秘密の符丁

大星雲進次郎

秘密の符丁

 通勤電車から始まる恋もあれば、単純な言葉から始まるカオスもある。

 

「俺達の間で、「了解、肯定」の場合は、「はい分かりました」と言うことにしよう」

 また何か言い出した。

 先輩は知的で素敵な人なんだけど、たまにこんな馬鹿なことを言い出す。

 このワードのチョイス。もっと考えて?

 そりゃ「Meows」なんて事にしたら、先輩の職歴に傷が付いちゃうかもだけど(私はどんな先輩も好きだが)、もうちょっと捻って捻って……ってしたら戻っちゃったのか。実に愛おしい人だ。 

 でもなんか良い。私たちの間だけに通じるワードって、なんかすごく良い!仲間っぽくて、そのアレだ……見方によっては恋人同士だよ!

 

 先輩が変なことを言いだした気分も解る。午後のランチ戦から帰投して涼しいオフィス。こんな事でもしていないと寝てしまいそう。

「はい分かりました!」

 つまりこのお遊びに付き合ってあげるということだ。ニッコリ。

「?えっと、肯定ということかな?」

「はい分かりました」

 もう始まってますよ? 

「……はい分かりました」

 スタートでこの調子。今夜は疲れ果てて飲み屋で文句を言い合う2人しか思い描けない。

「もう時間過ぎてるぞ~働け~」

 課長だ。あなたが働いてください。いえいえ知ってます、あなたの方が働いてます。今のはテンプレです。

 確かに先輩なんて椅子にだらしなくもたれて、可愛い女子と馬鹿話をしているようにしか見えない。

「は~い分かりました~」

 え?

 先輩、どうして課長にそれを使うの?私たちの言葉だよ?それ、私に言うためにあるんだよ?

 私の驚愕の視線を向けられた先輩も驚愕の表情だ。私なんてさらに涙目も付けよう。課長の驚愕も釣れた。

「何で泣いてんの?俺、何か言っちゃった?」

 ハラスメント告発におびえる課長を後目に、先輩はやっとワードのミスチョイスに気がついたようだ。

「ゴメン」

 そう、ちゃんと謝ってほしい。

「言葉の選び、ミスったわ。なんか目も覚めたし、また今度な?」

 やめる選択肢はないのね。ま、二人だけの秘密の符丁はもっと熟考しましょう、ね?

「はい、わかりました!」

 涙の跡なんか微塵もない。

 先輩が私のいいところだと言ってくれる笑顔でアホな先輩を許す。

「ああ、だからいったん終わりな?」

「ですよね?はい、分かりました」

「それ、どっちの意味だ?分かったって事?」

「そうですけど……」

「だよな。オレ、よく分かってないのかと思ったよ」

 ヤバい、先輩の中でおかしな事になりつつある。

「はい、じゃあお終い!午後からもお仕事頑張りましょう~!」

「はい分かりました!」

「おう?」

 コレはちょっとイタズラを入れてみた。頭抱えてる先輩、可愛い。

 あ、課長も水ばっかり飲んでないで仕事しましょうね!

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