あなたは私の恒星

@ITUKI_MADOKA

あなたは私の恒星(三題噺 光・元日・鍋)

 今日は大晦日、多くの親戚が集い、それぞれその年に起きた幸せエピソードや溜まりに溜まった身内の愚痴を口々に話している。この時間が私は大好きだ。


あまり会えない親戚の話を聞くことができるというのもあるが、私が好きな人と面と向かって話すことができるからだ。


 目の前にいる彼がその人、従兄弟の琢磨くん。

私よりも年上で体も大きくて大人っぽくて、太陽のように輝いた笑顔で世界を照らしてくれる。私の世界を。


 彼にはそんなつもりはないんだろう。そのぱっちりと開いた大きな目も、彼の几帳面なところが見える白い歯も、天まで伸びそうな程高く整った鼻も、全てが愛おしい。そんな彼が鍋をつつきながら話しかけてきた。


 「雪、今年はどうだった?元気でいたか?」


 「どうだった?って、琢磨くん、ラインしてるんだからわかるでしょ?今年も平和に過ごせましたよー。元気でいたのは、写真とか送ってるんだから知ってるでしょ?あ、お肉いただき!」


 「いやでも、表情を見て直接聞かなきゃわからないことってあるだろ?一応聞いてみたんだよ、まぁでも、その様子なら大丈夫そうだな。良かったよ、雪がちゃんと学生生活を楽しんでそうでっと、そっちの肉は俺が育てたやつだから食べんなよ?」


 「そんなの知りません!全部食べちゃいます!そか、安心してよ、学校でもみんな優しくて、男子なんか私のことをちやほやしてくれるんだから。」


 「は!?本当か!?」


 「さぁ?どうでしょ〜」


 嘘である。何人かの男子から好意を伝えられたことはある。

 しかし、ちやほやというほどでもない。

 ありがたいことに琢磨くんと同じ血を引いているおかげかそれなりに顔が整っていると自負しているが、他のクラスにいる子の方がちやほやされているし、私はその子の妥協で選ばれている。

 高嶺の花は無理でも、私ならいけるだろうと思われているんだろう、ほんとうに失礼な話だ。

 ま、そんな冗談が置いておいて、持ってる箸が折れてしまいそうなほど手に力が入る。覚悟を決め、少し息を吸ってその言葉を放つ。


 「琢磨くんはどうだったの?今年。そろそろ彼女できた?」


 なんて冗談めかしに聞いてみる。ほんとは怖いくせに、緊張でちょっと声が上づってしまったかもしれない。

 さっきとは打って変わって手に力が入らなくなり、持ってる箸も震えてるかもしれない。

 気づかれてないといいな、そう思っていると、頬張っていたお肉を飲み込み、彼は言った。


 「ああ!やっとできたぞ!めっちゃかわいい彼女!」




 「は?」


 衝撃のあまり言葉が漏れてしまった。まずい、さっきの調子に戻さないと。


 「へ、へ〜そうなんだ、良かったじゃん!どんな彼女なの?」


 なんとか言葉を紡ぎ出した。

 彼は嬉しそうに恋人の可愛いところを早口で話している。ダムが決壊したように惚気話が流れ込んでくる。

 だめだ、さっきはなんとか話せたが、今は頭が真っ白になって聞こえない、前を向けない、泣くなみっともない。親戚もたくさんいるんだ、心配される。彼に疑いの目が向けられてしまう。


 そんな彼も私の変化に気づいた、気づかれてしまった。

 自慢の恋人の話を止め、心配そうな顔をして私の顔を覗き込み、聞いてくる。


 「大丈夫か?涙出てるけど……どこか痛いか?この時間に病院は──」


 「大丈夫!飲み物が気管に入っちゃっただけ!だから……心配しないで!ちょっと……トイレ行ってくる!」


 「あ、おう……」


 ああ、優しいな。そんな優しさを一身に受け止めることができる彼の恋人が羨ましいな。

 そのあともなんとか調子を戻そうとしたけど、ほとんど上の空だった。除夜の鐘も鳴り、初詣も気づいたら終わっていた。

 私たちは毎年、家族みんなで初日の出を見るのが恒例行事となっている。だんだんと空の端が明るくなっている。闇を全て消し去るように、太陽が昇ってくる。


 「おい雪!見ろよ!初日の出、出てきたぞ!」


 ぼぅっとしていた私を目覚めさせるようにその声が聞こえる。もう、私よりも年上なのに小学生みたいにはしゃいじゃって、日本語も変だし、泣いてた私がバカみたいじゃん。

 でも、そんなところも愛おしい。日の出よりも眩しいその笑顔が視界に入っても、さっきまで苦しくなかったのにな。


「うん、そうだね」


 でも、自然と笑ってしまう。彼の笑顔にはそんな魔力があるんだと思う。


 「さっきまで元気なかったけど、大丈夫そうだな!」


 「うん、ごめんね、心配させちゃって」


 「ああ、雪と一緒にこの綺麗な日の出が見れないと、俺もテンション下がっちゃうからな。新年からそんなのは嫌だしな!」


 彼の顔は晴々している。悪いものを全て過去に置いてきたんだろう。それに引き換え、私は手放すことができなかった。

 ずっと奥深くに隠して大事にしてきたものだ。簡単に捨てられるわけないだろ。そんなことを考えていると彼が前を指差しながら言った。


 「あ、見ろ!めっちゃ綺麗だぞ!ご来光!」

 どうやら、太陽が顕れたようだ。目が焼ける。熱い。周りにある雪をじりじりと溶かしていく。その熱い熱で、私の心も焼き尽くしてくれればいいのに。

 「そういえば、言ってなかったな。明けましておめでとう!今年もよろしくな!」

 「……うん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

 少しかしこまった言い方になってしまい、彼を変な顔にさせてしまった。そんな顔もあったんだ。

 元日、一年の始まりを祝う日。大晦日に過去を清算し、まっさらな心で未来を迎える日。


 でも、私の心の大きな陰りは、消えることはなかった。

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