16.平和
神と魔王がいなくなり、全種族の命が確保された世界は、飲めや歌えやの大宴会で盛り上がった。宗教戦争に発展してもおかしくない状況だったが、あの映像を見て誰も手出しできない。万が一のことを考え、村には何重にも結界を張っておいた。地図を見ても辿り着けないようにしている。
「……アザラ、本気で飼うつもりか?」
リュカがビール片手に私を見て言った。その目にはまだ不安が宿っている。
「まあね。あいつらがまた余計なことをしないように見張るだけ。ただの管理よ。」
「管理……。」
リオさんがぽつりと呟き、微笑む。その目は、何か企みを隠しているようにも見えた。
「それでも、アザラ様の選択は正しかったと思いますよ。皆、感謝しています。」
「ありがとう。」
短い言葉に、全ての思いを込めて微笑み返すと、アスタロトが少しだけ顔を赤らめた。
リュカがさりげなく私のグラスを満たす横で、アスタロトが微笑みながら料理を勧めてくる。
「お酒ばかりでは体に毒ですよ。こちらも召し上がってください。」
「そんなの気にする必要ないだろ。アザラが楽しいのが一番だろ!」
リュカが言葉に棘を含ませるのを感じ、アスタロトは軽く肩をすくめて笑うだけだった。それが癇に障ったのだろう。お互いに睨み合っている。
そんな2人をよそに、クロウさんはグラスを置くと真剣な瞳で私を見つめる。
「アザラ様が、幸せそうで良かった。」
その一言に、言葉では言い表せない優しさを感じた。クロウさんの不器用な愛情表現は、いつだって私の心を揺らす。
一部始終見ていたドラドは、私の手を握り、また笑った気がした。
「なぁ、アザラ、俺とデートしようぜ」
「でぇ!?」
リュカが自分のグラスを掲げながら笑顔で割り込んで、とんでもない事を言ってのけた。私だけでなく皆同様に狼狽えている。リオさんは、はしゃいでるようだ。
「もう面倒事は片付いただろう?だから、俺とデートして、俺と恋人になったらどんな風か、楽しいのか確かめたら良い。」
なるほど、確かにそれは重要な事だ。短絡的で楽天家だがリュカは本質をよく捉える。そう考えるとデートはいい手段かもしれない。
「おい、待てよ。そういうのは順番ってもんがあるだろう。」
「別に順番なんて決めてないだろ?」
アスタロトが怒りを露わに会話に割り込む。いつもの調子で、彼らが軽口を叩き合うのを見て、私は微笑みつつも心の中で軽くため息をついた。
翌朝、地下室に降りると、神と魔王の叫び声が聞こえた。彼らは自分達の選択の結果として、ここで「飼われる」存在に堕ちたのだ。
食事もトイレも風呂もいらず、死ぬことも歳を取ることもない。これが永遠に続くと知った時の絶望を、彼らの声から感じ取る。
リオさんを含めて、召喚した未来の学者達は、興奮しながら実験を行っていた。
「神の細胞を採取できるとは……こんな機会にお目にかかれるなんて最高だ!」
「あそこを切ってもまた生えてくる。食わせてみたらどうなるんだ?」
興味津々の声に混じる彼らの悲鳴を聞いて、さすがに同情の念が湧いた。どんな形であれ未来の為になるなら良いだろうと、少しばかり目をつむる。
研究の光景に嫌悪感を抱きつつも、幼いリオさんが平然としているのは意外だった。クロウさんの自害には心を痛めていたのに、研究と召喚となると、倫理観が少し欠落しているように見える。
研究のことはよく分からない私は、早々にこの場を立ち去る。
「お二人ともアザラ様がいる時は、回復速度が早まりますな。」
「巨大な魔力の余波でしょうか?」
「いや、リオ君が居る時は変わりませんでした。」
「恋愛感情を抱いてるから、アザラ様に見られている時に興奮しているのでしょう!」
「なるほど、では、その線で進めてみましょう!」
扉を閉めて、それ以上の会話を聞こえないようにした。
平和になった私に待ち受けていたのは、彼ら全員と順番にデートをするというリュカの提案だった。恋愛経験の少ない私にとって難易度は高い。
けれど、これで私のイメージが悪くなれば、彼らの恋愛感情も冷めるかもしれない。なぜだか知らないけれど妙に私を神格化してる節がある……!現実を知ってもらわなければならない!
