エピローグ 日常 裏

 国道254号線を、黒い影が走る。

 ヘッドライトの無いしつこくのバイク。そのはるか前方では、数台のパトカーが夜のやみを赤く照らしだしていた。

 更にそのパトカーの前方から、時折乾いたれつ音のような音が聞こえて来る。

 その音を聞いて──それまで無音だったエンジンが、夜の街に向かっていた。


♂♀


「あ、デュラハンじゃん」

「いやいや、すごいっすよね、ぜったいあいつ、CGですよ」

 セルティが追い越していったバンの中で、かりさわさきが楽しそうに告げる。

 彼らはセルティの正体を眼前に見たが、今ひとつ事態の重さを理解していないような雰囲気だった。彼らだけではない。あの時、彼女の戦いぶりを見た者達は、驚くほど彼女の存在を自然に受け止めていた。すべてにを言わさぬ堂々とした存在感が、かえって現実味をなくして夢と思わせたのか──あるいは、彼女を『街』の一部として受け入れたのか。

 中にはあの出来事をネットに書き込んだりする者もいたが、当然ながら一笑に付される結果となった。

 そしてそれが原因となり、あの夜の集会自体がまゆつばであるとのうわさが流れ出し、結局『ダラーズ』の名がそれ程飛躍的に広まる結果とはならなかった。だが、けいさつや暴力団に目をつけられるよりははるかにましな結果だったと言えよう。

 だが──あの集会に参加した者達には、確かにあの夜の出来事が刻み込まれている。

「でも──どうしてあそこに現れたのかしらね」

 助手席にいたかどが、後ろを振り返らないまま口を開く。

「あの黒バイだけどよ……あいつも『ダラーズ』の一員だって知ってるか?」

「え? マジすか!?」

「初耳! だからこの前、私達の前でに暴れたんだ!」

「すげぇ! あんなのがいるならもう『ダラーズ』てきじゃないすか!」

 バンの後ろで騒ぐさき達の声を聞きながら、門田は静かに目を閉じる。

 思い出すのは、別れ際にいざから伝えられた言葉。


『ドタチン、「ダラーズ」のボスに会えたんだけどさ、このチームの名前のらいは知ってるか?』

『ドルを寄越せとかそういうんじゃねえのか?』

『それが違うんだよ、この組織ってのは基本的には何もしない。なのに名前だけ売っていく────そう、何もしないんだよ。してるから「ダラーズ」。その程度のもんなんだよ』


 実質的に、この組織に内部など存在しなかった。『ダラーズ』という組織は単なる城壁に過ぎず──中に入ったやつらが勝手に国を造っていく。あとは、城壁にどれだけ派手なハッタリの絵を掲げられるかだ。

 中身なんざなくても、外面だけで名を残すか。まるで人間そのものだな。

 門田は前方の『祭り』を見物しながら、ちよう気味に微笑ほほえんだ。

 ──あの黒バイろうみたいにな。


♂♀


 トラックの側面を地面に見立てて走り、黒いバイクがパトカーを追い抜いた。目を白黒させるけいかん達の横で、テレビカメラを構えた男が興奮しているのが見える。恐らく、テレビでよく放映する実録犯罪特集のたぐいだろう。

 その姿に気付いても、セルティは何の躊躇ためらいも見せる事なく『影』より刃を生み出した。

 これまで生み出した中で最大の、長さ3メートルを超える大がまを振り上げながら─────セルティはやみに向かって大きくえた。

 ──映すのならば映せ、さらすのならば晒せ。このばけものの姿をこの世界に焼き付けろ。だが、それが一体ほどの事だというのか。

 ──これが私の人生だ。私が長い年月をかけて歩んで来た道だ。恥じることなど何も無い。


 闇に息をひそめるのではなく、己の身を闇に輝かせ、善悪にとらわれずに我を通す。

 いつも通りの日々、過度の希望も絶望も無い日常。何も変わらない。だが、なんと充実感に満ちあふれていることだろうか。

 巨大な刃を黒塗りの防弾車に向かって振り下ろしながら、セルティは気が付いた。

 己のすべてを街にさらしたあの夜以来、自分が、この街を以前よりもはるかに恋しく思っているという事に。

 もしかしたら、無くしてしまった自分の首よりも──


 窓が開き、中にいた男がセルティに向けて銃弾を放つ。

 なまり玉がめり込み、割れたヘルメットのその内部。

 何も無いはずのその空間の中で──影は、確かに微笑ほほえんだ。

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