魔王と勇者、笹塚に立つ(5/7)
「で、お前この落とし前どうつけるつもりだ?」
魔王の、いや、
正座である。激しい戦闘の後で崩れ放題の、そこかしこに
かつてエンテ・イスラ西大陸を地獄に落とした悪魔大元帥ルシフェルが、魔王と勇者に正座させられている。
日本の、東京の、
「首都高と外環道は
「と言うより、この状態で死人が出ていない方が奇跡です」
悪魔から人間に戻った傷一つ無い
「魔王様の御力が無ければ首都高崩壊に巻き込まれ落下した車の乗員は助かるはずがありません。甲州街道上の車もです。まして周辺住宅がこの程度の被害で済んでいるのが奇跡です」
「普通この世界で俺達みたいな
ルシフェルはただただ
「一つ提案があるんだけど」
「とりあえず、こいつが爆弾魔ですとか言って警察に突き出しちゃえば?」
「俺もそれは考えたんだけどさ、最初は
真奥はと言えば、巨大化に耐え、繊維の伸びきったシャツとストレッチパンツが
「でも、じゃあどうするのよこの有様」
「どうすっかなぁ、魔力の無くなった悪魔大元帥とかクソの役にも立たないしな」
ルシフェルがまったく大人しくなってしまっているのは、一重に真奥がルシフェルの魔力を全て
芦屋も、真奥と同じようにして得た魔力がいくらか残っており、恵美の力もそれなりに残っている。魔力ゼロのルシフェルには勝機のしの字も無いのである。
「あ、あの……」
そこにおずおずと口を
「今さらこんなこと聞くのもおかしいような気はするんですけど……」
「なんだよちーちゃん」
返る言葉は、声は、間違いなく千穂の知る真奥
「皆さん……その、なんなんですか?」
「えっと……そう改めて聞かれると
頭をがりがりと
「あー、信じてないだろ!」
真奥が口を
「そ、そんなことないですよ! だって真奥さんが
千穂が指差す方向には、魔力結界に封印されたまま微動だにしない大勢の野次馬や、落ちてきた車などがそこかしこにあった。
「まぁな。でもあんなの、大したことじゃねぇよ」
「魔王様、日本において
「こいつらは悪魔だけど、私は人間だからね。あ、半分は天使なんだけど」
「ちょっと千穂ちゃん!」
「ご、ごめんなさい! で、でもなんか、おかしくて」
「え、お前天使とのハーフだったの? 初耳なんだけど」
「あなたは今さら何言ってるのよ、魔王のくせに、私のことなんだと思ってたわけ?」
そんなとぼけたことを言う真奥に突っ込む恵美。やがてこらえきれなくなって、千穂の笑い声はどんどん大きくなる。
「だって、悪魔とか天使とか、もっと……あはは、こう、架空の
笑いながらも無理に
「だって、俺お前のそんな個人情報知らないし、異常に強い人間くらいにしか思ってなかった」
「あのね……単なる人間で、聖剣レベルの
「なるほどな。よくわからん変身する
「私にしてみればあなた達の今の姿の方がずっと衝撃的だったけどね。……千穂ちゃん落ち着いた?」
「は、はい、すいません」
ようやく笑いが収まった千穂の耳に、恵美は口を寄せる。
「ね? だから私と真奥が、何か特別な関係ってことは絶対にないから、安心して」
「ゆ、
笑ったり、真っ赤になったり、忙しい
「にしてもお前さ」
真奥はバツが悪そうに
「まぁ今さら聞くのも変だけど、あんだけ力残してたんなら、なんで今まで襲ってこなかったんだよ。どう考えても
「あら、そんなこと?」
恵美はなんでもなさそうに肩をすくめた。
「
「あ、なるほどな」
真奥はすんなり納得しかけ、すぐに言葉通りの意味ではないと気づいて
逆に言えば、実は恵美が帰ることを
そんな真奥の表情に気づいたのか、恵美は面白くなさそうにそっぽを向く。
「言っておきますけどね、私はこれでも人々から尊敬される勇者なの。英雄なの。そんな私が、弱者を一方的に
「弱者って……ちょっとそれ
「本当のことでしょ」
「あー、じゃあどうすんだお前! 俺、力取り戻したぞ! 力使いきったお前なんか一ひねりだぞ! どうだ!」
半分本気で身構える真奥。
「あーらそう?」
しかし恵美は余裕の表情。
「ねぇ千穂ちゃん。あいつ、力を取り戻したの笠に着て、私をいじめようとするのよ」
そんなわざとらしいことを言い出した。
