魔王と勇者、笹塚に立つ(6/7)
「するってぇと何か? お前が魔王サタンで」
三十がらみの、
「あなたがアルシエルなんですか~?」
小柄なエメラダ。先が丸まった
「その通りだ。恐れおののけ」
相手に戦うつもりがないと分かった
「無茶言わないでください~」
エメラダに
「いやぁ、どうすっかな、エメ。俺ぁいきなり魔王と対面するとは思ってなかったから、あんまり体力残してねぇンだ」
「そういうことを~、敵の前で言わない方がいいと思うんですけど~」
「そうか? そりゃそうか。いや、失態失態」
後ろ頭を
二人が現れてからこっち
「ま、真奥さん! 私が聞いたテレパシーの声、この人の声です!」
「あ? お
元から脱線していた話が余計おかしな方向に走りそうになって、
「とにかくみんな、一度お互いの状況を整理するためにも、今は気を落ち着けて話し合いましょ。アルシエル、あなた達のアパートに移動しましょう。これ以上ここでおしゃべりしてるわけにもいかないし」
「何を言う! 勇者の一味を魔王城に招くはずが……」
誰よりも勝手に話を進める恵美に
「わぁったよ。芦屋、緊急事態だ。今は仕方がない。これ以上俺も魔力結界を維持すんのめんどいし、
急にまともなことを言い出すので、芦屋は
「……あそこで
「ほっとけ。あいつはルシフェルと
そう。オルバとルシフェルは、日本で犯罪に手を染めているのである。オルバに裏切られた恵美達も、元から敵である真奥達も彼を気にかける必要はどこにも無いのだ。
「おい恵美、お前場所分かるだろ、ちーちゃんとそいつら連れて先行ってろ」
真奥はアパートの
「え?」
「俺は後片付けしてから行くから」
「……まさか、こっそりエンテ・イスラに帰る気じゃないでしょうね」
「そんなことしねぇよ! 大体お前の仲間がいるんだから、そんなことしたらすぐに追っかけられちまうだろう。いいからさっさと行け!」
「お前ら、なんかいい感じになってンなぁ」
「エミリアが魔王と仲良くなってるなんて意外です~」
「そこだけは全力で否定させてもらうわ! とにかく行きましょう」
恵美は一度だけ
それを
「どういうおつもりですか」
真奥は首都高を指差す。
「このままってワケにゃいかねぇだろ。芦屋、ルシフェル、手ぇ出せ」
芦屋は
「え、まさか……」
「ああ、折角魔力を取り戻したのにな」
「そんなことしたら……」
「仕方がない。魔王様が決められたことだ。私はただ従うのみ」
「……一体、どうなっちゃってるんだよ。お前も、魔王様も」
「さぁな。私にも良く分からん」
「何ごちゃごちゃ言ってんだよ」
「いえ、なんでもありません。どうぞ、魔王様」
真奥は芦屋の手を取ると、うきうきして言う。
「下のもんの失態は上の責任だ。エンテ・イスラでもマグロナルドでも、それは変わりはしない。支配者たるもの、支配する全てに責任負わなきゃな」
真奥は崩壊した笹塚を見て、
※
〝ヴィラ・ローザ笹塚〟を見て、エメラダとアルバートは顔を引きつらせた。日本に来て三十分と経たない
「あの~、エミリア~?」
「言いたいことは分かるわ。でも間違いなくこの建物の、二階のあそこの部屋が、日本における魔王サタンの居城、魔王城よ」
「あそこの部屋って……あの部屋だけなのか?」
「そうよ。他は空き部屋」
しばらく動きが止まる
「あ~! あれですね~、怪しまれないために外見は古く
「六畳一間。多分だけど、アルバートが住んでた山小屋の半分くらいの広さね。お風呂無いし」
「そ、そりゃまた……」
「どんな魔王ですか~……」
「逆に私は、このアパート見て
「ま、中に入れば納得するわよ。行きましょう」
シリンダー
千穂は先ほど取り落としてしまった缶入りせんべいの紙袋がそのままになっているのを見て、それを拾い上げる。
「えっと、とりあえず日本では、靴を脱いで家に上がるんです。ここで……」
と、千穂は
「ああ、俺の山小屋の方が、よっぽどマシだな。これじゃ
「罠どころか必要最低限の家具も無いのよ。ま、私が言うことじゃないけど、適当に座って」
複雑な表情で思い思いの場所に腰を下ろす。
「あ、わ、私お茶かなんか入れますね」
千穂が思いついたように台所に立とうとするが、それを止めたのは恵美だった。
「千穂ちゃん無理よ。この家、急須も湯のみも無いわ。冷蔵庫の中も戸棚の中も、何食べて生きてるのか不思議なくらい空っぽよ」
