レジスタンス・レジスタンス

知育菓子ねる

第1話 Eyes On Your Eye ?

 

 そうなのです。わたしはやっぱり、人の心を汲み取るのがどうにも苦手なまま、こうなってしまったのです。貴方の瞳がずっと曇っているのが気に食わなくて、最初はそればかりに執着していたのです。

 わたしの良く知る貴方はいつも心が擦り切れていて、目は赤く濁って、名誉のあるお仕事をしているのに、悪態をつくばかり。人生の何もかも、諦めましたと言いたげな顔。そんな人に、きらきらしたものを見せたって仕方がないでしょう。

 そう言うと、貴方はまた舌を打ちました。態度に出さなくたっていいのに、わたしを見て顔を顰めて、黴臭いワインを注いでいました。わたしが何をしてもそういうところは変わらなそうだったので、仕返しに。貴方が毛嫌いしている「皆」の言う通りにしたのです。

 きっと目を見開いて、口をあんぐりと開けて驚愕することでしょう。想像したらおかしくって、自然と笑みが溢れてきて——貴方にもそうなって欲しかったのです。そんな愉快な結末を夢想して、わたしは古びた聖堂を飛び出しました。

 

 それが、この青い世界ほしの終わりです。

 

 

 

 レジスタンス・レジスタンス

 

 

 

 120年前。科学の叡智によって繁栄した人間の国家が、ひとつの魔物の国を侵略した。圧倒的な物量と倫理を顧みない生物兵器の前に、既に王の去っていた魔物の国は、滅亡を受け入れようとしていた。そこへ、彗星の如く眩い槍が地を穿ち、人の形を取ったその光が敵兵を全て薙ぎ払った。

 ……と、仰々しい字体で饅頭の紙袋には印刷されていた。ついでに『魔王さま饅頭』とも。文字の隣には、白と青の髪を持つ黒いマントを羽織った人物のシルエットが載っていた。抽象的なそのイラストでは顔が描写されていない。

「おい!この饅頭美味いな。このワタシの絵は無許可だが」

「…………」

 眼前へ視線を移せば、手元の袋に描かれた絵と瓜二つの少女が俺の持ってきた土産に舌鼓を打っている。どうやら彼女のお眼鏡にかなったようだ。一ダース分あったうちの5つは既に平らげられている。

「で、何の用だったか?」

「俺が勝手に来たみたいに言うな、お前が呼びつけたんだろう……こっちだって暇じゃないんだ、ネルフェニア」

 そういえばそうだった、と呟く甘味に満足した様子の彼女は、赤と青の眼球でこちらを見つめ返した。鉱石のような輝きはあるが、その目はどこか虚ろである。加えて、何かを思案するように顎に添えられた手は幼な子のそれではない。関節のひとつひとつが球体で構成された、血の通わない人形の手であった。無機質なその指先が、俺の包帯で隠した方の眼球を指差しながらこう言った。

「単刀直入に言うが。時にセシン、ワタシはお前のその目が欲しい!」

 

 第1話 Eyes On Your Eye ?


 粗雑に積み上げられた資料に目を通す。突然目が欲しい、だの言ってきたこいつが提示してきたのは、「魂に関する調査報告書」である。実に簡易的なタイトルだが、その厚みは中々のもので、両の手にずっしりと重さが伝わってくる。その内の殆どは学会や“先生”から見聞きしたものだったが、差し出した本人は茶を侍従に淹れさせ、優雅に饅頭タイムを楽しんでいるようだ。芝居がかった動作で碗に残った茶を飲み干し、ネルフェニアは告げる。

「このワタシが不本意にも魔王と呼ばれるようになって早120年。言い換えれば人間と魔物が友誼を結んでもうそんなに経った、と言えるな」

 手前の資料に溢さないように気をつけながら、お前も食えと押し付けられた饅頭を一口齧る。

「120年前に比べれば、この国もそれなりにマトモな姿になったと言えるだろう。あの惨状は目も当てられなかったな」

 この魔王ネルフェニアが話しているのは、饅頭の袋に書いてあったような伝承が流布し始めた時代のことだ。ネルフェニア曰く、この南の国は伝承の通り一度戦争によって滅びかけた。呑気に饅頭を作れるような状態にまで回復したのは自分のお陰だと宣っているが、その真偽については然程重要ではない。

