【短編】お客様はただのカスでございます!

田中子樹@あ・まん■長編4作品同時更新中

カスタマーハラスメント


「本日9時を持って着任しました小禄麗です」


入庁して2年目の小禄は俗にいうエリート組の女性刑事。

昨年まで警視庁捜査第二課、組織的な詐欺や巧妙な犯罪を専門に捜査する部署で、地面師のような計画的かつ組織的な詐欺事件を取り扱う部署にいたが、昨年4月に発足したこの組織倫理管理室 規律監察班に異動が決まった。


「あー、いいよ、そんなに固くならなくて。これ食べる?」


組織倫理管理室 規律監察班班長、荒木が着任したばかりの緊張をほぐそうと声を和らげて、手に持っているお菓子の袋を差し出した。


「それで、私はこれから何をすればよろしいでしょうか?」

「うーん、ちょっと待っててね、相棒になる人が昼までには来ると思うから」


少し気まずそうにしながら荒木班長が小禄を彼女の席に案内した。


パソコンの引き継ぎ設定を行っている間に時計の針が11時を回った。それからしばらくして、規律観察班のパーテーションで仕切られた区画にボサボサ頭で無精ひげを生やしたまだ寝足りなそうな男が顔を出した。


「小禄くん、こちらが渋谷仁しぶやじん係長」

「小禄です。どうぞよろしくお願いします」

「ちぃ~~っす!」


軽い雰囲気。

いや、軽すぎるかも……。


軽く手を振っただけで、自分の席に座り、パソコンを開かず、スマホをイジリ出した。


「じゃあ、小禄くん。あとは渋谷の指示に従ってね」

「はい」


荒木班長にそう返事はしたものの、やる気のなさそうな渋谷係長。話しかけづらい雰囲気だが、このままでは埒が明かないので質問した。


「あの……今日はどうすればいいですか?」

「ちょっと待ってて、パソコンで報告書でも読んでたらいいよ」


これまでの事件を閲覧できるサーバーがあり、規律監察班が担当した案件に目を通し始める。噂では聞いていたが、本当に事件ではなく、ハラスメントのことを担当している部署だった。仲の良い同僚からは、実質上の左遷だと言われ、落ち込んでいた小禄だが、報告書の案件を眺めならがますます憂鬱な気分になっていった。


荒木班長が気まずそうにしてたのこれが原因か……。

やる気のない班のお荷物って感じの人かも。


渋谷係長は昼を過ぎても席に座ったままで、夕方になってようやく腰を上げた。


「ロック出るぞー!」

「え、あっ、もしかして私ですか?」

「他に誰がいるのん?」


ロックって変なあだ名を付けられてしまった。学生時代はロクちゃんとか下の名でレーイと呼ばれてたのでかなり動揺してしまった。


地下鉄で移動し、電車に乗り換え目的の街に到着した。

駅前の牛丼店ですばやく夕食を取り、駅前から続く商店街に向かった。


「ほれ、メガネ」

「えっ私、視力両方とも1.5ですけど?」

「いいから、かけてみなって」


黒縁の度なしの伊達メガネだ。

こんなのやる必要があるの?

他にもマスクを手渡され、着用を強要された。

これから飲食店に行くとさっき話していたので、エチケットのつもりだろうか?


焼き肉店?

それにしてもずいぶんと看板が色褪せていて、古い感じ。光ってなかったら潰れた店の看板と見間違ってしまうかも……。


「ども~、さっきメールでやりとりさせてもらってた者です~」

「ああ刑事さん、すみませんね、忙しいのに」


開店10分前に焼き肉店の中に入った。

焼き肉店の店主が奥から出てきて、挨拶を交わす。この店は元々、店主の父親が精肉店をやっていて、肉を安く仕入れてチェーン店よりもリーズナブルな値段で提供しようと始めたお店らしく、店主の父親と妻、息子の3人だけで切り盛りしているそうだ。


最近、SNSで激安で、旨い焼き肉店という触れ込みでインフルエンサーが紹介したのがきっかけで地元客の憩いの場だったのに多くの人が押し寄せ、行列ができる人気店になったそうだ。うれしい悲鳴である反面、変な客も混じっていて、たまに客と揉めてしまうらしい。


ところで渋谷係長って、いつの間にアポを取ったんだろう。ずっとスマホをいじっていたはずなのに……。


客と揉めてしまうのは、昨年高校を卒業したばかりの長男で、客と何度か揉めて警察署に一緒に連れて行かれたことがあるらしい。


「息子さん、そうなんですか?」

「はい、親父とお袋を馬鹿にしてくる客がいて、つい熱くなってしまって……」


そのカスハラ客は、肉がマズいだの、怪しい肉を混ぜてるだの、大声で叫ぶので、他の客に迷惑だからと注意をした父親や調理担当の母親にこんな肉を食わせた責任を取って土下座をしろ、と強要するなど、やりたい放題らしい。


「えーと。ホシ(※1)は|ビロ(※2)。毎週金曜日20時15分前後にタンパン(※3)でこの店に来る、と」


私が手帳に一生懸命手書きをしている横で、渋谷係長が店側から聞いた情報をスマホの録音機能を使ってメモしている。まあ、この点はどちらでもいいと思うが、やはり渋谷係長から手抜き感しかしてこない。


これから潜入捜査をするとお店の人に説明している。潜入捜査と言ってもあくまでカスハラ客に対してのみ。お店の人は当然、こちらの事情を知っている。


相手はカスタマーハラスメントの常習者で、店の人が何度も交番の警察官を呼んでいるが、ビザイ(※4)ですぐに釈放されるそうだ。


私は店長から犯人の特徴を教えてもらい、いちばんレジに近い2人用テーブル席で客に扮して待機した。


渋谷係長がカツラを被って黒縁メガネに胡散臭い髭を生やして店員の格好に着替えて厨房の奥から出てきた。


ちょっとふざけすぎじゃない? 

