鷾空図 現在話
音を出す波の中にいる。
目を開くと、瞳の上を海水が覆った。
波が寄せては引いて、僕の体を揺らす。
ハンモックみたいなリズムに身を任せ、僕は水のカーテン越しに降る陽光を全身で感じていた。
ここは小さな無人島で、一本のヤシの木と、安物のカーペットみたいな芝生と、島の周りに広がる浅い海だけがある。
海もあまりに浅いので、島に近づけば近づく程、波の勢いが殺されて、砂浜を湿らす頃には、もはやなんの音も出ない。
静かだ。
右を見ると、寄せては引く柔らかい世界の中で、一本だけ生えた貧相な海藻が水に煽られていた。
あれは海の髪の毛だ。そうに違いない。
照りつける日の光が、身体を心地よく暖める。
波は仄かに温くて、いつまでも入っていられる。
浅瀬の海の底の砂地の上に、僕は大の字になって横たわる。
この海は、まるで僕のためだけに作られたような空間だ。永遠に、心地好い微睡みの中にいるような·····。
屈折した太陽の光が降り注ぐ水面を見上げていると、ふと赤いものが横切った気がした。
「·····ん」
一匹の小さな小魚が、僕の顔の上空を泳いでいた。
不思議と波の影響を受けていないのか、海の中を自由にゆったりと泳いでいる。
真っ赤な色をした熱帯魚は、体の割に大きなヒレを広げて、こちらを見た。
魚のくせに、いやに知的な振り向き方だった。
なにか見てはいけないものを見てしまったような気がして、僕は水の中でゆっくりと立ち上がった。
重い砂が足の指からこぼれ落ちて、透明な空気を汚した。
驚いたのか、赤い魚はパッと身を翻して消えた。
砂浜に上がると、島に立っていたヤシの木が根元からポッキリと折れていた。
風もないのに、何故折れたのだろう·····。
そのままにしておくのも勿体ない、いっそタンスでも作ってみようか。
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