるルシフェルのことを
日本の警察がすぐにオルバの言うことを真に受けて動くとも思えないが、
「一つ聞きたいんだが、お前どうやって恵美の職場の、恵美のパソコンにアクセスしたんだ?」
「……え?」
ルシフェルは首を
「事と次第によっちゃお前、色々できるようになるかもしれねぇぞ。俺の力を取り戻すのに協力すれば、助けてやってもいい」
※
それから日本の、東京の、
真奥と
恐る恐るインターフォンを鳴らした時には大家と
『ミキティよりヴィラ・ローザ笹塚入居者様へ 所用にてしばらく海外に参りますので、御用の際は下記の不動産管理委託会社まで』
二人が顔をしかめたのはその事実に対してではなく、その紙の最後が大家のものと
海外ということは、しばらく戻ってはこないのだろうか。あの体と外見で、
真奥はその日もバイトのシフトが昼から入っており、夕方に現れた千穂はまだ少しぎこちないながらもいつもの千穂に戻っていた。
芦屋は家で掃除と洗濯を済ませてから美術館とスーパーを巡るゴールデンコースだ。
「おっはよー
その日は出勤するや、そんなことを言って恵美を茶化す
「梨香……実は……」
謝りながら、
「ほんとだ。よく見たらあっちこっち
ルシフェルとの戦いが決着した後、恵美は
「使い古しだから別に気にしないでいいんだけど、
そう笑って恵美の肩を
朝礼メールをチェックする暇もあればこそ、いきなり恵美のブースに着信があった。頭を仕事モードに切り替え電話を取る。
「お電話ありがとうございます、ドコデモお客様電話相談室担当、
『おーすげぇ! 本当にかかった!』
「……は?」
聞こえてきたのは、耳に慣れてはいるけど、
『おーい恵美ー、聞こえるかー』
「っっっ!」
恵美は
『いやー、
「一体なんのつもり!? 私今仕事中なんですけど!?」
『そう怒るなって、実験だよ実験』
「なんの!?」
『ハッキング』
「は……っ……え?」
『いや、
恵美は自分のこめかみが脈打つのを意識しつつもとめることができない。
「色々聞きたいことはあるけど、まず誰よ漆原って!」
『ルシフェルのことだよ。あいつ意外とコンピューターできんのな』
「知らないわよ! なんの話よ!」
『いや、最初は気心知れた
まったく悪びれない
「気心知れた!? フザけたこと言わないで! なんで私があなた達と……」
『いいじゃん、俺に対等にぶつかってくる顔
一方的に言いたいことを言って真奥は電話を切った。
恵美はやり場のない感情を爆発させることすらできず
「ちょ……
隣のブースから恐る恐る
「なんでもないわよ!!」
恵美の
「あー面白かった。んじゃ俺バイト行ってくるわ。
マイク付きのヘッドセットを外すと、
「……こんな旧型」
IT方面から真奥たちに協力することで魔王城滞在を許されたルシフェルこと漆原
「お前のためにわざわざ買ってやったんだぞ! モバイルネット回線も即日引いてもらって、どれだけの出費だと思ってるんだ」
「ネット回線同時加入なら、本体価格は相当割り引かれてるだろ! もうちょっとなんとかならなかったわけ?」
「お尋ね者が偉そうに。新しいのが欲しかったらとっとと俺が魔力を回復できる手段を見つけて、
「全く……なんで僕が人間なんかの法律に従わなきゃならないんだよ」
ぶつぶつ言う漆原を見て、真奥と
「俺達にもあんなこと思ってた時期があったなぁ」
「そうですね。なんだか
ふと芦屋は、百円ショップで購入した五百円商品の壁掛け時計を見る。
「魔王様、出勤のお時間です」
そう言って
「僕、なんとかペッパーポテトもういらない! 持って帰ってくるなら違うやつ!」
「
ワガママを言う漆原と、主夫として働くことへの
─ 了 ─
【告知】『はたらく魔王さま!』完結巻、最新21巻が好評発売中!
https://dengekibunko.jp/product/maousama/321904000064.html
完結記念サイトも公開中!
https://dengekibunko.jp/special/maousama/
はたらく魔王さま! @SATOSHIWAGAHARA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。はたらく魔王さま!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます