壊れた鳥かご

デトロイトのボブ

壊れた鳥かご

 四月某日、世間は出会いと別れの季節だとほざき始めている中で僕もまた新たな出会いへ向けた準備をしていた。

 ワンルームの狭い部屋の中に実家から持ってきたダンボールの山々、……これは一日で終わりそうな気配はない。

 荷解きを手伝ってくれる友人がいれば一日かかることはないだろうが、残念ながら僕には友達なんてものは存在しない。


 田舎者だった僕は田舎の閉鎖的空間から逃れる為に貴重な高校三年間を全て勉強に注ぎこんだ。

 よく周りからは青春の無駄遣いだとか言われたけど、僕からしたら名前も知らない生徒にまで自分の幼少期のことを面白可笑しく言われるなんてたまったもんじゃない。

 だからこそ僕は失敗なんかしたくない為に着々と実力を固めていき、東京の難関大学への現役入学を手にすることが出来た。

 高校とは違い、大学は四年間も学生生活を堪能ができる。

 だからこそ、田舎では出来なかった新しいことを学んでいきたい。

 新たな希望を胸に目の前にあるダンボールの山に手をかけようとした、その時だった。

 スマートフォンに一通の通知が来ていた。

 その通知を見た瞬間、僕は一瞬で現実に戻された。


 姉が……死んだ。



 運が良いのか、悪いのか。

 大学の入学式は二週間先の事だったから僕は急いでその日の内に実家へと向かった。

 電車を何本も乗り継ぎ、三時間かけて両親から連絡があった病院へと向かった。

 病院に着くと両親は既に安置室へ向かったと看護師から話を聞き、向かうと既に姉さんと顔を合わせた母さんと父さんが暗い表情をしながら椅子に座っていたのが見えた。


「……姉さんは?」


「中にいる……見て来なさい」


 あくまでも冷静であろうとしている父さんの言う通りに僕は安置室へと入る。

 ベッドに寝かされていた姉さんの顔は苦しそうな顔はしておらず、静かな顔をして息を引き取っていた。

 まるで傍から見たら死んでいるように見えない。

 あまりの現実見のない出来事に動揺するしか無かった。

 本当に姉さんは勝手すぎる、黙って死んじゃうなんて。

 病院の先生と後から来た警察の人は僕ら家族に何故、姉が死んだのかを事細かく説明してくれた。

 姉さんは一緒に同居をしていた彼女との喧嘩のもつれで頭を打ってしまい、命を絶ったようだった。

 僕と父さんたちはその事実を心に仕舞いこみ、家へと向かうしかなかった、帰りの車内は沈黙だった。


 僕は子供の頃から姉さんが嫌いだった。

 姉さんは他の同年代の子と比べると、少し変わっていた子供で型にはまった子達と違って考え方が全く違っていた。

 教師が勉強を皆と同じようにやれとプログラミングすれば、他の子供と同じような事が出来るが姉さんはそこから余計なことをやり始める。

 指定された指示を遂行しながら、別の作業に手を出してそれすらも終わらせ、また別の作業にまで手を出してしまうのだ。

 タチが悪いのが言う事を聞かないのに毎年テストで一位を取る。

 だから教師や周りの大人たちは姉さんに注意することを辞めた。

 両親や周りの大人は姉を神童だと思い込み、自分たちが作り出した道に彼女を放り込んだ。

 僕はどんなに苦労して苦労して姉さんに追いつこうとしても、周りが勝手に姉さんの道を作り続けるせいで一生辿り着くことが出来ない。

 そう考えていたが、姉さんは何を考えたのか突然、周りが築いてきた道を壊して違う道へと逸れていった。


「……理解ができない、何で姉さんは将来の道を蹴ってまでして自分の道を作ったんだ?」



 父さんと母さんは余りにも常人と違った姉さんに恐怖を覚えたのか、適当な理由をつけて家から追い出した。

 ……正直姉さんがいなくなってから、僕は姉さんと比べられることが無くなってホッとしていた。

 もう一生関わることが無いのだろうと思っていたのにまさか、姉さんが死ぬなんて。


「私もね、まさか死ぬなんて思って無かったんだよね〜」


 ふと、自分の部屋の中で目を覚ますと見てはいけないものが宙を浮いていた。

 ……は?


「は、いや、ちょっと待ってよ。何で姉さんが家に!? 死んだ筈じゃ?」


 長い髪をただ揺らせながら、姉さんは座禅を組んで浮いている。

 明らかにこれは悪い夢だ、きっとそうに違いない。


「夢じゃないんだな、これが。何故か知らないけど気がついたら裕太の部屋にいたんだよ、びっくりじゃない?」


 動揺していた感情を抑え、僕は改めて夢では無いことを実感する。


「……自分が死んだことは覚えてる?」


「勿論、……梨沙ちゃんには悪いことしたなぁ……」


 姉さんはどことなく寂しそうな顔をして笑っていた。


「殺されたことに恨みはないの、死んだんだよ姉さんは」


「無いよ、梨沙ちゃんに殺されなくてもいずれ私は誰かに殺されてたかもしれないからさ。……それより裕太、ちょっと外に出ようよ」


 幽霊としての自覚はないのか姉さんは僕の手を取り、外へ連れ出した。

 両親には適当な理由をつけて外出許可を得たけど、姉さんが何を考えているかはさっぱり分からない......