「私は本来この国の王でななく、この土地の長だ。ここまで民草を成長させれたのなら、残りの人生は本懐を遂げるために使いたい。私は人間たちの想像するような魔物を統治する魔王ではないからな」

「本懐だと?」

 いつの間にか添えられていたおしぼりで手を拭きつつ、もう一度彼女の表情を窺った。これまで述べてきたように、彼女はこの文章を読んでいる読者が想像するような魔王ではないことは確かである。一瞬だけ、とうとう「人間たちの国を侵略する!」とか言い始めることを想像し少しだけ寒気がしたが、何か勿体ぶった様子の此奴の顔にはそのような邪念は無さそうだ。

「私の本懐……使命は、私という存在を心身共に永遠にすること!そのためにはな、お前の『魂を見ることの出来る眼球』がどうしても必要なんだ」

「……結局お前もそれが目当てか」

 そう言って、俺は包帯で覆い隠された右目を庇うように手で隠し、若干の失望の念と共に彼女を見返した。

 少し話は逸れるが。俺が幽体魂学アルマニズム……分かりやすく言い換れば魂学たましいがくと呼ばれる分野の研究機関に引き抜かれたのは、この目のお陰である。魂というと若干オカルトのように思えるかもしれないが、魔術・魔法の類が存在するこの世界において、魂の存在を非科学的だと断じることはできない。そういうものだと思って受け止めて欲しい。

 とは言っても、普通の人間には魂を見ることは出来ない。観測するには、先述した魔術なんかを用いて干渉する必要がある。無論、それも一朝一夕に実現できるわけではないので、基本的に生きている間にお目にかかれることは無い。故に一般の人間社会においては、この魂学という学問は、哲学などと同列に扱われているのである。

「しかし……『俺は特別な人間で、その魂とやらを見ることができる』だろ?」

「モノローグに割り込んでくるな!あと、俺は自分が……」

「あー、よせよせ。自分を過小評価する必要はないぞ、セシン。お前は十分に特別で、選ばれた存在だとも」

 いちいち癪に障る言い方をするが、恐らくネルフェニアに他意はないのだろう。それに、言っていることは間違っていない。俺の目は、確かに本来肉眼で見ることのできない魂の形をはっきり知覚できる。俺を魂学の権威に紹介した“先生”は、俺の目を特殊事例だと言っていた。

「お前の学会の連中が1000年かけて発明した魂を観測するための魔術……幽魂具現化観測鏡アルマ・スコープだったか。あのちゃちな観測魔術よりも、お前の目の方が確実なんだろう?私よりも長生きな学術機関の癖に、あそこまで粗末な出来のものを秘匿しているのも笑えるがな。私に作らせた方がもっとマトモな仕上がりになる」

 ……これもまた、事実である。学会は魂を見る魔術の発明に成功したが、その精度は未だ発展途上である。魔術のことなぞてんで分からない俺だが、アレで映し出した魂よりも自分の目で見たものの方が解像度は上だろうという確信があった。しかし、今はあの魔術についての議論をしている場合ではない。

「──ネルフェニア。お前は永遠になるために魂を見られる目が必要だと言っただろう。どういう意味だ、それは?」

「そうさな。例え話だが、幾ら腕の良い外科医がいても、そいつの目が盲目ならば手術は成功しないだろう?」

「何が言いたい?単刀直入はどうした」

 要領を得ない彼女の回答に即座に問い返せば、饅頭の個包装の袋のごみを丸めながら、少女は再び顎に手を添えて何か考える素振りを見せ、口を開く。

「そうだな……実際に見た方が早いだろ!着いてこい」

 次はどんな突拍子の無いことを言い始めるかと思いきや、これである。行き先は何処かと問う前に、立ち上がった彼女によって俺の手が素早く掴まれた。

「おい、」

「喋るな。舌を噛むぞ」

 その言葉と共に、全身が総毛立つような感覚に襲われた。僅か1秒程の視界の暗転の後、俺とネルフェニアは森の中に立ち尽くしていた。運ばれてくる風の柔らかさと彼女の白髪に落ちる複雑な木々の影が、これが幻ではないと鮮明に伝えてくる。しかし何処からか血と鉄の匂いが流れていることにも気が付いた。

