五章、友達の彼氏
第17話
アリサの彼氏とはファミリーレストランで出会った。
「
「透でいいよ」
アリサにお互いを紹介され、聞いたばかりの名を繰り返すと男は気さくに片手をひらめかせる。
「そういう訳には……」
「ちょっとー! 駄目ー! 名前で呼ぶのは禁止! それは彼女の私だけの特権でしょ!」
年上の、それも友人の彼氏相手に呼び捨ては気まずい、と言いかけるとアリサが大声で割って入った。
「はいはい。俺にはアリサだけなんだから。安心して?」
「もうー。透は格好いいんだから、いつも他の子に惚れられちゃわないか心配なの!」
途端に矢形が甘い声で囁き、アリサが頬を膨らませて彼に迫る。
「アタシ、邪魔だよな? なら帰るけど」
目の前でいちゃつかれると流石に見ていられない。げんなりした顔を隠さずに頬杖をつく。
「かりん! まだ会ったばっかじゃん。大好きなかりんに透のこともっと知ってほしいの! それに、お仕事のことも力になれるかもしれないって思って」
「そうだね。俺もかりんちゃんには早く会ってみたかったんだよ。アリサからあんまりよく話を聞くものだから」
ね? と二枚目が微笑む。アリサが言うには二十五歳の警官だったか。なるほど、顔は優男然として整っていて、口調は同級生よりもずっと大人。少女がときめく要素は充分だと感じた。
「かりんは私の命の恩人なの! 一生の親友。勉強も運動も私よりずっと何でもできて、喧嘩も強くて! すごいんだよ!」
「褒め過ぎだよ。嘘になる」
「嘘じゃないもん! でもね、だから透も惚れちゃわないでね?」
「大丈夫だよ。どんなにすごい子がいても、俺にとってはアリサが一番だ」
矢形に頭を撫でられ、アリサが頬を染める。あーあ、帰りたい。というか早くバイトしたい。アタシこれ完全にダシにされてンだろ。
警官と聞いて想像したよりは随分と軟派な男だ。出る台詞の歯の浮きそうなこと。それでもそれらは上手く涼やかな外見にマッチしている。アリサが心配するのも分かる。クラスの女子に見せたら格好いいと騒がれるのは間違いないだろう。アタシが何で一ミリも惹かれないって、たぶん目の前で見せられ続けてるメロドラマと、最近傍にいる男の顔面でイケメンを見慣れてきているせいだ。
「現役警官がJKの彼女作って仕事を手伝わせてるんだっけ? 危なくねえンだろうな」
腕を組んでどかりとソファー席の背にもたれかかる。ヤンキー上等。アタシが気になってンのはアリサの身の安全だけだ。それが確認できりゃこんなバカップルに付き合わずにさっさと帰る。
「かりん」
アタシの高圧的な態度にアリサが嗜めるように名前を呼ぶ。アタシは顎を上げたまま睨み下ろすのをやめない。恋したアリサの目は節穴だからな。アタシが見極めてやらねえと。こういうのは舐められたら駄目なンだ。
「アリサ、良い友達じゃないか。そりゃ俺たちの年齢や関係を聞いたら心配するのが当たり前だよ」
歳下の小娘に偉そうな態度を取られて、眉を顰める様子もなく矢形は微笑んだ。取り繕っているようには見えなかった。
「街中で声を掛けたのは俺の方だ。アリサがあんまり綺麗だったから。まさか現役の女子高生だとは思わなかった。まずいとは思ったんだけど手を離したくなかった。卒業まではあと半年もない。ちゃんと待つつもりでいるよ」
誠実な表情、言葉。アリサは頬を押さえる。女子高生だとは思わなかった? いくら化粧していても若いのは分かると思うけど。……いや、年齢詐称して働いてるアタシの言えたことじゃないか。
ここまではまだアタシも半信半疑だった。
「俺の身分もきちんと証明できるよ。あまり大っぴらに出すと周りに騒がれてもいけないから、短時間しか出さないけど」
そう言って矢形がジャケットの内側に手を入れる。ドラマでよく見る仕草。警察手帳が、目の前で開かれる。
「わ、分かったから」
普段自分の身に起こらない出来事に、何だかどぎまぎしてしまった。そっと姿勢を正してしまう。
「はは、そんな怯えなくても。金髪だからってだけで補導なんかしないよ」
手帳を仕舞った矢形に心境を見抜かれ笑われた。いや、補導されるようなことをしている覚えはあるんだけど。アリサをちらりと見ると気まずそうにしている。雫さんのグループに入っていることなんかは黙っているんだろう。
「それでね、最近は透のお仕事のお手伝いもしてるの! 私も善良な市民の役に立ってるんだよ!」
アリサが話を変えた。
「仕事内容は透から封筒を受け取って、それを指定された私服警官のところへ届けるだけ。知らない人だけど特徴も教えてもらえるし簡単。それだけでね、五千円も貰えるの。かりん、ずっとバイト大変そうだから力になれたらなって私も透も思ってるんだけど」
アリサの目は真剣そのものだった。
「……考えさせて」
仕事内容からして一時間も掛からないだろう。その賃金が五千円。破格だ。でも、本物の警官であることは間違いないみたいだし。怪しまなくてもいいのか?
駄目だ、アタシには分からない。考えさせて、とは言ったが、考えるのは自分じゃない。頭に浮かぶ別の人間に、考えさせる気満々だった。
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