第7話 シータの面談

 さて、どういう順番で話を聞こうかと迷ったが、いろいろと光合成しながら考えた結果、両方と接しているシータさんの話をまず聞いて、それから考えよう、と私は思った。連絡用のLINEで呼び出し、明日の出勤の前に1時間早く来てもらって面談をすることにした。


「わざわざ早く来てもらって悪いね!」

「いえ、大丈夫ですよ!」


 シータさんがひまわりのような笑顔で答えてくれる。なるほどなぁ、クマだったらこの笑顔にメロメロになっちゃうんだろうなぁ、などと多肉植物なりに想像をめぐらしてみる。もちろんそんなことは悟られないように、仕事用の真面目な顔になり、おもわず緩みそうになるトゲもピシッと張って面談をはじめた。


「じゃあ、ちょっといろいろ聞いていきたいんだけど、シータさんはいまこの『純喫茶ボタニカル』で働いて半年くらいだよね、とりあえずその感想があったら聞きたいな」

「楽しく働けていい職場ですよ!お客さんとも仲良くなれたりするのが楽しいです」

「このお店は、お客さんとスタッフの距離がちかいからね!シータさんが楽しくやってくれているなら私も嬉しいよ!」


 つづけてシータさんが言った。

 

「ただ、一人で本を読んだり作業したいお客さんもいらっしゃるから、そこは注意が必要ですよね!」

「なるほど、よくお客さんを見てるねぇ!」


 軽くジャブを入れたところで、私はすこしずつ核心に触れて行こうと思った。午後の日差しが降り注ぎ、心地よく光合成に集中したいところだがぐっと押さえて今回の核心に迫っていく。


「一緒に働いている二人とはどう?なにか問題とかはない?」

「特には、ないですね……」


 多肉植物ながら、なにか本当のことを言っていないのではないか……と、無数にある私の妖気アンテナが反応した。もちろん妖気アンテナとはただのサボテンのトゲである。そこで、具体的に話をふっていくことにする。


「そう、それなら良かった!」

「ベータくんはどんな感じかな?」


 一人一人個別に名前を出して、どんな感じなのか探りを入れていく。枝や根が干渉でもしなければ特に争いにならない植物の私は、内心ドキドキしながら切り込んでいく。もちろん心臓も無ければ血流も無いのだが、身体の内側の水分がドキドキする。


「ベータくんは、お客さんたちにとっても人気ですよ!特に話しやすくてカッコいいから女性のお客さんたちに人気ですよ」

「なるほど、そりゃ羨ましいね!」


 もちろん挿し木や子株が落ちて増えたり、たまに花が出来て実がなって増える程度の私にとって羨ましいも何もないのだが、そこは持ち前の共感力でどうぶつの気持ちになって受け答えする。


「でも、そうなると何か問題がおきないかちょっと心配だな……シータさんはどう思う?なんか気になること無い?」


 あたかも今気づいたかのようなセリフで演じる自分は、サボテンながらなかなかの役者だなと思った。


「実は、ちょっと気になってることがあって……」

「どうしたの?他のアルバイト達には言わないから、良かったら聞かせてくれないかな」

「ベータくんは確かにお客さんに人気なんですけど、結構な数のお客さんとLINEを交換していたりして、今後トラブルになったりしないかな、って不安なんです」

「ええっ!そんな事が起きてるの?」

「はい、ただ、ベータくんの方からお客さんに『LINE教えて』って言うことはないんですが、彼は話も面白くて人気だから、お客さんの方から聞かれちゃうんですよね。で、彼も気軽にお客さんに教えちゃうので……」


 これはクマの皆さんから聞いていた通りだ。ただ、直ちに禁止という措置にするのも堅苦しくて良くない。この件はまず、ベータくんに事実確認をして、具体的に何か問題が起きているかいないかを調査するのが先だと思った。


「とりあえず、この件については私の方からベータくんにちゃんと話を聞いて、問題があればなにか対処するし、無いようであれば少し様子を見て行くことにするよ」

「なんか、話したらちょっとホッとしました!」

「他には、ベータくんについては特になにかある?」

「うーん、あとは、なんかチータくんとはあんまり口をきかないな、って思います。二人とも全然趣味や性格が違うし、仕方ないのかと思いますけど……」


 ここが問題の核心かもしれないと思った私は活性化し、大気中から今取り入れた二酸化炭素だけでなく、昨晩のうちに取り入れてリンゴ酸に固定しておいた二酸化炭素も取り出して激しく光合成しはじめた。