「え……?」
千穂はシンクの前で恵美を振り返った。そこに浮かんでいるのは、驚きよりも疑念だった。
「
「えっ? それはこの前、私がと……」
と、そこまで言って、
「この前
「えっと……、その、本当、不可抗力だったんだけど……」
と、勇者にあるまじき見苦しい言い訳が始まろうとしたそのときだった。
「おおっ?」
「あれ~?」
アルバートとエメラダが、同時に大声を上げたのだ。もちろん恵美をからかうためではない。恵美自身、
「お二人とも……どうしたんですか」
千穂の問いに、アルバートとエメラダは顔を見合わせた。
「今の~……なんでしょうか~?」
「
「……と、思うんだけど」
恵美も
たった今、三人が感知した魔力の量は尋常ではなかった。
「何か、うまく
魔力を感知できない千穂は恵美への問いをはぐらかされてむくれているが、それに取り合っていられないほどの非常識な魔力量だったのだ。
「おーい、開けろ恵美! 帰ったぞ!」
突然ドアが
「……開けますか~」
エメラダは半目になってドアを
「開けますかって、ここあいつンちなんだろ?」
「でも、魔王ですよ~? それに、今さっきの異常な魔力量……」
「こんなタコ部屋みてぇなとこに住んでる魔王なんざ怖くもなんともねぇよ。それにさっきのが魔王なんだとしたら、大した力は残しちゃいねぇだろう。イザとなりゃ俺が返り
「言ってくれるなアルバート! ここを開けたらお前らに目に物見せてやるからな!」
部屋の外で
「いーっだ! 誰が開けるもんですか~」
「……」
エメラダ達のやりとりに
「てめぇら! いい加減にしねぇと大家呼ぶぞ!」
「アルバート、開けてあげて」
恵美が言うとアルバートは渋々腰を上げる。
「なんだ、そのオーヤってのはそんなに強ぇのか」
「ああ強ぇぞ。一度相対したら魂まで屈服しちまいそうな外見の持ち主だ」
あながち冗談ではない表現だと恵美は知っている。そういえば、ルシフェルが暴れていることを感知し部屋を飛び出した後、大家の
明らかに彼女は真奥達の正体に勘づいているかのようなそぶりだった。
思いを巡らせている間にアルバートがドアを開けると、ぐったりした
「おい、どけ、こいつら重い」
「え、あ、芦屋さんどうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな。魔力を
真奥は大きく息を吐いて座り込むと、アルバートとエメラダを見る。
「今さら自己紹介もいらねぇな。一体お前ら何しに来た? その様子を見るに、俺を倒しに来たってんじゃなさそうだが」
「まぁな。俺達はお前に会うつもりはなかった。ただエミリアを助けに来たンだよ」
アルバートは肩を
「オルバだけじゃなかったんです~。教会全部がグルだったんです~」
両の
「なんですって!」
「教会の
「大人しくしてれば今後の生活は保障するからとか言って~、私にも王国からの引退
そんな
「何もしなかった
「べぇ~っだ。こ~んな貧乏人の配下なんて御免です~」
アルバートはアルバートで真奥を上から下まで
「筋肉が足りねぇ筋肉が。俺の上に立つ男はもっとガタイのいい奴じゃなきゃいかん」
と、無意味に胸を
「あなた達、問題はそこなの?」
「ま、冗談はさておき、とにかく俺達ぁエミリアに危険が迫っていることを知らせたかった。魔王やエミリアの航跡がこのニホンにたどり着いていたのは簡単に分かったからな」
「でも~、私達に分かったってことは~、エミリアを
エメラダとアルバートはそのときの苦労を
「俺達もあいつらもソナーばんばん飛ばしてな、おかげでこの世界にゃあ結構迷惑かけたはずだ。地震かなんかが多かったんじゃないか?」
ここまではほぼ、真奥の推測通りだ。
「それで、私がアルバートさんのテレパシーを聞いちゃったのはどういうことなんですか?」
千穂の問いにアルバートはなんでもないように答える。
「ああ、
そのなんでもないような一言を恵美と千穂が理解するのに、それぞれ時を要した。
恵美はなるほど、魔王を
だが千穂は、
「なっ……そっ、わ、わたっ……」
みるみるうちに顔を真っ赤にして、言葉に詰まってしまう。千穂は
それが
「へ~、魔王も案外隅に置けないんですね~」
