愛されたい俺は学校で一番人気の女子に弟子入りすることにした。

秋桜空間

第1話 失恋①

彼女の雨宮唯あまみやゆいが裸で目の前に立っていた。

唯はどこか緊張した様子でこっちを見つめている。

「ねえ玲央れお、私、裸だよ」

「う、うん」

「……私の体、どう思う?」

「……」

俺は唖然としていてすぐに答えることができなかった。

だって今日は二人でゲームをして、

適当にお菓子を食べながらおしゃべりをして、

そういう、いつもやってるお家デートをするつもりだったから。

それが急に唯が服を脱ぎ始めたもんだから

俺の予定は一気に狂ってしまった。

この状況は一体なんなんだ?


「すごく綺麗だと思う」

とりあえず思ったことをそのまま唯に伝えた。

唯が少し嬉しそうに微笑む。

「玲央、何かしたいことはない?私、何でもするよ」

「……え」

また難しい質問をされて、俺は黙ってしまう。

しばらく沈黙が続くと唯が悲しそうな顔をした。

じわっと冷たい汗が出てくるのを感じる。

よくわからないけど、ここで返答を間違えてはいけない気がした。


「……唯は何がしたいの?」


迷った末にそう聞き返すと、

唯はしゃがみこんで泣き出してしまった。

どうやら俺は何か間違えたらしい。


「な、なんで?どうしたの?」

いきなりの出来事にあたふたしていると

「どうして私のことを好きになってくれないの?」

と唯が言った。

俺はまたびっくりしてしまう。


「好きだよ!嫌いだったことなんて1度もない!なんでそんなことを言うの?」

「だって玲央の好きはいつだって本当の好きじゃないから」

「……は?」

俺の好きは本当の好きじゃないってどういうことだ?


「やっぱり自覚なかったんだ」

戸惑っている俺を見て、彼女は薄ら笑う。

「別れよう。玲央。私もう無理みたい」

唯が脱いでいた服を着直して帰り支度を始める。

「ま、待ってよ。そんないきなり別れを告げられても納得できないって!」

「玲央」

服を全部着終えると、唯は部屋の扉の前で悲しそうな笑顔を向けてくる。

「次はちゃんと好きな人と付き合わないとだめだよ」

そう言い残して、彼女は俺の部屋を出ていった。





質問です。昨日、お家デートをしていたのですが、彼女が急に裸になって「私にしたいことはない?」って聞いてきました。それで、なんて答えればいいかわからなくて「そっちは何がしたいの?」って質問しかえしたら彼女に泣かれてしまいました。

俺はどうすれば良かったのでしょうか?

ちなみに俺も彼女も高1です。



ベストアンサー

その出来事の前後がわからないので断言はできませんが、それは十中八九そういう誘いだったのではないでしょうか。

そういう誘いというのはつまり、大人の行為の誘いということです。

そこまでお膳立てして拒否された彼女さんの気持ちを想像するとちょっとかわいそうな気もします。

何はともあれ仲直りできるといいですね。



「……やっぱりそういうことか」

朝、歯を磨きながらスマホをいじっていた。

昨日、唯が帰ったあとに何がいけなかったのかをたくさん考えて、

それでも確信が持てなかった俺はキャフーの知識箱に質問を投稿したのだった。

回答は俺が想像していた通りのものだった。


……仲直り、できるよな?

