08-02: イモかカボチャかナガネギか

 ナイアーラトテップクラゲを撃沈!? 通常艦隊が!?


 レオナが言う。


「クロフォード提督といえばだけど、それにしてもどうやって通常艦隊がナイアーラトテップクラゲを二隻も?」


 私はその携帯端末モバイルの画面の覗き見しながら、「あっ」とその記事タイトルを指さした。


「続報だ。ヘスティアにを搭載していたって」

空の女帝エアリアル・エンプレスも?」

「あ、マリー、レオナ、こりゃあり得るわ。エンプレス隊全二十四機が搭載されていたらしい」


 エンプレス隊は最強の中の最強だ。しかもこの前の戦いでは半数の十二機だった。今度はその倍――不可能などないんじゃないかとさえ思える戦力だ。


ナイアーラトテップクラゲはメラルティン大佐が沈めたってことかな?」

「だろうね」


 私のつぶやきにこたえるレオナ。


「いくらエンプレス隊でも、大佐のエキドナくらいしか超兵器オーパーツに有効打は出せないから。それにしても敵の艦隊は災難だったね」

「あれ?」


 私はそういえばと思い出す。


「午後からメラルティン大佐の特別講義があるんじゃなかったっけ」

「現場は北極海近傍。まぁ、偽情報フェイクだろうね。アントニアス諸島には第一艦隊も第二艦隊もいないことがわかっている。メラルティン大佐は今日はこの学校にいるはずだ。そう信じて威力偵察にやってきた敵艦隊を待ち伏せしていたのが第七艦隊とエウロスのセットだったというわけか」


 敵をだますにはまず味方から、か。


 携帯端末モバイルをしまった私は、書籍に再び視線を落とす。


 読めば読むほど、サムことサミュエル・ディケンズ氏への好感度が上がる内容だった。それはもしかすると、私が歌姫セイレーンの当事者の一人だったからかもしれない。けど、サムの十数年の取材の足取りを追うに連れ、ヴェーラやレベッカとの間に深い信頼関係があることがうかがい知れた。


 ヴェーラたちの十五歳からの十数年、サムは付かず離れず二人を取材し続けていたのだ。参謀部との関係も深かったようだが、関係性はそこまで良好ではなかったようだ――あの態度では致し方ない。


 書籍のボリュームはかなりのもので、読み終わる頃にはお昼を回っていた。アルマが「自分はもう読んだから」と率先してキッチンに行ってホットケーキを大量生産してくれた。


「アルマは料理もうまくていいなぁ」

「ホットケーキなんて料理のうちに入らないって。粉混ぜて焼くだけだし」


 アルマはバターを乗せて蜂蜜をたっぷりとかけていた。私は体型が気になるので少し控えめだ。……と思ったら、レオナはチョコレートシロップをかけている。レニーも同じだ。三人とも自分の体型に関して全く遠慮がない。


「私すぐ太っちゃうからなぁ」

「マリーはどうやっても可愛いから大丈夫だ」

「そうじゃなくてさぁ」


 レオナのいつもの反応に、私はいつものようにツッコミを入れる。


「というか、戦闘が多すぎて私たちの広報ライヴ活動があんまりないのが悪いよ」


 私が言うと、三人が「いやいや」と首を振る。


「普段からバッチリ運動しておかないと。レオナもマリーを誘って走ってきてよ」

「私は走るのよりもっと密着できる運動がいいな」


 レオナはそう言って私の肩を抱いてくる。最近スキンシップの強度がますます上がった気がする。悪い気はしないのだけど、公衆の面前でもやってくるから、その、ちょっと、困る。


「格闘技なんかどうかな、マリー。マリーに寝技をかけたい」

「体格差、体格差」


 私より先にツッコミを入れるアルマ。やはり彼女はツッコミ番長である。


「どうせ裸で寝技とか言い出すんだろ、レオナ」

「なんでわかったの」

「あんたの不純な顔みてればすぐわかるでしょ、そんなん」

「失礼な」


 レオナは憤然とした表情を作って抗議する。


「でも、そろそろマリーとは一線を超えたいと切に願い云々」

「一線って?」


 ホットケーキをはむはむやりながら、私はレオナの真剣な表情を見た。


「そりゃ、ハグ、キス、ときたらセッ」

「そこまで」


 アルマがびしっと止めた。……セッ?