更にはエメラダが余計なことを言うものだから、千穂の感情メーターは一気に目盛りを振り切り臨界点に達し、
「あぅ……」
と
「……で、これからどうすんだ?」
「どうするも何もなぁ。俺達はオルバとルシフェルにエミリアがどうかされちゃマズいからって追ってきただけだから、まさか魔王がいるとは思いもしなかったし」
「基本的にはエミリアを連れ帰って、本当にエンテ・イスラ復興のリーダーになるのは誰かってことを民衆に分からせたいんですけど~」
と、アルバートとエメラダは顔を見合わせる。
「でも、多分俺達もお尋ね者なんだよなぁ、教会的に」
「ですよねぇ~」
「それじゃ意味ねぇじゃん」
「いや、意味は無くはない、現実に天界の一部は俺達の味方だ」
「私達はこれがあったから~、ゲートを通るのに
そう言ってエメラダが取り出したのは、大きな羽ペンだった。
真奥はそれを見て軽く目を見開く。
「いいもん持ってんな。天使が世界を渡る虹の橋を空に
「ちょ、ちょっと! そんなもの魔王に見せていいの!?」
「魔界の者には使えない。安心しろ。天使自身と、天使が認めた者だけが使うことが許される天界の雑用品だ」
「そ、そう……て言うかなんであなたそんなこと知ってるのよ」
「昔聞いたんだよ。で、誰の
「お、正解」
「賞品はありませんよ~?」
すんなり認めるアルバートとエメラダ。
「あのお
真奥は、遠い過去を
「天界的に、大分危ない橋を渡ってはいるみたいだがな。
「でも~、自分の娘が危険だって分かったら~、やっぱり放っておけないじゃないですか~」
エメラダのその一言に、目を
「……自分の娘……って?」
「あ、あれ~? エミリア、知らなかったんですか~?」
「お前のお袋さんだって言ってたぞ」
「え……、そうなの?」
「そうなのってお前……」
恵美はまったく実感が
「ま、とりあえずこれはお前さんに渡しとく。どう使うかはお前さん次第だ」
真っ白で、大きな一枚羽根を用いた羽ペンだ。薄く光を帯びて、ペン先に
父が、いずれ分かると言っていた母の正体。教会騎士団だった頃から何度も聞かされたことだし、父は人間だったのだから、天使とのハーフである自分の母は天使であるに決まっているのだが、こんな形でその
「そうだ、おふくろさんからの伝言を預かっていたんだ」
「お母さんの……?」
恵美の心臓が大きく
「『あんたのお父さんはいい男だった』だそうだ」
恵美と
「そ、そんなこと今言われても……」
「そ、それ娘への伝言じゃねえだろ」
「確かに渡したし、伝えたぜ。で……」
アルバートは座りなおして恵美に切り出す。
「いつ向こうに帰る?」
「……え?」
「お前さんもこっちで整理しなきゃいけないことはあるだろうから、
恵美は言葉に詰まる。
「私は……」
「まぁ、それは魔王城で話すようなことでもない気はしますけど~」
恵美は頭の中に空虚な思考が
「あなたは……いつ帰るの」
「あ?」
真奥はティッシュで
「お前何言ってんだ? 俺帰らないぞ」
これには三人
「……は?」
「というか、帰りたくても帰れない。」
「???」
頭の上に無数のクエスチョンマークを浮かべる勇者一味を見て、魔王は軽く笑った。
「さっきのあの
周囲には緊急車両が無数に停車しているものの、一体
巻き込まれたと思われる人々がそこかしこにいるのだが、高架線路の
つまり全てが、戦う以前に戻っているのだ。違うのは
「なぁエミリア。つまりこれぁ……」
「多分ね」
「あの人本当に魔王なんですか~?」
「のはずよ」
「てことはよ、やろうと思えばさっき、その……」
「あなたならできた?」
アルバートは
「普段悪いことやってる
「はぁ……」
「だからあのとき俺は絶対あいつらが襲いかかってこないと思ってた」
「はぁ……」
「どうよ、俺の計算完璧」
「で、帰れるんですか」
「……さて、まだ間に合うからバイト行ってくる」
「魔王様……」
「あ、そうだ、ルシフェルふんじばっとけよ。変なことされちゃかなわんからな」
「……おーい、ちーちゃん、おきろー、ちーちゃんも
どうしても
「うう……アルバートさんのバカぁ……」
真奥は心底困り果てた顔で
「ったく……勇者なんかに関わると、ほんとロクなことがねぇや」
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