シャカシャカシャカと歯ブラシの擦れる音だけが洗面所に響く。

まあ、大丈夫か。

俺、結構モテる方だし。

毎日唯には優しくしてたし。

最初に告白してきたのもあっちだったし。

こんなことで別れるなんて、あるわけないよな。


口から泡を吐き出してから鏡を見る。

そこには寝不足の頼りない自分の顔が映っていた。



いつもどおりに朝の支度をして、家を出て、

朝のホームルームが始まる20分前に学校に着いた。

「おはよう」

教室に入って、自分の席の前にいるクラスメイトの中原にそう挨拶する。

「……」

中原は手鏡で自分の顔をぼーっと眺めている。

「おはよー」

もう一度挨拶するが、まだ俺に気づいていないようだった。

「おーい」

鏡の前で手をひらひらさせると中原はようやく俺に気付いた。

「なんだ。宮澤か。せっかくうっとりしていたのに邪魔しないでくれよ」

俺の顔を見てガッカリした様子で中原が言う。

「邪魔って、中原は何をしてたんだよ」

「見ればわかるだろ?自分の顔を見てたんだ」

「なんで?何か顔に付いてたの?」

「いや、ただかっこいいなあと思って」

何のためらいもなく言うので、

俺は大きなため息をついた。

そうだ。こいつはそういうやつだった。

「悪かったね。邪魔して」

そう言うと、中原はぷいと俺から顔を逸らし、また鏡をのぞき込む。

「なんか今日お前元気ないな」

「え?そうかな?そんなことないんだけどな」

ぎくっとした俺は咄嗟に否定してしまう。

ちょうどその時、教室のドアが開いて唯が入ってきた。

ドア付近にいた人たちに挨拶をしてから俺の席に近づいてくる。

「お、おはよう」

手を挙げて唯に挨拶する。

けれど、唯は俺を一瞥することなく通り過ぎていった。

多分、今のは無視だ。

「……」

俺が黙りこくっていると、鏡を見ていた中原が横目に

「なんだ?彼女と喧嘩でもしたのか?」

と呑気な声で聞いてきた。

「……なあ、中原」

「ん?」

「本当の好きってどうすれば証明できるの?」

「は?急にどうした?」



「唯、次の授業視聴覚室だって。一緒に行こうよ」

「……」


「唯、この時間ってなんか小腹空いてこない?なんか食べ物買いに行こう」

「……」


「唯、今日の英語の課題やってきた?できたら見せてくれると嬉しいなぁ」

「……」



キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴る。

授業が終わるたびに唯に話しかけ、その度に無視されてを繰り返していたら

いつの間にか4時間目の授業が終わっていた。

既に若干心は折れかかっていたが、

それでも俺はまた、唯と仲直りするために

気力を振り絞って席を立った。


唯のもとへ行く前に、机の横にかけてある自分のカバンを漁って、

2つ弁当を取り出す。

どちらも俺が作った弁当で、1つは俺の分、もう1つは唯の分だ。

毎日自分の弁当は自分で作っていた俺は、

付き合い始めてからは唯の分の弁当も一緒に作るのが習慣になっていた。


今までも、唯とケンカしたことがあったけれど、

この弁当を渡せば、唯はいつも機嫌を直してくれたし、

一緒に昼ご飯を食べてくれた。


唯は今日、一度も俺と会話をしてくれないが、

今回もこの弁当を渡せば、

俺のことを許してくれるんじゃないかと期待していた。

それで、仲直りのきっかけが作れたらいいなと思っていた。


さっそく唯に話しかけようと、彼女の席の方を見る。

そこに唯がいなくて、俺はきょろきょろと教室を見回した。

唯はちょうど教室を出ようとしているところだった。

俺は慌てて、彼女を追いかける。


「唯!」

彼女に追い付いたところで、俺は声をかけた。

唯は立ち止まると、一度深呼吸をしてから

睨むようにこっちに振り返った。

「何?」

「何って、ほら。いつもの弁当。今日も一緒に食べるだろ?」

弁当を唯の方へ差し出して、頑張って笑顔を作る。

唯はそんな俺を冷めた目つきで1,2秒見た後、

「いらない」

と言った。

「え?」

「だから、いらないって言ってるの。お願いだからもう話しかけてこないで」

それだけ言って、彼女はまた俺に背を向けて歩きだした。

「そ、そっか……。これもだめなんだ……」

遠ざかっていく彼女を見ながら、

俺はぼそっとそう呟いた。



教室に戻って自分の席に座ると

中原が珍しそうに俺を見てきた。

「いつもこの時間は彼女と一緒にお昼食べてなかったっけ?」

「……ちょっといろいろあって」

「なんだ?やっぱりケンカか?」

「……ケンカだといいんだけど」

中原が口を開けてぽかんとする。

「どういうこと?」

1人で抱えてるのも辛くなってきたので、

俺は中原に今の状況を伝えることにした。


「———で、彼女から別れを切り出されたんだよね……。これってもうどうにもならないのかな?」

ひとしきり説明を終えると、

肘を立てて聞いていた中原は興味なさげにうーんと言う。

「宮澤ってさ、性欲ないの?」

「……うーん。俺、性欲ないのかなぁ。自分じゃよくわからないんだよなぁ……」

しょんぼりと下を向いていると、中原が

「なんかママみたいだな」

と意味の分からないことを言ってきた。

「ママ?何の話?」

「知らないのか?この学校で一番人気の女子。みんなにママって呼ばれてるからママ」

「何そのあだ名。気持ち悪いな」

「ははは。俺も最初聞いた時思ったわ。すごく優しいからそういうあだ名になったらしいよ」

「ふーん」

「で、そのママも性欲がないんじゃないかって噂があるんだよな」

「へえ。それ、本人が言ってたの?」

「さあ、俺も詳しくは知らないけど……。興味湧いたか?」

「……いや、別に。今それどころじゃないし」

俺は大きなため息をつく。そこでいったん会話は終了し、

中原は買ってきた総菜パンを、俺は自分の弁当を食べ始めた。

唯の分の弁当は、どうするか迷ったけれど、とりあえずカバンの見えないところにしまった。


「……それで、結局別れるの?」

パンを咀嚼しながら中原が聞いてくる。

「いや、まだそこまでは考えてない、けど」

一瞬、唯と一生口を聞かない未来を想像してしまってお腹が苦しくなった。

唯は本当にもう、俺と別れたいんだろうか?

昨日、たった1回、唯の望んでいることに気付けなかっただけで?

なんだよそれ。とやっぱり思ってしまう。

せめて、もう一度2人で話す機会が欲しかった。


「よくわかんないな」

中原の声が聞こえて、俺は顔を上げた。

「宮澤、今すごく苦しそうだけどさ、そんなに苦しいんだったら手放せばいいんじゃないの?自分のことは自分が愛せていればそれでいいじゃん」

俺は中原の顔をじっと見た。

別に強がってるわけでもなく、本心からそう言ってるみたいだ。

「中原はそうかもしれないけど、大抵の人はそんな簡単には割り切れないと思うよ」

「ふーん。そういうもんか」

中原は心底不思議そうな顔で総菜パンをまたかじった。


昼休み終了のチャイムが鳴る。

なんとなくお腹が気持ち悪くて、

結局俺は時間内に弁当を食べきることができなかった。

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