 しばし考えて、私は硬直する。


「いやいやいや、女の子同士だよ」

「こらマリー、止めた話題を蒸し返すな」

「マリー」


 レオナの指が私の顎をつまんだ。


「気持ちいいことは悪いことじゃないだろ?」

「ふ、ふぁい」


 思わず肯定してしまった。


「ストップストップストーップ。ピンクの風をなびかせるのはやめたまえよ、君たち。せめて十八歳になってからにしてくれないかね」

「アルマって意外とおカタいんだね」


 レオナがしれっと言った。アルマは額に手を当てて天井をあおいだ。


「この部屋をラブホわりにはするなよ」

「あはは、その心配? しないよ。ちゃんと二人でデートする時にしかるべき所に行くさ」

「ちくしょ、うらやま……じゃなかった。そういう場所ホテルは未成年立入禁止だからな」

「じゃぁ私はどこで性欲発散すればいいのさ」

「んなもん、めとけ」


 今日のアルマの言葉は素晴らしく切れ味が良かった。


「ちぇ。まぁ、いいや。お互い未成年から脱した暁には、をしようね、マリー」

「同意を求めてるんじゃねぇよ」


 アルマの口調がだんだんぞんざいになっていく。私はカクカクと頷かされている。


 そんな私たちをにこやかに見ていたレニーが、真っ先にホットケーキを食べ終わる。


「美味しかった。レオナもごちそうさま」

「いつでも!」


 レオナは胸を張ってそうこたえた。アルマはもうツッコミを入れる気力がないようだった。


 そんなアルマの隣にいるレニーは、アルマの肩に軽く触れた。


「ねぇ、アルマ」

「ん?」

「アルマはまだマリーのこと諦めてないの?」

「あー、それ? レオナがられたら次こそあたしって思ってるけど、まぁ、そのくらい?」

「横取りはしないって?」

「マリーがレオナに心底惚れてるんだもん。手が出ないでしょ」


 なんだなんだ。レニーが突然センシティヴな話を始めたぞ。アルマはホットケーキの最後のひとくちを口に放り込んでから、モゴモゴと尋ねる。


「そういうレニーは好きな人いないの?」

「そうねぇ」


 レニーは少し遠くを見た。


「憧れる人はたくさんいるけど。レベッカとかエディタ先輩とか。でも、それとはちょっと違うかな」


 なるほど。


「男の人は?」

「接点がないのよね。施設の男の子たちのことはイモ南瓜カボチャ長葱ナガネギかくらいにしか思ってなかったし」

「ひどい表現」


 アルマが笑った。でも私もその感覚はわかる。そもそも異性をそうと認識したことがないのだから、自分以外は男女問わずだった。陰キャだから仕方ない。


「女の子も、この士官学校に来た時にこんなに美しい子たちがたくさんいるってことに興奮したけど、だからといって恋愛対象にはならなかった。トリーネ先輩に手を握られた時はすごくドキドキしたけど、ね。そのことだけは強く覚えてる」


 トリーネ、か。私たちの間の空気が少し重たくなる。


「トリーネは、カルテットの中では一番人当たりがいい人だったから。とてもお世話になったし。だから、はぁ」


 レニーはゆっくりと首を振った。


「もういないかと思うと、なんか不思議な感じよね」

「だね」


 アルマはレニーの肩に頬を乗せる。


 なんかいい感じの眺めだった。


「あ」


 レオナが壁の時計に目をやって声を上げた。


「そろそろ準備して講義棟に行こうよ、マリー」

「メラルティン大佐はいないけど」

「中止の連絡は来てないから、行かないとさ」

「だね」


 私たちは示し合わせたかのように立ち上がった。

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反逆のオラトリオ~絶命の歌声が響く戦場で、私は蘇りし灼熱の歌姫との決戦に挑む~ 一式鍵 @ken1shiki

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