でも、それは私も同じで、現実を知る為に皆と向き合わなければならない。気合を入れて待ち合わせ場所に赴く。
最初のデート相手はリュカ。
「連れて行きたい所がある!」と彼が自然と手を差し出してきた。手を握ると、自分よりも大きく逞しい感触に心臓が跳ねた。
子供だと思っていたが、大人の男性にいつの間にかなっていたのだ……。
緊張して向かう途中、アスタロトが偶然を装って爽やかに現れた。
「お前、わざと来ただろ。」
リュカが露骨に眉をひそめた。
「いいえ。ここが素敵な場所だと聞いて、来ただけですよ。」
彼がさらりと微笑むと、リュカが苛立ちを隠せなくなる。私はその場を何とかやり過ごしたが、話の流れでwデートになってしまった。
いつも通りのデートというより、日常の延長になってしまったが、今の私にはこれぐらいが丁度いい。こんな日常がもっと続けば楽しい毎日になるだろう。
ふと、2人の昔を思いだし、いつごろから私のこと好きだったのかと考えてしまい、恥ずかしくて考えるのをやめた。今後のデートはもっと大変になりそうだった。
次のデート相手はクロウさんだった。彼は慣れない手つきで私に花を差し出し、少し顔を赤らめている。
「……こういうの嫌いか?」
「そんなことないよ。綺麗だね。」
そう答えると、クロウさんは少しほっとしたような表情を見せた。彼の言葉は少ないが、その分、全てが真っ直ぐに伝わってくる。
彼は少し躊躇いながらも、私の手に優しく触れた。
「……俺にとって、お前は特別だ。」
不器用ながらも真剣な告白に、胸が熱くなるのを感じた。この場の誰よりも顔を赤くしてしまい口篭らせてしまう。
クロウさんは吹き出すと今まで見たことがない、柔らかな笑顔を見せてくれた。この顔をもっと見たい……私はついそう思ってしまった。
「……で、どこまで行ったんですか?」
翌日、デートの話を振られた私は言葉に詰まる。私とクロウさんをくっ付けたいリオさんが興味津々に聞いてきた。
その背後でドラドが冷静を装いつつ、耳をそばだてているのが分かる。
「別に、普通に散歩して話しただけだよ。」
「なぁんだ……僕、媚薬の作り方知ってますよ。」
「子供がそんなもの覚えるんじゃない!!」
怒り心頭の私を宥め、ドラドは隣に座ると、肩に頭の電球を乗せた。これが彼なりの甘えなのは最近知った。これからそういう事をもっともっと知っていくだろう。
デートを邪魔した罰として、アスタロトは一回休みとなってしまった。
その結果、来週はドラドとデートをする。話せない分、身振り手振りで愛を伝えてきて、そのストレートさに恥ずかしくなる。
でも、愛おしく感じてしまい、彼の手を握りしめた。驚いてこちらの顔を見て、つい逸らしてしまう。その反応がなぜか気に入ったのか、頭をぐりぐりと押し付けられ……悪い気はしなかった。
100年後
結局、彼ら全員と一緒に暮らすことになった。リュカ、アスタロト、クロウ、ドラドと週替わりでデートをし、寝室も交互に訪れる生活だ。
朝目覚めると、クロウがキッチンで料理を作り、アスタロトが紅茶を淹れ、リュカが畑で採れた野菜を持ち運び、ドラドは薬品棚の整理をしている。
起きた私に気がつき、順番にキスをしてくる。それがくすぐったくて心地いい。
全員が不老不死となり私のことを未来永劫守ってくれると誓った。
そして、地下の2人は今ではすっかり大人しくなり私が来ると頭を下げて足を舐めてくる。
「アザラ様!好きです!愛してます……!」
「俺を愛してください……!」
犬のように懇願する彼等に絆されてきたが、まだ許すわけにはいかず、2人が自身を慰めるのを見るだけにとどめているが、それもどこか嬉しそうで、妙な方向に調教してしまったなと反省する。
でも、この分だと下手な真似を起こすことはないだろう。
平和な日常に私は安堵し、今日も日課のダンジョン配信を視聴する。
最強魔女の復讐劇 ~ダンジョン配信で逆ハーレムを作り、全員ぶっ潰す! 樹脂くじら @jusi730
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