ps 最近はわさび味がマイブーム


 物音ひとつない真夜中に、母が廊下から私の名を呼ぶ。

 だが、息を潜め耳を澄ましても布擦れひとつ、息遣いさえない。

 本当に母の声ならば昼夜関係なく、答えない私に我慢ならず直ぐまた呼んでくる筈だ。それがないなら、これは幻聴なのだ。

 しかし、時折寝ぼけて返事をしてしまう事もある。その返事に応えがあった事はないけれど。

 私が母より長生きしたら、きっと今と同じように呼ばれて、同じように返事をするのだろう。

 母なら自分の思い通りに動く私に、死んでも何か言いつけてくるだろうと思う程、これは私の中に染み付いてしまった。

 しかし私は、寝ている、あるいは寝そうなときに見たり、聞いたりする事は脳の管理下で起こる事と思っている人間なので、現実じゃないなと思えば基本スルーする。


 例外と言える体験は一度だけだ。


 中学の頃、常備灯の点いた隣の部屋に、セーラー服のお姉さんが横向きに座っていた。

 正座で。

 足はあったが、座布団の上に浮いているように見え、その脛と座布団の境目はボケていたように思う。うつむいてはいたけれど、陰湿さはなく、ただ、静かにそこにいたのだ。

 友人との長電話のあと風呂に入り、さあ寝ようと布団を捲った状態で、私は思った。


「何にも出来る事はないよ」


 そのまま布団に潜り込んで寝た。

 翌日,電話相手の友人とこんな会話をした。


「昨日の話はセーラー服?」

「え?」

「昨日出たんだけど」

「先輩に聞いてみる」


 結果セーラー服だそうだ。

 友人の先輩が幽霊を見たと言う話を電話で聞いたその夜、私にも似たようなものが見えた、という流れだ。

 噂話をしたから来たんだろうという事になった。私とって唯一の心霊体験である。

 私はセーラー服の学校に通った事が無いので感慨深かった。セーラー服だー! と。

 

 そう言えば、私が耳鳴りを発症してだいぶ経つ。

 静まり返る真夜中に聞く高速道路の音や、除夜の鐘の音。太鼓の音、やまびこ。渡る風が揺らす稲やススキの音も、遠い思い出の中だ。

 なのに私の名を呼ぶ真夜中の声は、いつもはっきりと聞こえる。大声でもないのに。

 意識が冴えれば、違和感が湧いて、現実じゃないとすぐ認識できる。

 するとその声が母ではないとも分かるのだ。

 母に似た違う声。

 母に似せた違う声。

 誰か知らない人の声が私の名前を呼んでいる。

 気持ちの悪い事に。

 そうは言っても、幻聴は殆ど自分の脳が作り出したものだと言う。

 私の脳が母の声に似せた音を再生して、自分自身の睡眠を妨害していると言う事になるではないか。

 それが2日連続である。

 さすがにムカつく。

 ムカつくので、本日私はお菓子抜きである。


 ただ、もしかすると、寝ぼけた母が本当に呼んでるだけの可能性も無くはないので、本日のみとする。


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源流 @kuzuhana

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