コントローラーを置く、銃を手に取る。
わたぬい
ゲームをやめた日
繁華街から少し離れた路地に似合う、銃声が鳴った。
血飛沫が落ちない代わりに、カタン、と何かを投げ出した音が微かにしたと思えば、男達の声が響く。
「あぁ?今の当たっただろ。そこ避けるか普通。」
「そこの角から頭見えてたんだよ。
「まじかよ、もっかいやろーぜ。」
二人の男が、液晶に映し出されたゲームに目を凝らし、再び手に持った銃型のコントローラーの引き金を引くのを、ただぼんやりと眺める。
「(この人たち本職でも銃握ってるのになぁ)」
私がゲームをここに持ってきた頃は、やれコントローラーの銃が軽いだの、引き金の感覚がおかしいだのと文句をつけていたのに、今では私と同じくらいのゲーマーに成り果てていた。
「というか、
一度勝ったことで余裕が出てきたのか、此方に目線を少し向けてきた方のお兄さん――
「お?次は
「?……なにが?」
「なにって……なぁ?」
「明らかに顔色悪いよ。というか朝から何も連絡なくこっちに来るなんて珍しいし。親御さんには連絡してるの?」
親に、連絡……したっけ、そもそも今日学校行ったっけ?やけに心配そうにこちらを見てくる2人に対して、申し訳なくなって返事をする。
「大丈夫、大丈夫。えと、
「ほんとに大丈夫ならいいけど、画面酔いしたらすぐ言うんだよ?」
頷きつつ、銃型のコントローラーを手にした瞬間。どくんと心臓が跳ねる。体調が悪い時とは違う、まるで虫が身体中を這うような気持ち悪さを感じ、咄嗟にコントローラーを床に落としてしまう。
「「
明らかにいつもと違う私の状態に困惑する二人に弁明することも出来ず、きゅっと両手を包む。もはやコントローラーすら持てないのかと、小さな絶望の裏で、何処か踏ん切りがついた気持ちにもなり、早口で言い訳をする。
「え、と。今日はいいや。というか、私より2人の方がもはやこのゲームしてるよね?薬屋に置いてくから好きに遊んでいいよ。」
できるだけ違和感がないように笑ったつもりだったのに、両手を片方ずつ掴まれ、黒と緑の瞳に覗き込まれたと思った瞬間。
「本当にどうしたの、寝る間も惜しんでゲームしてたのに。何かあった?」
「まぁ、何かねーとこうはならんわな。早くお兄さん達に言ってみ?」
有無も言わさない速さで
「え、と……」
圧から逃れるように目線を逸らそうとすれば、衝撃音がし、
「
もう、言葉に疑問符は付いていない。この人たちは裏の人とはいえ基本、女子供に手を出すことは無い。なんなら人身売買もしていない。が、逆らったら大変なことになる人達ではある。今まで唯のゲーム友達だったのがおかしいのだから。だから、言わないといけない。
「あの、さ……私のプレイングって、人としてダメなの……?」
「……は?」
心底意味が分からないという困惑した声が後ろから降ってくる。目の前の男は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっていたが、一度言ってしまったら止まることはない。
「昨晩、友達とその友達とゲームしてて、その時言われたの。行く方向を予測して遠くから撃ってきたり、こっちがしたからってリスポーン地点にボム投げてくるなって……人として終わってる、って……」
一息でそこまで言い切り、ゆっくりと息を吸う。あまりにも意味がわからなくて、でももしかしたら相手が言った通りなのかもしれないと、堂々巡りにまた嵌り始めるが、心底不思議そうな声がまた後ろから降ってくる。
「ねぇ、そもそも
「ん、そう。」
「遠距離武器が遠距離から撃って人格否定って、なに?」
「予測して撃つのがダメつーなら、ドラッグショット使う狙撃手は全員人としてダメってことになるなぁ?
「相手がしてきたなら、こっちがボム投げて何が悪いんだ、?遠距離武器が近距離対応する術の一つでしょ、え。ごめん僕には理解が追いつかない。」
「あ、でもそれしたのはサブマシンガンに変えた時だから」
「それ、お前思いっきり手抜いてんじゃねぇか。その状態で文句言われてそうなってんのかよ。」
もはやお笑い草だと
「面目無いです……」
「まー、コントローラー持つこともできねぇならどうしようもねぇよなぁ……日常生活に支障を持つようなことでもねぇし」
それは不幸中の幸いだと言外に含めて気遣ってくれる
「ねーね、こっちは持てないの?」
「は?お前何してんだ。」
「あぶな……っ……」
手に乗っているのは、自動式拳銃だった。
銃型コントローラーとは全く違うずっしりとした重みが、これ一つで簡単に人の命を消し飛ばせる事の重みと重なるはずなのに、コントローラーの時に感じた拒絶感は全くない。
「あ、いけそう?どーしようかなぁ、僕今は商品用と護身用の拳銃しか持ってないや。
そこまで言われれば、
「逆に、商品用の拳銃貸してやれよ、最初はやっぱそこからだろ?俺んとこにもコイツに合いそうな銃はねーって。」
「
緩まっていた腕が元に戻り、どうしたいかと聞く割に逃がす気のない拘束に変わる。呆然とする間もなく、顎を掴まれたと思えば上を向かされ、獲物を見つけた蛇のように此方を覗き込んでくる。
「もう、そんな場所にいる必要ねぇだろ?俺ん家にずーっと居りゃあいい。薬屋なんて楽なもんだぜ?店に立たなくたって家事やって仕事ちょーっと手伝ってくれりゃ言うことなしだ。」
「ちょっと
「あの、いつも言ってるけどそっちには……」
「もうゲーム出来ねぇのに?」
「コントローラーとはいえ、銃を撃てなくなるのに?」
いつも通りの軽口の延長線上だと思って否定を口にしかけたところで、決定的な言葉を被せられる。彼らは知っている。私が、ゲームだろうと現実だろうと銃から離れられない人間なんだと。
どす黒い人間に対しての感情を、必死におもちゃの銃で相殺し続けた、どうしよもない人間なのだと。
「なぁ、堕ちるなら徹底的に、カンペキに堕ちようぜ。」
「こっちならどんな殺し方したって何も言われないよ。勝った方が正義なんだからさ。」
「「だから、降りてきな。」」
左右の耳に、低い声達が降ってくる。快感に似た、ねっとりとした声が耳輪から耳朶を撫でたと思えば、鼓膜を通って思考を溶かす。ずっと手放せなかった忌々しい思考力が、2人の声で身体の感覚ごと溶けていく。少しづつ、生暖かい泥に足を取られるように。
言い訳をするなら、ここに入り浸った時点で、こうなることは決まっていたことだったのだろう。それでも、決定的な決断は彼奴らのせいだ。彼奴が、たかがゲームで私の人間性を否定したのだから。そのような、分かりやすい悪の存在に、
「そー、する。」
なって、みせるね?。
繁華街から少し離れた路地に、品揃えだけはいい薬屋があるらしい。そこには、口調の荒い店主と、街を牛耳るマフィアのボス。そして――2人に可愛がられる、小さな殺し屋がいるらしい。
らしい、らしいと噂だけが広まっていくのを、三人はぬるま湯に浸かりながら、楽しそうに聞いていた。
コントローラーを置く、銃を手に取る。 わたぬい @watanui
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