第2話 本当の彼女の気持ち

 今日の昼休みは、いつにもなく静かだった。

 仁見唯人ひとみ/ゆいとだけが静かなだけで、学校にいる周りの人らは、いつも通りに仲間内で楽しく過ごしているのだ。


 唯人は今日の朝、隣の席の鈴木琴葉すずき/ことはに断りを入れていた。

 その結果、一人で過ごす事となったのである。


 んー……断らない方が良かったのかな……。


 午前の授業が終わってから、唯人は校舎の裏庭のベンチに一人で座り、孤独な昼休みを送っていた。

 一人でモヤモヤと悩み込みながら、学校の購買部で購入してきたパンを寂しく食べていたのだ。


 琴葉が作って来た弁当を食べたかったという思いはあるが、浮気疑惑のある子とは過ごしたくないという感情も湧き上がる。


 これで良かったのだと、自身の心に言い聞かせながらも、頭を抱えながら一人きりの時間を過ごす。


「……琴葉って、俺とはただの遊びだったのかな……」


 直接聞けば済む話ではあるが、真実を彼女の口から聞いた日には、もう後戻りなんてできない。

 現実と向き合いたくない唯人は、自身の殻に閉じこもってばかりいたのだ。




「今日の授業がこれで終わり。課題は今週中までな」


 校舎内に鳴り響くチャイムと共に午後の授業が終わり、教室の壇上前に佇む担当の女性教師は辺りの様子を見渡していたのだ。


「課題についての質問があるなら、この後の放課後に職員室で説明するから。そこんとこ、よろしく」


 女性教師は手際よく壇上机に広がった資料をかき集め、まとめると教室から立ち去って行くのだ。


「この後どうする?」

「一応、課題について聞きに行こうかなって」

「じゃ、俺もついて行くよ。わからないところがあったし」


 放課後の教室内では、クラスメイトらが会話していた。

 次第に辺りが騒がしくなっていく中、唯人だけは席に座ったまま、心に悩みを抱え込んだままだったのだ。


 唯人は無言で今日の課題を通学用のリュックに詰め込み、帰宅準備を整えていた。


「ね、ねえ……唯人。一緒に帰らない?」


 隣の席に座っている琴葉から恐る恐る話しかけられたのだ。


「いいよ。今日は一人で帰るよ」


 唯人はぶっきら棒に返答した。


「なんで?」

「なんでも」

「今日のお昼も一人だったじゃない? どうかしちゃったの?」


 彼女は悲し気な顔つきで首を傾げている。


「俺はそういう気分じゃないんだ」

「……今日の唯人は冷たいよ」

「気にしないでくれ……俺には俺の都合があるから」


 唯人は適当な言葉で彼女を付き放つと席から立ち上がり、リュックを背負うと教室を後にするのだった。




 琴葉の方が悪いんだ。

 琴葉が勝手に裏で付き合ってるのがさ。


 唯人は心で自己暗示をかけるように、校舎の昇降口で外履きに履き替えている際、何度も自身に言い聞かせていた。


 学校を後にした唯人は、モヤモヤと考え込みながら通学路を歩く。

 彼女に強く言ってしまった事を今になって、若干後悔はしていた。


 心が苦しい。

 もうこの事を忘れたいと強く願っていたのだ。


 刹那、急に音がした。

 それは車のクラクションの音だ。


 通学路を歩いていたはずの唯人は、赤信号の状況で横断歩道を渡っていたのである。


 唯人がハッと気づいた頃には遅かった。

 終わったと悟った時、右腕が強引に引っ張られたのだ。


 それから急に背後に体が移動し、歩道側の地面に尻餅をついた形になる。


「い、イテテ……なんだよ、急に」


 唯人は思いっきり痛めたところを擦っていた。

 骨折はしていないと思うが、腰辺りが痛んでいたのだ。


 唯人にぶつかりそうになっていた車の運転手は、窓から大丈夫かと話しかけてきた。


 唯人は面倒だった事で、大丈夫と一言告げる。

 車の運転手は窓を閉めると、そのまま立ち去って行ったのだ。


「唯人、ちゃんと周りを見なよ!」

「え……琴葉?」


 誰かと思えば、背後に佇んでいたのは琴葉だったのだ。


「なんで俺の事を」


 唯人は尻餅をついたまま、彼女の事を見上げていた。


「なんでって、心配だったからだよ。今日の朝から。変だよ」


 琴葉は涙目になっていた。


「お、俺が?」

「そうだよ。何かあるなら、普通に話してくれればいいじゃん!」


 彼女の怒り交じりの声を耳にした唯人は、痛む腰周辺を触りながら、ゆっくりと立ち上がる。


「というか……元を辿れば琴葉がいけないんじゃないか」

「なんで? なんで私なの?」

「だって、昨日、街中で別の男性と付き合っていただろ」


 立ち上がった唯人は彼女と面と向き合って直接的に話す。


「え?」


 琴葉はきょとんとして首を傾げていた。


「俺、ちゃんと見たんだからな!」


 唯人は昨日の街中で、自身の見た光景をしっかりと伝えたのである。


「……ああ……もしかして、親戚のお兄さんの事かな?」

「親戚?」


 唯人はポカンとした顔を浮かべていた。


「そうだよ。昨日、一緒に歩いていた人を見たってことでしょ。茶髪の」

「そうそう。って、親戚の人だったの?」

「そうだよ。もしかして、付き合ってると思った?」

「そ、そりゃ、そう思うよ」


 唯人は困惑し、動揺しながらも焦っていた。


「ごめんね。本当は内緒にしようと思ってて」


 現状を把握し始めた琴葉は、余裕を持って口元を緩ませていたのだ。


「内緒ってどういうこと?」

「本当は来週ぐらいに渡そうと思ってたんだけどね。これ、今あげるね」


 信号機近くの通学路にいる琴葉は通学用のバッグから、とある紙袋を取り出す。


「これは?」


 唯人は紙袋を受け取り、その中身を確認してみる。


「タオルとハンカチだよ」

「なんでこれを?」

「だって、普段から使うと思って。体育の時間の後とか。あと、そっちのハンカチはお揃いにしたんだよ」

「ありがと……そこまで気を遣ってくれたのか」


 唯人は彼女が隠していた事を知り、今、自身の身勝手な言動を恥じていた。


「ごめん、俺の勘違いで」

「んん、いいよ。私も昨日のことを唯人に見られているとは思わなくて」


 二人の間で和解が成立した時には、車道を移動する車や、歩道を歩く歩行者もいつも通りに行動し始めていたのだ。


「でも、見かけたのなら、話しかけてくれれば良かったのに」

「……突然のことで言い出せなくて」


 琴葉は浮気するような感じの子ではない。

 それを一番わかっていたはずだった。


 予期せぬ事態を目の当たりすると、どうしても別の視点から考えられなくなるものだと実感する。


「でもさ、唯人は、これで納得した感じ?」


 琴葉は、唯人の顔を覗き込んでくる。

 余裕のある笑みを見せており、唯人は、照れ臭そうに苦笑いを浮かべていたのだ。


「ああ。俺の方が悪かったよ。勝手に勘違いして一方的な発言をしてさ」

「じゃあ、そう思ってるなら、今日、私に何か奢ってよ! そうだ、ドーナッツ店で新作の商品が出たらしいの。そこの新作ドーナッツを買って。いいでしょ」

「しょうがないな。俺にも責任があるし、いいよ」


 唯人は彼女に軽く頭を下げながら、琴葉と隣同士で街中へと向かって歩き出すのだった。

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半年間付き合っていた彼女が、高身長の男性と街中で付き合ってたんだが⁉ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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