第4話 ポンコツメイド、その伝説の一歩

 データベースの情報を頼りに薬草が生えているという場所までやって来たマイ。目の前に広がるのはただの草原のようだ。


「本当にここにあるのでしょうかね。薬草のデータから辺りをスキャンしてみましょうか」


 マイの目がキュインキュインと音を立てて動く。ピピピピという音とともに検索結果が瞳に表示される。


「間違いなくあるようですね。えっと、達成条件は薬草十束でしたっけか。採取条件は……と」


 一人でぶつぶつ言いながら作業を開始するマイ。

 高性能AIを備えたメイドロイドであるマイにかかれば、この程度の作業などあっという間に終わってしまう。

 しかし、薬草を採取したマイはあることに気が付いてしまう。


「あら、どうやって持って帰りましょうか。エプロンのポケットに入れるわけにも参りませんし……」


 そう、持ち運びの問題だった。廃用寸前だったがために、一応服だけは着ていたがそれ以外の持ち物は何一つ持ち合わせていなかったのだ。


「仕方ありません、エプロンに包んで帰りましょう。ポケットに入れて傷ませるよりはマシです」


 エプロンを外して丁寧に薬草を包むマイ。エプロンのポケットに入っていたカードは、胸のポケットに移し替えておいた。

 ひとまず依頼を達成してメハジの街に帰ろうとするマイ。街に向かっていると、なにやら地鳴りのような音が聞こえてきた。

 思わず驚いて音の発生源を探る。自慢の耳を澄ませ、音の発生方角を探る。方角を特定すると、次はその正体を確かめるために目となっているカメラを絞り始めた。


「八時の方角、荷馬車一台、正体不明の動物複数の追跡」


 解析を終えたマイは、少し困ってしまった。


「一刻も早く依頼をこなさねばなりませんが、困っている人間がいては見逃せませんね。……助けに参りましょう」


 荷馬車が危険な状態にあるのを知ってしまったがために、放置できなくなってしまったマイ。人助けというのもあるが、あのまま進めばメハジの街にも被害が及ぶからである。


「韋駄天モード、開始。……発進」


 自動車並みの速度で走れる韋駄天モード。マイたちM-AI-Dシリーズに搭載されたとんでも機能である。自分の主をあらゆる危険から守れるように搭載された防衛機能のひとつだ。マイはその機能を使って、大型の動物に追われる荷馬車の元へと急いだのだ。

 しかし、マイは大型の動物の前で止まれず、そのまま走り抜けてしまう。それでも、大型の動物たちの動きを止めるには十分だった。

 マイが走り抜けることで起きた風によって、大型の動物たちが怯んで動きを止めたのだ。


「な、なんだ?!」


「急に動きが止まったぞ」


「今のうちに走り抜けろ!」


 荷馬車はカラカラとそのまま街へと向かっていった。

 そんな事は露知らず、走り抜けてしまったマイは大型の動物たちの元へと戻ってきた。


「あなた方に恨みはございませんが、依頼主を守るためにあなた方を排除します」


 止まれないのなら、その勢いを利用してしまおうとするマイ。


「伏して謝罪しなさい」


「ブモッ?!」


 また走り抜けるかと思われたマイは、動物たちとの距離を計測して、ちょうどの位置で着地できるように大きく跳び上がる。


「おすわり!」


 マイの強烈なチョップが、大型の動物の脳天に直撃する。


「ブモーン?!」


 マイのチョップを食らった猪のような何かは、くらくらと目を回しながらその場に倒れ込んでしまう。


「ふう、大きいですがうまくいきましたね。よく見てみると、どうやらこれは猪のようですね。これはおいしそうな牡丹鍋にできそうです」


「ブモッ!」


 マイの目がきらりと光ると、猪のような動物たちは一斉に恐怖を感じて逃げ去ろうとする。


「ああ、待ちなさい、牡丹鍋」


 まさかの牡丹鍋呼ばわりである。

 だが、恐怖を感じた牡丹……じゃなかった猪のような動物たちは、止まることなく一目散に走り去っていく。


「待ちなさいと言っているでしょうが!」


 マイの感情が昂ったその瞬間、猪のような動物目がけて電気のようなものがほとばしっていく。

 その電撃の直撃を食らった猪のような動物たちは、声を上げる事もできずにその場にバタバタと倒れていってしまった。


「え……と、何が起きたのでしょうか?」


 さすがの高性能AIも自分が起こした現象が理解できないようである。だが、目の前には黒焦げになった猪もどきたちがたくさん転がっているという現実が広がっていた。


「ワイルドボアはどこだ!」


 すべてが終わったところに、街の冒険者たちがやって来る。


「君、ワイルドボアを見なかったかい?」


「えと、もしかして目の前のあれですかね」


「あれ?」


 マイに声を掛けた冒険者が目を向けると、目を回したワイルドボア一体と黒焦げになったワイルドボア数体が目に飛び込んできた。


「……もしかして、君がすべて倒したのかい?」


「どうやら、そうみたいですね」


 メイドロイドなのに曖昧な答えを返すマイ。自分でも信じられないといったところなのだろう。だが、これも高性能AIのなせる業なのかもしれない。

 やってきた冒険者たちがワイルドボアを確認すると、すべて討伐済みと確認される。目の前のメイドと思われる女性が全部倒したとは、その目で見ても信じられないようだった。

 しばらくは呆然としていた冒険者たちだったが、手分けをしてワイルドボアの処理を始める。しばらくすると冒険者ギルドの職員たちがやって来たが、冒険者たちと同様に目の前の光景に驚いていた。

 メハジの冒険者ギルドまで戻ってきたマイは、受付の女性からがっちりと手を握られてしまう。


「本当にありがとうございました。ワイルドボアによる被害が防がれたのは、マイさんのおかげです!」


 きょとんとするマイ。

 だが、周りにいる面々は揃いも揃って頷いている。状況の分からないマイは戸惑いっぱなしだった。


「先に受けて頂いていた薬草採取の依頼も、質と状態のいいものばかりでしたし、ギルドとしてはこれからのマイさんの活躍に期待せざるを得ません!」


 キラキラと目を輝かせる受付の姿に、マイはメイドロイドながらに戸惑い続けている。


「あのー、マイさんさえよければ、メハジの街のためにここに拠点を持って頂けると助かるのですが……」


「……それは指示でしょうか」


「いえ、希望です、お願いです。マイさんが嫌ならば断わって頂いても結構です」


 目を潤ませながら懇願する受付の姿に、マイはぴしっと直立姿勢を取る。


「畏まりました。この街に留まるというお願いを受け入れましょう」


「ありがとうございます!」


 マイの返答に受付は頭を下げ、ギルドの中は大盛り上がりとなった。


 今まで失敗を繰り返しては怒られてきたマイにとって、今回の体験は実に初めてだった。自分に感謝してくれるメハジの街の人々のために、役に立てるのであるならばとお願いを受け入れたのだ。

 廃用寸前にまで追い込まれたメイドロイドのマイ。ここから後世まで伝えられる彼女の伝説が始まるのだが、それはまた別のお話なのである。

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ポンコツメイドロイドは異世界を行く 未羊 @miyou

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