第5話 知覚

彩火はギムレーを抱え、屋根を走る…野次馬達が

こちらを見て騒いでいる…


「ハッハッハ!!俺ら立派なお尋ね者って訳だ!

なんか笑えて来るな!ギャハハハ!」


「笑ってる場合!?追ってきてるわよ!?」


副隊長アーロンの光の矢が彩火の体に迫るが、

左腕の腕甲で軽々と弾く。


「あれぇ?あんな安物の装備じゃ防げないと

思ってたのにな…鈍ったかな…」


「危ねえな!人に向けて撃ちやがって!」


目が逸れたその直後、前方から光を放つ剣が目の

前に迫っていた。


「ウオアアッ!?」


咄嗟に左手を突き出す。剣を受け止めた腕は

ジリジリと削られるが、剣を掴んだ事で辛うじて

軽傷で済んだ様だ。


「何!?」


「痛えぞコラァ!!」


彩火が乱暴な蹴りを入れて距離を離す。ジークに

斬り裂かれた腕甲が外れ、内側から煮え滾る腕が

姿を露わにする。



「グッ…我が魔導剣を受け止めるとは…その膨大な力…今の内にここで刈り取らねば…!」


「クソッ…一旦距離取るか…」

  

彩火は腕を大地に叩き付けた土煙を上げて逃げる。


「隊長、大丈夫ですかい?」


「…問題無い。…幾つか分かった事がある。恐らく奴はまだここに来たばかりだ。さっきの戦闘でも、魔術すら碌に使えていなかった…成長する前に奴を

仕留めなければ…面倒な事になるぞ…」


逃げ惑う彩火を街中の兵が弓や魔術で狙い撃つ…

当たり前ながら、逃げ場などなかった。


「ちょっと…一旦降ろして…!生きるの諦めたり

しないから!自分で走れるわよ!」


「はいよ…しかしあの野郎めっちゃ強いんだけど…かと言って逃げ場も無いしな…」


「…魔力操作を覚えるくらいしか方法は無いわ。

私には…この街の兵力を相手取れるだけの力も

魔術も無い…あなたに頼る他無いわ…」


「そらいいが…どうやってやるんだ?」


「……こう…ギューッとやって…パァーッとするとしか言えない…手足を動かすのと同じくらいの感覚なのよ…どう説明したものか…」


「…力を溜めて解放って事か?」


「え、えぇ…そんな感じだけれど…あ、あとは強い思念やイメージも重要で…」



呑気に話している内に、敵は近付いて来る。

逃げた先は広場であり、時間稼ぎも限界だった。


「やっべ…!えーと…?パワーをチャージして…

あ、光った…案外行けそうだ!」


指先に力を込め、暗い光が点く…


「良ォし!!発射ァ!!」


「なッ!?」


「避けろ!!」


風を貫く音と共に、黒い矢が放たれる…

狙いからは大きく外れ、アーロンの頬をかすめた だけだ…


「驚いたな…僕の魔術そっくりだ…!」


「…援護する、今の内に魔術の準備を…!」


ギムレーはカーテンの様な金色の光で襲い来る矢の雨を防ぐ…


「でも強くは無い…依然としてこっちが優勢だ。」


弓を構え直すアーロン…しかし、標的は既に次の

魔法を展開していた…


「む…あれは…」


「少し変な形だが、真似させて貰うぜ。」


彩火が手に持っているのは黒いエネルギーの柱だ…

ジークの魔導剣を真似た魔術だが、粗が目立ち、

刀身は分厚く反れる形で歪んでいる。剣の様だが

刃は無く、形だけの鈍器である。


「…確かに…形だけなら模倣は簡単だ…しかし!」


「うおっとっとと!?」


斬り掛かってくるジークの剣閃は達人に相応しい

技術の結晶だった。剣を生成する魔力の扱いも

その剣技に磨きをかける。剣の素人である彩火は

防戦一方にならざるを得ない…


「お前には我が剣技も、兵士としての誇りも無い…

その様な猿真似など脅しにもならんぞ…」


「クソッ…扱いづらいな!」


展開した剣は形の維持すら不安定であり、強みを

全く持って生かせず、弱体化に等しい状態だ。

必死の反撃も軽々と躱される。達人相手に素人が

力任せに戦っても、その差は変わらなかった。


「ハァ…!ムカつくぜ…!」


「ふむ…」


(…魔導剣を真似た様だが…これは剣に魔力を

宿らせる魔術だ…無から武器を作る訳ではない…

そんな事をすれば魔力も持たない筈だ。

あれ程術式が粗雑ならば尚更…奴には魔力の底が

無いのか…?)