「転移魔術か……いや、それよりも」

「仕掛けはなんだっていいだろう。そら、私が見せたかったのはアレだ」

 肉感の無い細腕が指し示したのは、鎖で繋がれ、血に塗れた……獣人、のようなもの。そうとしか形容が出来なかった。清涼な空気の漂う、そこまで奥まっていない森の中に似つかわしくない、歪な形の生命がそこにいた。

 何の獣人であるかは判別がつかない。外見は人型だが、眼球や脚は胴体にそぐわぬ大きさに膨らんだように見受けられる。加えて、息が荒いのに対し、蹲った身体が上下する様子が一切見られなかった。静止画の上から別録りした呼吸音だけを乗せた映像を見せられている気分になる。いずれにしろ、尋常な様子ではない。ただただ不気味である。

「お前も見れば分かる・・・・・・、ちゃっちゃとあれの魂を覗け」

「…………」

 捕縛された状態の獣人にこちらに危害を加えてくる様子は無い。死に体の生き物の魂を覗き見することは少し憚られた。しかも、耳や尾以外は人間と変わらない生き物だ。一瞬だけ、なんとか助けてやれないかという気持ちが胸の内に浮かぶ。

 そもそも、此奴が永遠になること(の定義も不明だが)と、目の前の獣人の魂には何の関連性があるのか、俺には検討もつかない。しかし、当の本人はウインクして腕組みをしながらこちらを期待に満ちた眼差しで見つめてくるだけだった。十中八九あれを捕らえたのはこの魔王だろうし、やらなければあの獣人はこのまま解放されないかもしれない。

 こうなってしまえば、もう見るしか選択肢はなかった。ついさっきまで滞在していたネルフェニアの城は遥か後方にあり、戻るわけにも行かない。ここで逃げ出してしまえば、いよいよ暴力で彼女に訴えかけられる可能性もある。

「……わかった」

 気乗りはしないが、致し方ない。顔の上半分を覆う包帯を慎重に解き、久方振りに外気に触れる右目の瞼をきつく閉じてから、震える獣人を直視した。

 ——通常、魂というものは種族によって異なる、様々な形をしている。バスケットボールを一回り小さくした程度のサイズ感で、獣人であれば楕円の形であるのが殆ど。そして、一生の内でその形が変形することは有り得ない。輪郭に若干の揺らぎが見られるケースはあるが、それでも極めて稀である。筈なのだが。

「…………」

「お前にも見えたか?セシン。それが『魂の劣化』だよ」

 劣化。果たして、そんな言葉で片付けて良いものなのか俺には判断しかねた。最早四肢で立つことすら叶わなくなった獣人の身体の中心部に浮かんで見える魂のシルエットは、水切りをした川の水面のように不安定だ。魂の縁が揺らいでいるだけではない。陳腐で下劣な例えだが、絞られている最中の雑巾とでも形容するのが正しいと思えるほどに捻れていて、楕円形には程遠い。

「まあ、私も初めて目の当たりにした時は驚いたが。ここまで歪だったのは、学会の資料においても例がない」

 学会に所属して7年が経ち、数え切れないほどの魂を観察してきた。病み臥した人間からモルモット、エルフなどといった人の言葉を話す魔物に至るまで。その経験をもって言えるのは、俺が今見つめているこれは、兎に角異常であるということだけだった。

「さて、ならもう用済みか」

 彼女の台詞で即座に我に帰った。俺の肩口の辺りから発せられる声の主の手に、いつの間にか豪奢な装飾の長槍が一筋握られていた。静止する間もなく、見ているだけだったネルフェニアが一歩踏み出す。俺が瞬きを終える隙も与えられないまま、空気の裂ける音がした。飛び散った肉片と血の生々しい匂いに思わず鼻を抑える。

「ネルフェニア……」

「お前も分かっただろう。これが『魂の劣化』だ。こいつは元より死にかけだっだが……肉体が衰えなくとも、魂が腐ることで、結果的に身を侵す毒になることもある」

 見やれば、獣人の魂は綺麗さっぱりなくなっていた。劣化した魂から解放された体に、先程までのような歪な変化は見られなかった。そこには、ただ身体を真っ二つにされた、命だったものが転がっている。

