第18話

「本当に警察官だった?」

 友達の彼氏がどうにも引っかかる、と訴えたアタシへの志賀の第一声はそれだった。

「警察手帳を見せられたけど?」

「一般人にその警察手帳が本物かどうかなんて判断が付くのかな」

 ソファーにだらしなく座っていたアタシは凍りついた。志賀はそんなアタシをデスクから心配そうに見ている。

「見たのは一瞬だったんじゃない?」

「うん、そう。目立つといけないからとかで、ドラマみたいな仕草でさっと目の前に出されてすぐ仕舞われた」

「日野さんって警察手帳らしきものを見たのもそれが初めてでしょう。それじゃその人が警官かどうか確認できたんじゃなくて、堂々と見せられるものがあるのかどうかを量れただけだ」

「まさか。偽物なの」

「あくまで可能性の話をしているだけだよ。ちら見せとはいえ一般人を信じ込ませるほどのクオリティの偽物を作るなんて手間が掛かるだろうし、大抵は本物なんじゃない? そんなことをする理由も分からないし」

 言い出しっぺの志賀はあっさり自分の説を否定したが、私の頭の中はその疑念で既にいっぱいだった。迂闊だった。やっぱりアタシは馬鹿だった。自分が姉の免許証で年齢を詐称しているのにそんなことも思いつかないなんて。

「……志賀が今アタシに触ったら、手帳が本物だったかどうかって分かる?」

「日野さんじゃなくて、日野さんの持ち物ね。何かそのとき身に付けてた物があれば、手帳を取り出した光景は見られるだろうけど……一瞬だったんでしょう? 俺にも判別付かないんじゃないかなあ。小清水さんに聞けば見分け方を教えてもらえるかもしれないけど」

「そっか」

 志賀に頼らず自分で何とか化けの皮を剥ぐしかないか。そもそも業務外だし。お金も払わず見てもらおうだなんて甘えだ。

「あと、知り合いのはなるべく見たくない……」

 考え込んでいたら、志賀がぽつりと呟くのが耳に入る。

「ん? 何で」

 仕事ではあれだけ躊躇いなくそこら中の物に触れるくせに。それこそ事故現場にだって。

「何でって」

 志賀はアタシの反応に意外そうにした。

「別に隠してる秘密とか知りたくないし、相手も知られたくないだろうし。服とかだと、その日の朝着替える前の裸とかも確実に見えるから」

「ああ、確かに」

 志賀の能力は触れた物の見ていた光景が見えるのだと言っていた。それなら朝、服を用意して、その目の前でパジャマを脱いで、と過ごしたらそれは裸が見えることだろう。

「確かにって……」

 志賀はさっきから呆れたようにアタシの言葉をおうむ返しにばかりする。

「どうりで志賀ってアタシの物に触らないようにしてると思った」

「日野さんが平然とし過ぎなんだよ。普通気持ち悪いでしょ。ごめんね。必要な光景だけをピックアップして見られれば良いんだけど、全部余すことなく見ちゃう不躾な能力だからさ」

 志賀は、自分の能力が嫌いなんだな。

 ため息を吐いて、目を逸らして。アタシに言っているようでいてこの世の全ての人間に対して謝るかのような姿を見てそう思った。

「何に謝ってンのか知らないけど。志賀はもっと不真面目だったらよかったのにね」

「は?」

「そこら中の女の裸を見放題だ、って喜んで自分のために能力を使えばよかったのに」

「どんな変態だよ」

 お、笑った。

「ちなみにアタシは脱ぐとすごい」

「見ないって。自分で言うな」

 志賀は結構アタシの些細な発言で笑う。時々何がツボだったのか分からないこともあるくらい、よく笑う。でも時々、自分の存在自体が罪なので少しでも善行を積んで償ってます、みたいな暗い顔をするのが嫌だ。そんなにすごい物を持っているのに。自分の一部を嫌いでいるってどんなにか辛いだろう。

「じゃあ世界中の人間は志賀みたいな奴がその能力を持ったことに感謝すべきだな。変態や犯罪者じゃなくて、クソ真面目な善人が持ってくれてありがとうって。アタシなんてタダで頼ろうとしたし」

「日野さんはいいんだよ。困ったときは頼ってくれれば」

 志賀が不意にとろけるように微笑むので驚いた。そんな甘い顔と声で迂闊な台詞を言うもんじゃない。アタシじゃなかったら骨抜きにされている。

「うちの大事な従業員だからね」

「従業員割引?」

「割引というか……雇った身としては困ってたら助けてあげたいよ」

 こいつといると真っ白に浄化されて自分が消えて無くなりそうだ。

「ちょっと外で電話してきてもいい?」

「お友達に? どうぞどうぞ。今日は予約もないし」

 志賀ににこにこと手を振られながら事務所を出て、アタシはアリサに電話を掛けた。

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ただの探偵には爆弾ガールは扱えない 夏野まりん @NatsunoMarin

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