バス停1
白河黒江
バス停1
20xx年7月。私、犬山花子はバス停に熱いキスをしていた。
発端は遡ること数か月、高校の入学式の日の朝だった。ピカピカの1年生から明らかにくたびれた上級生まで、バス停の前には10人以上の学生が並んでいた。
最近はバス停にICカードをかざせば人数に応じた適切な台数のマイクロバスが来て目的地まで運んでくれる。バス通学は初めてだったが、私も他の学生たちにならってバス停にICカードをかざした。そうすると「ピロンッ。おはようございます」という美しい音が流れた。
「あ、おはようございます!」
私があいさつを返すと、バス停に並んだみんなはアハハ、と笑った。
バス停にあいさつするなんて、変わった子ね。
そう思われたらしかった。
しかし、明くる日も私はあいさつをした。次の日も、また次の日も。
6月のある日、私は暑いだろうと思って冷たいスポーツドリンクを持っていった。
「はい、暑いでしょ。これあげる」
さすがにバス停に並ぶ人々がざわついた。
バス停も、驚いた目で私を見つめていた。でも、「いつもの人」だとわかってくれたのか、バス停は水滴の垂れたスポーツドリンクを受け取り、小さな声で「ありがとう」と頭を下げた。その顔はいつの間にか赤くなっていた。
20xx年、AIの発達により人類の就ける職業は半減した。特に頭脳労働は顕著で、人間の仕事は単純労働ばかりになっていた。
仕事を失った人間、社会保障を欲する人間が、とにかく何でもいいから仕事を探した。バス停はその一つだった。
でも、バス停もバス停である以前に人間であり、「労働」の日々に表情を失っていてもなお理知を感じさせる目つきと張りのある桃のような頬に、私が恋してしまうのもあくまで自然なことだった。
7月のある日、私はバス停をバスに乗せた。
「ねえ、どこまで行く? バスじゃ行けない場所にまで行っちゃおうよ」
バス停は顔を赤らめながら頷いた。
そして私は学校を、バス停は仕事をサボった記念に、キスを交わしたのだった。
バス停1 白河黒江 @yamad-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます