抗失敗剤

##9 (kyu-)

#2 抗失敗剤

ある日、病院に一人の親がやってきた。


「先生、うちの息子はどうにもだらしなくて。学校でも私生活でも失敗続きで、毎日がっかりさせられてばかりなんです」


「学年テストの成績はE判定。サッカーの試合では失点に絡むし、最近は恋人にも振られたようで……親として、もう耐えきれません」


医師は静かにうなずき、淡々と答えた。「それなら、ちょうど良い薬があります。『抗失敗剤』というものでして、これを飲めば失敗はすっかりなくなりますよ」


医師は続けた。「ただし、この薬の効果が現れるのは約半年後です。それでもよろしければ処方しますが」


「それは素晴らしい!本当に助かります」親は声を弾ませ、医師から薬を受け取った。


家に戻ると、親はさっそく薬を息子に飲ませた。怪しまれないよう麦茶に溶かして。「これで立派になるはず。もう恥をかくことも傷つくこともない」と心の中でほくそ笑んだ。


薬の効果は、想像をはるかに超えるものだった。


薬を飲んで1週間後、息子には新しい彼女ができた。1か月後にはサッカーの試合で決勝点を決め、4か月後には学年テストの成績もB判定まで上がった。


薬を飲み始めてから半年を待たずして、親はその効果に驚き、再び病院を訪れた。


「先生、本当にありがとうございます。息子の変わりようが信じられません。すごい薬ですね、抗失敗剤というのは!」


医師は少し困惑した様子で答えた。「それは何よりですが、私が申し上げたように、この薬の効果が現れるのは半年後ですよ」


親は首をかしげた。「いやいや、そんなはずはありません。もう息子は失敗しなくなってきています。半年経てば、いったいどれだけ素晴らしいことになるのか……」


薬を飲んで、ちょうど半年が経つ朝。親は高鳴る期待に胸を躍らせ、目覚ましを止めた。「それ」を考えるだけで、ニヤケが止まらない。


いつも通り朝食の準備を始める。目玉焼きに食パン、ウインナー、コーヒー。息子が起きてくる7時半までに食卓に並べておく。


だが、時間になっても息子は起きてこない。10分、20分、30分……このままだと学校に遅刻する。


「いい加減起きなさい!」少し苛立ちながら息子の部屋を勢いよく開けた。


部屋の中は静まり返っている。自分の声の残響と、時計の秒針だけが音として認識できた。親は胸騒ぎを覚えながら、そっとベッドに近づいた。


息子は、まるで凍りついたかのようにベッドの上で動かなくなっていた。


呼びかけても、肩を揺さぶっても、一切反応しない。じっと、ただ天井を見つめたままだ。そこには何の表情もなく、空っぽの瞳が虚空を彷徨っている。


まるで、ピタリと止まった人形のように。


親は急いで再び病院を訪ね、医師に詰め寄った。「先生、今朝起きたら息子がまったく動かなくなってしまいました。今日で薬を飲んで半年。薬の副作用か何かじゃないですか!何とかしてください!」


医師は少しも動じることなく、穏やかに親を見つめた。「お薬の効果はしっかりと出ています。副作用ではありません」


「これで息子さんは、決して失敗することがありませんよ」

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