第5話

「そろそろどこかに落ち着きたい」

 村を出てから5回目の秋の旅路の中、ふいに漏れた呟きに、リリアは楽しそうに答えてくれる。

『旅も悪くないけど、どこかに落ち着くのもいいわね。山で狩りをして、毛皮や肉を売って、ひっそりと2人で暮らすの』

「そうだね……」

 去年も一昨年もその前の年も、同じ話をした。いつも決まって秋の初めだ。

 外出すらままならない故郷の村ほどではなくても、冬の旅は何かと困難だ。だから冬の間は、手近な村や街の宿に泊まる。その中には住み続けたいなと思う村や街もあったけれど、どこも長居はできなかった。理由は、ぼくにある。

 旅の道中もだけど、ぼくはよく絡まれる。絡まれる理由はよく分からない。だけどリリアは、ぼくに絡んでくる人を決して許さない。ぼくの命まで取ろうとしなければ殺しはしないけれど、死なない程度の激痛を胸に与えるくらいのことはする。リリアはそれを『寸止め』と言っているけれど、寸止めでもやられた方はかなり辛そうだ。

 そんな感じで何度か撃退していると、絡んでくる人がいなくなると同時に、変な噂が流れてしまう。ぼくが「おかしな魔術を使っている」とか「呪われる」とか「悪霊が憑いてる」など。全部根も歯もない噂だけれど、噂が広がって教会に目を付けられて、万が一にもリリアが見付かって祓われるようなことがあったら大変だとリリアが言うので、ぼくたちは噂が広がりきる前に、そこを離れるようにしていた。




『ねえ、ロキ』

 寝転んで秋晴れの空を眺めていると、ひんやりとした空気が流れた。リリアが近くに来た証拠だ。死んで霊になったリリアは、少しの冷気をまとっている。夏は涼しくて良かったけど、最近は少し寒い。

「何? リリア」

『魔物って知ってる?』

「絵本か何かで読んだような……普通の獣よりずっと大きくて凶暴で、倒すのがすごく難しいんじゃなかったっけ?」

『その魔物がどこから来るか知ってる?』

「えっ? 魔物って、ほんとにいるの?」

 体を起こすと、リリアが舞うような動作で横に座った。リリアは満面の笑みをぼくに向け、解説するように話してくれた。

『南の果ての大きな山の洞窟は、魔物の国と繋がっていて、時々こっちに迷い込んで来る魔物がいるそうなの』

「まさか、今も?」

『さあ。冒険者をしていたっていう行商のおじさんが、昔、戦ったことがあるって聞いただけだから』

「じゃあ今は、魔物は出ないんだね。良かった」

 出来るだけ野宿できるように、暖かい南を目指してきた。どこまで南下してきたのか分からないけれど、万が一にも、魔物と出くわすようなところには行きたくない。そう思うぼくとは反対に、リリアはとんでもない提案をしてきた。

『だからね、その南の果てまで行ってみない?』

「ええっ!? なんで? もし万が一、今も魔物が出て来てたらどうするの?」

『大丈夫! ロキはあたしが守るもの』

「それは分かってるけど……」

『あたしの力があれば、魔物だって倒せると思うの』

「そ……そう、かな……?」

 ——確かに、獣の群れも一瞬で倒せるほどの力があるけれど、だからって魔物を倒せるとは限らないんじゃ……

 ぼくの心配をよそに、リリアは楽しそうに話を続ける。

『洞窟を守る街では、魔物退治を仕事にしてる『冒険者』が、今でもいるらしいの』

「うん……」

『それでね、ロキ。洞窟を守る街に行って、冒険者になるってのはどう?』

「冒険者って、ぼくが!?」

『そう! 旅をしながらじゃなかなかお金も貯まらないし、冒険者になってお金をたくさん貯めて、それからゆっくりと落ち着ける場所を探しましょうよ!』

「で、でも……ぼくなんかが冒険者になれるわけ……」

『大丈夫! 何があっても、ロキはあたしが守るし』

「でも……」

『結構南下して来たし、洞窟を守る街までそんなに遠くないと思うのよね』

「そう……なの?」

『今まで当てなく旅して来たけど、目的地があっても悪くないでしょ?』

「まあ……そうかも」

『とりあえずの目的地として、南の果てまで行ってみましょうよ!』

「そうだね。とりあえずの目的地として、行ってみようか」

 そんな軽い気持ちで洞窟を守る南の果ての街に行って、お金のために冒険者になって、思いがけず活躍してしまうのは、また別の話。

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ぼくを守って死んだ幼なじみは、死んだ後もぼくを守ってくれる天使さまのような女の子です OKAKI @OKAKI_11

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