「一体どこに行くんだよ」


「着いてくればわかるよ」


 姉さんと共に歩いて早二分、僕らは家の近くの公園に来ていた。


「稲見山公園、懐かしいなぁ」


 公園内には幼い頃に遊んでいた遊具が夜の光に照らされていた。

 僕は姉さんと共に公園内に入ると昔の記憶を思い出した。

 まだ幼かった僕は友達もおらず、いわゆる大人しい子供だった。

 姉さんはというと当時から変わり者扱いされてはいたけれど、僕に対してはまだ優しく接してくれていたのを覚えていた。

 絶対につまらなかった筈なのに砂場で一緒にお城や泥団子を作ってくれたり、泥まみれになりながら遊んでくれた。

 僕にとって姉さんは自慢の姉さんだったんだ。


「裕太、覚えてる? アンタ、ブランコで遊んだ時に膝擦りむいて大泣きしたんだよ?」


「あれは……痛かったから仕方ないだろ」


 いつぶりだろう、久しぶりに姉弟水入らずで昔の話で盛り上がれた、幼少期のどうでもない話だったけど。

 傍から見たら一人で喋っているように見えたかもしれないけど、そんなのはどうだっていい。



「次は〜、あそこに行ってみようか」


 姉さんはまた僕の手を掴み、強引に公園への外へ連れ出していく。

 不思議と嫌な感じはしない、むしろ楽しい。

 でも僕は本当に良かったのだろうか、姉さんに対してまだ……謝れてない。

 次に姉さんと共にやったきたのは近所の駄菓子屋だった。


「流石にもうやってないね」


「お菓子食べたかったの?」


「ふふ、その通り。よくわかったね」


「姉さん、幽霊なの忘れてるでしょ……」


 時刻は既に夜の七時を超え、扉は閉まっていた。

 僕は少ない小遣いでお菓子を買い集めていたのに対して姉さんは店主のおばあちゃんと競馬について語り合っていた。

 普通に考えれば考える程、変わり者だった姉さんだったけど僕に対してだけは唯一、弟として接してくれた。

 相手にされていなかっただけかもしれないけど、それでも姉さんは僕が背伸びして似合わない言葉を言っていても優しく聞いてくれた。

 今、思えばこの時がまともに会話出来ていた時期だった。


「ひっさしぶりに弟と喋れて楽しかったなぁ。色々と思い出すことも出来たし」


 姉さんは昔と変わらず、ぎこちなさそうにこちらの表情を伺っていた。


「最後はどこに行くか決めてるの?」


「うん、次はね……」


 僕と姉さんの距離が離れてしまった学校に向かうことになった。

 夜でもぬけの殻となった校舎に姉さんは少し安堵しながらも、僕をある場所へと連れていった。

 一階、二階、三階と階段を上がっていき、屋上の扉を開けた。

 扉を開けると、ひんやりとした空気が身体中を駆け巡った。

 まるで姉さんといられるのが最後だと告げるように。


 ……中学校には良い思い出なんか一つもない。

 変わり者だった姉さんは自分の才能を赤の他人に見出され、教師や周りの大人たちによって近寄れない壁を作られていった。

 最初は僕も追いつく為に壁を壊して姉さんが歩いている道を歩こうとしたけれど、姉さんは着々と周りによって作られた未来へと歩みを進めていく。

 何度も壁を壊しては先に行かれ、壊しては先に行かれと同じ工程が繰り返されてきたことで僕はあろうことか姉さんに言ってはいけない言葉を言ってしまった。

 気味が悪いと。

 その言葉以来、僕と姉さんは喋ることを辞めてお互いの道を進むことになった。


 田舎ということもあり、例え別の高校に進学したとしても嫌でも姉さんの噂は耳に入ってきた。

 周りから神童の弟ということもあって比較はされてきたが、それは苦にならなかった。

 なら何故、僕は田舎から逃げてきたのか。

 周囲の人間が自分たちの期待に答えなかった姉さんにありとあらゆる言葉で罵倒したからだ。

 姉さんは他人に作られた道を歩むのを辞めて、自分で見つけた道をひたすら歩み続けた。

 それなのに僕は姉さんが悪く言われるのに耐えられなくて逃げた。



「……姉さんに伝えたいことがあるんだ」


「奇遇だね、私もだよ」


「あの時、酷いこと言ってごめんなさい。……ずっと自分の気持ちに嘘をついてた」


 声を振るわせながらも、僕は自分の気持ちを伝えた。


「別に気にしてなかったから大丈夫、大丈夫。ね? 泣かないで?」


 僕が泣いていたことに気づいたのか、姉さんは僕の肩を取って抱き寄せてくれた。


「私はね、ずっと他人とは違う人間だと理解して生きてきたんだ。周りからは気味悪がられて親からもまともに相手にしてもらえなかった、でも裕太だけが私を見てくれた」


「裕太に好かれるような姉になる為にね私、意地の悪い大人の言う事聞いて頑張ったんだよ? 自分の将来の為になるんだからと一生懸命努力してきた。それでも周りは私のことを気味悪がった」


「そこで気づいたんだ、裕太が私のせいでいじめられてたって。だから私は……裕太の為に自分で自分の将来を決めることにした」


 言葉が出てこなかった。

 姉さんはこんな僕の為に期待されていた将来までも捨てて、自分で自分の道を切り開いた。


「僕は本当に姉不幸の人間だよ、姉さんの想いにすら気づけなかった」


「……そろそろ、行かなきゃいけないみたい。もう一人でもやっていけるでしょ?」


 姉さんの体が次第に透明になっていく。


「大丈夫だよ、……だから行ってらっしゃい茜姉さん」


 姉さんは安心したのか、壊れた鳥籠から真っ暗な空へと羽ばたいて行った。

 後日、姉さんを殺した犯人が捕まったことを墓前で知らせ、僕もまた新たな門出へ羽ばたいていった。

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壊れた鳥かご デトロイトのボブ @Kitakami_suki

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