そんな変装で騙される人なんて、いないですって。


少し遅れて、ホールに入った渋谷係長は、一応ちゃんと働いているが、お客さんと談笑を始めてしまい、厨房になかなか戻ってこない。こんなことなら私がスタッフ役の方が良かったのではないか。こう見えても飲食店でのバイト経験がある。


あ~~私の憧れていたビシッと仕事のできる女性刑事のビジョンがどんどん遠のいていく……。


時間があっという間に流れて、例の男が入店した。


小禄が座っている隣の席に迷わず座ったサラリーマンは、メニュー表を見ることなく、テーブルに備え付きのボタンを押した。


「……いらっしゃいませ」

「呼んだのに15秒も待たせるって、俺のこと舐めてんの?」

「いえ……ご注文は?」

「『いえ』ってなんだよ? バカなの? 死ぬの?」

「……」


なにこれ怖い……。

こんな絡み方されたら、私だったら泣いちゃうかも。


唇を噛みしめて我慢する息子さん。

厨房にいた母親がカスハラ客に気づき慌ててやってきた。


「お客さま、申し訳ありません。ご注文をお願いします」

「アンタに話してない。どっか行っていいよ? コイツと話してるから」

「いえ、しかし……」

「あーあ、馬鹿な息子の母親も馬鹿なんだ。カワイソー」

「おまえ……いい加減にしろっ!」

「健司! やめてっ」


息子さんをさんざん煽った挙句。スマホを取り出し、お店の人にカメラを向ける。ちょうど私の方から画面が見えるが、配信系のSNSでライブ配信をし出した。


焼き肉店の息子さん……健司は母親を貶されて、頭に血が上っている状態。こんな状態で配信を始めたらお店側が悪く映ってしまう。


「お客さーん」

「ああーん?」


店員に扮した渋谷係長が背後から回り込んでサラリーマンの肩をトントンと叩くので、カメラごと振り向いた。


「なっ、お前……なんてことを!?」


えっ、私が座っている方向からは見えないけど、印刷された紙を男に見せると、慌ててスマホの配信を止めた。


「卑猥な物が映ったら一発垢BANですね。おめでとうございます!」

「うわっ、マジかよ。『凍結されました』って……お前ふざけんなよ!?」


印刷された紙に何が書いてあるんだろう……。

いや、それよりも男が立ちあがって、渋谷係長のおでこに自分のおでこをくっつける。


「雑魚店員の分際でお客様にこんなことして責任取れんのか、あぁっ!?」

「お客様? いえ、あなたはただの〝カス〟でございます」

「てめぇ……このクソ焼肉店は客は神様って教えてもらってないのかよっ?」

「あなたは神は神でも貧乏神ですけどね。あっ、うまいこと言いました私?」


サラリーマンの男は渋谷係長の挑発に思わず手が出そうになったが、こらえてスマホを取り出した。


「ちょっと待ってろや! 今、警察呼ぶから」

「まだ注文もしていないので、とりあえず店から出てください」

「うるせーよ、テメーの名前を教えろや」

「カスハラ ダサ男です」

「……」

「イタイイタイ! 暴力ヤメテクダサイ、カスダサイ!」

「殺すぞ、ボケェ!」


あっ、危ないかも。

警察に電話した後、渋谷係長の胸ぐらを掴んだ。渋谷係長はそれでも韻を踏んで煽ったので、ついに逆上して、殴りかかった。


「いってぇぇ放せゴラァァ!」

「よしっロック、えーと20時27分現逮ね!」

「はい、記録しました」


簡単に男の腕をひねって床に捻じ伏せた渋谷係長は逮捕時間の記録をするよう私に伝えた。


「警察かよ、証拠なんてあんのかよ?」

「証拠というか証言者はたくさんいますよ。ロック、何人?」

「えーと、27Kですから27,000人は見てます」

「だそうです。ネットで拡散されて顔も割れて会社の人がどう思いますかねー?」


店内の客だけではなく、私が最初からこっそり録画配信していた。こういったカスハラ客は自分の都合のいい部分だけを切り取って配信するから性質が悪い。だが、渋谷係長はそれを予想して対策をあらかじめ準備していた。


「クソがっ! なんで俺がこんな目に……」

「それこそ自業自得ですね。客なら何しても許されるって思い込んでいるどうしようもないダメ人間で、ただの甘えてる虫唾の走るゴキブリですね。……いや、ゴキブリさんに失礼かw」


あのダルそうにしていた日中の態度とは逆に見事に丁寧な口調で毒を吐き続けて、カスハラ客にトドメを刺している。


その後、駆け付けた警察官に引き渡して、事件は終結した。


「渋谷係長……」

「うん……どした?」


警視庁に戻る途中の地下鉄の中で少し悩んだが素直に伝えることにした。


「今日は見直しました。その……カッコよかったです」

「ああ、あれ? 気にしないで、趣味だから」

「はっ?」


渋谷係長はスマホで先ほど配信した動画を編集しながら、ニヤリと笑う。


「ほらっ、ホシのこの顔、マジでウケる!」





あ~~っ、なるほど。

この人、ナチュラルに性格が悪いんだ……。













────────────

(用語解説)

※1 犯人

※2 背広……サラリーマン

※3 単独犯

※4 微罪処分対象事件


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】お客様はただのカスでございます! 田中子樹@あ・まん■長編4作品同時更新中 @47aman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画