「具体的には、どんな感じなのかな?」

「チータくんはもともと、そんなに人とおしゃべりしないタイプだから、会話が少なくてもおかしくはないんですが……ベータくんは誰とでもよくしゃべるタイプなのに、チータくん君に用事があっても、私に「……ってチータに伝えといてよ」みたいなことがよくあるんですよね。自分で直接言えばいいのに?って思うんですが」


 これも、クマの皆さんが言っていた通りだ。確かに好奇心旺盛なクマの皆さんはよく観察しているな、と私はますますクマの皆さんに対する信頼を深めた。


「それは困ったね。いきなり二人にそう聞くわけにもいかないから、面談の時にそれとなく様子を探ってみるよ。申し訳ないけど、シータさんも引き続き様子をみていてくれるかな?」

「はい!もちろん」

「なんか余計な気苦労をさせちゃって申し訳ないね」


 さて、ここまでくれば、あとはチータくんについての個別情報を聞くだけだ。先が見えて少し安心した私の気孔は活動をゆっくりにしはじめた。


「チータくん個人としてはどんな感じかな?」

「チータくんは、私やベータくんが出来ない事を全部やってくれるので、すごく助かってます!」


 なんとなくホールでは大人しくてどんくさく、あまり活躍しているように見えないチータくんだが、どうやら自分の領域を持っているらしい。私はそこを深堀してみることにした。


「なるほど!彼は、どんなことをしてくれているの?」

「チータくんはコーヒーミルとか、コーヒーメーカー、オーブンとかそう言った機械のお掃除をすごく丁寧にやってくれているんです!」

「それは凄いね!どんなことしているの?」

「私にはよくわからないんですけど、なんか自前の工具箱みたいなのを持ってきていて、いろんなところを外しては、ブラシですごく丁寧に掃除してますよ。なんかあの、ギザギザしてグルグルするところとか、シュワーって蒸気が出るところとか、ジャーってお湯が出てくるところとか……」


 文系の女の子の言うグルグルとかシュワーとかジャーが良くわからないが、これはチータくんの個別面談で話を聞けば判明するだろう。チータくんが良くやってくれていることは凄く有難いが、もしかして彼しかできない仕事になってしまっているのであれば、それは組織としての店ではあまりいいことでは無いな、と私は直感した。


 いずれにしても貴重な話がいろいろと聞けたので、私はシータさんにお礼を言うと、この時間は仕事に含まれることを改めて説明し、手間をかけたので帰りに好きなケーキを持って帰って欲しいと伝えた。


 面接で少し疲れた私はパートの狸林たぬきばやしさんを呼ぶと、鉢を抱えて2階の自室へと持って行ってもらった。自分の部屋へ帰るのも自分一人ではできないのが植物のもどかしさである。自室へ戻してもらった私は、狸林さんに冷蔵庫のアイスコーヒーを数滴たらしてもらい、根から染み渡るカフェインとコーヒーのアロマを楽しみながらしばしの休息をとった。


 一息つくと、私は音声認識でクロイさんの携帯番号へ連絡した。数コールすると、聞きなれてきたツキノワグマの声がした。


「おう!サボンさん、どうしたんだ?」

「クロイさんどうも!実はさっき、シータさんに面接したんですよ、それで……」


 私は聞き取った内容を事細かにクロイさんに説明した。


「すげえな、大収穫じゃねえか!そんな心配しなくてもよかったじゃねえか!」

「ええ、でもまだ問題点の一端が明らかになっただけですからね」

「まあ、それを解決するためにおれ達がいるわけだから、大鉢に植わったつもりでいてくれよ!」

「ありがとうございます。それで、本式にコンサル契約しようかと思ってるのですか……」

「本当かよ!これはありがたい!じゃあ、月額費用と仮契約書のひな型をメールで送るから、内容をみて修正があったら入れてくれ、納得いったらお互いにサインしようぜ!」

「わかりました、今後ともよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、よろしく頼むぜ!」


 最後にクロイさんから「……やっぱり、さすがにこうなったら敬語にしたほうがいいですよね?」と言われたので、「普段のクロイさんの感じが好きなんで、そのままでお願いしますよ。読者も急に口調が変わると誰だかわからなくなるし」と植物初のメタ発言をぶちかまして、電話を切った。


 さて、「もう少し休んだら、ベータくんにLINEしてカウンターに持って行ってもらおう……もうひと頑張りしないとな……」と私はひとちた。

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クマった青春物語 クマイ一郎 @kumai_kuroi

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