「チッ…!クソが!」 


隠していた触覚わ伸ばし、鞭の様に振り下ろす。


「何ッ!?」  


隠していた自分の武器を不意打ちとして放った。

鎧を斬り裂いたが、肉体までは届かない。


「まだ隠していた力があったとは…卑劣な!」


「何で初見で躱す!?ぬああ!!面倒くせェ!!」


彩火は剣を地面に叩きつける。魔力の剣は彩火の

手を離れた事で形を失い、徐々に消えていく。

そして、黒い鉄の様な重々しい魔力が全身に

纏わり始めた…


「直接ぶん殴る方が楽だ…!」


「な…何だその魔力は!?」


魔力のオーラを全身に纏い、凄まじい速さで突進を繰り出す。


「最初からパワーでゴリ押しすりゃ良かったな…!全く…!さぁ!轢き潰してやるぞオオォ!」


「クッ…!?」


向かって来た彩火にジークの剣が触れる…が、

魔力に触れた剣は根本からへし折られた。


「何!?グハッ…!?」


轢かれたジークは吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「やっぱパワーでゴリ押すのが正解か!」


「ゲフッ…クッ…!」


「隊長!このォッ!」


アーロンの矢は魔力の壁に焼き尽くされ、全く歯が立たない…


「こりゃ便利だ…さて、こっちの番だ…!」


「これは…まずい…!」


彩火の指先から再び黒い矢が放たれる。

威力は低いが、大量に放たれた矢がアーロンに

刺さる。


「グアアッ!?」


「なんて魔力だ…怪物め!!」


吹き飛ばされた二人が再び彩火に立ち向かうが…

黒い矢は鎧を軽々と貫き、二人を打ちのめす…


「ガハッ…クソォッ…!…何て奴だ…!」


傷だらけの彼らはそれでも尚、諦めずにこちらを

睨む…



「まぁ、いいかな…さっさと逃げよ。」


「何…!?」


「俺は別に快楽殺人鬼じゃねぇからな…熱心に働く蟻さんを無闇に踏み潰したりする性悪じゃ

無いんだよ!さ、とっととずらかるぞ!」


「え、えぇ…分かったわ。」


「ま、待てぇっ!」


彼らには目も向けず…逃げていく…

残る戦力は有象無象の寄せ集めばかりだ。


「隊長の傷を無駄にするな!何としても止めろ!」


「邪魔すんじゃねぇ!ウオラァ!」


兵士達は彩火の魔力に薙ぎ払われた。堅牢な門を

破壊し…堀を飛び越えて、怪物は去っていく…


「うっし!脱出成功!ハハハ!」


「おのれ…!!」


──────────────


「………」


「何だギムレー、助かったのが嬉しく無いのか?」


「いや…ただ…彼らには…信念があり、誇りが 

あり、ただ使命を全うしている様に見えたの…

自身の生に意義を見出していた。私には…自分の

存在意義が何なのか…分からないわ……」


(うーん…まためんどくせぇモードに入ったし…)


「…彩火が…私に生きる意味を与えてよ…」


「俺は哲学者じゃないからな…納得させられる

答えは出せないぜ?」


「それでも…いいから…」


「…むあー!!めんどくせぇ!分かったよ!

小っ恥ずかしいから言わなかったがな!

俺はギムレーが好みの美人だから拾ったんだよ!

だから生きろォ!!死んだら嫌なの!!

つまり!!…あー…!!もう!生きろォ!!

そなたは美しいって事だよ!ふぬあー!!」


ギムレーの顔は見えなかった…だが、驚いては

いるのだろう…一瞬動きが止まり、尻尾がピーンと真っ直ぐになる。…我ながら随分と低俗な理由を

ヤケクソに口走ったのだ…当たり前だろう。


「………ふふ、あははは!」


だが、あまりに滑稽な様がツボに入ったのか…

高らかに笑い出した。暗い感情が表に出ている

彼女が、年相応な可愛らしい笑い方をしている。

 


「うふふ…おっかしいわ…!美しいって…!

そんな恥ずかしいセリフ言うとか…!なんなの…!ホントおっかしいわ!あははは!ははは、へへ…

ひーっひ…お腹痛いわ…!ははは。」


「畜生…あんな恥ずかしいセリフ忘れなさい!」


「だーめ…死ぬまで忘れさせないから…ふふふ…」


「何で!?どこまでが契約の範囲なんだよ!?」


「私を助けたのもそれが理由だったんだ。確かに、

見た目に自信はあるけどさ…そんな単純な理由で

世界中を敵に回すなんてお馬鹿だね!アハハ!」


「くそぉ〜…覚えてろよ…いつか同レベルの恥

かかせたるからな。」


「ふふふ…待ってるわよ?」


(何なんだこれは…まぁでも…この会話で嫌われた訳ではなかっただけまだマシだったと考えておく

事にしよう…)


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黒鉄の災禍 ハトサンダル @kurukku-poppo

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