第4話

 死んだリリアとの旅は、とても順調だった。本人にも原理は分からないらしいけど、リリアは生き物のいる位置が正確に分かる。生き物にはみんな心臓の辺りに核を持っていて、その核を感じ、それを止めることが出来るという。狼たちを殺した方法も、それだと言う。その能力で、リリアは食料になる魚や鳥を獲ってくれて、危険な獣からも守ってくれた。

 2人だけののんびりとした旅を10日ほど続けた後、ぼくたちは街に着いた。その街がどれほどの規模かは分からないけれど、村よりもずっと人が多くて圧倒された。

「リリア。街に着いたけど、これからどうしたらいいんだろう? やっぱり仕事探しだよね? ぼくなんかを雇ってくれるところ、あるかな?」

『落ち着いて、ロキ。まずは、狼の毛皮を売りましょう』

「そうだね! まずは、狼の毛皮を売らなきゃ」

 ぼくたちを襲った狼のうち、2匹の毛皮を持ってきた。毛皮を剥ぎ取る作業をしたことのないぼくには大変だったけれど、リリアは物を触ったり、動かしたりは出来ないからぼくがやるしかない。下手なりにがんばって剝いだ毛皮だ。高く買ってもらえたら嬉しいなと思う。

『それから、安い宿を探して……』

「坊主。なに1人でぶつくさ言ってんだ?」

「えっ?」

 声をかけられて振り向くと、知らないおじさんがいた。痩せて背の高い口ひげを生やしたおじさんが、にやにやと笑ってぼくを見下ろしていた。

「坊主、1人か? 連れとはぐれたのか?」

「えっ? 1人じゃ……」

『この人、あたしのこと見えてないみたいね』

「ええっ!」

 びっくりしてリリアを見ると、おじさんが「なんだ? どうした?」と、言った。

『ほらね。あたしのこと、見えてない』

 リリアの言う通り、おじさんはぼくだけを見ていた。

 ——いつも無視されるのは、ぼくの方だったのに……

 村にいた時とは反対のおじさんの様子にぼくが戸惑っていると『ロキ。あたしの言う通りに言って』と、リリアが耳打ちしながら言った。

『実は、訳あって1人で旅をしているんです』

「実は、訳あって1人で旅をしているんです」

「へえー、小さいのにすげえなぁ」

 おじさんが、笑って褒めてくれた。

「いえ、そんなことはないです。リリアの方が……」

 褒められ慣れていないぼくが照れていると『余計なことは言わないでいいの!』と、リリアに怒られた。

『この狼の毛皮を売りたいんですが、どこか買い取ってくれる店を知りませんか?』

 背負っていた狼の毛皮を見せながらリリアの言葉を復唱して聞くと、おじさんは「良い店知ってるぜ。付いて来な」と言ってくれた。並んで歩いていると、おじさんはいろいろな質問をしてきた。

「なんで、旅をしてるんだ?」

「よい仕事を探してるんです」

「親はどうしたんだ?」

「地元で元気にしています」

「その狼、坊主が狩ったのか?」

「友人に手伝ってもらってですが」

 リリアの言う通りに短く返事をしていたら、だんだんおじさんの口数が減ってきた。親切なおじさんの機嫌を損ねたかなと心配になってそっとリリアを見ると、リリアも険しい顔をしていた。

「リリア……」

『大丈夫。何があっても、ロキはあたしが守るから』

 ——こんな街の中で、リリアは何を警戒してるんだろう?

 そんなことを思いながらおじさんに付いて狭い路地に入った瞬間、おじさんはぼくにナイフを突き付け「毛皮と有り金全部よこせ」と言った。

 何が起こったのか、分からなかった。おじさん、どうしちゃったんだろうなんて呑気に考えていると、リリアが右腕を突き出して言った。

『ロキを傷付けるやつは、許さない』

「ぐっ……!」

 おじさんの手から、ぽろりとナイフが落ちた。おじさんは、ナイフを落とした手で胸を押さえながら前のめりで倒れると、そのまま動かなくなった。

「おじさん?」

『そいつは死んだ。あたしが殺した』

 リリアが、聞いたことのないような冷たい声で言った。見ると、リリアのかわいい顔も、見たことないほど険しくなっていた。

『殺さなきゃ、ロキが殺されていたかもしれない』

「そんな……」

『こいつは、ロキのことをいろいろ聞いていた。連れとか親とか、ロキを探す人が近くにいるかどうかを気にしていた』

 確かにそうだ。地元はここから遠いのかとかも聞かれた。

『こいつから、強い殺気を感じた。毛皮とお金を渡しても、ロキを殺そうとしたかもしれない。だから、殺した』

「ごめん、リリア……」

『ロキは悪くないよ。あたしも油断してた。買い叩かれるかなとは思ってだけど、殺して奪おうとするなんて、全然思わなかった。怖い思いをさせてごめんね、ロキ』

 リリアが悲しげに微笑んで言った。

「リリアは何も悪くない! リリアはまた、ぼくを助けてくれたんだから!」

 透けたリリアの顔は儚げで、そのまま消えてなくなりそうで、少し焦って付け足した。

「助けてくれてありがとう、リリア」

『ロキが無事で良かった!』

 リリアが笑ってくれてほっとする反面、ぼくは悔しかった。

 リリアに人を殺させてしまった。ぼくを守るためとはいえ、食べるためでもない殺しをさせてしまったことをひどく後悔した。

「ごめん、リリア……」

 リリアに頼ってばかりのぼくが思うことじゃないかもしれないけれど、これ以上、リリアに人殺しなんかして欲しくないと思った。

 そんな願いは誰にも届かず、旅をする中でリリアは何人もの人を殺した。ぼくを守るために。

 リリアが悪いわけじゃない。ぼくに危害を加えようと近付く奴らが悪いんだというのは分かっている。それでもぼくは、リリアに人を殺して欲しくなかった。

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