第2話 我が名はルル 普通の姉

 ルルに電話をすると5分もしないうちに、胸元とスカートを気にしながら早足でこちらに向かう魔女もどきを見つけた。右脚に包帯をしていたが歩きは円滑なので仮装の一部かもしれない。信号待ちをしているルルの格好は冷静に見ると異様である


「どうしたその足、ケガでもしたか?」

 ルルはきょとんとしたが、直ぐに微笑んだ

「包帯ね、これも仮装の一部よ」

 息をきらしたルルの声が艶めかしい。

 頭の回転の速いルルは、僕がこのキャラクターを知らないことを理解してくれるはずだ

「素材がいいから何着ても似合うな」

 

 ルルは言葉を受け流して、マヤの前に立つと声を上げた

「何やっているのよ!」

「ごめん。道に迷った」

 マヤの返答は事務的であっさりしていた。ルルは何か言い掛けたが、僕の顔を見て、溜め息をひとつ零し、言葉を続けなかった


「喉、渇いただろう。飲み物位はご馳走するから、一服していけよ」

「タカ、ありがとう。迷惑を掛けたね。

 でも、ここは私が払うよ」

 席を立ってルルに着席を促して

「いいよ、今日はとても素敵なものを見せてもらったし・・・・・・

 それに、ルルと僕の仲じゃないか」


 ルルは顔を赤らめて

「マヤの前で何を言うの!  

 誤解するじゃない」

「ルルの妹は

 ちっちゃいまんまなんだね」


 ルルは怒った口調で

「どういう意味よ」

「責任は取らせてもらうよ

 ご両親に会わせて欲しい?」

「ば、ばか。

 初対面のマヤにそういう・・・・・・冗談は止めろ。本気にするだろう」

 デクレシェンド(段々弱く)

「そっか、今まで楽しかったよ。ありがとう」


「2名でお待ちにオカベ様」

 ちょうど席の案内が来た

「3名になったけど大丈夫?」

「4人席でのご案内ですので大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。4人席ですか、たった今、振られたのでご一緒にどうですか?」


 ルルに持っている杖で殴られた

「ごめんなさい、仕事中に、このバカが下らないこと言って」

 年上だろう女性サーバーは笑いながら

「イケメンに声かけられるのは悪い気はしないですよ。彼女さん、ごゆっくり」

 マヤがクスクス笑っている。姉妹で並んで座った


「お腹空いていたら何でも食べていいぞ」

 マヤに向かって言うと、ルルが突っかかってきた

「随分マヤには優しいのね。

 私も注文してよろしいでしょうか」


「僕はね、収益の見込めない投資はしない主義でね。さっき、袖にした男にたかるなよ」

「なに付き合ってもいないのに勝手に振られて被害者ズラしているの! 

