鷾空図 未来話



船を漕いでいた。


居眠りをしているという意味ではなく、本当の船だ。

木でできた小舟の上に立ち、長い棹で深い水底を押している。


川は薄茶色く濁っており、水中の様子は見えない。


後ろを振り返れば、これまた茶色い海が広がっている。


ここは河口だ。


前方には、大量の木造建築が並ぶ都市が見える。

オレンジ色やトタンの青色が混じった家々は、まるで乱立する蟻塚のように、幾層にも重なって伸びている。


左右の岸辺には、丸太でできた粗末な船着き場が並び、私の乗る木船と同じような船が、河口特有の小さい波に軋んでいた。


人の姿は見えないが、午前の日差しに照らされた河口の、汽水が蒸発した水水しい匂いに包まれた街のあちこちから、細い灰色の煙が立ち上っている。


なかなかに心奪われる景色だが、私の目的地はここではない。


棹を持つ腕に力をグンと入れて川底を押した。


進んだ小舟の船先が、茶色い河川の水を割る。


船の後ろには、商品である木でできた箪笥が積まれている。

良い木材で作られた、高級品だ。



水の流れに逆らって、河口を進む。


しばらく進むと、木造建築の群れは消え、灰色の工業都市が見えてきた。

なんの工場かもわからない四角くいコンクリートの建物は、先程の生活感があるものとは違う、環境に悪そうな煙をもくもくと吐き出し続けている。


左前方の河岸からは、灰色に濁って汚染された用水路の水が、河川の茶色い水に注がれている。


しばらくすると、一際大きな建物が聳えていた。


灰色の大きな貯蔵タンクだ。

ゴジラのようなサイズ感をした貯蔵タンクが四つ、錆の付いた身体で並んでいる。


心做しか、空模様も灰色に変り、吸い込む空気もいがらっぽい。


早く抜けようと船を漕いだ瞬間、川から小さな赤いものが船に飛び込んできた。


小さな熱帯魚だった。

ヒレの大きな小魚は、水に濡れた船の底でビチリと跳ねた。


綺麗な魚だった。


気に入ったので、連れて行くことにした。


私は水筒の中身を一息に飲み干し、代わりに川の水で満たした。

その中に魚を収めて、船の荷物に載せた。


私は船を漕いだ。



そして進んでいく。


もうじき光は午後だろう。

頭に光が照るだろう。


そして、船は一人で進んでいくのだろう 。

汽水の潮の匂いを嗅いで、箪笥を運びに行くんだろう。


水筒の中で、魚がはねた。








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夢の宮殿 イソラズ @Sanddiver

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