 

 ◇◆◇

 

 所変わって……というより、所戻ってとでも言った方が正確か。死体の処理はまたも侍従に任せたようで、俺たちはもう一度城に帰って来た。背中には冷たい汗が伝っている。人間に近い生物の死を間近で見てショックを受けたというよりは……この不快感の原因は、『劣化した魂』との対面にある。

「わざわざお前に説明するまでもないだろうが……人間の寿命は精々100年程度だ。動物にも同じことが言えるが、本来は身体の方が魂よりも先に劣化して死ぬ。ああなることは普通有り得ない。イレギュラーだな」

「……それで、あの劣化とお前に何の関係があるんだ」

 俺の席には、ネルフェニアより小さい茶碗に入った熱い茶が用意されていた。大方俺たちが現場に行っている際に侍従に用意させたのだろう。彼奴にはきちんとした給与が与えられていることを祈るばかりだ。

「さっきも言ったがな。人間と動物……寿命の短い種族は先に身体がおじゃんになる。しかし、魔物の身体は頑丈だ。そして、永遠に近しい私のボディも同様だ。つまり、身体の死よりも先に魂の劣化がやってくる・・・・・・・・・・・・。あの獣人と同じことに成り得る可能性があるんだ」

「…………」

「私の目指す領域えいえんには魂も不可欠だ。となれば、身体と同様に魂もメンテナンスを行う必要がある……そのためには、魂を正確に観測出来るお前の目が必要なんだ、セシン」

 今日1番の真摯な目で見つめられたが、正直な話、彼女の話の2割も理解出来ていない自信がある。ネルフェニアの言う永遠とは何なのか、劣化した魂がはっきり見えた所で、それを治す術などあるのか。そもそも目を譲渡するなど、どんな方法で行おうとしているのか……聞きたいことは山ほどあるが、恐らく幾ら質問をしても俺が片目を開け渡すほど納得の行く回答は返って来ないだろう。所詮は人間と魔王、あまりにも価値観が異なり過ぎていた。それを理解した上で、俺は口を開く。

「……ネルフェニア。俺の目を譲ることは出来ない。お前たちと違って、人間は身体の貴重なパーツを易々と渡すことは出来ない。それに……」

「なんだ、言ってみろ」

 今度は額の方に脂汗が浮かんだ。魔王の愛らしく上がった口角に、こちらを嘲っている様子も、慮っている様子もない。

「何故あの獣人の魂が劣化していると断言できた?」

「………………」

 そう、一つだけ気に掛かっていたことがある。この少女は7000年もの時間を生き、魔術や魂の知識にも精通している。それを鑑みれば、身体の状態を見て魂が劣化していると判断できてもおかしくはないが……。

「お前があの獣人を俺に見せた時、『学会の資料にも例はない』と言ったな」

「ああ、そうだな」

「お前は学会の発足の後に生まれた。それならば、『例はない』と言い切るには学会の全ての資料を参照する必要がある。……加えて、お前は秘匿されている筈の幽魂具現化観測鏡アルマ・スコープの出来の悪さを知っていた」

 学会が幽魂具現化観測鏡アルマ・スコープを開発したのはほんの3年前なのだ。誰か内通者でもいない限り、ネルフェニアがその魔術を知り得ることはない。何より、こいつはあの劣化した魂を「目の当たりにした」と宣った。

「俺の目を持っていない以上、お前は何らかの……いや、この際はっきり言う!ネルフェニア、お前うちの幽魂具現化観測鏡アルマ・スコープの技術を盗んで、その魔術で魂を見ただろ!」

 思わず立ち上がって啖呵を切ってしまった。椅子が床に倒れ込む大きな音が背後で聞こえる。そして……依然として、こちらを不敵な笑みで見ているだけの彼女を見て、すぐに血の気が引いた。正直なところ7割方自分の推察は合っていると思うが、自信は無い。そもそも、ネルフェニアは真面目に膨大な数の資料の全てに目を通すような人物だと胸を張って言えるだろうか?「私が見てないからそんな例は無い!」くらい言い始めてもおかしくない気がする。

