ハロウィンの仮装

ひとえだ

第1話 我が名はマヤ 魔性の妹

  電車を降りて改札を抜けると、そこには小さなゾンビがいた。


 ゾンビだけではない、角と黒い羽根を付けた禍々しい子供が笑っている。中世のヨーロッパを思わせる身なりの女性もいる。

 

 そういえば、ここでハロウィンのイベントがあることを先週ヤスが学校で意味ありげに話していたことを思い出した。


 華やいだ風景を避けるように本屋に向かう。人混みが一段落したところで声を掛けられた

「タカじゃん。いきなりですまないが助けてくれ」

 三角帽と赤い瞳をした派手な服装の女性は寒河江瑠々。大学の同級生だ

「ルルを助けるのは構わないが、その格好で頼まれるのは違和感しかないな」


 ルルは中世の魔女のようないでたちである。その話題に触れることはしないが、豪快に胸を盛っている。いつもなら”似合う?”とか聞いてくる筈だが、そういう余裕も無いようだ

「妹とはぐれちゃったのよ、一緒に探して」

 

 妹は14歳でルルと同じ格好をしているという事だった。特徴を聞いたので二手に分かれて探すことにした。

 探し始めて数分でそれらしき少女に出くわした。少女は星形の髪飾りの辺を中指でなぞりながら無表情に空を眺めていた


「摩耶さんかい?」

 少女は些か身震いして、無視すること無くこちらを向くと、露骨に警戒した顔をしていた。少女はルルの言うとおり、ルルと同じような服装だったが、赤いコンタクトレンズは入れていなかった


「ルルさんの友達の岡部です。ルルさんに頼まれて君を探しに来た。別人ならばごめんなさい」

 

 少女は少しだけ表情を緩めて

「もしかしてタカムラさん?」

「はい、岡部篁です。美人姉妹の会話に登場できて光栄です」

 少女は微笑んで

「お上手ですね。寒河江瑠々の妹の摩耶です。話で聞くより凜々しいので驚きました」


 容姿は14歳で疑いないにもかかわらず、年齢に不釣り合いな言葉に不思議な懐かしさを感じた

 

「実は、限界が近づいています」

 マヤは好奇心に満ちた瞳でこちらを見ている

「あのファミレスに入れば問題を解決できるかな?」

 マヤは薄笑みを浮かべて

「ありがとうございます」

 と応えた。

 トイレを我慢している感じには見えなかったが、懐かしさの御礼にマヤの用意した設定に乗ることにした。

 

 スマホを取り出してルルに連絡を取ろうとすると

「10分ほどで構わないので、ルル姉に連絡する前に私と話をしてもらえませんか?」

 14歳に圧倒されている。ルルにはない貫禄がマヤにはある

 

「ルル姉と私のコスプレはそのストラップが原因なんですね」

 スマホにぶら下がるストラップがマヤの細い指に攻撃を受けている


「コイツ、アニメのキャラだったんだ」

 マヤは大人びたため息を吐いた

「ルル姉も浮かばれないな」

 

 自分の取り巻いている状況に察しはついた。マヤがどう動くか分からないので返答は無難なモノにした


「小学校の頃、”オボロ”っていう名前の黒猫を飼っていたんだ。

 オボロの奴、喧嘩が弱くて額に傷を作って帰ってきて、その傷がずっと消えなくてね。

 偶然ネットで見かけてオボロのこと思い出して買ったんだ」


 マヤは興味のない話のようだ

「ところでタカムラさん。ルル姉のことどう思っています?」

 どちらが姉だか分からないと思った。この妹は相当の強者あるいは、そういう特性を持って生まれたのだろう。

 アインシュタインがそうだったように、大学では後者の特性を持った人に何人も会話している。マヤへの回答はこれがいいだろう

 

「僕は頭が良い人が好きだから、瑠々さんは好きですよ」

 マヤは間髪を入れず

「じゃあどうして、ルル姉の誘いを断ったんですか?」


「断るもなにも、今日は誘われていないよ。今日は一人で本屋に行く予定だけど」

「えっ・・・・・・」

「瑠々さんに電話掛けて確認しようか」


 スマホを取り出すと、疾風の如くマヤにスマホを取り上げられた


「先程の会話、全て忘れて下さい」

 初めて年齢相応の表情を見たような気がする

「構わないよ」

 会話が途切れた

 

 信号待ちで立ち止まるとマヤの顔色を窺った

「限界まで持ちそうか?」

「はい、ここで黒歴史を作る訳にはいかないし。もう少しで到着です」


 信号が青に変わると独り言のように語りかけた

「黒歴史か、僕が君と同じ歳の時、地元のお祭りで大事故が起きてね。

 目の前で人が亡くなったんだ。

 それ以来こういうイベントが苦手なんだ。

 もしルルさんに誘われたら上手に断る自信はなかったな」

「そうなんですね」

 落ち着いた声にもマヤに対する違和感は既に身体が学習して耐性ができたようだ

 

「君は随分大人びているね」

「お陰で、学校ではボッチですけどね」

 マヤは束ねた両側の髪を指で撫でながら言った

「高校の時、好きな人がボッチだったな」


 マヤの強い視線を感じた

「その人に声を掛けたのですか」

「5月には迷惑なくらい声を掛けたな」

「それでどうなったんですか?」

「ボッチじゃなくなった」

「あのう・・・・・・」

 

 丁度ファミレスに到着した。待っているのは2組だけだった。順番待ちリストに名前を書き始めると、マヤは対応のウエイターに許可を得てトイレに消えていった。


 ルルに電話を掛けようとしたが、スマホはマヤに奪われたままだった。

 

 戻ったマヤはごめんなさいと言ってスマホを返してきた

「パスワードがないと、只の時計だね」


「ターナー展をやっている美術館がありますが、一緒に観に行ってもらえませんか」

「只の時計ではなかったみたいだね。よくターナーの絵画だと分かったね」

「”国会議事堂炎上”有名な絵画ですので知っていました。狂人の絵は好きです」

 スマホのパスワードを打って全画面で絵画をみせた。この中学生のターナーに対する評価は“狂人”のようだ。

 耐性能力のレベルアップ。新しい魔法を習得してしまうかもしれない

 

「学祭の準備とバイトがあるので、来週の土曜日しか空いていないんだけど、都合つくかな」

「いいんですか?」

 僕は微笑んで

「もしかして、からかわれた?」

 マヤは首を左右に振った

「とんでもないです。ありがとうございます。嬉しいです」


 マヤはスマホを与えられていないので、パソコンのメールアドレスを教えてもらった。

 なんでも、次の期末試験で学年トップを取ったらスマホを買ってもらえるそうだ。


 確かにマヤに高度情報処理端末スマホ及び携帯電話を持たせると社会に重篤な危害が生じる危険を両親が気付いたのかもしれない


「私のこと“マヤ”って呼んで下さいね

 タカムラさん」


つづく

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