 そもそもなんで私の親とアンタが会わなくてはならないのよ」

「あんな酷いことをしたのに、ルルは許してくれるのか」

 ルルは呆れ顔で溜め息を1つ

「それ、どういう設定?」

「ルルの予想をその麗しい口から聞きたいな」

「死ね、スケベが」


「茶番はともかく、ルルも遠慮なく好きなもの頼みなよ」

 急にルルが畏まった

「それじゃ悪いよ」

 面倒だと思ったが今日は付き合うことにした

「今日は大学ではみたことのない、ルルのかわいい格好が見られたのでお安いもんだ」

「あ、ありがとう」

 ルルはしおらしく答えた。女性というのは難しい生き物だとしみじみ思う


「それにしても、スカートの丈、随分攻めていない?階段じゃ見えるだろう」

 ルルは立ち上がって横に来ると一瞬スカートをめくって中を見せた

「こっちで着替えたし、見せパンだから安心して」

 吐息が届く。気付けば顔が近い。ルルとこんな近くで話すのは初めてかもしれない。しかし、冷静に考えると何を安心するのかよく分からなかった

「ご馳走様です」

 ルルはマヤを見ると

「前金で支払ったから遠慮なく好きなもの頼みな」


「妹の前だぞ、食べ物ごときで身体を売るのか」

「誰にでもにしないわよ、タカはいつも世話になっているから

 と・く・べ・つよ」

 鼻の頭を指で軽く突かれた

「鼻血、でそう。こんど、フランス料理でも如何ですか」

「調子に乗るな」

 今度は脇腹を抓られた。


 姉妹はシェアして食べようと、パンケーキとポテトを頼んだ。パンケーキを分けるルルの姿を想像すると惚れてしまうかもしれないと思った。

 ドリンクバーだったので姉妹で行くことを勧めたが、マヤが気を遣ってルルと取りに行くことを薦めた


「今日はありがとうね」

 ルルがしんみりという

「いいんだよ、訳あってこういうイベント参加しないから、ルル達に会えて楽しかったよ。それに素敵な仮装も見られたしね」

「どうして参加しないの」

 ルルは音調を落として真剣に問うているようだ

「あれ、話したことなかったっけ」

 マヤにした話をルルにもした


「そっか、そういう理由があったんだ」

「そういう理由?」

 ティーパックにお湯を注ぎながらルルは答える

「ヤスがタカがイベントには参加しないって言っていたから」

 ヤスに過去にイベント誘われたことがあって、同じような話をして断ったことがあった。マヤの疑問がつながった。ルルはこのイベントに僕を誘うつもりだったが、ヤスの話を聞いて断念したのだ。


 席に戻るとマヤが笑顔で言った

「お兄さん一緒に行って頂けません?」

 突然の出来事にルルは硬直している

「はい、慶んでお嬢様」


 ドリンクバーコーナーに着くと

「ルル姉、お兄さんと二人で出かけたことがないでしょう」

「流石は姉妹だね」

「ルル姉と付き合う気はあるの?」

「そういう空気になればあるかな」

「ルル姉も浮かばれないね。

 ルル姉は、男が誘うものだと思っているの。それがまちがいなんだけどな。

 ルル姉が決心つかないなら、私が付き合っちゃおうかな」

「ルル、気絶するな」


「お兄さんは意地悪ですね。ルル姉の気持ちはご存知でしょう」

「僕なんかじゃ美人で才媛のルルには役不足でしょう」

「誘えば断らなかったでしょうに、もったいないですね。

 ところで、私立理系のお兄さんは源氏物語はお読みになったことがありますか」

「雀の子を犬君が逃しつる ってか」

「お兄さんは何でも知っていて、私の考えていることを分かってくれるのですね。嬉しいです。

 いよいよ、ルル姉は余裕かましている場合じゃないですね」

 マヤの中学生生活が楽しいものでないことは容易に理解できた。あの頃の僕やハルに似ている


「ねえ、高校の人の話、聞かせてもらいたいな」

 マヤは甘ったるい声でいう

「思い出したくないって言ったら」

「もう、思い出しているでしょ」

「お前達、中身が入れ替わっているんじゃないか」

 マヤにディープ・ラーニングされれば心情を隠すことはできないだろう


「ヤスが言っていたけど、タカってロリコン?」

 テーブルに戻るなりルルの言葉が刺さった

「何だよ、いきなり」

 マヤの隣に座ろうとしたが、ルルが引っ張って隣に座らされた

「答えてよ」

 経験はないが、浮気した彼氏を問い詰める彼女の口調はきっとこんな感じだろう

「ヤスは式も答えも間違っている。僕は中学2年の時から、僕の好きな女性は頭の良い人で、ずっと変わりないけど」


「どうだか?」

「僕は頭の良い女性には嘘を吐かない主義でね。バレるから」

「えっ・・・・・・」

 間を開けてはいけないことは弁えている

「大学では女性には一切嘘を言っていないよ

 いずれ菖蒲か杜若の”場”を壊す気はないからね」

「・・・・・・」


 今は大学のお花畑にいる。

 わざわざその1輪、1番目映い花を摘み取って家に飾る必要を感じていないのだ。


 そして今は春日野にいて

 美しい若紫草に心を乱している。

 

<つづく>







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