「……そうなんですか、真奥さん」
しかも千穂は、少しだけ悲しそうな顔で真奥のことを見るのだ。そのあまりに純真な様に真奥はひるみ、顔を
「そっ、そんな目で俺を見ないでくれ、そ、そんなことするわけないだろ! 俺は
真剣に言い訳している
そしてそんな様子を、異次元の世界を見てしまったかのように
「お前ら……どうしちゃったんだよ」
その声に我に返った恵美と真奥は、許可なく発言をしたルシフェルを頭の上から
「ふぎゃ」
「そうそう、俺らのことより今はこいつ。あと、
改めて周囲を見回す真奥と、苦悩するように腕を組む芦屋。
「立つ鳥後を
芦屋の言葉は全くもって悪魔らしくないが、それ以上に恵美は『帰る』という言葉に顔が
「……やっぱり帰るの?」
「当たり前だ。魔王様が魔力を取り戻した今、この世界にとどまっていなければならない理由など一つも無い。我々の第一目標はエンテ・イスラなのだからな」
芦屋は冷たく言い放つ。
「帰るって、実家とかですか?」
まだ真奥たちの全てを理解しているわけではない千穂の質問はこの場では無視された。
「いや、でも俺今月結構バイトのシフト入ってムギュ」
「魔王様はエンテ・イスラ制圧とマグロナルドのアルバイトとどちらが大切なのですか!」
芦屋は真奥の顔を平手で
「よろしいですか、確かにマグロナルド
「へぇ、
「エミリアは
「仕事を教える約束を裏切られて生じる負の感情ってそんなに大したものなのかしら……」
「え! 真奥さん、バイトやめちゃうんですか!」
「我らの悲願はエンテ・イスラをこの手で制圧すること。私は日本に下りて以来何度も口をすっぱくして申し上げてきました。まずは我々の最初の目標を
「お前、悪魔の姿の時と口数が違いすぎんだろ……」
「じゃあ、どうやって後を
「我々は特に悪いことはしておりません。魔王様が
「えー……だってまだフェア商品の地区売り上げ一位が……」
「
「冷蔵庫も洗濯機も自転車も買ったばかりなのに」
「ゲートを
「あの……で、僕はどうすれば……」
正座させられ
「あ! そういえばルシフェル! 私の職場に電話してきたのってあなた?」
「あ、ああ……そうだよ?」
あっさり認めるルシフェル。
「どうやって私の職場突き止めたのよ?」
「そういやそうだな。あれだろ? 仕事中に
真奥が足をどかすと、ルシフェルは恐る恐る顔を上げる。
「そうよ。どうなのそこのところ!」
「あ、それは……ほら、最初に襲った時に……エミリア、お前これ落としただろ」
そう言って
「あーっ! 私の財布!」
恵美はルシフェルの手からファンシーなデザインの財布をひったくる。
「その中に職場の従業員カードみたいのが入ってたからそれを見て職場を……」
「うっわルシフェルお前拾った女の財布の中身勝手に見たのかよ!」
「最低ですね。このご時勢訴えられても文句は言えません」
真奥と芦屋が
「お前、財布はダメだろ、そこは見ちゃダメだろう。個人情報の
「悪い人だとは分かってましたけど、サイテーな人だったんですね」
「なぁ芦屋。なんだっけあの財布に描かれてるあのキャラ」
「最近人気のキャラクターですね。えっとリラ……リラックス
「ちーちゃんだって本物かニセモノか知らんけどヴィドンとか持ってんのにお前……」
「本物ですよっ! あ、で、でも
「う、うるさいわねっ! す、好きなんだから仕方ないじゃないの!」
恵美は少し顔を赤らめて、財布の中身を改め、何かに気づいて声を上げた。
「あっ!?」
「な、なんだよ? 中身を
「金ダコのスタンプカードがない!
恵美は真っ赤になって怒っている。
「そ、それは、デビルフィッシュの包み焼きなんて食べ物見たことなくてつい好奇心で……!」
話がまったく
「おぇっぷ……いったい、これぁどういうこった? なんで全部止まってんだ」
「私に聞かないでください~。魔力結界か何かじゃないんですか~」
「あそこに立ってンの誰だ?」
「エミリアに見えますけど……」
「あそこで
「……オルバ、ですねぇ」
「で、あの女の子と野郎どもは?」
「さぁ……」
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