 目を寄越せ、などという不当な主張(と、恐らく盗難行為)に腹が立って思わず糾弾してしまったが、いくらネルフェニアと言えどこいつは魔王だ。脳裏に、先ほど一瞬で始末された獣人の姿が思い起こされる。機嫌を損ねれば、俺も彼奴と同じ運命を辿るかもしれない。しかし、はいそうですかと言ってこの目を差し出すのも癪だった。俺はこの少女が言っていた、「自分の目の特異性」に、無自覚のままに固執していたのかもしれない。そんな考えが過った後、座り込んだままのネルフェニアが口を開いた。

「…………ふ」

「……?」

「バレちゃあ仕方がない!ここで死ねっセシン・ミルファルト!!」

 その声と共に、俺の後頭部は激しく床板に叩きつけられた。自分が倒した椅子と同じような無様な体勢を取ってしまっている。立て直す間もなく、人間の肌とは違う感触が腹の上で感じられた。やられた。完全に馬乗りされている。

「いや……死ねは言い過ぎた、謝る。だがその目は今から私のものだ、ちょっと痛いが我慢しろ!」

 若干汗をかいているようにも見える彼女の右手には、森で使用したあの長槍が握られていた。金の持ち手と、夜空のような模様の鉱石で作られた刃は見事だが、その矛先は明らかに俺の右目を狙っている。——いや。どう考えてもこれで貫かれたら俺は死ぬ。目だけ切除できるとか考えているのだろうか、この魔王は。人間が手術の前に麻酔することすら碌に知らなさそうな此奴に、オペのスキルなぞあるわけがない。

「やめろっネルフェニア!離せ!俺は別にお前を……」

「ははははは、うるさい!安心しろ。大丈夫だ、お前がその目を失って学会から追い出されても私が養ってやる、国庫で」

「せめてポケットマネーにしろ!」

 たかが人形、されど人形と言ったところか。いや、そもそも人間と魔物という差が存在するため当たり前と言えば当たり前なのだが、力では到底彼女を跳ね除けることは出来ない。少しずつ、本当に少しずつ、槍が俺の眼孔に迫ってきている。しかも、きちんと血を拭っていなかったのか、藍色の切先にはまだ若干血がこびりついているようにも見える。このままやられてしまえば、異型輸血どころか異種間輸血になってしまうかもしれない。仮に槍の猛攻に耐えて生き残っても、何らかの病に罹って死ぬだろう。

(ここまでか……)

 俺は抵抗することを諦めた。脱力し、この後のことに想いを馳せる。せめて、ネルフェニアがどうやって資料を盗んだのかを聞き出せていれば……誰か横流しでもした奴がいたのだろうか?その告発でも出来れば、俺の死は無駄にはならないだろうか。

「観念したか!ならば、その目は私のものだな!はーっはっは!!」

 ——両目をきつく瞑る。星を振るったような槍の音が聞こえ、ぐちゃり、と肉が貫かれる音と、生温い血が滴って、喉元を伝う感触がした。だが、待てども待てども、不思議と痛みはない。

「あッ!ウツ……じゃなくてウルジア!お前何してる!?」

 黒で埋め尽くされた視界の向こうで、そんな声が聞こえた。意を決して、瞼を閉じたまま眼球をぐるぐると動かしてみると、特に何も変化はなかった。痛みも無ければ、グロテスクな音に相応しい感触もない。

「ああ、もう目を開けて大丈夫だよ。セシン君」

「は?……先生ッ?」

 耳に馴染みきった、穏やかなテノールの声に恐る恐る目を見開けば、そこにはネルフェニアとそっくりな髪の色をした、顔色の悪い長身の男が俺を庇うように覆い被さっていた。鮮明に感じる匂いと滴る血液が発生しているのは……彼が俺の目の前に差し出した、骨と皮のような細腕だった。前腕の中心辺りには、深々と魔王の槍が突き刺さっている。

「いやはや、すまないね。すぐ力に訴えかける口下手な従姉妹には、僕からお灸をたっぷり据えておくから」

 白衣を纏ったその人物は……俺の“先生”は、涼しげな笑みを浮かべてそう言い放った。

 

              続

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レジスタンス・レジスタンス 知育菓子ねる @neru0418

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