笑顔の自供
憑弥山イタク
2024.11.13「笑顔の自供」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、作中に登場する行為を実際に行った場合、傷害罪や殺人罪に問われる可能性がある為、絶対に真似をしないでください。
「松尾恭一。29歳。配偶者は居ません。職業は自転車屋店員です」
取調室の上座に、松尾という男が座っている。対面する椅子には警部の金谷。松尾よりも年上だが、中年とは至らない。
松尾は、殺人事件の犯人である。逮捕でも出頭でもなく、自首をした。
「自分は自転車屋で働いてるので、人を殺せるような工具は沢山知ってます。なので、職場の皆さんには申し訳ないですが、凶器に用いた工具や道具は職場から調達しました」
人を殺めました。そう言って自首してきた松尾は、己の殺めた遺体の場所を吐き、スッキリとした様子で自供を始めてくれた。取り調べに時間を費やすのはあまり好きではない為、自供はとても助かる。
「ボルトクリッパーはご存知ですか? 金属の棒やワイヤーなんかを切断する、巨大なニッパーのような工具です。自分はまず、ボルトクリッパーで奴の脚を殴りました。ボルトクリッパーに限らず、工具は金属の塊なので、叩くだけでも十分な殺傷力を発揮するんです。なので、ボルトクリッパーに殴られた奴の脚は、案外簡単に折れました。脚の筋肉が少なかったんでしょうね……折れた骨が皮膚を突き破ってました」
自供をする松尾の表情は、元々、人を殺したとは思えぬ程に穏やかだった。しかし、言葉が進むにつれて、松尾の顔に浮かぶ笑みが、少しずつだが濃くなっていく。
「自分は次に、金属ヤスリを使いました。紙ヤスリなんかよりずっと硬いので、アレで皮膚を擦れば、人の皮膚なんて途端に剥げるんです。剥き出しになった肉からは血が溢れて、奴は苦悶の表情を見せてくれました」
凄惨な殺人現場が、徐々に、鮮明に説明されていく。しかし、相変わらず松尾の表情は穏やかで、己の殺人方法を嬉々として話している。
「後は、本格的に殺す前に、試しに奴の耳へブレーキグリスを入れてみました。水じゃない、真っ黒な、ドロっとしたグリスです。きっと発狂しそうな程に気持ちが悪かったことでしょう」
耳に水が入っただけでも、人間はその感覚から逃げようとする。もしもそれが水ではなく、泥のような感触のグリスであったならば……一体、どんな感覚なのだろうか。考えたくはないが、松尾の言う通り、気が狂いそうになるような感覚だったに違い無い。
「最後は、ブレーキワイヤーで首を絞めました。ブレーキワイヤーはハサミなんかじゃ切れませんし、締め付けてしまえばもう相手は対処できない。奴も、首を絞めてくるブレーキワイヤーに抗おうとしてましたが、無駄でしたね。ただ指の爪が首と顔を掻くだけで、無様に死にました。細いワイヤーで絞められたもんですから、頭で血が滞留して、顔が真っ赤になってましたよ」
警察は、未だ事件現場には到着していない。事件現場自体は松尾から聞いているが、何せ、距離がある。自供が終わるのが先か、或いは事件現場に到着するのが先かさえ分からない。
それにしても、笑顔を崩さずに話す松尾は酷く不気味で、警部の金谷は、これまで体験したことの無い類の狂気を感じていた。
「……ああ、そういえば、まだ教えてませんでしたね。自分が一体、誰を殺したのか」
その時、松尾は金谷を見て、今日1番の満面の笑みを見せた。
「認知症を患った祖父です。自分を含め、家族全員が祖父にはウンザリしてたので、自分がこの手で終わらせたんです。どうです? 金払って施設にぶち込むより、こっちの方が効率いいでしょう?」
屈託の無い笑みからは、人を殺めたことに対する罪悪感は一切感じられず、寧ろ、厄介払いを終えたことで、達成感を抱いている。
警部の金谷は理解した。
この松尾という男は、人や虫の命を対等に見ているのだ。人が蚊を殺したことに罪悪感を抱かぬように、松尾も、人を殺したことに罪悪感を抱かない。
故に、自供を終える時まで、松尾は笑顔だった。
厄介な蚊を殺した時と同じ、スッキリとした表情だった。
その後、遺体は滞り無く発見された。
自供の内容よりも凄惨な殺人現場は、松尾の自宅。遺体はトイレの個室に収容され、頭部は便器の中に押し込まれていた。
笑顔の自供 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama
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