1-2

 さらに月日は流れた。結局、私は薬学ではなく工学の道に進むことにした。高校教育で物理を学べても、薬学を学べる機会はない。それがこの決断の大きな理由となった。学ぶ機会のない薬学に対する関心はいつの間にか消え、物理への熱が勝っていた。もちろん、もし薬学に対してもっと強い執念があれば、違う道を選んでいたかもしれない。実際、"場"がなくても自分で学ぶことはできたはずだ。しかし、それをしなかった私は、結局のところ薬学にはあまり興味がなかったのだろう。


 高校の物理は全分野が好きだった。ただ、「これだ」という特別な魅力を感じる分野がなかった。それは関心がないという意味ではない。むしろ全分野が均等に、私の中で同じ重さで天秤にかかっていたのだ。その均衡を保ったまま、大学入試の時期を迎え、結局、私は物質系の学科を選んだ。理由など特になく、なんとなくである。


 一方、"その人"は医学の道には進んでいなかった。どうやら、頭が足りなかったらしい。私よりも優秀だった彼でも、その道はあまりに高く険しく、難しかったのだろう。彼は結果的に、私よりややランクの劣る大学に進学した。ただ、ここでいう「劣る」というのは偏差値という"数値"を比べただけにすぎない。私的には、偏差値といった縦の指標よりも、学部や学科という横の並びから一つを真剣に選ぶほうが賢い選択だと思う。縦のどのクラスに行こうが、各分野で学ぶ内容に大きな差はないのだから。学問というのは結局、自分が学ぶ意欲を持つかどうかで決まるものだ。もちろん環境には違いがある。同じレベルの人々が集まるため、偏差値が高い場所に行けば、それだけで刺激を受ける機会に恵まれる。それは学ぶ内容そのものではなく、学ぶ意欲に対してだ。


 この時から私は、その人に対してある種の落胆を覚えた。それは、私がその人に重ねていた理想の像が崩れたからだ。彼にしてみれば迷惑な話だろう。私は勝手にその人に期待をし、勝手に裏切られたのだ。自分と似たようで、なおかつ自分より優秀であってほしいという期待。自分の成長の糧となるような理想像、好敵手、指標としての彼を、私は求めていたのかもしれない。


 大学に進学してからも、交流は続いていた。しかし、どこかで私の中の彼は「その人」ではなくなっていった。それは、彼が「優秀」という文字から離れただけでなく、大学での時間を過ごすうちに、"私と似た人間"だと感じたあの直感が、どこかで間違いだったと私に告げるようになっていったのだ。


---


 そして私は、そこで出会ってしまうのである。"その人"とすれ違うように、入れ替わるように、心に求めていたモノに。私と同じであり、私ではない、平野という女の子に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

併存する思考、相反する私たち 平野伊月 @siwasu0616

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る