ほんもののよる

やまこし

ほんもののよる

「サイファーさんそれ偽物のヨル!」

「左左!」

マウスを左に振った時には遅く、画面の右側には敵チームのヨルからヘッドショットを食らっているログが表示された。

「ソーリー」

ヨルのデコイに気を取られていた。そしてそれより「偽物のヨル」という言葉にもっと気を取られてしまった。


偽物のヨル。

偽物の、夜。


じゃあ今日の夜は、本物の夜だったのだろうか。

熱く語り合ったあの時間は、ほんとうに存在していたのだろうか。

そういうことを考えながら、ただ目の前の敵にクロスヘアを合わせてクリックをしていたら、キャリアがまたひとつ緑に染まっていた。

「ありがとうございましたー!」

「ナイスでした!」

「GG〜!」

耳に流れ込んでくる、さっきだけの味方の声。次に列に並び始めたら、敵になるかもしれないし、味方になるかもしれない人の声。

「ありがとうございました」

言い切らないうちに、画面が切り替わった。


次の試合を待ちながらキャリアを眺める。

休日の前の夜中は、息抜きにValorantを数試合プレイすることが多かった。今日は終電の関係で一駅分多く歩いたおかげで、酔いもちょうどよくさめている。せっかくなら、とパソコンを起動し、まあ三試合くらいか、と”PLAY”をクリックした。キャリアは緑に染まっている。どれも味方が強かった。そしてどの試合も納得いくプレイができて、うれしかったという手触りを伴う感情を思い出せる。


でもこの「喜び」も本物だったのだろうか。

本当に存在していたのか、今となっては思い出せない。ただそこに勝利したという記録が残っているだけだ。


だから、今日の飲み会も、本当に存在していたのだろうか。

この夜は、ほんものの夜だったのだろうか。


3年ぶりに会った大学の仲間は、みな自分の人生にまっすぐだった。仕事、政治、恋愛、結婚、子育て、生活、それぞれがそれぞれのサビに向かい合っていた。とてもかっこよかった。そしてその仲間たちと同じように、自分にも語ることのできる人生のサビがあることがうれしかった。久々に大学時代に戻ったようで、もうずっとこの夜が終わらなければいいのに、と思った。

でも、会はあっさりと解散した。それぞれの生活があるということが感じられる時間にお開きになった。コンビニで酒を買って飲みながら駅まで向かう。電車は最寄駅の一駅前までで止まり、その先は歩いて帰った。


記憶はあるけれど、あの時間が幻だったと言われても嘘だとは言えない。

なぜなのだろうか。

あの熱気も、嬉しいと思った気持ちも、すべて思い出せるのに本当であるということを言い切ることができない。

存在を疑ってしまう気持ちは、緑に染まるキャリアと同じだった。


まずいな、これは。


試合の待機を解除して、外に飛び出した。

暗闇を照らす街灯には触れたけれど、その光にはさわれない。じゃあこの光は本物なのか?本当に、この世に光とかあるのか、ここに自分は生きているのか?

やっぱりこの夜は、本物だったのか?


握りしめていたスマホが震える。

飲み会にきていた「ミナ」の名前が表示されている。


「もしもし?」

「もしもし?ヒカル?」

「ミナ、どうした?」

「ううん、今日、すごく楽しかったなって」

「うん、楽しかったね」

「きてくれてありがとう」

「どうして?」

「来ないかと思ったの」

「なんで」

「んー、なんとなく」

「またいくよ、定期的にやろうね」

「うん。声が聞きたかっただけだから」

ミナは電話を切りそうになった。

「まって」

思わず呼び止める。

「今日、ミナもたのしかったよな?」

「え?」

「俺は、すごく楽しかった」

「うん、あたしもそう思ってるよ」

その途端、今夜が存在していたということが証明された気がした。

いや、ミナと俺の中だけにある思い出だとしても、それでいい。

自分のキャリアが緑に染まっているということは、誰かのキャリアは緑に染まっているし、誰かのキャリアは赤くなっているはずなのだ。それがたとえ幻だったとしても、自分が楽しかった、嬉しかったということだけが思い出されればそれで十分のような気もした。

そして少なくともミナにとっては、今夜は本物だったらしい。

それはもう、文句のつけどころのない事実だ。


「ありがとう」

「なに?ヒカル、変なの。おやすみね」

「うん、おやすみ」

もう、街灯から手を離しても大丈夫だった。さわって確かめなくても、たしかにそこは明るかった。


(了)

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ほんもののよる やまこし @yamako_shi

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